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地獄転生  作者: めるーん
冒涜編
4/19

暫定勇者

「このまま躱し続けても埒が明きません。ですから、私と"契約"をして欲しいのです」


 突如現れた正体不明の男によって仕掛けられ続ける光の爆発。その爆音の合間を縫って天使が言った。


「契約? 契約とはなんですか?」


 疑問をぶつけたのは縋木徒紫乃(ついぎとしの)である。


「簡単に言えば――"力"を得るということですよ」

「僕らに力なんか与えないで、暫定天使さんが自分であのよく分からない男を倒せばいいじゃないか」

「貴方は黙ってて下さい! 私は本物の天使です!」

「で、でも……なんで天使さんが自分で戦わないのかは私も気になります……」

「簡単に言えば、天使は空を飛ぶことと契約して力を与えることしかできないのです、だから早く契約を!」


 富樫圭悟(とがしけいご)は今だに天使を疑っていた。彼が天使について特に引っかかっているのは「あなた方を地獄に堕とした魔王を、」という台詞であった。


 考えろ……富樫圭悟。まず前提条件としてここは地獄ではない、これは絶対の真実だ。

 暫定天使が僕らの味方をしてくれるというのなら何故、僕らを騙してこの場所を「地獄」と言ったのか……

 今、僕らに攻撃を仕掛けてきた男を暫定天使は「魔王の手先」と言っていた。これは誘導なのだろうか?

 暫定天使は自身と敵対する勢力を「魔王」と詐称して、僕らを利用しようとしている……?


「早く! 早くして下さい! もう退き引きならない状況なんですよ! 死んでしまいますよ!」


 光の爆音にも勝るくらいの声量で天使が喚き立てる。


「貴女はどうです? 早く契約をしましょうよ! 早くしないと!」


 天使は縋木徒紫乃に標的を絞った。


「私は、圭悟さんの判断を待ちます……」

「何故自分で判断することを放棄するのです!? あなた方はそんなにも深い関係なのですか!?」

「いえ、ここで初めて会った人です」

「ならば何故!? 命がかかっているのですよ!」

「その説明は……長くなりますけど……」

「あぁ、もう! あなた方は本当になんなのですか!」


「――――分かりました」

「え? 今、なんと?」

「分かりました。契約を結びましょう、暫定天使さん」

「おぉ! 英断です! では早速契約を結びましょう!」


 天使は急加速して砂漠の空を駆け昇っていく。一旦、男の攻撃の範囲外に出ようとしたのだ。


「最初からこうすれば、契約とか必要なかったんじゃ……」

「一時凌ぎにしかなりませんよ。どこまで上に昇っていってもここからは出られませんし、アイツらはどこまでも追ってきますから」


 もはや地上の男が確認できぬほど上に昇った後、天使は横に移動し始めた。数分程横に移動したところで天使は「このくらいですかね」と呟いて下降する。

 

「すぐ、ここに追いついて来ますよ。早く契約をしましょう」


 地に着いた天使は刃物を懐から取り出す。そしてそのまま自分の手首を切り裂いた。

 しとしとと血が零れ落ちる。天使にも血が流れているのだ。

 

「さぁ、次は貴方の番ですよ。時間がないのでお早めに」


 そう言って天使は富樫圭悟に刃物を渡した。


「僕も手首を切ればいいんですか?」

「別にどこでもいいですよ。傷口を作るというのが重要なんです」


 なんとなく手首に傷を付けることに嫌悪感を覚えた彼は、自分の腕を切り裂いた。

 天使ほどではないが、それなりの血が流れ落ちる。


「腕を傷つけたのですね。ならばそのまま腕を私の方に伸ばして下さい」


 天使に言われるがまま、富樫圭悟は傷をつけた腕を天使の方へ伸ばす。


「では、失礼しますね」


 天使は自分の傷口を富樫圭悟の傷口に密着させた。富樫圭悟は、その生理的な嫌悪感に鳥肌を立てる。


「はい! 契約完了ですよ」


 天使が手首を富樫圭悟の腕から離すと、そこにもう傷はなかった。

 今だ天使についての不信感が拭えぬ富樫圭悟が契約を決意したのは単純であった。何より"力"が必要だと判断したからだ。

 転生したはいいものを、富樫圭悟は力までは得ていない。このままの状態で魔王とぶつかるのは悪手であると彼は考えたのだ。


 いいだろう、暫定天使が僕らを利用しようと言うのなら、僕も暫定天使を利用してやる。いずれ真実が分かったとき、僕は力の矛先をお前に向けるだろう。


「で、どうすれば力とやらが発動できるんです?」

「簡単です。力を発露しようと思念すればいいのですよ」


 富樫圭悟が力の発動を思念しようとしたとき、地平線上でキラリと何かが光った。

 キラリ、キラリとまた光り、遂には爆音が富樫圭悟の耳に入ってきた。


「ほら、追いかけてきましたよ。本当にしつこい奴らですね」


 男は自分の足元を爆破させながら走っていた。その爆破の威力を推進力に利用して、超人的な速度で移動しているのだ。


「追いついたぞ罪人共、それと天使」

「へぇ、"天使"なのか」


 この爆破男が暫定天使と敵対している勢力であることはもう理解している。彼が彼女を天使呼ばわりしているところを見ると、暫定天使ではなく本当に天使なのかもしれない。思えば最初の時でも「天使」と言っていた気がする。


