よんじゅっかいめ 魔界征服かな?
かつん……。かつん……。
時折響く尖った足音は怖気を感じさせるが、幸い周りの景色は平和な村と同じで、まだいいという感じだ。しかし足音の主の少年の横顔は険しかった。
足音が二重に重なる。
少年が重なった方を振り向くと、同じく険しい顔をした少女が歩み寄る。
「ルネックス……聞いて……――――――」
「カレン。どうしたの? ――――――え」
奴隷たちの訓練を終えたルネックスとカレンだった。カレンはゼロのことを話し、皆の祝福のことについても話した。
ルネックスはさらに険しい顔で考え込む。
原始の存在ゼロが出現するまでとなると、本当に自分の手で負えるのか。
相手は神だ。この世界を管理している存在だ。
人間の範疇をいくら飛び出していたとしても、確かに相手が悪いのは認めざるを得ないのだ。
しかし、破格の存在だと言われるのならば。カレンがゼロの「かけら」というのならば、これだけのものが集まっているのならば、勝機はまだあるかもしれない。
「複雑だね……とりあえず魔界に行くしかないや。行き方については―――」
「何か……方法が……あるの?」
「【一刀両断】」
すべてのものを切り裂くことができるスキル【一刀両断】を使い、ルネックスは時空の扉を割いて魔界への扉を導き出した。
実は奴隷たち全員が弟子とみなされており、彼らの経験値がそのままルネックスに入ってくる仕様になっている。
そのため経験値が大量に入り大量のスキルを取得したのだ。
「どうしたの? 入らないの?」
「ううん……少し……怖い……勝てるか……分からない……」
「大丈夫だよ。あそこの大魔王は物わかりがいいって聞いてるから。邪神と対決する可能性もあるかな? 頑張ろう」
「邪神と……対決……するつもり……!?」
「勝てるかわからないけど、邪神で止まってたら聖神なんて倒せない」
そう言ってルネックスは微笑んだままカレンの手を優しくつかみ、禍々しい雰囲気の漂うブラックホールの中に入っていった。
中は真っ黒な木が茂っており、草も腐っている。
「うん。やっぱり禍々しいね」
「想定は……してた……怖いけど……平気かもしれない……私はゼロの分身体……醜い所は……見せない……」
「カレン。やっぱり皆僕より成長してそうだね。負けてちゃだめだ、僕も頑張るよ」
「ルネックスは……――――――」
ルネックスに足りないものは、恐らく場合に応じてのポジティブの無さだ。自分の能力の限界をしり超えようとはするものの、とある一点で止める。
止めた後にもう一度限界を知り、超えて、また止める。その無限ループ。
しかしそれこそがルネックスの最大の欠点なのだ。
人間とは本来唯一熱くなるのが許されていて、まあそれが神にとっての最大の誤算でもあるが、本来は止めない方が良い無限成長体なのだ。
それを言うことはいけないと察し、カレンは口をつぐんだ。
「示せ」
ルネックスが久しぶりにブレスレットに命じると、道が明るくなり、今の目的にあった進むべき道へ光が一直線に進んだ。
「相変わらず最強だね、このブレスレット」
「……聖神の」
「あ。あはは……褒めちゃった」
『やっほ。どーしても言いたかったんだけど、フェンラリアちゃんの百分の一じゃぁボクには勝てないからね!』
「って大賢者様!?」
また頭の上から声が降りかかってくる。
ルネックスのブレスレットは聖神が作ったものではなく、聖神と全能創造神の二人が作ったものである。
フェンラリアに万分の一で大賢者に勝てると言ったのはずいぶん前の話だ。
「僕も基準が分からなかったんですよ……」
『もう! ひとつ言いたいことがあるんだけど、今大魔王とか魔王とか機嫌いいから。それじゃあ! まったねー!』
「それだけですか!?」
と叫ぶと、大賢者―――テーラは仕方がないなぁと言って詳細も教えてくれた。ルネックスが神界をズタズタにしたことを喜んでいるらしい。
ということは、交渉に勝機は増えたということ。
最後にテーラは気を付けて、と付け足した。
『みんなバトルジャンキーだからね』
「へ、へぇ」
そう言った彼女の声は確かに呆れていて、どうやらバトルジャンキーな一面を目撃したことがあるようだ。
さすがは大賢者、魔界の常連客なのだそう。
必要な時はテーラの名前を出すことも許されたところで、彼女の声は消え去った。
「名前を出したらほぼ勝っちゃうんじゃないの?」
「そう……テーラ様……名前は広い……でも戦うかも……相応か? って問われたり……」
「うん。そういう可能性もあるね。というかそっちの方が可能性は高いと思う」
勝てるか、と問われるのなら勝つ自信しかない。
テーラの知り合いに相応するのか、と問われるのなら相応になろうと精一杯頑張っていると答えるつもりだ。
歩いていると、目的地が見えてきた。
「こんにちは」
そこには黒い台に座っている―――魔王サタンとその配下たちがいて、銀の台に座る大魔王―――ヘルとその配下たちがルネックスとカレンを凝視していた。
配下たちは嫌悪そうにルネックス達を見つめ武器を構えていた。
「こんにちは」
自身でも自身に引きながらルネックスは先程の言葉をもう一度繰り返す。
「ほう。生身の人間でここまで乗り込んできたというのか?」
「ご存知ルネックスです」
「ルネックスですかぁ~、ヘルに勝てるなら認めてあげますよぉ~」
『御主人様、勝率は百パーセントです。アーナーも力を貸しましょう』
と、此処で久しぶりにアーナーの声が聞こえる。サタンの方が大人な感じはするが、ヘルの方が明らかに威圧感が高い感じがする。
しかしルネックスは気持ち悪いようにも感じる張り付いた笑顔を崩さない。
何故ならアーナーの言う通り彼の方がステータスが高いからだ!
