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真夏に降る雪 (前編)

この短編は、2012年に開催された創作企画「オンライン文化祭2012」参加作で、「九十九の黎明」のプロトタイプともいうべきものです。

本編とは少なからぬ点で設定が異なっておりますので、ご注意ください。

例えば……


→オーリの髪が象牙色

→モウルじゃなくてモール

→広大な草原の中の遺跡

→魔術師が印を結んだり呪文を唱えたりしている

→ていうか、魔術の万能感半端ない


などなど、物語の根幹に関わるところに幾つも差異が存在する上に、本編の大きなネタバレも含まれておりますので、少なくとも第八章以降を読み終えたのちに、プロトタイプ版ということを重々お含みおきの上、お読みください。

 

 

「無い無い。宝物なんてねぇよ」


 酒場の主人の豪快な笑い声が、またたく間に周囲の喧騒に呑まれていく。オーリは象牙色の髪を苛々と掻き毟ってから、会話を聞き漏らすまいと耳元に意識を集中させた。

 混み合った店内のカウンター席、右隣に座る相棒のモールが、ぐぐいと前に身を乗り出した。漆黒の髪がランプの光を吸い込んで、彼の周囲に影を落とす。それを補って余りある明るい笑顔で、モールは店主に話しかけた。


「そんなこと言うけど、遺跡に隠された財宝、って、いかにもありそうな話じゃない?」


 モールの問いに、店主は再度「無い無い」と首を振った。


「そりゃあ、どこかにはそういう話が転がってるかもしれんがな。しかし、アンタの言う遺跡って、北の森の奥にある、あの窪地のことだろ? 無いよ、無い。柱や壁みたいなのがちょろちょろっと残ってるだけで、他にはなーんにも無いからな」

「窪地ねえ……。柱とかが残っているのって、やっぱり窪みの真ん中かな?」

「ああ。大昔の砦か何かの跡じゃないかって、俺が子供の頃にじいさんが言っていたな。まあ、窪地に砦っていうのも変な話だが……。気になるなら、自分で見に行ってみなよ。で、何かめぼしいものを見つけたら、こっそり教えてくれ」

「そうだね、明日にでも行ってみようかな」


 禿頭(とくとう)無精髭の強面相手に、屈託なく歓談するモールを見ながら、オーリは独り感嘆の溜め息を呑み込んだ。

 この、人畜無害で人の良さそうな容貌のおかげだろうか、モールの手にかかれば、大抵の人間は警戒心を解いた。どんな偏屈でも、とりあえず話ぐらいは聞いてやろうか、と、耳を傾けてくれるのだ。

 そして、モールの本領が発揮されるのは、その先だった。彼曰く「蜘蛛が糸をかけるように」相手の反応を見て、少しずつ確実に、自分の領域へと取り込んでいく。時に押して、時に引いて、絶妙な話術で相手の心を掴むのだ。

 現に今も、店主は、まるで昔馴染みを相手にするように、モールと楽しげに語らっている。オーリが最初にカウンター席に座った時の、「よそ者か」と言わんばかりのあの剣呑とした眼差しは、一体どこに行ってしまったのだろうか。


「それよりも、アンタ魔術師なんだろ? 今なら、城に行けば、ご馳走にありつけるって話だぞ」

「え?」


 完全に想定外の展開だったのだろう、モールの表情が僅かにこわばるのを見て、オーリは二人の間に割り込んだ。


「どういうことなんだ?」

「アルバ様が、研究の手伝いをしてほしいんだと」

「アルバ様?」


 反射的にそうに問い返せば、覿面に店主の腰が引けた。しまった、とオーリは慌てて眉間を緩める。

 と、調子を取り戻したモールが、ひらひらと手を顔の前で振った。


「あー、悪い悪い。こいつ、これが地顔なんだよ。別に怒ってるわけじゃないから。それよりさ、アルバ様って誰?」

「城づきの魔術師だよ。ああ、噂をすればなんとやら、ってやつだ」


 店主の視線を追って振り返れば、人いきれの向こう、戸口に革鎧をぴっちりと着込んだ男が立っていた。


「……見覚え、ある?」


 囁くようなモールの声に、オーリは静かに頷いた。


「町の門で見たな」


 人の顔と名前を覚えるのは、剣術の次にオーリが得意とすることだった。対してモールのほうは、さようならと手を振った直後にはもう相手の顔を忘れてしまう、といってもいいほど、他人の顔が覚えられない。二人を知る者は皆、口を揃えて「足して二で割れば丁度いいのに」と言ったものである。

 きょろきょろと店内を見回していた革鎧の男は、モールの姿を認めるなり、人ごみをかき分けてカウンターへと向かってきた。


「旅の魔術師様がこちらにお見えと聞きましたが」


 若者は、モールの前に立つと、深々とお辞儀をした。「おくつろぎのところ、申し訳ありませんが、どうか城までご足労願えませんでしょうか」

 面倒事の予感を胸に、オーリとモールはお互い顔を見合わせた。


 


