善悪の彼岸に立つ狂人
「リエル様! あのニンゲンの尋問係を富樫圭悟に任せていいのですか!?」
あのニンゲンとは朝比奈のことであった。彼女を尋問し地獄の第2階層以降への行き方を聞き出す役目は今、富樫圭悟に任されている。
「致し方ありませんよ。富樫圭悟が瞬間移動能力を持っている以上そうするしかありません」
リエルが溜息を吐きながら言った。
「いくらリエル様と契約したからといって、力の種類が増えていくなんて異常ですよ……」
「"力が追加されていく"という1つの力かもしれませんね……」
***
「さぁ、魔王の手先さん。魔王の根城への行き方を教えて下さい!」
富樫圭悟の発言に朝比奈は溜息をついた。
「だからさぁ、魔王なんていないし、私は魔王の手先でもないの。貴方、頭大丈夫?」
「洗脳されているのか……?」
「されてないし! 貴方の方が天使共に洗脳されてるんじゃないの?」
「……話にならない」
彼らは噛み合わぬ会話をもう3日は繰り返していた。
しびれを切らした縋木徒紫乃は、1つの提案をする。
「やはり、拷問という手段も必要なのでは……?」
「それは駄目ですよ徒紫乃さん。僕は拷問をしていた天使と人間を殺しています。それなのに拷問なんて手段を採ったら人間として駄目です」
「貴方! 母親を殺しておきながら人間として駄目とかどの口が言えるのよ!」
すかさず朝比奈が富樫圭悟を糾弾する。この糾弾も、もう10回はしている。それに対し彼は決まってこう答える。
「あれは転生のため、しょうがなかったんですよ」
富樫圭悟は母殺しの罪を隠そうとはしなかった。
「だ、か、ら! 貴方は転生なんてしてない! 死んだのよ! 地獄に堕ちたのよ! 何回言わせるの!」
同じやり取りをひたすらに繰り返した。何を言っても富樫圭悟はここを地獄であることを認めないし、何を言っても朝比奈はここが転生後の世界であることを認めなかった。
勿論、正しいのは朝比奈である。
「そもそもねぇ、"助けて"とは思ったけど貴方に対して言ったんじゃないの!」
「じゃあ誰に助けてと願ったんですか?」
「そりゃ貴方みたいな罪人じゃない、普通の人間によ!」
「でもその"普通の人間"は助けにこなかったじゃないですか。だから僕が来たんですよ」
富樫圭悟は真直ぐと朝比奈の双眸を見つめながら言った。自分を間違っているなどと疑わない眼であった。
その眼を見ると朝比奈はいつも困惑してしまう。親を殺しておきながら何故そんな眼が出来るのだろうか、と。
「貴方が私を助けたのは事実。でもだから何? 感謝しろって言うの?」
「そんなことは言いませんよ」
この3日間、富樫圭悟と接した朝比奈の彼に対する評価は"狂人"であった。事実、ここを転生後の世界とのたまい、魔王という存在を信じて疑わぬ彼の姿は狂人そのものである。だが、朝比奈が"狂人"と評価したのはそれだが理由ではない。
「僕も悪は許せないですよ」
「だから! 貴方が悪なの! 罪人なの!」
「意味が分かりませんね。僕は悪を滅する勇者ですよ」
「はぁ? じゃあ貴方の悪って何よ」
「……例えば、何かを虐げることは悪だと思います」
朝比奈から見ても、彼は善良で一般的な道徳感を持っている人間であった。それ故に親殺しだけが酷く浮いている。
朝比奈は富樫圭悟を善・悪で判断することを放棄した。それ故の"狂人"認定である。確かに同朋を殺された恨みはあった。しかし、それには正当防衛的な側面があることを朝比奈は理解している。
「私ね、貴方が分からない。なんで親を殺したの?」
「だから、それは転生のためって何回言わせるんですか……」
「質問を変えるわ。貴方はなんで転生をしたいと思ったの?」
どんな質問にも即答していた富樫圭悟が初めて黙った。
