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和解のあとで(電子書籍4巻配信開始記念短編)

第十一章「滅ぼさんもの」の第五話「里長と嗣ぎ手」の翌日のエピソード。悪の魔術師討伐隊とともに南へ向かう旅の一幕です。

ネタバレが含まれていますので、第八章読了後にご覧ください。


 

 

 夕刻を迎えた領主館の前庭に、何頭もの騎馬のいななきと馬具の音が響いている。

 怪物という名の魔術師を追う討伐隊は、騎乗する八名と荷馬車の二名の合計十名。本日の宿泊所となるこの館に先触れで先行していた二名の騎士が、しんがりで門をくぐった討伐隊長ラウのもとへ駆け寄っていく。二人の報告を聞き終わったラウは、隊員達全員をぐるりと見まわして声を張った。


「皆の者、今日もご苦労だった。領主殿が広間に温かい飲み物を用意してくださっているそうなので、さっそくいただこう!」


 歓喜の声がそこかしこから湧き上がる中、オーリは荷馬車へ目をやった。幸いにも自分はまだそこまで疲労にも寒さにも(さいな)まれてはいない。いっぷくするより先に、皆の分も荷下ろしを済ませてしまおうか、と考えたのだ。


 御者台では、馬車を預かる騎士ストゥと同乗者のウネンが腰を上げるところだった。先に地面に降り立ったストゥの手を支えに、毛布を体に巻きつけたウネンがぽとんと着地する。毛布に土がつかないよう気遣っているのだろう、わたわたもたもたしながらも慎重にそれを脱ぎ、よいしょこらしょと畳もうとしている。見かねたストゥに手伝われ、ウネンの(おもて)に笑みが咲いた。


 そうか、御者台に座っているだけだと寒いのだな、とオーリはようやく気がついた。ヴァイゼンを発って四日、自分のことで手一杯のあまり周りを全然見ていなかった。明日は予備の外套(がいとう)をウネンに貸そう、と心に決めて、彼女のほうへ足を向ける。


 と、ヘレーがウネンの傍に寄っていくのを見て、オーリは歩みを止めた。ヘレーとは昨夜なんとか和解できたとはいえ、さすがにまだちょっと正面切って顔を合わせる勇気はない。どういう態度で何を話せばいいのかがわからないのだ。

 機会を逸して(たたず)むオーリの横に、モウルの気配が立った。


「ようやく笑顔が見られたね」


 モウルの言葉を聞くまでもなくオーリの視線の先では、ウネンがヘレーに話しかけられて満面に笑みを浮かべている。


「自分の殻に閉じ籠もって()ねてる誰かさんに対して、色々と遠慮していたみたいだからね」

「悪かったと思っている」

「僕だって随分と気を()んだよ」


 そこでオーリは初めてちらりと目を横にやり、小さく「すまん」と謝った。


 


 どうやら騎士達は、いっぷくの前にそれぞれの荷物を確保しておくつもりのようだ。荷台に上がったストゥが、荷馬車を取り囲む騎士達に荷物を手渡している。混雑が収まるのを待とう、と思ってオーリがその場から動かずにいると、同様に考えていたであろうモウルが、小さく()め息をついた。


「僕に()きたいことがあるんじゃないの?」


 図星を指されて反射的にモウルを見やったものの、オーリは慌てて素知らぬふうで顔の向きを戻した。


「いや……別に……」

「あっそ」


 気にはなっていたが、絶対に知りたいとまでは思っていたわけではない。そうオーリは内心で(うなず)いた。それに、()くのは今でなくともいいのだから。いっぷくのあとにでも……いや食事のあと……就寝前……明日の出発前……。


「もじもじするのなら素直に『教えてくれ』って言いなよ。お昼にヘレーさんと何を話してたか知りたいんだろ?」

「もじもじなんかしていない」


 オーリの否定を意に介さず、モウルは勝手に話し始めた。


「ヘレーさんが、里を出てからのことを()いてきたんだよ。とりあえず『オーリのこと心配じゃなかったんですか?』って質問で返したら、『我が子を手にかけようとした父親が傍にいるよりはいいだろうと思ってた』って言ってたよ。『自分なんかよりも、おばあさんや里長(さとおさ)のほうがずっといい保護者だっただろう』だってさ」

