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地獄転生  作者: めるーん
冒涜編
3/19

天使と人間と人間



「……あの、すいません前田さん」


 男はドンドンと扉を叩き、応答も待たずに扉を開けた。 


「フム、大久保君か。どうしたんだ、そんなに慌てて」


 慌てた様子の男――大久保をなだめるような落ち着いた語調で、前田は問いかけた。 


「先日、"砂漠"へ送り出した罪人共の魂の還元率が著しく低いのです」


 机上の書類に向けられていた前田の視線が、男に向けられる。

 

「先日、と言われても困るよ。日本人が1日に何人死んでいると思う?」

「あ、すいません……。今、履歴を渡します」


 大久保は2枚の紙を前田に渡した。紙には「富樫圭悟(とがしけいご)」「縋木徒紫乃(ついぎとしの)」の名が日本語で書かれている。


「この2人がどうかしたのかね?」

「先程言った通り、その2名の魂の還元率が著しく低いのです。このままではいつまで経っても彼らは砂化しません」

「魂の形態は標準だと記録されている。だから"砂漠"に送ったのだろう? その2名は少なくとも異常者ではないはずだが……」

「ええ、その通りです。少なくとも一般的な倫理観を持ち、生前の行いを後ろめたいものと自覚できている普通の人間のはずです」

「なら、砂漠に堕ちた時点で強制的に悔悟の念に駆られるはずだろう? あそこはそういう場所だ」

「砂漠に堕ちた瞬間、魂の形態が変化した……とは考えられませんか?」

「……前例は無いが、現状そうとしか考えられんな」


 しばらくの間、両者とも沈黙していた。互いに(うつむ)き思考している。 


「……行き先を変えますか? 砂漠から」

「……取り敢えず、その罪人共を引き揚げる。魂の形態をもう1度調べた後、行き先を再考しよう」

「承知しました。では」

「くれぐれも……天使には気を付けるようにな……」


 大久保は頷き、部屋を後にした。




***



「リエル様、呼び掛けはまだ続けるのですか? もう300年も応答が無いのですよ……」

「ええ、続けてくださいな」


 崩れた天井から光芒(こうぼう)差し込む神殿の中、その光芒に沿うように漂う彼女らは、天使と呼ばれる存在である。 

 

「しかし、リエル様……砂漠送りの人間に応答を期待できるとは思えません」

「砂漠以降の地獄には、私達が干渉しづらいことは貴女も知っているでしょう?」


 言い包められた彼女はそれ以上反論をしなかった。

 そんな彼女を慰めるように、リエルと呼ばれる天使は穏やかに微笑み彼女に語りかける。 


「無駄だと思う貴女の気持ちも分かります。しかし私達(わたくしたち)に残された手段は呼び掛けしかないのです。今はただ、信じましょう……」



***





「あそこ……光が差し込んでる」


 砂漠を覆う灰色の雲。その隙間から差し込む光芒に富樫圭悟らは気付いた。


「何なのでしょうか……アレ」


 淡く儚いあの光芒は、注意を凝らしてそこを見た人間にしか見つけられないであろう。

 富樫圭悟は光芒の中心に立ち、光の先を見つめた。

 瞬間、頭上から光芒に沿って微かな声が降り注いでくる。

 

「……声? 聞こえる……何か、聞こえる」


 空を見上げ虚ろに呟く富樫圭悟に触発され縋木徒紫乃も彼の隣に立ち、空を見上げた。


「確かに……声が聞こえますね」


 途切れ途切れで雑音混じりのその声に彼らは耳を傾け続けた。


「……何を言ってるか分かりますか、徒紫乃さん?」

「…………私も……分からないです」


 これは……一体……?

 まさか、僕をここに転生させた神が会話を試みているのか……?


「僕は! ここにいます! 神様!」


 富樫圭悟は、自分の声がこの光芒に沿って天まで届くよう喉を振り絞って叫ぶ。

 

「神様! 僕は!」


 そこまで言いかけたその時、淡く仄かな光は富樫圭悟の視界を白く塗り潰す程に眩い光へと変化した。

 とっさに瞼を閉じ、瞳に焼付いた光の残像を(まぶた)の裏の闇で掻き消す。

 下を向き光に背を向けしばらく待つ。彼は恐る恐る瞼を開け、自分の瞳が正常に世界を映し出すことを確認した後、再び前を見据える。

 

「えっ……」


 富樫圭悟は思わず声を出してした。

 背中に携えた白い翼とその神秘的な美しさを見れば誰だって理解できる。自分の眼前に今、天使が降りてきたのだと。

 

「やっと……呼び掛けに答えてくれたのですね……」


 眼前の天使は顔いっぱいに微笑んだ。

 それだけで心が満たされる気がする程に朗らかな笑みだ。 


「天使様、早速ですが魔王の居場所を教えてくれませんか?」


 富樫圭悟は天使に問うた。

 神の使いたる天使なら、そのくらいは把握しているだろうと思っての問いかけである。


「は……? マオウ? ですか……」


 天使は沈黙する。

 どこか気まずい空気が生じだす。

 

「あの、魔王という言葉が何を指しているのか……知ってますか? 天使さん」


 この空気を打開するためか分からないが、話を切り出してくれたのは縋木徒紫乃だった。


「えっと……悪い人……の、ことですよね?」

 

