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相応の義務

 

 

「いやあ、一時はどうなることかと思ったけどよ、助かって良かったな!」


 四人の旅人達が、満面の笑みを浮かべて、口々に「良かったな」と繰り返した。


「それにしても、あの兄さん(すご)いねえ! あんな(すご)腕の魔術師は初めて見たよ! 水が割れるなんて、まるでお伽噺(とぎばなし)みたいじゃないか!」


 一人が、興奮した面持ちで、後方の木陰に横たわるモウルを振り返る。

 続けて、二人目がオーリのほうに顔を向けた。


「兄さんも大したもんだ。よくも、まあ、この濁流渦巻く川ン中へ飛び込んだもんだ。なかなかできることじゃねえよ!」

「姉さんもだ。俺らが『落ちた!』って、おろおろしている間に、縄持って、兄さんに渡したり木に引っかけたり、手際のいいことったらなかったぜ!」


 三人目までが、イレナ達の手腕をべた褒めしたところで、四人目がウネンの頭をぽんぽんと(たた)いた。


「気をつけるんだぞ、坊主。これからは、兄ちゃんらの言うことをちゃんと聞いてだな、もう危ない目に()わないようにするんだぞ」


 性別を訂正する気力もなく、ウネンは素直に(うなず)いた。


 


 ご馳走(ちそう)さま、と手を振る四人組を見送ったあとも、ウネン達はその場で休憩をとった。モウルの体調がもう少し回復しないことには、まったく動きようがなかったからだ。

 モウルは、相変わらず、木陰の寝床で死んだように眠り続けていた。空になった薬缶(やかん)をうっかりウネンが地面に落っことしてしまっても、まったく目を覚ます気配がない。


 日が傾き始めたところで、オーリがモウルを揺り起こした。

 不機嫌そうに(まぶた)を開いたモウルは、地の底から響いてくるような恨めしそうな()め息とともに、一言、「お茶」と、飲み物を所望した。

 自分のカップにお代わりを注いでいたイレナが、苦笑とともにモウルのカップも用意する。


「ああ、もう少し冷ましてからでお願い。量はもっと少なくしてもらわないと、ほら、僕、今、重い物持てないから。そう、一口分ずつ。え? まさか。それだけで足りるわけないでしょ、当然お代わりするんだよ」

「あー、ごちゃごちゃと、うるさい!」


 薬缶(やかん)片手に、イレナが声を(あら)らげた。

「それか、君がカップ持って飲ませてくれてもいいんだけど……」と、涼しげな笑みを浮かべかけたモウルが、イレナの形相を見るなり慌てて顔を(そむ)ける。


「アッ、やっぱ、遠慮しとく。オーリ、飲ませてよ」

「女性に看病されるのが好きなんだろう?」

「眉間に青筋立ててる女性よりは、オーリのほうがましだ」

「俺の眉間をよく見てから言え」


 少し前までのあの黙りこくった様子は、一体何だったのか。すっかりいつもどおりとなったモウルを見ながら、ウネンは、ほっと小さく息を吐いた。


 


 更に何組かの旅人が街道を通過していくのを見送り、そろそろ腰をあげないと暗くなる前に次の町に着くことができない、という頃合いになっても、まだモウルは自力では動けないでいた。

 荷物にぐんにゃりともたれかかるモウルを見おろして、オーリが、ぼそりと(つぶや)いた。


「馬に()せるか……」

「無理だよ。座れそうにない」


 珍しくも神妙な顔で応えるモウルに対して、相棒はまったく容赦しなかった。「だから、()せるんだ。こう」と、モウルの身体を馬の背に横向きで引っかける手振りを披露してから、申し訳程度の配慮を付け加える。「横で支えていれば、落ちないだろう」


