ヒトには云えない秘密もあるのじゃ♪
さてさて、飯井槻さまの最初の行先はどこでしょうね。
では、お楽しみくださいませ♪
「よもや最初の行先がココとは…」
ぴょんぴょん子ウサギの如く跳ねながら、さも嬉し気に江戸の街中を遊び楽しみまくっていた飯井槻さまが、勝手気ままに先を歩いて辿り着いた先は、あろうことか御城内は神田橋に上屋敷を持ち、更に犬公方でおなじみの上様の寵愛厚き側用人にして従四位下で出羽守で譜代大名の〖柳沢吉保〗邸であった。
「お前、嘘だろ?」
兵庫助は眼をかっぽじって豪商の娘を気取っている飯井槻さまに問い質す。
「なにがじゃ?」
「いやだって、ここ。彼の公方様の覚え目出度き柳沢様の邸宅じゃん⁈云わば押しも押されもせぬ幕閣の一員だよ?」
「それがどうしたかや?わらわとて幕閣の端くれに連なる参議じゃぞ?左様細かいこと気にするでないわ」
ええー…。それって細かいことですか?
憤懣やるかたない儂の心配をよそに、ウキウキしながら屋敷を一周して裏手門まで巡って来た飯井槻さまは、でっかい門の脇のちっさい木戸の出入り口に向かっていきなりこう宣うた。
「たのもう!!」
などと失礼極まりない呼ばわりをやおら叫びはじめ、お陰で儂の心の臓が一瞬止まってしまった。
「おい!マジでふざけんなよ!」
あかん!この能天気で阿呆な御姫様を早く何とかしないと!
堪らず兵庫助は、こらやめんか!こんのアホの子!と、つい云ってはいけない言葉を言い放ちながら、「早よ顔を出せ!」とか、「たのもうと云うておろうが、出てくるのじゃ出羽守!」とか、散々好き放題言いまくっている飯井槻さまの口を急ぎ自身の手で塞ぎ、渾身の力で抱き抑えたのだった。
すると…。
「「「どこの不届きものぞ!!!」」」
予想通り、血相を変えた柳沢家の皆様が裏御門脇のちっさな木戸を開け放ち、わらわら飛び出して来て、やっぱりと云うか何と云うか、ある意味決まりごとの様に我らをぐるりと取り囲んだのだった。
「ええっと…。うん。頑張れわたし!」
「へっ?何を頑張るって?」
グッと右手を脇に寄せて握り、ちいさな拳を作って気合を入れた雛は、傍から観ても緊張しまくってうわずった声音ながら、柳沢家の家来衆に対し腹に力を込めて叫んだ。
「ええい!控えおろう!この紋所が眼に入らぬか!こちらに追わす御方をどなたと心得る。畏れ多くも大宮茅野家の御当主なるぞぉおおお!」
「「「な…!!!」」」
グイっと前方に力いっぱい差し出されたのは、鶴亀の枕絵が施された印籠に記された【白地に真ん丸赤餅】の茅野家の正式な紋所。
それをプルプルプルプル。小刻みに震える腕を下ろすことも無く、しかも強張りまくった顔を真正面に向けたまま、石燈籠のように固まってしまった雛を見るにつけ、たぶん、いや間違いなく、アホの飯井槻さまの思い付きの小芝居に付き合わされた雛の身が、なんとも哀れでならなかった。
そしてこの、どうとも形容のしようもない、ある意味滑稽で悲惨な光景の中に於いて当の飯井槻さまはと云えば、儂にガッチリ組み敷かれた状態のまま、此の世のどこにもありはしない胸をこれでもかと思いっきり張った上、どことなくエッヘンと威張っているのだから、もうね。ホントにコイツ、マジで穴掘ってドサッと埋めてやりたい気分に儂はなってしまっていた。
「「「あ?その紋所がどうかしたのか??」」」
「えっ?」
「まあ、ですよね」
だいぶ間をおいて、君たちのやってることの意味が分からない。と云う、至極まっとうな意見を共通認識として持つことに成功した柳沢家の者共は、頭上に見事な疑問符の束を実らせながら、我らに問い掛けてきた。
まあ、当然である。
仕掛け人の飯井槻さまは当てが外れて笑顔が引きつっていなさるが、世に聞こえし香弥乃大宮の神様の依り代を当主に据える大宮茅野家と云えども、広い天下から見れば例え幕閣に与する参議の身の上とは云え、所詮はただの小大名の一つに過ぎないのである。
もともと徳川本家とは特になんのゆかりもないのに、幕府内に於いては参議の地位を持つにいたったのは、幾代も前の当時の飯井槻さまが尽力した、幕府成立に関する功績が高く評価されたからであって、これまでその幕府に対してこれといった功績もなく、また名声も持ってはいない〝筈〟の当代の飯井槻さまが自身を殊更に誇っても、飛ぶ鳥落とす勢いの力を幕閣内に根付かせている〖柳沢家〗の御家来衆が、そんな彼女のことなど知る由もないのは当然であろう。
「ど、どうしましょう兵庫助様。これでは後でわたし、飯井槻さまに怒られてしまいます」
雛よ、心配するな。絶対に怒られるのは飯井槻さまの方だ。先ず儂に叱られ、柳沢家から怒られ、最後には幕府から呼び出しを喰らい辞世の句でも書かされるな。
うん。まあ、そうなりゃ大宮茅野家は改易間違いなしだな。くそ!たった一人の阿呆の所為で儂の人生やりなおしだ。しかも困窮が予想される家臣の為にも早急に、つぎの仕事探さないといけなくなっちまったわ。
兵庫助は、自身もこの場にいた門によって連座して、切腹しなければ到底許しては貰えそうもない事態に成ってしまっているのに、これぽっちも気付かず、侍をやめた後の身の振り方について考え込んでしまっていた。
〘御心配には及びません〙
不意にしゃべったひょんひょろに、柳沢家の侍共に包囲されたままの我々は≪⁈≫となって、一斉に奴を振り返り見た。
〘ほら、やって参りました〙
この言葉に、今度は裏御門に注目した我ら一同が眼にしたのは…。
屋敷の裏口で艶やかな振袖フリフリ、「あーら、飯井槻ちゃんいらっしゃい♪」とほざく、華麗に女装した〖柳沢吉保〗その人であった。
お読みいただきありがとうございました♪
ちなみに本当の柳沢吉保さまに会った事はありませんが、女装趣味はたぶんありません。
でわ♪