年越し風景3
ネタバレが含まれていますので、本編を読了後にご覧ください。
クージェの王城、居館の客間にて
「もう一度! 今のお話もう一度して!」と末の姫エヴェリーナが騒ぐ横で、カミル王子が目をきらきらさせながら両手を握り締めている。二人のお姉さんであるダーシャ姫は、育児係の「そろそろ一度お茶にいたしましょう」という言葉に「お願いするわ」と頷いてから、語り手の老人にしみじみと語りかけた。
「本当にジェンガおじいさまはすごい方だったのね……」
「ええ! そうなんですよ」
力強く返す老人はデン卿といって、ダーシャに国語を教えているナヴィの父親だ。領地経営から引退して手が空いているからと、年の瀬の多忙なこの時に姫や王子の子守を名乗り出てくれた彼は、今しがた護国の英雄の物語を語り終えたばかりだった。七十年前の戦の時、デン卿はまだ乳飲み子だったそうだから、ジェンガの活躍を実際に目にしていたはずはないのだが、その弁舌は鮮やかかつ細やかで、子供達はすっかり魅了されてしまっていた。
「ジェンガ様は魔術の腕だけでなく騎士としても一流でしたから。タジとの戦を経てハロン王家の傘下に入った領主の数がぐんと増えたのは、先代や先々代の当主様がたは勿論ですが、ジェンガ様のお蔭でもあると思います」
「そうなの……」
先日、参事会の所用で王を訪ねてきた城下の魔術師相手に、毎度の一悶着を起こしていたジェンガ翁を思い出して、ダーシャはそっと息を吐いた。「そうは見えないけれども」という言葉は胸の中にしまっておく。ダーシャは淑女なのだ。
「そうですとも。しかし老いとは難儀なもので、私めも物忘れが増えてきましてな。ジェンガ様はいかほど歯痒い思いを抱えておられるのか……」
しおしおと肩を落としたデン卿は、しかしすぐにハッと息を呑んで背筋を伸ばす。
「しかし、そのお蔭で、皆が忙しくしているさなかにこうやって姫様がたとお話できるのですから、歳をとるのも捨てたものではないですな」
にっこりと相好を崩すデン卿に、ダーシャはすまし顔で「光栄です」と微笑んだ。
少し昔、森の中の「我が家」にて
扉をあけたヘレーがちらちらと舞う雪を見とめたその時、背後から「ほこり……?」と言うウネンの怪訝そうな声が聞こえてきた。
そう、彼女は今まで雪を見たことがなかったのだ。降霜すら稀なこの地域では、物質の三態について説明するのも一苦労だったな、といつぞやのウネンとの会話を思い出しながら、ヘレーはにこにこと彼女を振り返った。
「これが雪だよ。前にも言ったように、寒さで雨が凍ったら雪になるんだよ」
眉を寄せるウネンを見て、ヘレーはここぞと再講義を試みたものの、ウネンがもごもごと何かを言いかけたのに気づき、まずは彼女の話を聞くことにした。
「温度が低いと液体は固体になるんだよね? 蝋みたいに」
「そうだよ。よく覚えていたね」
「でも、水は蝋よりも重いよね。どうしてこんなふうにふわふわ降ってくるの?」
その瞬間、ヘレーは自分の先入観念を突きつけられたような気がして目を見開いた。「そうか、そうだな」と感嘆を込めてウネンに大きく頷いてみせる。
「雨粒がそのまま凍るわけじゃないんだよ。空の高くで小さな水の粒が集まって雨になるように、雪は小さな氷の粒が集まってできるから……見えるかな?」
ヘレーは袖口に落ちた雪をそのままそっとウネンの目の近くに持っていく。小さな樹枝状の結晶が視認できたのだろう、ウネンの顔がパアッと輝いた。
「すごい! 自然にこんなにきれいな形になるの? どうして?」
「説明が少し長くなりそうだから、お昼ご飯の時に教えてあげるよ」
「やったー!」と全身で喜ぶウネンを見つめる、ヘレーの頬も緩みっぱなしだ。
「雨が凍るって聞いた時、ぼく、小さな石粒みたいなのが降ってくると思って、すごく怖かったんだ。でも、こんなにふわふわなら、もっと降ってもいいよ!」
雹のことを彼女に教えるのは、もっとあとでいいだろう。ヘレーは内心でそう呟いた。
【初出】
1:2024年年賀状
2:2025年年賀状




