よんじゅういっかいめ 鬼界征服かな?
鬼界の扉をくぐった瞬間に、鬼界の長である証の真っ黒なローブが少女にまとわりつく。少女の足まであるローブは、本来彼女の着るものではない。
少女はもう一人の相棒を思い出し、焦った顔で走る。
今まで来なかったけれど、ずっと見てきてどこに何があるのか慣れ過ぎた場所。真っ暗だけど永遠にひとつ光が灯されている。
しかし、光の場所は永遠に分からない。
「エリス……!」
少女は―――シェリアは、自分の相棒の名前を呼んだ。
つう、と彼女の額から流れる冷汗はシェリア自身も止めることができない。
「シェリア! エリスが、エリスが……!!」
「ミル、エリスの所へ連れて行ってください! 早ければ早いほどいいです!」
「シェリア……うん!」
ミルと呼ばれた少女がダメもとでシェリアに駆け寄ってきたが、シェリアは「ダメ元」で呼ばれるような人間ではないように成長している。
いつも穏やかなミルの険しい顔に、シェリアはルネックスのことを脳裏に一瞬浮かべて、身体強化を施して鬼界の中心まで走り去る。
―――恥はかかせませんよ、ルネックスさん。貴方が私のそばにいて、私が貴方の訓練を受けて……こんなことでつまずいてたまるもんですか。
―――絶対に戻りますよ、五体満足で笑顔で、貴方の元に!!
「シェリア、変わったなあ。それに能力もステータスも余裕でエリスを越している……一体何をしてきたの、シェリア……」
ミルは久しぶりに心に好奇心が宿るのを見た。エリスの次に能力が強いと言われるミルを軽々と越して、それでもまだ余裕があるように走るシェリア。
シェリアはエリスの義理の娘で、本来はそこまで能力がないはずだ。
それをどうやってこの短い期間でここまで成長させることができたのか。
「やっぱり関係があるのか? ……あの人間に?」
そしてルネックスを疑うことになってしまうのは、きっと誰も責められない。同じ時間で神を越す能力を手に入れた少年。
そのグループには鬼族の副長……そこまで言って鬼族の中心部に居るミルが、シェリアの正体を特定できないはずがなかったのだ。
「恐ろしいね。教える力まであるなんて」
「ミル! エリスは何処にいるんですか!?」
「奥! 禁断の地……『終焉の掛橋』の奥だよ!」
「嘘……そんなところまで」
踏み込んだら終わりと言っていいほど、弱者が踏み込んではいけない地域。ミルやエリスくらいにしか踏み込めなかった場所。
弱者が入れば毒素がある凶悪な霧に体を溶かされてしまうだろう。
いくら強者でも、いくらエリスでも、無傷で帰れるとは限らないほど、その地域にはレアな魔物がたくさん氾濫している。
もしも敵がエリスを弱らせてから引きずり込んだのだとしたら……?
「っ……!! アァッ!」
「!? シェリア、待って!?」
思考が悪い方向へ偏ってしまうのを現在は誰も責めることができない。本気で身体強化をかけて今まで入れなかった『終焉の掛橋』を通っていくシェリア。
ステータスが1000を超えていなかったら、そこで死んでしまうだろう。
過去のシェリアはステータス平均1000くらいだった。入るのがギリギリなので彼女は入ることが許されていない。
小さいのにそこまで、と才能は見込まれていたが。
しかし、今は『終焉の掛橋』を余裕で通り過ぎ、奥まで入ろうとしている。
「待ってシェリア。此処からは私も無理! 体が壊されるよ!」
「大丈夫です、ミル! 今からミルに身体強化をかけますので、それを信頼してください! 私は誰かの期待に応えたいんです!!」
にこりと微笑んだシェリアの眼の奥に、確かに憧れの憧憬が煌めいていた。昔見た泣き虫の彼女とはもう違うことを、ミルは悟った。
少しい淋しい気もしなくなくもない。
体に優しく入り込んでくる強化の魔術に込められた魔力を見れば、ミルを遥かに超えていることくらい彼女には分かっていた。
「成長したんだね」
「勿論です! 昔の私とは、もう違うんですから!」
その言葉の奥には、熱い思いと迷いのない自信が見えている。シェリアの足取りには迷いがなく、入れば死ぬなどというものなど気にしていないようだ。
強いミルさえも、入るのはためらうこの禁断の場所。
それをシェリアは躊躇いもせずに奥に向かって駆けこんでいく。
―――負けて、いられるかっ!!