 


 


 領主の城は、町の中心部、なだらかな台地の上にあった。

 川から水を引き込んで作られた堀が、西の空の残照を映して宝石のように光っている。かがり火の揺らめく城門を通り抜け、二人は真っ直ぐ主塔へと案内された。

 広間には、白髪交じりの老年の男と、それよりは少しだけ若そうな黒髪の男がいた。

 案内してくれた革鎧の男が退出するのを見送ってから、年長の男が、二人に向かって軽く頭を下げた。


「旅のお方よ、お呼びだてしてすまなんだ。私が、第六代マイエ領主シメオンだ。どうか力を貸してもらいたい」


 詳細を聞かないまま、安請け合いするわけにはいかないだろう。モールは慎重に口を開いた。


「詳しいお話をお聞かせ願えますか」

「それは、このアルバが話してくれる」


 領主は黒髪の男に頷いてみせてから、傍らの椅子に腰をかけた。

 入れ替わりに、アルバと呼ばれた男が、一歩前へ進み出る。


「アルバと申します。魔術師としてシメオン様にお仕えしております」

「モールです。こちらがオーリ。この町には、たまたま通りがかっただけですが……」

「どうか少し……ほんの半日で構いません。是非お力を貸してくださいませんか」


 自分の父親ほども年上の人間に深深と頭を下げられて、モールは居心地悪そうに小さく身じろいだ。


「町で、アルバ様が研究の手伝いを探しておられると聞きましたが……?」

「ええまあ、とにかく順を追って説明いたします」


 アルバの話によると、このあたりの野菜の出来が例年になく思わしくないらしい。いつもならばこの時期は、幾つもの夏野菜が盛夏の日差しを受けて瑞々しい実を結んでいるところなのだが、今年はどうも様子が変だ。花の数こそあまり変わらないものの、実の育ちが遅く、小ぶりなものしか獲れていないのだ。

 原因は、北から吹く冷たい風のせい、とのことだった。この半月ほど、真夏にもかかわらず過ごしやすい日が続き、人々は不安を抱いていた。このまま気候不順が続けば、すももや葡萄といった果樹の収穫にも影響が出るかもしれない、と。


「ただ、不思議なのは、隣の庄や、同じ領内でもこの町から少し離れた農地では、こういった異変が起こっていないということなのです」

「つまり、単なる気候の問題ではない、と」


 モールの言葉に、アルバと領主が揃って深く頷いた。


「この町の北側にあるルノの森から、冷たい風が吹き出しているようなのだ」


 領主の言葉を受けて、アルバが目を伏せた。


「弟子達とともに原因を探ろうと試みたのですが、どうにも上手くいかず……。他の術師様なら、我々が気づかなかった手がかりを見つけられるのではないかと、そう一縷の望みをかけている次第です」

「そなた達の前にも、もう十人ほどの魔術師に見てもらったのだがな、全て『異常なし』との報告であった。しかし、依然として冷たい風はやまぬ」


 ふと、モールの眉が怪訝そうに寄せられた。


「町では、そんな噂は聞きませんでしたが」

「異変の原因が分からぬ現状、町の人々が不用意に森の奥へ入り込んで危険な目に遭わないよう、森の周囲に目くらましをかけています。それゆえ、冷夏の原因が森にあると気づいていない者が多いのでしょう」

「だが、それも時間の問題だ。不作が凶作にでもなれば、領内は大混乱に陥ってしまうであろう。どうか、そなた達も一度調べてみてはくれぬか」


 領主の声には、苦渋の色が滲み出していた。


 


 


 領主の城の夕食は、安酒場のそれとは比べ物にならないほど素晴らしかった。ふわふわのパンに、肉厚のベーコン、ぶどう酒も一級品とくれば、同席者である領主家族に気遣うことも、酒の量が足りないことも、あまり苦痛には感じられなかった。

 明朝は日の出とともに出発ということで、二人は早々に用意された部屋に落ち着くと、それぞれ武具の手入れや呪具の確認を始めた。


「まさかお前が二つ返事で受けるとはな」


 普段は専ら制止役のモールが、領主の依頼を快諾したことに、オーリは皮肉の笑みを投げかけた。


「まあ、もともと例の遺跡を調べたかったわけだし、丁度いいかな、って。気になることもあるしね」

「気になること?」

「ちょっと、ね」


 オーリの問いかけをさらりと流して、モールは話し続ける。


「それよかオーリ、酒場の親父の話を聞いたろ? やっぱりここにもあるんだよ、あれが」


 モールの言葉が、今は遠い故郷の景色をオーリの胸中に浮かび上がらせた。広大な草原に残骸を晒す、何千年も昔に作られたという遺跡の影を。


「里と同じようなものがここにもあるのなら、今度こそ、足りない欠片を補完することができるかもしれないよ。わくわくするなあ」


 お祭り前夜の子供のように、モールは目を輝かせながら、敷布の上にごろりと転がった。


 


