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地獄転生  作者: めるーん
冒涜編
6/19

地獄にたかる天使

 薄暗く、果ての見えない砂漠。富樫圭悟(とがしけいご)らは再びそこに降り立った。


「で、どこに魔王の根城はあるんです?」

「…………それが、(わたくし)たちにも分からないのです」

「えへへ、ごめんねー」


 富樫圭悟の問いかけに、天使2人は申し訳なさそうに答える。

 今回、彼らの魔王討伐についてきた天使はプリムとリエルだけであった。手筈としては、まず富樫圭悟らが地獄の第1階層――もっとも手筈の説明の際、天使たちは富樫圭悟と縋木徒紫乃(ついぎとしの)の前では「地獄」という言葉は使わなかったが――に突入し、危険が無いと判断できたら他の天使も呼びこみ手当たり次第契約をさせる。そのような事態になれば敵は必ず現れる。その敵を捕らえ、第2階層以降への行き方を調べるというものだ。


「まぁ、私達が今やることは、この砂漠に危険が無いかの確認ですね」

「その通りです、徒紫乃さん」

「ではその"危険がない"というのはどうやって調べるんですか?」


 2人の会話に、富樫圭悟が割り込んだ。


「私達天使が圭悟さんと徒紫乃さんを連れて空を飛びまわり確認します。脅威を発見し次第殲滅しましょう」

「しかし見る限り、この砂漠は果てしなく広いですよ?」 

「砂漠の端と端が空間的に繋がっているのでそう見えるだけですよ。狭い……とまでは言いませんが、そこまで広くもないのです」

「端と端が繋がっているってのは、現在地からまっすぐ歩き続ければまたここに戻ってくるということですか?」

「はい、その認識で正しいですよ」

「で、この場所をそのようにしたのも、やはり魔王ですか?」

「――――ええ、勿論です」

「いやー、圭悟くんって志高いねー」


 それは称賛か皮肉か。プリムが疑問をまくしたてる富樫圭悟に話しかけた。


「自分、勇者ですから」

「ぷぷっ、そうだね私達の勇者だね。いやーホント面白いね圭悟くんは!」

「え、笑いどころなんですか?」

「微笑ましいってことだよ!」


「さて、圭悟さんもプリムも雑談はそれまでにしてそろそろ始めましょうか」


 リエルはパンと手を叩いて、自分に注目を集めさせた。

 言うなればここは敵地である。そこで雑談することの愚かしさを暗に指摘されていることに気付いた富樫圭悟とプリムはやや恥ずかしそう俯いた。


「はい! 気を取り直して、がんばりまーす!」


 プリムは縋木徒紫乃の手をむんずと掴み薄暗い空へ舞いあがった。


「では(わたくし)達も行きましょう、圭悟さん」


 



***



「ね、今更砂漠に来たって意味ないんじゃないの?」


 砂漠の中、ぼーっと立ち尽くす彼女は言う。 


「朝比奈さん、何故そう思うんです?」

「だってさぁ、大久保くんがやられたんでしょ。それはつまり契約者がいる(イコール)天使もいる=ここから抜け出したってことじゃん?」

「天使がここの罪人と接触できたということは、この第1階層のどこかに我々の知らない出入り口があるということです。まずはそれを見つけましょう」

「柳田くんさぁ、もし契約者が襲ってきたら頼むよ、私を守ってよ?」

「貴女の力が戦闘向きでないことは知っています。有事の際はおまかせを」


 2人は薄暗い砂漠をとぼとぼと歩き出した。

 

「いや、しかしどうやって出入り口を探すのよ……」

「くまなく探せばいいんですよ」

「いや、こんな広い場所をくまなくって……」


 朝比奈は、果てのないように見えるこの第1階層に果てがあることは管理者として勿論知っていた。それでも、広いことは広い。そこをくまなく探すことは酷く大変なことに思えた。


「朝比奈さん、あそこに見えるのは契約者ではないですよね?」


 柳田は倒れている人を指差しながら朝比奈に問うた。

 

