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極彩色競技会

作者: 齋藤 一明

 時は少し遡る。

 ちょうど四年前に、イギリスでオリンピックが開催された。ロンドン五輪である。

 世界中から多くの選手が集い、技を、運動能力を競い合うのは見ているだけで力がこもるものである。足腰に無理がきかなくなった者にとって、しばし年齢を忘れて歓声を上げられる機会でもあった。

 自分だって十歳若ければ、というような頓馬な考えを寄せ付けない、神々しさがあった。が、一方で妙な違和感があったのは確かなことだ。それは何かというと、刺青をしている選手がいるということだ。サッカー選手の中に刺青をした者がいるのを知ったのが始めてだった。その後、陸上選手にも、女子バレーにもそういう者がいることに気付いたのだ。

 私は、刺青を嫌悪している。現代の日本社会で刺青はご法度だ。公衆浴場やプールの使用を断られるばかりか、就職にだって不利な扱いを受けるのだ。しかし近年は、考えの足りない若者が面白半分に刺青を入れている。そしてその多くは、安易な選択を後悔していた。興味本位でしたことは、一生消せない傷だったことに初めて気付き、青くなっているのだ。それに、日本国内では刺青というとヤクザを連想させる。店の対応が悪いからといって、ただ苦情を言うだけですませば穏やかに収まることでも、うっかり刺青を見せてしまうと警察沙汰になってしまいかねない。そして暴力団の構成員として扱われかねないのだ。

 いくらそれを説明しても、考えの及ばない者が次からつぎに現れるのが現実だ。

 ところで、オリンピックを見ていると、外国人の意識と日本人の意識に大きな隔たりがあることに気がつく。刺青に対する許容度も同じことだ。


 東京でオリンピックの開催が決定して暫く後、刺青問題が俄かに脚光をあびることになった。というのも、オリンピックを開催するにあたり、文部省が少なからぬ役割を担うからである。

 口火を切ったのはPTAだった。次いで教員組合が、そして、教育委員会も追随した。公安委員会は煮え切らない態度をとったが、法務省がPTAの考えに賛同すると、一転してその運動を支持する側に回った。世論も概ね刺青には反対したことで、組織委員会の態度が決定した。つまり、東京大会では刺青を禁止するということである。

 時あたかも、ドーピング問題で大揺れのJOCは、それどころではなかった。数日後に迫ったブラジル大会に手一杯だったからだ。


 IOCに対して厳しい批判が寄せられる中、それでも無事にオリンピックが閉幕し、パラリンピックも無事に幕を閉じた。

 懸念されたテロ行為がなかったことが何よりの成果というべきだが、選手村やプレスセンターでは多数の盗難被害が出ていることも事実だった。しかし日本の組織委員会は、そんなことより刺青問題に神経をとがらせていたのだ。盗難事件などは開催国の民度によるものと考えたからだが、それを抑えこむことは可能なのだ。国民に良識が具わっていれば、自ずと防げるできごとでしかない。しかし、刺青問題は別だった。


 すべての競技が終わった段階で、組織委員会はIOCの総会を要求し、東京大会でのルールとして刺青選手の排除を提案した。すると、自己権利に敏感な各国から猛反発をくらった。そして、反日的な国がそれを煽りたてる。つまり、日本の主張は一蹴されてしまったのである。

 世論は反発した。いくら自由を尊ぶといっても、不快感を与える自由など認められるものではないからだ。が、そんな混乱をせせら笑っている国もあった。それがまた報道を利用して神経を逆撫でするような煽り方をしたのだ。


 組織委員会のトップには出たがりの老人が就いていた。ところがこの老人は、身びいきばかりして自分が肩入れしている競技にはやかましく口を挟むのだが、全般的な運営面には無関心である。要は、自分の顔がテレビに出ていればごきげんという困った男だ。その男が会議の場でポツリと呟いたことが世間を憤慨させた。

「こうなっては、認めるしかないだろう。どうせ認めるのなら、積極的に認めたらいいじゃないか」


 中略


 東京オリンピックが始まってみると、出場選手はもとより、各国の役員も度肝を抜かれたのだ。その一例を紹介して、この話の幕を閉じたい。


 水泳競技で、日本選手は全身を包む水着で予選に臨み、順当に勝ち上がって決勝を迎えた。


 決勝に進んだ選手がプールに勢ぞろいして、場内アナウンスで紹介を受けた。

 名前を呼ばれた選手は両手を挙げて観客にアピールし、ジャージを脱いで体をほぐすのに余念がない。


「第六コース、平松さん、ニッポン」

 紹介されたのは、高校二年生スイマーの平松真衣だ。恵まれた体格にくわえ、手足が長い選手だ。立派な体格と初々しさのアンバランスで人気がある。記録も上位を狙える位置にあった。

 その平松がジャージを脱いだ。観客は、予選と同じに全身を黒い水着に包んでいるのだろうと思っていた。ところが……


 スタート台に立った平松を見て、外国の選手が表情を強張らせた。

 一つおいた第八コースの竹下がスタート台に立つと、会場がしんと静まってしまった。


 水着から出ているところに極彩色の絵が描かれていた。首の下から膝までびっしりと。


 アメリカやオーストラリアの選手も肩口に直線的な刺青をしていたのだが、平松や竹下と比較できないほど惨めったらしいものだ。


 スタート台に立っていた第七コースの選手がすっと台から降りて役員を呼んだ。しきりと日本人選手を指差して抗議していた。


 役員の一人が迷惑そうな表情で平松の腰に指を押し当てた。そして強く擦ったのだが、色が落ちることもなければ、シールが剥がれることもない。役員は、薄気味悪そうに元の位置に戻っていった。

 あらぬ言いがかりをされた二人が、ギロット他の選手を睨めつけたのはいうまでない。


 スタートの合図とともに、薙刀を構えた静御前と、十二単を纏った公家女房が水面を跳ねた。


 男子の競技も同じであった、

 鯉に掴った金太郎が、飛び跳ねるように水しぶきをあげたのだった。



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