「いや、ちょっと、ヤメテ、あれ、つらいんだよ。上下に揺れるたびに、馬の脇腹で顔を打つし、馬の背骨が肋骨(ろっこつ)の下のところをごりごりして痛いし」


 どうやらその積載方法を、既にモウルは体験済みらしい。

 ウネンは唇を引き結んだ。モウルがこんな状態に陥ってしまったのは、川に落ちたウネンのせいなのだ。我が身を犠牲にしてまでウネンを助けてくれた彼に、つらい思いをさせるのは忍びない。

 ウネンは、着々と馬にモウルを積む準備を進めるオーリに、「待って」と声をかけてから、モウルの前にしゃがみ込んだ。


「じゃあ、どういうふうな体勢だと、問題がないわけ?」


 


 


「……ごめん」

「お前が謝ることじゃない」


 申し訳なさに身を小さくするウネンに、オーリが事も無げに返答する。その両肩に、だらりと力無くぶらさがるモウルの両手。

 モウルの希望を聞いた結果、次の町までオーリがモウルを背負っていくことになったのだ。


「ありがとうオーリ。やっぱり、持つべきものは友人だねえ」

「たまには俺にもそう思わせてくれ」


 だんだんずり落ちてきたモウルの身体を、よっこらと背負い直して、オーリがぼやく。

 オーリから馬の引き手を預かったイレナが、そんな二人を見ながらくすくすと笑った。


「なんだかんだ言いながら、オーリって面倒見がいいよねえ。もしかして弟や妹がいるとか?」

「あ、いや……」

「妹が一人いるよー」


 言いよどむオーリの代わりに、モウルが楽しそうに答えた。ついでに裏声で「ねぇお兄ちゃん」なんて言うものだから、「黙れ」とオーリに乱暴に揺らされる。


「痛たたたたた、痛いって。もうちょっと優しく……」


 モウルの声が途切れるのとほぼ同時に、オーリが足を止めた。

 イレナが、ウネンに引き手を渡して、オーリの横に並ぶ。

 ウネン達の前方、夕焼けに染まる街道脇の茂みから、男が四人、次々と姿を現した。


「……見覚え、ある?」


 モウルの問いかけに、オーリが静かに(うなず)いた。


「行きしなの、追い()ぎもどきだ」

「地元のゴロツキを雇ってたんだな」


 二人の会話を聞き、イレナが露骨に顔をしかめた。


「まだ諦めてなかったの? あの優男」

「いや、たぶんこれは、いわゆる『お礼参り』ってやつじゃないかな」


 ウネンがそう言うなり、残る三人の口から「ああー」と疲れ切った声が()れた。

 川に落ちたウネンの救助を手伝ってくれた四人組が、町でこの一連の出来事を面白おかしく吹聴するさまが、ウネンには見えるような気がした。おそらく他の三人も同じような想像をしているに違いない。


 自分達を(ひど)い目に()わせた憎い連中が、たったの四人で、しかも、うち二人は女子供な上に、魔術師はしばらく使いものにならない状態でいる、と知った彼らが、待ち伏せにかからないわけがあるだろうか。いや、ない。

 四人のうちで顎(ひげ)が一番派手な男が、肩をいからせながら、ウネンが予想したとおりの啖呵(たんか)を切った。


「やいやい、おめえら、ここで会ったが百年目だ」

「よもや俺達の顔を忘れたなんて言わねえだろうなあ!」

「お前らのせいで、もう少しで死ぬところだったんだぞ!」

「死ななかったんだ」


 ぼそりと返されたモウルの一言に、無頼漢(ぶらいかん)どもは一瞬息を()み、それから見事に全員が顔を真っ赤にさせた。


「こンの野郎!」

「ぶっ殺してやる!」


 一気に辺りに満ち満ちた殺気を、オーリの()め息が、ついと揺らす。


「自分が何もできない時は、(あお)らないでくれ」

「次から気をつける」


 傍らの、下と上とで交わされるやり取りに苦笑を投げかけながら、イレナが半歩前に出た。

 その隙に、オーリがモウルを馬の背の荷物の上に()せる。


「少し下がってろ」


 ウネンに馬を任せて、オーリが腰の剣を抜いた。

 その向こうでは、既に抜き身の剣を構えたイレナの姿。


 ウネンは、言われたとおり、二人の邪魔にならないところまで、馬とともに慎重にあとずさった。

 だらりと力無く荷物の上に引っかかっているモウルが、馬の足の動きに合わせて(うめ)き声を()らす。「(すご)腕の魔術師」の、なんとも情けない状態に、ウネンは思わず()め息を()らした。


