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僕のブレスレットの中が最強だったのですが  作者: Estella
第四章 伝説の征服点//in冥界&神界
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ろくじゅうよんかいめ 目指そうよ

 一瞬だったとしても、動けなかったときがあった。これは、シエルと戦った時以来だ。自分は誰と戦っても行動を止められることは無く、遥か上へ圧倒していた。

 アデルは戸惑っていた。何故、こんなに早くテーラは上がれたのだろう。そして気付いたのだ。強烈な思いというものがない。

 昔から生まれ持った物を盾にして、これ以上の成長がなかったのだ。嘘だ。ふざけるな。ならば、自分の時間は何だったというのか。

 アデルは認めない。例え現実がそこにあっても、彼女は目をそこから離してしまう。これは、心がしっかり育たなかった闇の彼女の『現実』だ。

 いくら目をそらしてもそこにあるもの。それが―――自分だったのだから。


『わたくしへのこれ以上の冒涜を許してはなりませんわ―――シエル、おゆきなさい!』


『もちろんだよ。この時をどれだけ待ち望んだことか―――!』


 言葉に出したひとつひとつが本心などではなかった。自分への冒涜など好きにやってくれればよかった。どうせ勝てやしないのだから。

 でも今は違う。圧倒的強者という称号はこの場にはもうないのだ。彼女が自分に向けるのは冒涜ではない。単純な対抗心だ。


 単純だけど単純じゃない自分に送ろうか。―――最高の、プレゼントを。



 ひゅう、と風が吹き抜ける。世界を揺るがす戦争を隣で行われているのに、なんともないというくらいに平和な光が流れていた。

 ナタリヤーナは何もしない。メイド服がひらひらと揺らめいた。つけている手袋がゆっくりと外され、ルネックスの足元にたたきつけられる。


『……勝負しろ、というとき、人間界ではこれを『白手袋をたたきつける』というのでしたね。喧嘩を売るのはこれが一番なのでしょう?』


「貴方はそれすらも分からない程アデルと一緒にいたの?」


『はい。私は拠り所がお嬢様以外にありませんので。私はお嬢様の諸刃の剣。お嬢様を守る絶対の騎士。私は、それでしか私という居場所がないのです』


「へえ。何があったんだろうね? 丁度いい。ひとつ教えよう。過度な信頼は時に無為になる。居場所は自分だ。頼れるのも自分だ。誰かの諸刃の剣になることは悪い事じゃない、だから僕の話は飛ばしてくれて構わない」


 ルネックスは自分でも何を言っているのか分からなくなってくる。ナタリヤーナの言葉を否定するつもりはない。

 しかし、信頼とは本当に難しい関係だ。ナタリヤーナの表情が歪んでいる。だがそれよりも、ルネックスは自分の心が歪んでいることを知っている。

 

 どこかでこの情景を楽しんでいる自分がいる。どこかで、血が流れるのを嬉しく思う自分がいる。心底から湧き上がる興奮を抑えきれない。

 英雄になってたまるか。世界を壊す大悪党の方がふさわしいではないか。だが思ってみよう。いきなり死ぬか生きるかの選択肢を即決しなければならない、しかもそれは実力重視。


 今まで無かった事実に、人の好奇心は跳ね上がる。しかも、ルネックスの原動力は恨みなのだ。恨みと妬みが混ざり合った結果、闇となる。

 そうだ。英雄はほかにいるのだ。自分じゃない。所詮英雄になるために生まれてこなかった自分に、歪まない気力などありはしない。


 でも向かうのだ。向かわなければならないのだ。どれだけ闇が深くても、表情を失っても、どこかでそんな自分を好きになれる自分がいる。

 そんな自分が居て、自分を好きになれるからこそ神様のように光輝く地点が生まれるのだ。ルネックスは自分が好きと声を大きくして言えない。


 だったとしても―――今まで積み上げてきた仲間との気持ちは本物なのだ。


(嫌われる、かな)