「確認したいことがある!」


 富樫圭悟は大声を上げた。が、その瞬間である。富樫圭悟の足元が光り輝き、爆発した。その威力で砂漠の砂が舞い上がり、辺りを覆う。キラキラと光の残滓が如きものも舞っている。


「まずは1人。問答無用だ」


 爆破男は周りを見渡し、天使と縋木徒紫乃を探した。が、既に彼女らは空の上である。


「け、圭悟さんは大丈夫なのでしょうか!?」

「大丈夫ですよ。彼は攻撃を受けたとき、既に力を発動していましたから」

「力が発動しても爆発を耐えられなきゃ意味がないんじゃ……」

「下を見てごらんなさい。彼は生きているではないですか」


 そう指摘され、縋木徒紫乃は下を見た。


「あ、ホントだ……生きてる……」


 富樫圭悟は生きていた。

 舞い上がった砂埃も地面に落ちたころ、縋木徒紫乃だけでなく爆破男も富樫圭悟の姿を視界に捉えた。


「何故生きている! 罪人共が!」

「分かる! 理解できる! 自分の中にある勇者の因子が疼いている!」


 富樫圭悟が力を発動させると、絶対の自己肯定感が彼の胸中に生じた。自らを構成する細胞一つ一つ、ここに至るまでの時間の一瞬一瞬。その全てを無限に肯定、祝福される感覚である。後悔も、罪悪感も何一つ無い。光に照らされる感覚。自分は絶対の正義なのだと言う無根拠の自信が溢れてくる。

 陶酔している富樫圭悟の足元が、またも爆破される。


「効かない! 何故なら僕は勇者だから!」


 そしてまたも、富樫圭悟は無傷であった。


「何故効かない!?」

「だから勇者だからだって」


 富樫圭悟が地面を蹴ると、その次の瞬間、彼は既に爆破男の目の前にいた。


「うおおお、行くぞ! 勇者拳!」


 爆破男に向かって亜音速、若しくは光速と言っても差し支えない速度で拳を飛ばす。その威力を喰らった爆破男は、そのまま亜音速で吹き飛んでいった。彼が遥か彼方まで吹き飛ばなかったのは、彼が爆破の威力で勇者拳の威力を減衰させたからだ。


「何と言うことだ、何と言うことだ。契約者が生まれてしまった……しかもこんな出鱈目な力を持っているとは……」

「分かる、その存在を確かに感じる! うおおお出てこい! 勇者剣!」


 富樫圭悟が声高らかに叫ぶと、その手に光が集まり剣の形に収束した。


「影すら消し去れ!」


 剣を一振りすると、薄暗かった砂漠は一面を光に覆われた。昼よりも明るい状況がしばらく続いた後、砂漠に影が戻り始めるが、そこに爆破男の影は無かった。


「素晴らしい戦果ですよ!」

「すっごく強かったですね!」


 空から降りてきた天使と縋木徒紫乃が、彼を称賛する。


「爆破男に聞きたいこともあったんですけど……。この際、天使さんに聞いていいですか?」

「やっと私を天使と認めてくれたのですね。では、私に答えられる質問なら是非答えましょう」

「天使さんは爆破男を魔王の手先と言っていましたけど、彼はどう見ても僕と同じ人間じゃないですか?」

「……人間だったら、何か問題ですか?」

「魔王も人間なんですか? 天使さん」

「…………はい。爆破男も魔王も人間ですよ。ただし光に背いた人間ですが……」

「光に背いた、とは?」

「あの人間達は私達天使を迫害し、この世界から追放しようとしているのです」

「だから天使さんにとってあの人間達は"魔王"同然なわけですか」


 合点がいった。なるほどだから天使は彼らを憎んでいるのか。


「あの、ひょっとしてここの人間を砂にしているのも光に背いた人間なんですか?」

「はい、その通りです。皆、アイツらのせいなのです……」

「驚きました、もう"魔王同然"の域を超えました。天使さんが言う魔王は、僕にとっての魔王でもあるようです」

「そうなのですか! それは喜ばしいことです」


 天使は溌剌とした笑顔を見せる。


「あのっ私も契約ってのをしたいんですけど!」


 縋木徒紫乃が会話に割って入ってきた。


「私はもうできないんですよ。一度契約を交わしてしまったらもうそれ以外の人間とは契約を交わせないのです……」

「そんな……!」

「でも、安心して下さい。私の他にも天使はいますから。一度私たちの隠れ家に行きましょう!」

「ありがとうございます! 天使さん!」


「ところで、まだ名前を窺ってませんでしたね。私はリエルと申します」

「僕は富樫圭悟です」

「私は縋木徒紫乃って言います」

「分かりました、圭悟さん、徒紫乃さん。これからもよろしくお願いしますね」


 リエルは2人と手を繋ぎそのまま空へ飛び立った。









 

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