「モウルは、もうちょっと身体を鍛えたほうがいいと思う」


 いつぞやイレナに自分が言われたのと同じ台詞を、ここぞとばかりにウネンはモウルに押しつける。

 モウルの頭がある馬の右側から、涼しげな声が聞こえてきた。


「いいんだよ。オーリがいるから」


 モウルの、迷いのかけらも無い眼差しが見えるような気がして、なんとなくウネンは、目の前にぶらさがる足を思いっきり引っ張ってやりたくなった。


 道の前方では、イレナとオーリが、それぞれ二人ずつの敵を相手に渡り合っている。

 イレナの背後に回り込もうとした一人が、待ってましたとばかりに身を(ひるがえ)したイレナの一()ぎを受け、鮮血を(したた)らせながら剣を取り落とした。相手は女だ、と高を(くく)っていたらしいもう一人が慌てて斬りかかるが、時すでに遅し。正面からイレナの反撃を受け、膠着(こうちゃく)状態に陥っている。


 一方、オーリの相手は、最初から全力で数の利を振りかざしてきていた。二方から間断なく繰り出される攻撃を(しの)ぐだけで、オーリは手一杯のように見える。

 自分達の優勢に気を良くしたか、右側の敵が、それまでよりも更に深くオーリの懐に切り込んできた。オーリはすかさず右足を軸に転身し、相手の攻撃を左方へと流して押さえ込む。これで左側の敵は、味方の身体が邪魔ですぐには手を出すことができない。


 オーリは一気に(やいば)を巻き上げた。二人目の敵が側面に回り込もうとするよりも早く、眼前の敵の肩口を真っ直ぐに突く。

 そして響き渡る悲鳴。


「オーリがよく言う『不必要に大きなちからは、時に災厄を引き寄せる』って、あれね、僕らの里の標語みたいなものなんだけど、実は続きがあってさ」


 モウルが、いつになく静かな声で、ウネンに話しかけてきた。


「続き?」

「そう。続き」


 モウルは一旦言葉を切ってから、少しだけ改まった口調で再び口を開いた。


「――『そして、ちから持てる者には、それ相応の義務が生じる』ってね」


 その瞬間、ウネンの脳裏に、懐かしいヘレーの声が(よみがえ)った。


『ちから持てる者には、それ相応の義務が生じる。私は、医師としての私の務めを果たそう』


 たとえ、この、穏やかな暮らしを失うことになろうとも。そう言ってヘレーは、隠れ住んでいた森を出たのだ。ウネンを連れて。

 金属同士がぶつかり合う甲高い音が、ウネンを現実に引き戻した。

 三人目の悲鳴が(あかね)色の空を震わせる。


「だから、ヘレーさんが君を育てていたって聞いて、僕らは、面倒なことになったなと思うのと同時に、ちょっと(うれ)しくもあったんだ」


 モウルの声が、何故かほんの少しだけ、耳にくすぐったい。

 ウネンは、何と返事をすればいいのか分からなくて、無言で視線を道の先へ向けた。

 オーリの剣が夕闇を一閃(いっせん)し、最後の賊の剣が弾き飛ばされた。

 四人の賊は、覚えていやがれ! と捨て台詞を残して、ほうほうのていで逃げ去ってゆく。

 かち色の染み出す東の空に、一番星が静かに輝いていた。

 

 

 


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