真実
「……朝比奈さん、遅いですね」
「やっぱり裏切られたんですよ!」
朝比奈が富樫圭悟らの許を離れてから早1時間、彼らはしびれを切らしかけていた。
「やっぱ突入した方がいいんでしょうか?」
「しかし、危険なんじゃ……」
「敵の本拠地ですしね」
彼らが突入について話し合っている丁度その時、近くの茂みが、がさごそと揺れた。
それを受けた彼らは各々力を発動し、敵の襲撃に備える。
「……敵でしょうか、動物とかでしょうか?」
「動物はここには存在しないと思います」
「じゃあ、敵ですね」
徐々に音は大きくなる。「何か」が近づいてくる。
瞬間、光の壁が富樫圭悟と縋木徒紫乃の間に生じる。
「この壁は一体!?」
「魔王の手先ですよ! 私が砂漠で戦った相手です!」
富樫圭悟も縋木徒紫乃もその壁を飛び越えようとその脚に力を孕ませた。
が、それを見通したように光の壁はその高度を増していく。
「富樫圭悟! こっちに来て!」
朝比奈の声が響く。富樫圭悟は思わず声の方へ振り向いた。
「朝比奈さん?!」
「そうよ、一旦こっちに来て体制を立て直さないと!」
朝比奈は富樫圭悟を誘導した。
光の壁も富樫圭悟の力を持ってすれば容易に破られると予想していた柳田と朝比奈の策の1つである。
縋木徒紫乃にしても光の壁を切り裂くことができるが、所詮切り裂く止まりである。破り穴を空け、向こう側に到達する、ということはできない。
「朝比奈さん、徒紫乃さんが!」
「大丈夫分かっているわよ」
富樫圭悟を騙し騙し朝比奈は、柳田と事前相談していた場所へ到達した。
「じゃあここで待ってて!」
朝比奈はすぐさまその場を離れる。
「どれくらい待てば?」
富樫圭悟は朝比奈に向けて問うたが、それに答えが返ってくることはなかった。
そこに、人影が現れる。
「朝比奈さん?」
富樫圭悟は人影に問いかけた。
「……圭悟なの?」
――――その声は、聴いてはならない"声"だった。
「……やっぱり圭悟じゃない」
――その姿は、あってはならない"姿"だった。
「何無視してんのよ」
富樫圭悟の母は彼に向けて話しかけた。
「……………………母さん?」
か細い声で彼は答える。
「ありえない」
そして、母の返答を待たずに自分の否定した。
「いや、アンタの母さんよ。貴方が殺した母さんよ」
富樫圭悟はフリーズしたように固まる。そして、口だけがようやく開く。
「……なんで、転生後の世界に……母さんが……」
「転生って何を言ってんのよ。ここは死後の世界よ」
「……違う」
「違わないわよ、アンタ私を殺した後自殺をしたそうじゃない」
「……転生じゃないといけないんだ」
富樫圭悟は膝から崩れ落ち、そのまま頭を抱える。それはまるで外界の情報をシャットアウトするように。
1度目を閉じ、そして開ける。
「えっ!?」
富樫圭悟は周りの景色の変わりように驚いた。
「やっと気付いたか富樫圭悟」
鎖で手や胴を繋がれた彼の前に立っていたのは柳田だった。
このていど、と富樫圭悟は手に力を込める。
「無駄だ。今お前は天使との繋がりを大幅に断たれている」
富樫圭悟はしばらく鎖を鳴らしていたが、結局それを引きちぎることができなかった。
「何故僕はここにいる」
「気を失ってたんだよ」
そう言われた富樫圭悟は自分の最後の記憶を思い出そうとする。
そしてその記憶の一端に触れたとき、彼の顔は青ざめていった。
「そんな……」
「地獄へようこそ富樫圭悟」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「夢だ」
「夢じゃない」
「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!」
富樫圭悟は声を荒げて事実を否定し続けた。