 天使が自信無さげに答えた。間違っていない答えである。


「そもそも私達は、魔王を倒すためにここに転生させられたんですよね?」


 縋木徒紫乃は矢継ぎ早に次の疑問を天使にぶつけた。

 また天使は口を閉ざす。顎に手を当て俯いているその姿は、いかにも何かを考えているような様だ。

 この質問はそこまで考え込む必要のあるものだろうかと、富樫圭悟は疑問に思った。


「…………そうです。あなた方を地獄に堕とした魔王を、」


 2度目の長い沈黙の後、俯いていた顔を上げこちらを見据えた天使がそこまで言いかけた時、


「ここが地獄? 何を言っているんですか?」


 富樫圭悟は天使の発言を遮った。

 「地獄に堕とした」の部分に酷く違和を感じたからである。


「地獄ってのは生前悪い行いをした人間が行く所でしょう? 僕達は神によってこの地へ転生させられたんですよ」


 思い返せば徒紫乃さんもここを地獄だと勘違いしていた……

 少なくとも僕は地獄へ堕ちるような行いはしていない。この揺るぎ無い事実1つで、ここが地獄だという見解は成り立たないはずだ……


「えっと……ここは生前、悪い行いをした人間が堕ちる地獄です。貴方の記憶にはその無いのかもしれませんが」


 ――駄目だ、彼女は一体何を言っているんだ……僕らを騙そうとしているのか。

 魔王の手先なのか? 少なくともこいつは天使ではないな。天使を装えば僕を騙せるとでも思ったのか?


「お前……天使ではないだろ? 天使モドキめ。やっと魔王の尻尾を掴めそうだ」

「圭悟さん、それは一体どういう?」


 縋木徒紫乃はきょとんとした顔で富樫圭悟に問う。


「こいつらは天使ではないんです。天使を騙った魔王の手先ってのが妥当ですかね」

「それは、何故?」

「こいつらがここを地獄と言っているのがその証拠です。少なくともここは地獄ではない、これは揺るぎない真実ですから」

「なるほど……」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 何故、ここを地獄ではないと思うのですか!?」


 天使が声を荒げる。もっとも荒げたところで透き通った声にノイズが混じることは無かったが。

 

「逆に、何故ここを地獄だと言うことにしたいんだ?」

「貴方達も生前に自分が何をしていたかを覚えているでしょう。だからここに堕とされたのですよ!」

「僕が生前にしていたことは転生術だけど?」

「て、転生? へ? 貴方は何を言っているのですか……」

「だから、転生術だって。僕は来るべくしてここに来たんだよ」


「……では、この場所はどう説明するのですか!? ここへ堕ちたとき、激しい悔悟の念に駆られたはずです!」


 富樫圭悟曰く「天使モドキ」とレッテルを貼られた天使は食い下がる。


「悔悟の念? 別に駆られなかったけど……。喜びで一杯だったよ、僕は」

「あ、あのっ……私は確かに悔悟の念に駆られてた……かも」


 先程から黙っていた縋木徒紫乃が発言する。


「それも魔王の攻撃ですよ、徒紫乃さん」

「違います! この場所はそういう場所なのです。アイツらがそうしたんです!」


 自らの論理を振りかざし平然と返答する富樫圭悟。それとは対照的に「アイツら」なんて言葉を使い反論する天使。

 そして、富樫圭悟は天使の「アイツら」という発言を看過しなかった。


「アイツら……とは? 急に言葉使いが荒々しくなったな天使モドキ」

「モドキじゃありません! アイツらと言うのは、」


 天使は途中まで言いかけて、急に黙った。

 十数秒ほど経った後、天使は一語一語を思案しながら慎重に発言をし始めた。


「――そう、アイツらは……"魔王"と呼んでも差し支えない存在かもしれません」


 「魔王」という単語に興味を示した富樫圭悟がそれについて言及しようとした、瞬間。

 縋木徒紫乃が天使と富樫圭悟のやり取りを静かに見守っている、そのとき。

 天使が次の発言を勘案している、最中(さなか)


「――――消えろよ」


 富樫圭悟らの立っている場所を中心に大きな爆発が起こった。

 1から10まで光で出来ているような、そんな爆発であった。火ではなく光が伝播し、膨張し、そして、弾ける。爆心地付近にはキラキラとした光の残滓のようなものが漂っている。

 

 富樫圭悟がその存在を失うことなく爆発の詳細を見ることができたのは、天使のおかげであった。


「危なかったですね。そうです、あれこそが魔王の手先なのですよ!」


 その大きな白い翼を羽ばたかせることなく、天使は富樫圭悟と縋木徒紫乃を抱えて空へ舞いあがっていたのだ。


「え……これって助けてくれたってことでしょうか、圭悟さん……?」

「……そうなりますね、徒紫乃さん」


 彼女は何故、僕等を助けたんだ? 彼女は本当に天使――つまり僕達の味方なのか?

 正直な所、違和感は山ほどある。それでも、彼女が僕達を助けてくれたのも事実だ。

 第三勢力? 複数の魔王? 

 

 様々な仮説が富樫圭悟の脳内を巡る。――もっともその中に、「ここが地獄だとして」から始まる仮説は存在しなかったが――

 しかし、今は何かを考えているどころではなかった。


「なんで天使がここにいるんだよ! 罪人諸共消え去れ!」


 男は激昂しながら手のひらを富樫圭悟らにかざす。その手のひらにかざされた場所が光り輝き、膨張し衝撃を伴って爆裂する。

 一回、爆発を躱せば、今度は躱した先が爆発した。天使はその全てを躱しながら、砂漠の空を縦横無尽に飛び回っていた。その天使に手を繋がれている富樫圭悟らが平然としていられるのは、重力加速度などの概念を超越した天使の飛行原理、その賜物である。


「あの、あなた方にお願いがあるのですが」


 爆音に紛れて、天使の声が富樫圭悟らの耳に入ってきた。


「このまま躱し続けても埒が明きません。ですから、」


 

「――――私と、"契約"をして欲しいのです」

 



 


 






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