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わらわの留守を頼んだのじゃ♪

飯井槻さまの被害者の回。です。


でわ、どうぞ♪


「ええっ!やだ!絶対に嫌ですよ!!」


 お待ちなさい!という彼女を引き留める上役の声を無視して、飯井槻さま付きの侍女の一人である〖小夜(さよ)〗は、同僚である〖鶵〗や〖苗〗とよくつるんでいる侍女の三人組の一人であるのだが、それが今、絶対掴まってなるモノかと懸命に庭園を臨む廊下を早足で疾駆していた。


「聞き分けなされよ。これも御役目の内なんですよ!」

「だってだって!あたしが飯井槻さまの身代わりをするなんて、畏れ多いにも程がありますよ!!」

「ですから、それは心配に及びませんと、幾度も申して居ろう!」

「でもでも、やっぱりダメですよぉー!」


 シタタタタ…。


 小夜を追いかける侍女頭で飯井槻さまの乳母でもある〖膳局(かしわでのつぼね)〗が、汗水たらたらで必死に小夜を追いかけまわしている。


「何やってんですかね、あれ?」


 御殿と台所の間を繋いでいる渡り廊下を足だけ水鳥の如く動かして、上体は一切ぶれないと云った滑稽な早足で駆け抜けていった二人を、庭園をジグザグに横切る飛び石を踏みしめ、彼女らの様子を奇異の目でマジマジと見つめる〖苗〗は、膳局に言いつかって連れてきた、大宮茅野家の家老で兵庫助の腹心たる赤ら顔の大男を振り返りつつ、頭上に疑問符を盛大に上げながら聞いた。


「はてのう。しかし飯井槻さまの侍女様は、上も下も元気でよいのう」


 この髭が御法度の時代には珍しく、追剥の山賊が如くにたっぷりと顎髭と口髭を蓄えている大男は、その御自慢の各種髭を撫でながらしきりに首を傾げながら、摩訶不思議な追いかけっこをニコニコしながら堪能していたのだから、この男も見た目通り、なかなか変わった御仁であった。


「そういえば、奥方様はお元気でありますか?」

「おお、すこぶる元気だぞ。アレは明るくて良い女子じゃ」


 今年、歳が一回り離れた元侍女の若い娘を嫁にしたばかりの大男は、顔に似合わぬ桜の花が咲き誇ったような満面の笑顔で嬉しそうにこう述べた。


「よかった。くれぐれも末永く大事になさってくださいましね」

「任せて置け。決して粗略には扱わぬ」


 苗の注意に大男はゴンッ!と、新妻と大仲良しである彼女を安堵させるように激しく胸板を叩き、まるで分厚い刄金に金棒をぶつけたみたいな音を庭園中に轟かせた。


 本当に大丈夫かしら。


 大男の妻になった親友からの手紙では、彼は体に似合わず気が利いて面白くて、何よりとっても優しいとは書かれてはいたけれど、正直なところ目の前のこの人からは剛勇だけが生きがいの、時代遅れの野蛮人と云った感想しか持てない。


 もしも今が戦ばかりに明け暮れていた戦国の世であれば、さぞ武勇を近隣諸国に轟かせ、数々の軍記物にも彼の御先祖様みたいに其の名が記されたでしょうに、惜しいことですね。


「おや、苗殿よ如何なされた。眼あたりがすこし濡れておられるぞ」


 苗は哀れとも、人の時代にそぐわぬ裏悲しさを見てしまったとも捉えれる、何とも言えぬ遣り切れなさを帯びた眼が、当人の知らぬ間に薄っすらとうるんでいたのだ。


「なんでもありません。では参りましょうか」

「承知仕ったが、その前にほれ、これをお使いなされよ」


 そう言って差し出したのは、包み紙にくるまれた彩り豊かな草花を意匠した一枚の布。


 彼女の大の親友であり、大男の妻になった少女臭さが未だ抜けない娘の絹の手拭。


 それを両の手で布を握りしめた苗は、滲んだ涙をぬぐう振りをして布に鼻を当てて、すーっと息を吸い込んだ。


 あの子の甘い匂いがする。


 この動作で気持ちが落ち着いた苗は、大男に手拭をきちんと折り畳んでから返してから一言こう云った。


(もみ)ちゃんが正しいのかはわかりませんが、〝右左(うてなさ)(ぜん)〟様は確かに気が利く御人なのですね」


 と。


その直ぐ近くでは、「助けて兵庫助さま!」とか恥ずかしげもなく言い放ちながら、飯井槻さまが留守の間、彼女に成り代わる役目を無理やりやらされそうな小夜が、半分着物を剥がされつつ顔を真っ赤にして泣きながら、飯井槻さまの普段着を抱えた膳局の魔の手を振り切ろうと必死に庭園を逃げ惑う姿と、これを鬼の形相で追いかけ回す、十人もの子を育てる肝っ玉母ちゃんの侍女頭の姿があったのだった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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