「全部! 全部、真実なんだよ!」
それに呼応するように柳田も声を荒げる。
「お前のせいで、全部台無しだ! 天使が地獄に蔓延っている!」
「嘘だ!!! 嘘なんだ!! そんなわけがない! 地獄なわけがない!」
富樫圭悟は柳田の発言には答えずに、ただ叫び続ける。
「いいかよく聞け!」
そんな富樫圭悟の叫びに負けじと大声を出しながら、柳田も叫ぶ。
「確かに最初は地獄も天国もなかった!」
地獄もなかった、という文言に反応し富樫圭悟が黙る。
「だから作った! 僕達が!」
今度はその発言の意味不明さに富樫圭悟は黙る。
「悪人も善人も結局辿り着くのは同じだなんて許せなかった。だから、地獄というシステムを作ろうとしたんだ。でも駄目だった、天使がいたから。」
「天使……?」
「そうだ、天使だ。天使は人々に寄生し堕落させることで生きながらえる生物だ」
「ど、どういう」
「お前がその力を使うとき、いつも激しい自己肯定感が生じるだろう。それが繰り返される内、もうその力無しではいられなくなる。まるで麻薬のように」
「そんなわけがない」
富樫圭悟は弱々しく否定するが、柳田はそれを無視して続ける。
「天使に堕落させられ続ける日々が何千年と続いたそんなある日、特異な力を持った契約者が現れる。それは"天使を封印する力"だ。この力を持つ契約者を筆頭に我々は天使を次々と天界の隅に追いやった」
「ありえない」
「そして、作ったんだ。地獄というシステムを」
「ここは地獄なんかじゃない」
「そうだ、その通りだ。地獄をお前が壊した。罪人は次々に天使と契約しその力を揮い合っている」
「違う」
「下界で人を何百と殺そうと、強姦しようと、強盗しようと、何をしたって地獄には堕ちなくなった! お前のせいで!」
「それは……」
「そうだ! エゴだ! 地獄なんて所詮人間の作り上げたエゴの塊だったんだ! だけど、それでも!」
「……」
「お前がマトモな人間なら思うはずだ。正論だと! 地獄を作り上げたのは正解だと!」
「違う、違う。僕は何もやってない……!!!」
「全部、お前がやったんだよ!」
「僕は転生して、勇者で、魔王を倒さないと……」
「ある意味で魔王はお前だよ」
「ああああああああああああああ゛あ゛あ゛」
富樫圭悟は呻き声を上げ、泣いた。それは、或いは発狂かもしれない。
――もうどれくらい経ったのだろう。
富樫圭悟は縛られたまま数日を過ごしていた。
「そんな……そんな……そんな……違う」
ブツブツと闇で真黒な天井を見ながら呟き続ける。
「おい、圭悟」
そんな彼の許へ来たのは彼の母だった。
「私はもう下界へ行くから、最後にと思ってさ」
「かあ……さん……」
「やめて、気持ち悪い。アンタを生んだのは100%間違いだったわけだし」
「……」
「冷静に考えてごらんなさいよ。私はアンタに殺されたのよ? 許せるわけがないでしょう」
「あ……あぁ……」
「アンタ今どんな気持ちよ。罪悪感とか感じてる?」
「……まぁ感じてるからそんな様なんだろうけどさ」
「許して……許して……」
「いや許せないって。それじゃ、来世じゃあ私には関わらないでね」
そう言って彼女はその場を去って行こうとする。行こうとしたのだが、出口の寸前で彼女は立ち止まった。
「私はアンタを許すつもりはないし……あとここにいる全ての人間からも許されないでしょうね」
「……」
「唯一アンタを許してくれる人間がいたとしたら、それはもうアナタ自身しかいない」
「……」
「ねぇ、どっちがいい? 自分からも周りからも許されないのと、周りからは許されないけど自分には許されているの」
「……」
「どっちも嫌だけど、まだ後者の方がマシよね」
「……」
「それだけ、じゃあね。もう2度と会いませんように」
そう言って今度こそ彼女は去って行った。