 自分のこんなに汚い気持ちを知ってしまったら、避けられるだろうか。軽蔑されるだろうか。それでもいいのかもしれない。

 これがルネックスなのだ。知って欲しい。

 ―――同時に、こうやって自分を変えてしまう愚かな世界と愚かな自分を全てに知らしめておくれ。


「だから、飛ばしてくれる前提で言おうか。誰かを本気で信頼したことは無いし、僕は誰かに本気で期待したこともないんだ」


 人は裏切る。人は、何らかの出来事ですぐに表情を反転させる。シェリアの表情が歪んだ。ヴァルテリアが瞠目した。

 純粋だと思っていた少年は、どこまでも深い闇を抱えていた。どこまでも深い光があった。それが混ざり合って、崩壊を起こしている。


 もう崩れていたのだ。どうして気が付かなかった。彼はもう、後戻りができないほど闇と光に浸かっている。

 ヴァルテリアは「ふっ」と笑った。ルネックスの肩に手をかける。


「おう。俺も信頼とか夢の話だと思ってるぜ? こいつ、俺の相棒な。知ってるだろ? 別にお前の心を解き明かそうとか思っても居ねぇから。人って確かに簡単に裏切るけどなぁ……そう深く考えることも無意味なんだぜ? そんな自分を愚かだというなら、それが生きがいってもんさ。少年、一気に深く入り込むんじゃねぇよ」


 空を超えた闇が広がる『上』を見たヴァルテリアの表情は何処か寂し気だった。ルネックスは彼の半分も生きていないのに、あれだけの事を偉そうに言った。

 そんな自分は愚かなのだろうか。今までの事が全て混乱して絡み合って―――そして、ぱちんと弾けた。考える必要はない、英雄がそう言ったのだ。


 アデルのように、思う通りに走り抜ければいい。ヴァルテリアはにい、と笑う。


「お前がもしアレのように走り抜けるんのならさ……同じくこうなるとおもうぜ? お前はそんなに闇じゃねぇよ、俺が見抜いてる。闇で光を覆い隠すな、お前は十分どの英雄よりも英雄だぜ! なあ、嬢ちゃん?」


「……はい。例えルネックスさんがどう言おうと、私の大好きな私だけの英雄です」


「―――ちょっとちょっと! 私のでもあるうわっはぁっ!」


 胸に手を置いて宣言したシェリアの言葉に覆いかぶさるようにフレアルが振り返ってそういう。しかし早続きの攻撃に叫び声を上げたが当たっていない。

 ふざけるな、と大声を上げながらまた突っ込んでいくフレアルを見て、ルネックスはくすりと笑った。欠けてない奴なんて誰もいない。


 誰もが完璧だと詠う者だって、心の中にどんな闇を抱えているのか知ったものじゃないのだ。だってほら、自分だってそうじゃないか。


「―――師匠の、言う通りだぜ」


 誰かがぽん、と肩を叩いた。苦痛に顔を歪ませたリンダヴァルトだった。ルシルファーとミネリアルスがその後ろに続いている。

 起きたのだ。彼らは、意識を失いながらも、苦痛に痛む体に鞭を打って起き上がった。闇は暖かい。そこに全てを委ねればよかった。


 だがそれはしなかった。彼らもある種の愚かな人間だ。ルネックスは手を差し伸べた。愚かな神様、愚かな人間、愚かな自分。

 全てが平等なだけだ。全部が同じなだけだ。此処に居るすべての人間が欠けている。ならば、負ける必要はないし負ける理由もない。


「この愚かな世界のために命を捨ててくださいませんか?」


 だからルネックスは問う。愚かという言葉を捨てるために。もっと大きな光を見つけに行くために。ヴァルテリアは微笑んだ。

 リンダヴァルトは、ミネリアルスは、ルシルファーはその手を取った。三人の見つけた答え、起き上がれたのはそれを成し遂げるため。


 何でもない愚かな世界、三千世界の中のたったひとつを担ぎ上げるため、六人は一人を相手に最大の警戒を募らせる。

 ナタリヤーナは怯まない。ルネックスの言葉は、ひとつも耳に入らない。

 お嬢様以外は要らない世界なのだ。お嬢様だけを守ればいい。忌み嫌われていた自分を華麗に救ってくれた少女を、ずっと、ずっと。


「貴方は聖神とよく似ていますね。私、地下室である本を読んだことがあるんです。それは、聖神の日記でした。どうしてあんなところにあるのか分かりません。小さな村でも、歴史は長かったので納得していました。貴方が日記をつければ同じ文章を語るのではないでしょうかね」


