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にせものってなんだっけ

作者: 七尾里緒

それはごっこ遊びだったはず、だった。部屋の外では秋雨が注いでいて、しかしその音すらも聞こえてしまうほどの静けさで部屋は満ちていた。

「…どういうことか説明してくれる?」

 彼女は米神に中指を当てて大きく溜息を吐いた。それに沿う薬指には銀色のものが光っている。それを見つめ、微笑んでいた彼はますます笑みを深めた。

「だから、式はいつにする? って聞いたんだよ」

 それだけだよと宣った彼はいつも通り、表情の読めない笑顔だ。このままではらちが明かない、とばかりに彼女は左手の薬指に光るそれをゆっくりと外した。

「ええ、なんで外すの?!」

「なんでって…」

 声を上げる彼に、彼女はもう一度溜息を吐いた。

「あんたにつけてくれって頼んできたからでしょ。虫除けの為に」

 呆れたように声を吐き出す。痛む心は知らん振りしたままだ。


 ことの発端は、彼と彼女、それぞれの告白の場所が被ったことだろう。彼女にはちっともわからないが、自分はモテるらしい。そしてますますわからないことにこの男もモテる。学内でも有名の二人で、毎日のように呼び出しを受けていた。

 彼女にとってそんなことは初めてで、めんどくさいと愚痴りながら告白の名所ともいわれる校舎裏に向かった。しかしそこには先客が――しかも告白真っ最中の男女がいた。邪魔しないように、と咄嗟に物陰に隠れる。こっそり伺えば、男が申し訳なさそうに断っていて、女は首を振って足早に立ち去って行った。あーあ、泣かせた。男が自分と対をなすように噂されている人物だって知って内心で茶々を入れる。だからってどうしようもないけども。なんだか白けてしまって、彼女は呼び出されていた相手に謝罪を入れてその場を離れた。

 それで彼とのかかわりはなくなったと思っていた。思っていたのだ――こんなうわさを耳にするまでは。

『あの子の想い人は彼らしい』

 あの子、とは自分のことで、彼とは例のモテるあの人。なんでまた、と思えばどうやら告白がバッティングした際に彼女が男の方をうかがっていたことを見られたらしい。以来、あの男相手なら脈なしだと勝手に諦めてくれたようで告白の数がかなり減ったので僥倖だった。しかし話はそこで終わらなかった。噂が流れ始めた週の末、彼が彼女の下にやってきた。

「ちょっと付き合ってくれないかな?」

 衆人環視の下、彼はにこやかに彼女を連れだした。これも後ほどめでたく噂されたのは言うまでもない。

 連れていかれたのは先日とは違う、告白スポットの一つ。昼下がりのそこはのどかで、まるで本当に告白されてしまうような、雰囲気を持っていた。

「…何の用」

「つれないねぇ…おれのこと、好きって本当?」

「本当なわけないじゃない」

「デスヨネー」

 わかってたと微笑む彼をいぶかしげに見つめる。じゃあ何の用と突き返す。意外にまじめな彼女は目の前の彼よりも、始まってしまっている講義の方が気になっていたのだ。

「いや、俺と付き合わない?」

「……は?」

「もちろんふりで。あの噂流れてから厄介なこと、減ったんじゃない?」

 思わず彼の方を見つめる。へらへらと笑う人だ、と思ってはいたがその目が笑っていないことに気付いた。

「そうだけど」

「虫除け、けっこう効くとおもうんだけど。あ、ほかに好きな人とか付き合ってる人がいるならいいけど」

「どっちもいない…その話に乗ったところでデメリットは?」

「人前で少しいちゃつくふりはあるかも、デートとか」

 ふむ、と米神に指を当てる。天秤はすぐに傾いた。

「その話、受けた」

 ありがとう、と微笑む彼の握手を断って、二人の関係は始まった。それがおよそ三年前のことだった。


「そして一か月のときにこの指輪もらったんだっけ」

「そうそう」

 三年間、丸々偽装を続けていたことになる。呆れたものだが、二人とも決まった相手はいないままだし、就職してからもこの指輪の効果は絶大だった。体の関係もないまま、三年間つかず離れずの関係は居心地がよかったことは否定しない。しかしそれはそれだ。あくまでフリの関係であって、式まで挙げる必要はない。これは別れ話か、いや契約解消の交渉か。難しい言葉でごまかしてはいるが、胸の奥はずきずきと痛んだままだ。どうして。なんでもない風を装って、掌の中でまだ温い指輪をもてあそぶ。

「だってそろそろ付き合って三年でしょ」

「まず、相手を見つけなさい」

 どうにも話がかみ合ってないらしい。指輪越しに彼を見遣る――思った以上に、真面目な表情だった。彼の腕がこちらに伸びる。

「これじゃなくて、こっち着けて」

 そのまま左手と指輪が取られる。ひやりとした感覚は先ほどまでつけていたものに酷似していた。

「結婚しよう」

「…………は」

 新しく輝くそれは明らかに本物で、何を表すか明確だった。

「…もう一つだけ、頂戴」

「なに?」

「あんたの気持ちだけわかんない」

 奥歯をかみしめながら俯いた。視界の隅で彼が笑ったのが分かった。ふわりと香る彼の匂い。こんなに近くで嗅いだのは初めてだ、と初めての彼の腕の中でぼんやりと思った。

「好きだよ、愛してる」

 初めて尽くしの中で、温かいファーストキスが降ってくるまであと三秒。



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