「うん、体が砂になりかけてるし、死にそうな顔してるし。ふつーの罪人だと思うよ。どうする? 蹴ってみる?」

「何故? 彼らは既に罰を受けているではないですか」

「柳田くんさぁ、そいつが生前何したか知らないの?」

「すいません、知らないです」

「強姦致死だよ」

「なんと……。いや、しかし彼はもう罰を受けているのでは?」

「そんなに真面目に答えないでよ。冗談だよ、じょーだん」

「朝比奈さん、あまりそういうことは……」


 ――――その時である。


 初め、"それ"を鳥と誤信した。少し考えて気付く。ここには鳥などいないと。

 そして、理解する。それが天使なのだと。





***



「下に魔王の手先のような人の姿は見当たりませんね」

「見当たらなくてもいいんだよ! そっちの方が楽だし!」

「ま、まぁそれもそうですが……」


 縋木徒紫乃はプリムに手を繋がれながら空を移動していた。

 下には所々に倒れた人が見えるだけで、目立った動きをする者はどこにもいなかった。


「どのぐらい探すんですか?」

「う~ん、ざっとでいいんじゃないかなー。取り敢えずいないってことが分かればいいんだし!」

「もし……もしですよ? 魔王の手先がいたらどうしましょう?」

「徒紫乃ちゃんはまだ力を使ったことないもんね~」

「そうなんです。ですから圭悟さん達に知らせるってのも一つの手ですよね」

「ま、大丈夫だって! プリムちゃんの与えた力を信じて! 楽勝間違いなしだよ!」


 そのまましばらく彼女らは空を飛び続けた。この場所には夕暮れなど時間を感じさせる現象は存在しないが、それでも随分と時間が経ったなと感じるほどに長い時間が経った。


「えっと……リエルさんってどこなのかなぁ……?」

「まさか、迷ってしまったんですか?!」

「おんなじ景色が続くから、どこをどう飛んでるか分かんないんだよねー……」

「こういう時はむやみに動かない方がいいのでは?」

「お、名案だね! 休めるし一石二鳥だよ!」


 ――――その時である。


 初め"それ"は目に留まらなかった。しかし、すぐに違和感に気付いた。"それ"は立って歩いているのだ。それだけで異常だった。何故ならここの人は皆、例外なく倒れているか座り込んでいるからだ。

 縋木徒紫乃はその旨を急ぎプリムに伝えた。


「プリムさん、あれって!?」

「あれ? あれって? あれは!! えーっと、魔王! 魔王の手先だよ! ど、どうする? 奇襲する!?」

「奇襲!? できますかね?」

「わかんない、わかんない! あわわわ、どうしよう」

「じゃ、じゃあ一旦引きま」

「イケる! 絶対イケる! 私ならイケる!」

「いや、行くのは私であってプリムさんではない気が」

「行くよ! 徒紫乃ちゃん!」

「え? そんな!?」


 プリムは立って歩く人影に向かって急降下する。


「徒紫乃ちゃん! 力の発動はもう念じていてね!」


 プリムの力で飛んでいる以上、縋木徒紫乃に「引く」という行動はとれない。せいぜいプリムに向かって「やめて」と叫ぶことくらいしかできない。そして、そのプリムが半ば暴走状態になっているのだから、もうどうしようもない。


「わ、わかりました……!」


 縋木徒紫乃は力の発動を念じた。


 自分の手が何かを掴んでいるのが分かった。だから、縋木徒紫乃はそれを引き抜こうとした。

 違和はすぐに感じた。引き抜こうとすれば、自分の血や筋繊維までもが引き抜かれるような感覚に襲われるのだ。

 

 ――血が噴き出て、それが何かを形作る。

 ――筋繊維が引き抜かれ、それが絡み合う。


 体を駆け巡る嫌悪感を振り切りながらも全て抜ききった彼女の手には大鎌が握られていた。全体的に赤黒く、大鎌の至る所に血管のようなモノが張り巡らされている。

 そして気付く。血や筋繊維が引き抜かれる感覚は錯覚だったのだと。事実、彼女に傷は無い。


「おー! 禍々しくてカッコいいね! さ、そのままそれを振りかぶって!」


 縋木徒紫乃が大鎌を手にしたとき、"魔王の手先"へ、あと10メートルというところまで迫っていた。

 見れば、魔王の手先2人は驚いた顔でこちらを見上げているだけで、迎撃に出る様子はない。


「い、いきます!」


 縋木徒紫乃は大鎌を振りかぶり、そのまま振り下ろす。


「痛ッ! いた、痛い……!」

「だ、大丈夫ですか朝比奈さん!」


 柳田は急ぎ朝比奈の方を振り向いた。一見して彼女の体に目立った外傷は無い。


「かすった程度っぽいですね! 朝比奈さん、あの女が契約者でいいんですね!?」

「ど、どう考えてもそうでしょ!」 


 "あ、あと! かすった程度ではないかも……"