「僕は神を超えているんですよ? いいんですか?」
「はっはっは、ワタシを超えてから言うんだな」
「誰ですか?」
「ワタシか? ワタシは魔の原始……ゼロ2とでも呼んでくれないか」
「ゼロツー……」
まさかの邪神よりも上の存在だった。そういえば聖神に力を貸したのも邪神だし第一邪神が此処に居るわけがない。
だって邪神とはいえど彼はどの世界の味方でもなかったのだから。
ゼロ2が出てきた瞬間に魔王も大魔王も跪き、場は緊張に包まれた。
この存在感は、さすがのルネックスも冷汗をかく。
真っ黒な髪と黒と紫の着物を着て、ニヤリと口角を上げている彼女の存在感はカレンが見たゼロと同じくらいのものだった。
恐らくゼロ2に勝ったら魔界は征服することができるだろう。簡易に。
『御主人様……勝率は……』
『勝率なんていらない……このブレスレットは最強なんだからね。あは、また褒めちゃったかな。でもこれは創造全能神の傑作で、僕の創造世界だ』
『……』
ブレスレットに力を入れてゼロ2を見つめる。相変わらず口角を上げて不敵な笑みを浮かべている彼女に不思議と嫌な気持ちはしない。
「どうぞ。準備は整いましたよ……」
「ふん。【人生終了予告】」
「そう来ましたか【死亡宣告カウントダウン】【能力返却】」
「ふむ【絶対斬撃】!!」
人生終了予告は死亡宣告カウントダウンよりもランクが高いが、ルネックスは相殺するつもりはなく威力を弱めたいだけだ。
そのあと能力返却で全てまとめて返すが、絶対斬撃に切られてしまった。
現在の体力もMPも何もかもが十分の一くらいしか減っていない。破格だ。
「やるではないか人間よ。さすがは聖神に向かうものだな……良い。ワタシも応援してやろうではないか。しかし魔界の協力はやらん! 終わらせて見せよう!」
「魔界の協力は絶対必要なんですよ、突き抜けさせてもらいますね」
「ふん! 【言霊憑体】」
「【能力強奪】【言霊憑体】!!」
「ワタシはもうこの能力を使えないわけだな……奪い取られてしまうとは」
ゼロ2は恐らく魔界を永遠に自分の物にしたいらしく、誰かに協力するなど絶対にない。一方のサタンとヘルはこの情景を見て呆けていた。
初めて目撃したゼロ2の強さ。
彼女が魔界を征服したことに不服を抱いていたが、今では完全にそんなもの無い。
配下たちに至っては力のつよさに威圧され気絶してしまっている。
カレンは腹に力を入れて立っていれば余裕くらいだ。グループの中でも強い力を誇るのだからそれくらいは当たり前だと自負している。
むしろカレンはそれくらいではないとパーティメンバーを名乗れないと思っている。
言霊は言ったことが全て叶う能力。
ゼロ2はレベル60だが、ルネックスは最初からレベルはMAXだ。
「【気絶してください】」
「何!? 上回るだと……【絶対回避】」
「はぁ、さすがゼロ2です。持っているスキルが厄介ですね」
ルネックスは本気で呆れている。言霊すらも回避させることができるスキルなど限られているのに、それを持っているのだから。
ゼロ2は言霊をまだ装着しているので、油断はできない。
レベル60だと効果は十分。MAXだと効果は一時間。まあ何倍もあるが……。
「【あなたの全てのスキルが消えてください】」
言葉が可笑しい気もするが、今はこれでいいだろう。
「ぬあっ! レベルがMAXだというのか!?」
「そうですねえ……マックスですよ、もちろん」
「ふん……【気絶しろ】」
「【その詠唱を無効にしてください】」
永遠に終わらない言葉のあやな気がするので、ルネックスは早急に最終手段をとることにした。
「【ゼロ2さんのステータスを十分の一にしてください】」
「ぐあっ―――!」
単純にルネックスの術の使い方が上手いだけだ、ただそれだけだ。MAXだったとしても使いこなせなかったら死ぬ運命は変わらない。
急激に能力が下がったゼロ2はうめき声をあげて倒れた。勝負は決定である。
「【ゼロさんへかけたすべての言霊を解除してください】大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫だ。ここまでならば貴様一人で神界も征服できてしまうのではないのか? 聖神とはそこまでの存在なのか?」
「ええ。そこまでの存在なのです。どれだけあがいてもどれだけ必死に戦っても、絶望すら見てもぶち抜けない相手なんですよ」
すべての言霊を解除されたゼロ2はルネックスに差し出された手を取り、質問を投げる。ルネックスは張り付いた笑顔をなおも崩さずに淡々と述べる。
「貴様は、それだから負けるのだよ」
「え?」
「時にはすべてをさらけ出せ……止まるな……進め。いろいろあってワタシは能力が下がっているのだよ。少ししか協力できんかもしれんが」
「ありがとうございます!」
この日、この時、魔界からの協力が決まったのだった――――――。
「僕はまだやる事がありますので、行きますね。【一刀両断】それでは皆さん……良ければ作戦でも立てておいてくださいね」
「ルネックス……待って……」
『驚きました。御主人様……まさか本当に勝利してしまうとは』
とまるな。進め。
ゼロ2の言葉は果たしてルネックスに届いただろうか。ルネックスがこぶしを握り締めて空を見上げているのを見れば、一目瞭然だろう。
先の見えないブラックホールに二人は足を踏み入れる。
――――――人生すらも分からない人生で、君ならどうあがくだろうか?
予想外の展開になってしまったと自分でも思っています。
最終回みたいになってますけど続きますよ(笑)