「例えば、酷く苛められていたとか」
――もし、周りの環境が原因で、彼に異常なまでの転生願望を抱かせたなら。
「……そりゃ、勇者になりたかったからですよ」
遠い目をしながら富樫圭悟は呟いた。
「何故、勇者になりたいと思ったの?」
朝比奈は切り口を変えてきていた。富樫圭悟の発言を頭ごなしに否定するのではなく、一旦受け入れて何故そうなったのかと、その原因を探ろうとしていた。
富樫圭悟と言う人間を知ろうとしているのだ。
――富樫圭悟という人間を知って、私はどうしたいのだろう。
「いや、誰だって1度はヒーローとかに憧れるじゃないですか。それだけですよ」
「ヒーローに憧れたから、親を殺したの?」
また、富樫圭悟は黙った。
「ねぇ、なんで転生前の世界でヒーローになろうと思わなかったの? なんでわざわざ転生を望んだの?」
「……転生っていいなぁって思ったからですよ」
彼の発言はどこかフワフワしていて、地に足付かないようなものに聞こえた。動機にしてはあまりにも薄すぎる。肝心なところを喋っていないような感覚。
「なんか話が逸れちゃいましたね。さて、魔王の手先さん。魔王の拠点への行き方を教えてください。貴方に善意が残っているのなら!」
富樫圭悟は露骨に話を逸らしてきた。
「私は朝比奈瑠海よ。"魔王の手先さん"じゃない」
1度気になりだしたら止まらなかった。富樫圭悟という人間の造形について。
「これは例えばの話だけど、」
そう言って彼女は語り始める。
「もし死後の世界ってのがあって、でもそこに地獄も天国も無かったら……貴方はどうする?」
「どうするって言われても……」
「地獄も天国も無いのよ? どんなに悪辣な罪人も、どんなに善良な善人も等しく扱われるの」
「それは……少し嫌ですね」
「じゃあ、そこに地獄を作ろうって言ったら貴方は協力してくれる?」
「地獄とはどんな感じの?」
「例えば、そこにいると強烈に懺悔の念が生じてしまう砂漠を作ったとして、そこに罪人を堕とすのよ」
彼は少し考えてから、ゆっくりと口を開く。
「多分、協力をすると思う」
ならば、と朝比奈が質問をぶつけようとしたがそれより前に「でも、」と彼は言う。
「でも、どうやって罪人認定するのかと、それは疑問に思います」
「それは、例えば日本人なら日本の法律に違反した人を罪人とすればいいんじゃないかしら」
「どうやって法律に違反したと認定するのですか」
「その人の過去を見れるとしたら、どうする?」
「……無理だと思います」
「え?」
「日本人だけでも1日に何人死んでると思いますか? だいたい3千人ですよ。その全ての過去を見るのにどれだけの時間がかかると思いますか?」
「早送りとかできるとしたら?」
「でも、早送りとかしたら大事なところを見逃してしまうのでは?」
「情状酌量の余地をとかを見逃してしまうと言うこと?」
「まぁ、そういうことです」
それは、と言って今度は朝比奈が考え込んだ。
「あーもう忘れていいわよ。あくまで例えばの話だから、そんなに真剣に考える必要はないし」
そう言って朝比奈はこの話題を強制的に終了させた。
知りたい。何故、富樫圭悟が転生を望んだのか。もしかしたら彼は、私達と同じような人間ではないのだろうか。
では、私達と同じような人間だったらどうするのか。いや、たとえ同じでも彼の親殺しの罪は消えない。でも、彼の過去を詳しく知れば情状酌量の余地は認められるかもしれない。
「――――ねぇ、魔王の拠点に行きたいんだっけ?」
あそこには、富樫圭悟の過去を覗くことの出来る施設がある。
「富樫圭悟単独で、と言うなら私達の拠点に連れて行ってあげるわよ」
富樫圭悟の過去に迫るため、朝比奈瑠海は行動を起こした。