 朝比奈はそう言おうとしたが、柳田に余計な心配をかけるのは良くないと判断し、口を噤んだ。


 柳田は縋木徒紫乃と対峙した。


「プリムさんは早く圭悟さん達と呼んで!」

「え、でも1人で大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないから呼んで欲しいの! 早く!」

「わ、わかった! 急ぐね!」


 縋木徒紫乃は違和を感じていた。最初の奇襲の時、何かを切り裂いた感覚は確かにあったのだ。それなのに魔王の手先2人を見る限り目立った外傷が無い。


 早く……この力を理解しないと……


「喰らえ!」


 だが、柳田は縋木徒紫乃に力を理解する時間を与えない。無数の光の壁が彼女の足元から突き出てきたのだ。彼女はそれが自分を害するものだと一目で分かった。


「逃がさないッ」


 縋木徒紫乃は普段より力の出るその脚で、ただ走り回ることによって足元から突き出る光の壁を回避していた。それを受けた柳田は攻撃方法を変える。光の壁を彼女の足元から出すのではなく、前もって展開させていくことで逃げ場を奪う。その上で彼女の足元から光の壁を突き出したのだ。

 しかし、それも躱される。


「すごい……! 身体能力が凄く上がってる!」


 縋木徒紫乃はただジャンプをすることで、進路を塞ぐ光の壁を越えたのだ。光の壁は1.5メートル程度のものであった。


「この身体能力の上昇具合……これが、天使の状態の差か……」


 柳田はぼやいた。


「くらいな……さいっ!」


 縋木徒紫乃は柳田を大鎌で薙ぎ払おうと、大鎌を構え走り出した。そのスピードに反応しきれない柳田がとった選択は回避ではなく防御であった。彼は自分の目の前に光の壁を多重展開させたのだ。

 大鎌が光の壁に弾かれると、縋木徒紫乃ですらそう思ったその時である。大鎌の刃は光の壁を透過した。否、透過ではない。透過したと誤信するほど滑らかに、光の壁を切り裂いたのである。そして大鎌の刃は柳田の体にまで届いたのだ。


「すごい……切れた……」


 大鎌の刃を見れば、そこには血が滴っている。


「がはっ……」


 柳田は膝から崩れ落ちた。大鎌の刃は柳田の腹を深く抉り、引き裂いていたのだ。


「柳田くん! 早く!」


 朝比奈が叫んだ。彼女の後ろには青白い光を放つ穴のようなものが出来ている。

 柳田が自分の足で動くことができなくなったことを理解した朝比奈は、彼のもとへ駆け寄ろうとした。

 

 だが、縋木徒紫乃はそれを許さない。


 死なない程度に、死なない程度に……

 そう念じながら彼女は朝比奈の脚へ向けて大鎌を振った。


「ひぎッ……あ゛……痛い、いたい……」


 朝比奈は倒れた。が、その脚が出血することは無かった。


「また……切れてない……?」


 縋木徒紫乃は倒れた朝比奈に近付く。


「こ、こないで……! 来るな! 寄るな!」


 喚き立てる朝比奈を無視して、縋木徒紫乃は彼女の脚を見た。


「うわ、これって……」


 朝比奈の脚には赤黒い痣と酷い腫れが出来ていた。内出血である。何かに気付いた縋木徒紫乃は最初、奇襲をかけたときに切り裂いたと思われる腕を見た。やはりそこも内出血していた。


「やっぱり、"中"を切っていたのね……」


 しかし、その理由が分からない。


「罪人共め……自分達が何をやったか理解してるの!?」


 痛みに耐えながら、振り絞ったような声で朝比奈は恨み言を吐く。


「理解していますよ。私達は正しいことをしたのだと」


 縋木徒紫乃は平然と受け答える。


「この力を揮ったときから、ずっと。私の心はとても清々しかったですよ。貴女方を切り裂いた時には興奮だってしたかも。自分が正義だって、そんな感覚……」


「それは……それは天使の……」

「おーい! 徒紫乃ちゃーん! だいじょうぶー?!」


 朝比奈の発言をプリムの大声がかき消す。


「凄いね、これ全部徒紫乃さん1人でやったの?」


 そこには富樫圭悟とリエルも居た。 


「えぇ……まぁ……そうですね。私1人で……ふふふ」


 縋木徒紫乃は富樫圭悟の称賛の言葉に照れ赤面し、恥ずかしそうに顔を逸らした。


「素晴らしいですよ徒紫乃さん。1人は死に、1人は無力化したのですね?」


 リエルも徒紫乃に向かって称賛の言葉を投げかける。


「無力化かどうかは分からないけど、その女はたぶん戦闘向けの力を持ってないです」

「分かりました。十分注意しながら扱いましょう」


「して、これでここの脅威は消え去ったと言ってもいいでしょうね。私達の方には魔王の手先は1人もいませんでしたし」

「ってことは、もう私達以外の天使を呼んでも!?」

「いいですよ」

「やったー!」




 ――薄暗い砂漠に、光が射しこんだ。

 天使たちはその光の中から次々に姿を現し、砂漠の空を飛びまわる。

 地獄が1つ、無くなろうとしていた。

 


 

 

 



 





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