「は?」

「怖い怖い、顔が怖い」


 まったく怖がってなさそうな口ぶりでモウルが言う。


「僕からは何も言えません、って答えておいたから、そのうち()きに来るんじゃない?」

「殴ってしまいそうだ」


 思わずこぶしを握り締めながら、オーリは(つぶや)いた。暴力はふるわない、とウネンに約束させられていたが、こればかりは許されるはずだ。


「一発ぐらいは殴ってもいいと思うよ。そのほうがヘレーさんも気が楽になるんじゃないかな」

「……絶対に殴ってやるものか」


 絞り出すようなオーリの声を聞き、モウルが苦笑を浮かべた。それから、ついと視線を荷馬車へと向けた。


「あと、ウネンについても()かれたね」


 モウルに倣って、オーリもまた荷馬車を振り返る。


「どう返したんだ?」

「以前『もしも兄弟がいたらどうする』みたいな話題になった時に、彼女が『上の兄弟に自分が可愛がられるはずがない』って顔をしてから『下の兄弟を思いっきり可愛がりたい』って言ってた、って答えたら、真っ青になってた」

「それで、あれか」


 ストゥを手伝うウネンのやや後方で、ヘレーがそわそわ様子を(うかが)い続けている。おそらくウネンを構う機会を探っているのだろう。

 オーリが漏らした()め息を誤解したか、モウルが弁解めいた一言を付け加えた。


「君と違って彼女は、泣き言も恨み節も自分からはまだ言えないんじゃないかな、と思ってね」

「ああ」


 深く(うなず)くオーリだったが、ふと、待てよ、と考え込む。

 一拍置いてモウルが、まさか、と目を剥いた。


「だからって殴り方を教えても意味はないと思うよ!」


 


 夕食にはここの領主夫妻も同席することになり、広間には三台の細長い食卓が組み立てられた。

 一番奥の壁にはタペストリーがかけられていて、その前に置かれた食卓には領主夫妻と討伐隊長が並んで座るのだろう。残る二台の食卓は、左右の壁の前に一台ずつ。タペストリーに向かって左の壁を背に五人分の、右の壁を背に四人分の食器が用意されていて、食卓に囲まれた中央部で使用人が給仕をしてくれる形式だ。


 この討伐隊では任務の性質も関係してか、これまで食事などの席次は多分におおらか且つ流動的であった。しかし今回ばかりは、騎士ではない者は下座についたほうがいいはずだ。そう判断してオーリは指示がくだされるのを待つ。


「領主殿の準備が少々遅れているそうだ。皆の者、給仕の邪魔にならないよう先に席に着くとしよう」


 ラウ隊長の声が朗々と広間に響き渡った。だがどうしたことか、騎士達は入り口付近でいつになく二の足を踏みつづけている。


 先陣を切ったのは、御者担当のストゥだった。彼はしばし怪訝(けげん)そうな表情で皆の様子を(うかが)っていたが、(らち)が明かないと思ったのだろう、昨夜同様ウネンを誘い、左の食卓へ向かった。入り口から二つ目の席に彼女を座らせ、自分はその隣、真ん中の席に着席する。

 途端に残る騎士達が、ストゥとウネンのほうへ殺到した。


 ストゥは、騎士達の中で一番歳が若い。オーリはこの四日間で、彼がほかの騎士から従者のような仕事を押しつけられているのを何度か目にしていた。加えて、ウネンの話し相手となる様子を「子守り」と揶揄(やゆ)している声も聞いている。何が起こっているのかわからないが、ストゥに加勢が必要なのは間違いない、とオーリが一歩踏み出した時、ラウが「おいおい」とあきれ声を上げた。


「お前達、もう少し離れんか。そうも大勢に取り囲まれては、ウネン嬢も怖かろう」


 怖い、との言葉を聞き、何人かが慌てて身を引いた、その隙に、一人がウネンの右隣の席に滑り込む。


「おい、(ずる)いぞ!」

「空いていたから座っただけだ。お前らもさっさと席に着け」


 一方、反対側では、しれっとストゥの左隣に座った騎士が「私のことはユスとお呼びください」とストゥを押しのけるようにしてウネンに自己紹介をしている。


「なあストゥ、席を替わらないか?」

「たまには上座のほうを譲ってあげよう」

「おい、無視するなよこの野郎」


 予想もしていなかった展開に、オーリがひたすら目をしばたたかせていると、すぐ傍らから派手な舌打ちが聞こえてきた。


「小さい体で健気に荷物運びを手伝いながら、あんな笑顔を振りまいていたらどうなるか、僕ともあろう者が予想できなかったとはね……。これは面倒くさいことになったぞ……」


 意味がわからず眉を寄せるオーリを、苛ついた表情でモウルが見る。


「昨日までは、誰かさんのせいでウネンは塞ぎ込みがちだったからね。表情も暗かったし、雰囲気も重く沈んでいたし。今日になって突然、あんなお日さまみたいな笑顔を見せられたら、心を射抜かれてもおかしくないさ。ただでさえ過酷で気鬱な行軍中だし」