いつもポーカーフェイスで有名のミルは、今日、たくさんの表情を見せたのだった。久しぶりに、負けず嫌いの心が浮き出たのだった。
場に似合わないのは分かっている。
それでもかつて弟子の存在でもあった者に大幅に越されるのは嫌だった。
「エリス!」
「エリス!?」
「ぁ……神……が、せ、聖神……が……ぉそって、きて、ぅう……」
「聖……神、ですか」
「とりあえず治療をしないと。でも今はハイポーションしか持ってない! これじゃあエリスの傷は最後まで……」
「ミル、ハイポーションを貸してください」
地面に這いつくばるように倒れていたのは薄い蒼の髪を腰まで伸ばしたエリスだった。散乱している髪に汚れている白いワンピース。
腹には深くえぐられている傷があり、今も血が止まらず流れている。
シェリアは自分のステータスを速やかに分析し、何ができるか考えた結果、ミルからハイポーションを受け取り、あるスキルをかける。
回復上昇・特殊 スキル。
これはスキルに併せて使うこともできるし、道具を強化することもできる。ハイポーションでは血は止まるだろうが、このスキルを使えば傷も治る。
何故なら二段上のマジックポーションまで進化するからだ。
「大丈夫ですか、エリス? まだどこか痛いところはありますか? 疲れていると思うので、先に此処から脱出しましょう」
「シェリア、どうして、ここに……?」
「それは今、いいですから。強いて言うと鬼界全体へ頼みごとがあるんです……今は急ぎましょう、ミル、行きますよ!」
「う、うん……」
疲れ果てて目が閉じようとするエリスを背中に乗せて、シェリアはミルに念入りに叫んだ後にまた猛突進で駆け出す。
背中のエリスもそのスピードに驚いているようで、ミルは安心した。
昔からミルは一人だけ何かをする、一人だけこの意見を出す、みたいなそういうのが嫌いだった。いつもみんなで何かをするのが好きだった。
しかし、ふだん鬼達へ魔術の指導を任せられていたシェリア。魔術に長けたシェリアだが、そのほかのことは全くできなかった。
シェリアがいなくなってから全てを任せられたエリス。
エリスが忙しくなってからミルも甘えるのを止めて、一人で行動するのを強いられるようになっていったのだ。
「皆さん!!」
「エリス様! ミルさん、シェリア様!!」
鬼族の者が重要な時に集まる広場へとエリスを運んでいくと、そこには鬼族が全員集まっていた。すぐざま疲れをいやすヒールをかける。
鬼御族とは言えど、少なからず治癒魔術を使える者もいるのだ。
「ありがとう、みんな。私は大丈夫よ……それでシェリア、頼み事って何?」
「最初に言いたいんですけど、皆さんはエリスを襲ったのが誰か分かりますか?」
「はい。聖神が襲ってきてエリス様をさらいました」
「実は、私達は今神界と対決しているんです。いろいろな因縁はありまして、聖神が今の所ラスボスなのです。そこで、力を貸していただきたくて」
鬼界の人生にもかかわることに、一瞬皆はざわめいたが、疲労の溜まった顔をするエリスを見て意見を固めたようだ。
エリスは皆が尊敬する雲の上の存在ともいえる立場。
それを傷つけた者を、仲間心理が強い鬼界の者達が許せるわけがない。
「協力します」
「そうですか。ありがとうございます! それではエリス、疲れていると思いますがこちらをご覧ください。その通りに行動をお願いします」
「え、えぇ……分かったわ。シェリアはもう少し此処に滞在してはくれないのかしら?」
「すみませんが、今は忙しいのでできません。でも、全て終わったらお友達も紹介しますよ! 好きなだけ一緒に居られますから」
「そう。ならこれは絶対に成功させなくちゃいけないわね」
ピ、という風を切る音がして、エリスがウインクしながらシェリアが彼女に渡した羊皮紙を指に挟んでシェリアに向ける。
シェリアは薄く微笑み、もう一度皆の方へ顔を向きなおした。
「全て――—聖神の為したことだと思ってください―――」
シェリアがこの地から去ったことも、エリスがさらわれてしまったことも、全て聖神の為したことなのだと彼女は説明した。
ルネックスのことも、その計画のことも長々と説明した。
「あの、シェリア様! 良ければ少しでもパーティに参加してはくれませんか? 今回のパーティで四十回目なんです!」
「お願いシェリア、私からもお願いするわ」
「まだ時間はありますし……分かりました。私も行かせていただきますね」
シェリアは皆に色々聞かれたり、シェリアがエリスなどに色々聞いたりでわいわいしながらも、パーティ会場にたどり着いた。
鬼界では毎年のようにこのようなパーティが開催される。
名付けて『平和の会』とでも呼んでいただろうか。
鬼界はエリスが長になる前、平和主義ではなかったのだが今では戦などしない。
「その友達の中に、そのルネックスっていう子が、シェリアの想い人っていうことなのねぇ。本当に見てみたいわぁ」
「ふふ。とっても優しい方なんです。一人一人が主人公だから、諦めることなんてしなくていいって言ってくれましたから」
「あら、結構よさそうな子じゃないの」
「一人一人に可能性があります――誰にでも一番になれる才能があります。でも。それを発揮できるかどうかは生まれ持った才能によります」
「つまり―――」
「人が言う才能というのは、才能を開花させるスイッチに過ぎないんです」
ルネックスがシェリアを送り出すときに、微笑みながら彼女に言ってくれたその言葉は、シェリアに勇気を与えてくれた。
話に疲れ、皆が眠った時、シェリアとエリスは話を続ける。
「だから自分より強い存在を打破することも、できなくはないんです。ただ、限界を突破できるほどの精神を、生まれ持ってきたか」
「そうねえ。私も少し燃えてきちゃったわ。その聖神とやらがシェリア達の幸せな生活を脅かしているというのなら、全力で戦ってあげましょう」
「なんたって私達鬼族は」
「「ある程度の平和主義なんですからね」」
平和主義ではある。これはどの世界からも有名なことだ。しかし誰も知らないことがある。手を出すときは遠慮なく手を出すのだ。
一度やると決めたことは、たとえどれだけ残酷なことだったとしても。
―――彼らはそれに手を染めることを厭わない。
たとえ全世界を敵に回すと言ったとしても―――彼らは怯むことは無いのだ。
その後エリスとシェリアは眠りにつき、翌朝起き上がった者達に満面の笑みで送り出されたのであった。
―――思い出せ、愚かな人間ども。
―――貴様らは主人公だ。
―――運命様が作り出した。
―――唯一の可能性を持つ、誰だって破格になれる存在なのだ。
誰一人として、主人公ではない者はいない!!(殴
↑こんなセリフを言っていいのは美男美女と主人公に限るのです。