飛躍する願望
朝比奈は3つ目の"部分"まで富樫圭悟の過去を早送りにした。
「あれ? 変わってない?」
世界は一回暗転し、再び再構築された。しかし、周りの景色は先程とあまり変化していない。暗い部屋の中机の電気が辛うじて辺りを照らしている。富樫圭悟も先程と同じく机に向かって頭を抱えている。
「……でも少し大きくなっているような……」
朝比奈の認識は正しかった。事実、今彼女が見ているのは先程の部分から3年後の"過去"である。
「何を書いてるんだろう?」
机の上を覗きこむ。そこに置いてあったのはまたも進路希望調査であった。
「ってことは、さっきが中学で今は高校……なのかな」
朝比奈は、相も変わらず頭を悩ませている富樫圭悟の思考を覗いてみることにした。
――将来の目標? そりゃ何か超常的な力を得ることかな。…………なんて、馬鹿みたいだよなぁ。この年になってもまだ勇者だのヒーローにまだ憧れてるんだから救えない。
「まだ同じことを考えているのね。でも、やっぱりまだ"転生"には固執していない」
――何故だろう。超常的な力なんて得られっこないって分かっているのに、それでも待ち続けているのは何故だろう。朝起きたらなんかすごいことが起こって、自分にすごい力が与えられる……そんな小学生が考えたような妄想が本当に起きると信じてしまっているのはなんでだろう。普通そんなことは起きないだろうけど自分だけは特別だと思ってしまっている。本当に、あほらしい。分かっているのに、それでも信じてしまっている……
「転生には固執してないけど、"超常的な力"に病的な執着を見せているわね……」
朝比奈はその後もずっと富樫圭悟を観察し続けたが、彼の思考に変化は起きなかった。
「次、言ってみましょう」
そう言って4つ目の部分へ意識を傾けた。
「ここは……本屋?」
暗転した周りの景色が再構築されて作り出したのは本屋の景色であった。
朝比奈は辺りを見渡し富樫圭悟を探す。
「あ、いた……」
彼は何かの本を立ち読みしていた。
「何を読んでいるの……」
彼の読んでいる本を覗きこむ。題名には「魔術大全」とあり、彼は今、転生術のページを見ていた。
「よくあるオカルト本ね。まさか、それに影響されたのかしら……」
いや、そんなことはない。朝比奈は自分の発言を否定した。
富樫圭悟は少なくとも中学の時から超常的な力に憧れていた。だとしたら、このようなオカルト本もその頃から読んでいるはずなのだ。
「――だから、この手の本に影響されて転生したくなったとは考え難いような……」
朝比奈は今回も富樫圭悟の思考を読むことにした。
――うーん、やっぱ転生しかないか……。もうこの世界にいても何にもならないし。でもこの本曰く、生贄とか必要らしいしなぁ……
予想に反して、彼は転生に興味を持ち始めていた。
「……あれ、意外と影響されてる……」
すると、どういうことなのだろうか。
「今まで蓄積されていった転生への想いが今この瞬間、爆発したってことなの?」
朝比奈は自分なりに結論を出すが、まだ合点がいかない。
転生したいなぁ、ぐらいの願望で親殺しまで発展する理由が分からなかったのだ。それに、今までの過去を見る限り彼が求めているのは超常的な力である。転生と超常的な力の繋がりもよく分からない。
もう一度、富樫圭悟の思考を見てみる。
――転生、頑張ってみるか……。転生すればその特典として超常的な力が得られるってのは良く聞く話だしね。
「???」
朝比奈は困惑した。転生の特典として超常的な力が得られるという文言が理解が出来なかったのだ。
彼女が困惑していると、富樫圭悟はその本を片手にレジへ向かっていった。
本屋から家に帰り、夜、布団に入るまで。朝比奈は彼を観察し続けたが、有益な情報は得られなかった。
朝比奈は最後の部分へ意識を傾ける。
「母さん……僕、頑張るから……転生した先で、勇者とかになって……それで……みんなが僕を褒め称えて、それで……」
富樫圭悟は母のに狙いを定めて鉈を振り上げていた。
「そんな……繋がりが分からない。もう親殺しの場面に至ってしまうの……」
困惑する朝比奈の目の前で、富樫圭悟は鉈を振り下ろした。
「ひっ……見てられないわ」
そう言って、朝比奈は富樫圭悟から遠く離れた。
朝比奈は思考を整理する。
富樫圭悟という人間が昔から勇者やヒーローに憧れていたのは間違いない。そして、彼がその想いをいつまで経っても捨てきれずにいたのも見て取れた。でもここからが分からないのだ。そんな彼が転生に憧れた理由が繋がらない。転生すれば勇者になれるという理論も分からない。あまりに飛躍しすぎている。
「回想はここで終わりなの……? まだ何も分からないのに……」
***
周りの景色は崩れ落ち、元居た「流転の履歴」前に意識が戻る。
「そんな……何も分からなかった……」
例えば、凄くショッキングな事が彼の生前に起きて、それから逃れたいが為に転生を望んだ……とかなら話は早い。しかし、彼は超常的な力を望んだ末に転生願望が目覚めたのだ。その繋がりが朝比奈には理解できなかった。
「これから……どうすれば……」
朝比奈の選択肢は無数にあるが、大別すると2つに分けられる。
富樫圭悟と敵対するか否かである。
「富樫圭悟の過去が知りたいからここに来たのに、それが達成できなかった」
だとすれば、また彼に取り入り真実を聞き出すべきか。しかし、それは得策とは思えなかった。何故ならどうせ富樫圭悟に直接訪ねても答えをはぐらかされるだけであるからだ。
ならば、仲間と合流し富樫圭悟たちの潜伏する場所を教えてそこに奇襲をかけるか。だがそれも最善とは思えない。富樫圭悟の強さは異常である。仲間たちと言えど倒せるとは思えないのだ。
「どうすれば……どうすれば……」
悩む朝比奈は周りへの警戒が鈍くなっていた。
「貴女は……朝比奈さん!?」
「え、柳田くん!?」
朝比奈はたまたま流転の履歴を訪れた柳田と出会ってしまった。
「え、えっと……久しぶり」
「無事だったんですね! しかし、どうやってここまで来たんですか?」
こうなったらと朝比奈は覚悟を決めた。
「罪人共を騙してここまで連れてこさせたのよ」
朝比奈は富樫圭悟と対立する選択肢を選んだのだ。
富樫圭悟の転生願望については、また後で流転の履歴で詳しく調べればいい。今度は飛ばさずに通しで見てみるのもいいかもしれない。
「と、言うことは近くに罪人がいるんですか!?」
「そうよ。でもその罪人は富樫圭悟と縋木徒紫乃。相当な力を持っているわ」
「それは僕も身を以て知っています」
「じゃあ、どうするの?」
「……僕に策があります。朝比奈さん、着いてきてください」
朝比奈と柳田は流転の履歴を後にした。彼が向かったのは「天国」と呼ばれる一区画であった。
「ここは天国……よね?」
「そうです。ここは罪人ではない人間の魂が一時的に保管される場所です」
「こんなところで何をするの?」
「富樫圭悟の母親を実体化させようと思います。それが僕の策です」