「いやしかし、いくらなんでもそんな急に」


 そう、ストゥに「子守りご苦労さま」などと馬鹿にしたふうに言っていたのは、一人や二人ではなかったというのに。


「なんだかんだ言って、彼女の容貌はとても整っているからね。服装や髪の長さで誤魔化されがちではあるけれど。そしてあいつらはウネンの性別も年齢も知っている。なんだ、よく見りゃ美人じゃないか、そういえば年頃のお嬢さんだった、……ってところじゃないかな」

「いやそれにしても」

「思考が言葉に引きずられるなんてことは珍しくないよ」


 モウルが特大の()め息を吐き出す向こうで、医者として領主に呼ばれていたヘレーが広間に足を踏み入れて、「な、何事だい」と目を白黒させている。


「こんなことなら、昨晩、和解の邪魔をするべきだったか……? いやそれはさすがに人としてどうかという気もするな……ウネンに何か難解な問題でも出して、今日いっぱい難しい顔で考えさせておくべきだったか……変化が激烈でなければ、周囲も徐々に慣れていって、こんなことにはならなかっただろうに……僕としたことが、しくじったな……」


 


 オーリが最初に想像したとおり、ラウの指示で、ウネン、ヘレー、モウル、オーリの四人が下座に着き、ウネンの右隣にはヘレーが、左隣にはストゥが座ることになった。

 確か、今夜は一行全員でこの広間に寝泊りする手筈(てはず)だった。モウルの言ったとおり、これは確かに面倒くさい事態になったな、とオーリは大きく()め息をついた。


 


      *


 


 広間の一番隅っこにウネンの寝床を用意し、周囲を保護者三人で固めたことで、何事もなく平和に夜明けを迎えることができた。


 ゆっくり休めて疲れがとれたからか、はたまたヘレーがウネンの父親だとあらためて名乗ったせいか、騎士達のウネンに対する態度は昨夕に比べて随分と落ち着いていた。それでも、これまでにはなかったレディ扱い――「顔を洗う水を持ってこようか」「椅子は要らないか」――が折に触れ飛び出してきて、ウネンが「なんだか昨日あたりから皆さんがすごく親切になっている気がする」と小声で(つぶや)いている。


 一昨日や一昨々日(さきおととい)同様、一行は、組み立て式の食卓を展開する手間を惜しみ床の上で簡単な食事をとった。食べ終えた者からさっさと荷物をまとめ、出発の準備に取りかかる。


 ウネンをモウル(とヘレー)に任せ、荷運びを手伝うつもりで建物を出たオーリは、ストゥがユスと名乗っていた騎士に絡まれているのを見た。


「たまには御者を代わってやろう」

「騎乗してこそ騎士、なんじゃないんですか? 未熟者は未熟者らしく自分に与えられた任務を遂行するまでです」


 にべもないストゥの態度に(しび)れを切らしたか、ユスが額を突き出すようにして大きく身を乗り出した。


「お前ばっかりウネン嬢と(しゃべ)って(ずる)いじゃないか」

「俺の仕事はあくまでも、行軍に必要な物資とウネン嬢を安全に運ぶこと、ですよ。ウネン嬢と(しゃべ)ることを目的にしているような人には任せられません」

「なんだと!?」


 オーリは()め息を押し殺しながら、わざと足音を立てて二人へ近寄る。

 さすがにばつが悪くなったのだろう、オーリの顔を見るなりユスはそそくさと退散していった。


「何か手伝えることがあったら言ってくれ」

「お気遣いに感謝します」


 礼を言って苦笑を収めたストゥが、広間のある建物に顔を向ける。


「……表情がすっかり明るくなりましたからね」


 ウネンの笑顔を思い出しているのか、彼は(まぶ)しいものを見ているかのように目を細めた。


「面倒をかける」

「まあ、ユス殿とかはもともと俺に対しても面倒なお方でしたし」


 あきれ顔をオーリに披露してから、ストゥは再び広間のほうを見やった。


「それよりも、彼女が幸せそうに笑えるようになってよかったです」


 オーリは咄嗟(とっさ)に唇を引き結んだ。「あんた、いい奴だな」と言いかけたものの、庶民が騎士階級相手に対してかける言葉として不適切では、と思い至ったのだ。


 そもそも、比較対象がよろしくなかった。昨夕、真っ先に「和解の邪魔をするべきだったか」などと口にしたモウルを思い出して、オーリは知らず肩を落とした。

 

 

 

    〈 了 〉

 

 

 

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