 


 


 薄藍の空にたなびく雲が、朝焼けに赤く炙られている。ぼんやりと霞む町並みも、波打ちながら広がる農地も、全てがほんのりと(あけ)に染まる中、人影が三つ、鬱蒼と茂る森の入口に立った。

 早朝という時刻のせいか、はたまたこれから調査しようという異変のせいか、驚くほど冷えきった空気が足元からゆっくりと這い上がってくる。オーリは思わずぶるりと背筋を震わせた。

 探索に際して、オーリは、アルバの従者や弟子達が随行するものとばかり思っていた。モールは優秀な術者だが、体力が切れると、これ以上はないというぐらいにご立派な役立たずとなってしまう。アルバにしても、若い頃ならともかく、老境に差し掛かった今となっては、その身体能力はモールと同じようなものだろう。万が一の時、果たして自分一人で二人を守ることができるのか。なんとなく心許なくなって、オーリは密かに溜め息をついた。


「では、目くらましを無効にしましょう」


 アルバが、厳かな声で二人に近くへ寄るように告げる。

 モールが怪訝そうに首をひねった。


「無効って仰いましたけど、目くらましの術を解くのではなく、僕達に術をかけるんですか」

「大掛かりな術なだけに、そう簡単に、解いたり、かけなおしたりできませんからね」

「なるほど、通る者に『手形を渡す』ということですか」


 なにやら納得した様子のモールに従って、オーリもアルバの前に並ぶ。

 彼が呪文を唱えると同時に、軽い耳鳴りがオーリを襲った。

 では行きましょうか、という声に(いざな)われて、二人はルノの森へと足を踏み入れた。


 


「『手形』とは、どういう意味だ?」


 アルバを先頭に、獣道を辿りながら、オーリは小声でモールに問うた。


「目くらましの術はそのままに、僕達にそれを通り越せる資格を付与した、ってところかな」


 そう囁いて、モールは周囲をぐるりと見渡した。その瞳がきらきらと輝いているの見て、オーリはつい苦笑いを浮かべる。


「流石は領主仕えの魔術師様だ。すごいね。森の外縁部分を、そっくり術で覆っているようだ。どうやら、この効力範囲に足を踏み入れた者の方向感覚を狂わせるようになっているみたいだね。森の中心へ行こうとしても、進行方向を少しずつ曲げられて、最終的に森の外へ向かわされる、という感じかな」

「道しるべをつけながら進んでも、無理なのか?」


 オーリの問いに、モールは実に楽しそうに微笑んだ。


「ああ、それ、試してみたいねえ。術がどこまで五感に影響を与えているものか、色々調べてみたら面白いかも」


 モールの、うっとりと宙に視線を彷徨わせるさまを見るにつけ、こいつは本当に研究馬鹿だな、とオーリは思う。


「いや待てよ、でも、さっきの呪文は、知覚よりも深い部分に働きかけているような……。それに……」


 言葉半ばで黙り込むと、モールはその場で腕を組んで考え込み始めた。

 オーリも仕方なく足を止め、モールが()()()()()のを待つ。


「何か、気づかれましたか?」


 思索に没頭するあまり、モールにはアルバの声が聞こえていない。オーリは、やれやれと頭を掻いてから、当たり障りのないことを口にした。


「森の入り口に比べて、あまり寒くないんだな」

「そうですね。やはり今回も異常を発見できないのでしょうか……」


 弱気な、しかも的を外した発言を聞き、オーリはつい眉をひそめた。


「それは違うだろう」

「え?」

「森が冷気の発生源にもかかわらず、肝心の森の気温が普通である、ということ自体が、まず異常なのではないのか」


 領主仕えの魔術師様、とやらのくせに、こんな簡単なことに気づかないのか、それとも何か隠していることがあるのか。オーリは黙ってアルバを睨みつける。

 アルバがそっと視線を逸らすのを見て、オーリが思わず詰め寄ろうとしたその時、モールが「そうだ」と手を打った。

 驚いて振り向く二人に、モールは朗らかに声をかけた。


「闇雲にうろうろするのではなくて、遺跡に向かいませんか?」

「遺跡ですか? しかし、あそこには何も……」


 怪訝そうに応えるアルバに対して、モールはにっこりと極上の笑みを見せた。


「でも、無闇に歩き回るよりも、どこかに腰を落ち着けてじっくり調べたほうが、状況を把握し易いかもしれませんよ」


 何か企んでいるときの顔だ、と、オーリは思った。


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