蕎麦は茹でてこそなのじゃ♪
蕎麦。美味いよね。
「それにしても蕎麦って美味しいモノだったのね。知らなかったわ」
吉保お姉さまは美女らしく眼を細め、頬に手のひらを当て、蕎麦屋のくそ忌々しい仲良し夫婦をいたわる様に微笑みかけた。
「でしょ!!でしょ!!」
「ありがとうございます!」
ついさっきまでの怯えた様子はどこへやら、仲良くて仲良くて胸糞悪かった長兵衛と於里さんは手を取り合い、顔を寄せ合って吉保お姉さまの言葉で喜びあっている。
ああ、忌々しい糞忌々しい。。
「それで聞きたいんですけどね、この蕎麦とやらは如何様に調理された御品なのですか?是非教えて頂きたいのですが構わないでしょうか?」
しなを作りながら正座をして、二人を笑顔で見詰めた吉保お姉さまは、つっと首を少し下げ教えを請うた。
「そんなそんな!御手を上げてくださいましな吉保様!」
「そうですぜ!あっしらは一介の町人…。じゃねや、ああん?なんだっけ?」
「あんた、しっかりおしよ!侍の端くれになっちまったんだろ?」
「おう⁈あんがとよ!あっしらはシガナイ侍の一員ですぜ!!」
もうね。なんというか、何が言いたいのか分からなくなってしまった感が否めないが、必死に吉保お姉さまに面を上げて欲しいっていう気持ちは判った。わかったが一言だけ言わせてほしい。
お前ら全国の侍に謝れ。
「そう?それじゃ遠慮なく上げさせてもらうかな」
チョイッと上目を使い、そっと瞼を閉じて辞儀をしてから顔をスッと上げられた。
「うむ、何か知らぬが女子のわらわから見ておっても、お主は愛い奴じゃと思うのじゃ」
ずぞぞぞぞぞぞ。ずぞぞぞぞぞぞ。
周りに遠慮会釈なく蕎麦をゴッソリ箸で掬い取り、味噌たれに付けてはモノごっつい勢いで啜っている飯井槻さまがウンウン頷き、くっちゃくっちゃと三枚目の蕎麦を平らげて、四枚目をひょんひょろから受け取りながら宣うたのだ。
いやいや、あんたこそ女らしくなれよ。
あと、ひょろひょんよ。さり気なく給仕してんじゃねぇよ。コイツほっとくと昼寝しちまうまで喰ってるかもしれないぞ。
給仕し終わると、何でそんな面倒な喰い方をしているのか知らないが、器用に匙で蕎麦を巻きとりモソモソ、モソモソ。口に運んでいるひょろひょんに目配せして注意を促す。ボンヤリしてるコイツが、それと気付いたかどうかは知らないがな。
しかしまあなんだ、阿呆の飯井槻さまが言われるまでもなく、とってもしおらしく、花も恥じらう乙女のように可愛らしさ満点の仕草なんだが、儂もちょっとばかりアンタに聞きたいことがある。
アンタこそ、なんだってオネエになったんだ?男だろアンタ。どうしてこうなったの?ねえ、なんで?
てことは、とっても偉いさんだから聞けないけどな。
忸怩たる思いを抱きつつ楽し気に微笑み合う三人を、そっと遠巻きに眺める兵庫助である。
パチン!
肌を直に叩く音が部屋中に響き、膝にやった手を額に置いた長兵衛がクウ~ッ!と唸り声をあげた。
「あっしは感じ入りやした!!」
と、涙を浮かべながら吉保お姉さまに歓喜の叫び声を上げた。
てかね、なんだって儂は吉保お姉さまって言ってんだろうね。もうね、よく分かんないや。
で、なんだっけ?ああそうだ、そうだ。
長兵衛が云うには此度お出しした『蕎麦』は、料理人の爺様。つまり件の手紙の主である〖高橋一之介〗の親父である〖高橋典膳〗との研究の結果生まれた。≪とは言ってもたった三日ほどだったが≫蒸すのではなく『茹でる蕎麦』であったのだ。
「なるほどのう、だから千切れないのじゃなこの蕎麦切りは」
「えっ?蕎麦ってこう、啜って食べる物じゃないの?」
「違うのじゃやっちゃんよ。じゃからほれ、この様に蒸籠に乗ってわらわらに供されて居るじゃろう?」
「あっ、な~る。あたしもおかしいとは思っていたのよ。なんだって蒸し器の蒸籠に乗って出されてんだろうって、てっきり水切りの為に乗ってるんだとばっかり思っていたわ」
「んにゃ、それも間違いではあるまい。恐らく効能としてはあるんじゃろ?なあ長兵衛よ」
ぺチン!
今度は額をぴしゃりと叩いた長兵衛は、流石は我が主様っといった表情をして。
「飯井槻さまは矢張り賢い!その通りでさぁー!!」
「当たったのじゃ♪」
フンすか無い胸を張って、ほれわらわを褒めたたえよ!と言いたげに飯井槻さまは皆を見渡して威張っている。
なんだこれ?
どうでもいいけど早いとこ善光寺まで行きませんかと、いつの間にか寄って来た〖徂徠ちゃん〗と〖白石ちゃん〗に『あ~ん♪』されながら、致し方なくも口を開けざるをえなくなった兵庫助は、心からの叫びのように思うのであった。
ここまでお読みくださり、ありがたや♪ですよ。