『あなたの住んで居た村を検索いたしました。遥か昔の聖神の故郷ですね。ナビアルファル・ブレッド、現れなさい!』


 シェリアが薄く笑いながらそう言った。淡々と言葉を述べるナタリヤーナの一喝でオレンジ色の髪をした小さな少女が現れた。

 自意識体系列第五番、アルファル・ブレッド。

 攻撃力だけに全てを注ぎ、回避も盾も攻撃で代わりにする。攻撃こそが防御という言葉を体で体現させたタイプだ。


 ルネックスは手を掲げた。淡い闇が光る。それが六人全員の体に薄くかかると、身体能力が急激に上昇する。

 背後から、真っ黒な槍を持つ男が現れた。セバスチャンだ。彼も起き上がったのだ。彼はテーラの方を見ると、すたすたと歩いて行く。


「頑張れ」


 短くそう言い、ルネックスが頷いたことを確認すると、セバスチャンは闇に支配されて神界の原形を保たない死地に自ら飛び込んだ。


「……遠慮なく来てくれて構わない。僕は君を通過点にする。何も守れない僕は、何も知らないくせに偉そうなことしか言えない僕は、強さすらも欠けている僕は、何かを通過点にしなくては強くなれやしないから―――!」


「紅き海に溺れし天使の涙の瞳よ、絶望広がる夜に体現せよ、夜闇の悪魔は今こそ姿を現すだろう、なあ、ミネリアルス!」


「全く意味が分からないなのです! ルネックスさんが強いって意味でよろしいなのです!? あれ、なんか違うような気もしなくもないなのです……」


 こんな死ぬか生きるかを実力で選択する死地の中のんきに話す英雄たちに頼もしさを感じながら、ルネックスは目を細めて微笑んだ。

 ナタリヤーナは手を振り上げる。彼女に成し遂げることはお嬢様のこと以外はひとつもなかった。だから、ひとつも理解はできなかった。


 ペットは飼い主に似る。その通り、アデルに似たナタリヤーナはその感情を抑えつけるために戦うことを選んだ。

 ルネックスはふっとわらう。

 帰ったら一度ギルドにもいかなくては。長い間行かなかったから、今度は何か難易度の高い依頼を受けてみるのもいいかもしれない。


 戻ったら英雄と言われるかもしれない。だったら、目立ってみるのもいいかもしれない。考えていけば、いくつかやりたいことが思い浮かぶ。

 いや、やりたいことが今になって多すぎていることに気付く。簡単に手放していい人生ではなかったことに気付く。


 そうか。愚かな世界が重なり合って完璧な世界を産めばいい。ルネックスはポケットに入れていた冒険者カードを掲げた。

 ずいぶん長い間全く使っていなかった。

 これのシステムは世界の全て。世界のシステムを体現したそれは、今のルネックスの目的―――世界を知るためには一番の物だった。


 世界を支配する者を相手に、世界のシステムで対峙する。


 ―――意外にも、ぴったり合っているではないか。


「条件を作ろうか。僕が君に勝ったら、君に生きる意味をあげようか。君が僕に勝ったら、君の好きなようにしてくれて構わない。まあそれは―――無理かな?」


 好きなように。彼女が。そう言葉を並べただけでも無理だとはっきりわかる。アデルがやれと言ったのならまだしも、ナタリヤーナはもう自分で判断はできない。

 ある意味、聖神よりも進行した後戻り不可能なものかもしれない。だが、ナタリヤーナの存在意義はそれで終わるものか。


 ―――ルネックスは冒険者カードをくるりと反対方向に回した。

書けば書くほどわからなくなってくる(笑)

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