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大宮茅野家に舞い降りた、人妻天女なのじゃ♪

兵庫助は色香に大層弱い御仁で…(笑)

「うちの旦那がこちらでお世話になっていますそうで、お礼申しあげます」


 下屋敷内に入り、本田の広間に正座した橋梅が初めに云った言葉は、三つ指をついての飯井槻さまへの感謝の気持ちであった。


しなっと飯井槻さま御自らの手により近くの民家の一角を借り受け、大宮茅野家の侍女姿に着替えさせられた夜鷹風の女、橋梅こと長兵衛の女房である於里(おさと)は、飯井槻さまより三つ上の齢十九の女子で、さっきの夜鷹姿の艶かしい姿と比べると若さと清潔さが強調されて、とても同一人物とは思えない出で立ちになってしまっており、儂は思わず頭がくらっとくるほど魅了されそうになってしまっていた。


ふむ。蕎麦屋の長兵衛には勿体ない程の器量よしだな。羨ましい。


「ふん」


 ドスッ!


「いてっ!」


 これ見よがしに傍に座る雛が兵庫助の正座中の足の親指をひねってきた。


「いきなりなんだってんだ!」

「左様に人のお嫁さんをジロジロ見ないでくださいませ。みっともない」


さよけ。しかし儂、そんなに彼女のことをしげしげと眺めていたかな。


いかんいかん。豊穣の女神であらせられる香弥乃の神を奉る大宮の地を領する〖大宮茅野家〗の家老としてあるまじきこと、注意せねばなるまい。


聞けば彼女は普段屋台の手伝いをしているのだが、今宵は寝坊したそうで、起きた時には旦那である長兵衛はとっくの昔に屋台を担いで商売に出掛けており、慌てた於里は取る物も取り敢えず、一休みする際に使っている敷物代りの(むしろ)なぞを抱え急ぎ後を追う形となり、その行く先にいた我らに出くわしたのだそうだ。


 ちなみに橋梅とは、彼女の郷里の幼友達が遊郭に引き取られたのち、名乗りにした現じなだそうな。うっかりその様相から本物の夜鷹だと勘違いをした儂の様子を見て、余り深くは関わりたくないと思い、咄嗟についた嘘だそうな。


 あと道案内に一朱などという大金を要求したのも、吹っ掛ければ我らが彼女にまとわりつくのを防ぐ手立てであったというのだから、なかなかに知恵の回る女子らしい。


 まあ、肝心の我らが、いや選り具体的には儂がだが、それでよいと承諾したがため、引くに引けない状況となってしまい、致し方なく(ふか)()(こおり)に国府を置き大城を構える事実上の主家である〖深志茅野家〗の下屋敷まで、道案内をさせられる羽目に陥ったのであった。


「見るからに怪しい三人組で御座いましたので、これは関わると碌な目に合わないと、そう考えました。その節は大変失礼いたしました」


 頭を下げたまま、チラリと流し目で我ら一同に詫びを入れた於里の仕草は、誠に以て艶っぽく、儂のみならず未だ幼さが残りまくっている少女な身の上の雛も同じく「ほう♡」と、当人も気付かぬ溜息を洩らして感嘆したのであった。


 くっそ!長兵衛め、マジで羨ましすぎるんじゃ!


「して其方よ。今宵はこのまま愛しい旦那のもとに参るのかや?」


 惣畳敷きの大広間の、そのまた一段高い上座の縁取りも鮮やかな畳の上に、目にも眩しい金色の緞子(どんす)を敷き、ここに無様にも高貴な女子にあるまじき太ももも露わな胡坐をかいて座していなさる飯井槻さまは、自ら望んで御成りになられた侍女の格好が甚くお気に召したのか、一向に脱ごうとなさらずそのままの御姿で於里に問うたのであった。


「出来ましたならば今すぐにでも、彼を手伝ってあげたいなと思うております」


 飯井槻さまに促され、ゆるゆる上げた白い肌のうなじを薄く朱に染め応える於里は、それはもうね。天女ってのがもしも此の世に降りられていたら、たぶんこんな感じなんじゃないかなぁ~。ってほどに、神々しいほどの美しさに溢れまくっていた。


「あいた!」


 今度は尻を雛にひねられた兵庫助は、堪らず声を張り上げてしまった。


「相変わらず騒がしいのうお主は…」


 呆れ顔の飯井槻さまは、中腰になって自分の尻をさすり労わる兵庫助を軽く(たしな)められる。


「あ、あいすいませぬ」


 横に座るふくれっ面でそっぽをを向く鶵に対し、引きつった笑顔で抗議しながら兵庫助は失礼を詫びる。


 ホント、こいつは儂に何がしたいんだ?


「ふむ、まあ良いのじゃ。全く、不躾な配下で申し訳ないの於里殿よ。許されい」

「いえ、こちらこそ下賤の者にて、このような大層な御屋敷に夫婦共々お世話になりまして、望外の出来事のように御座います」


 再び深々と頭を下げた於里に甚く満足げな飯井槻さまは、儂についっと目線を向けて〝お主も少しは見習え〟とばかりに念を送ってきたように感じられた。


 悪かったな望外な不調法者で。てか、あんたのその姫とも思えぬ不遜な態度が不調法なんじゃ!


「での於里殿よ。わらわが配下ひょんひょろに聞き及びしところによれば其方、生国は信州と申すそうではないか?間違いはないの、ひょんひょろよ」


 飯井槻さまの問いに、これまと同じくいつもの様に無表情のまま広間の隅にきちんと座していたひょろひょんは、こくんと頷き同意した。


「えっと??確かにわたしたち夫婦共々生国は信州の、善光寺の寺領内の村に御座いますが、それがどうかなさいましたか?」


 いきなりの質問に戸惑ったのか、於里は眼を微かに白黒させて応じる。


「左様か、これは幸いであったかもしれんの。ふししし♪」


 彼女からの言質を得た飯井槻さまは見るも怪しく含み笑い、さも楽し気に口元を無地の扇で隠された。


 今度はなんだ。なにを企んでいやがるんだ此の姫様は。


 途端に言い知れぬ不安感に包まれた兵庫助は、額に手をやり頭を抱えたのだった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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