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「目覚めても好きでいて…」

作者: 笹野優衣花

現在連載中の「白い記憶」の元となるおとぎ話です。

ーーーこれは遠い昔の物語。


 とあるお姫様と王子様の恋のお話。

 王子様はお姫差に出会い、恋をしました。

 お姫様は王子様に、ひとつだけ大きな秘密がありました。


 これはそんな二人の、切なくも優しい恋物語ーーー


********************


ーーー王子の名をレナン。


 彼は大国の王子であり、次期国王でした。

 レナンには誰にも言えない想いがありましたーーー



「おい、ザール。本当に今日で間違いないのか?」

「もうその質問は本日五度目です、殿下」


 広間に案内されるなり、レナンは終始落ち着かない様子だった。

 彼の従者でもあり、教育係でもあり、現在友人でもあるザールはそんなレナンの態度に苦笑して答える。


「殿下、はやる気持ちは分かりますが…。うろうろしていても、まだお姫様はお見えになりませんよ?」

「うっ…!分かっている」


 自分の気持ちをいつも分かってくれる従者の一言が、今日は妙にぐさりとくる。

 だが、レナンにはそんなことを気にする余裕もなかった。

 

(いよいよ、今日なんだな…)


 彼はひとり、ここまでの道のりを思い返していた。




ーーー王子様はお姫様と結婚する前、お姫様に会っていたのです。


 それは、突然で、偶然で…。まさしく運命だったと言えるものでしたーーー



 『この子は…誰だ?』


 それはレナンが六つの時のこと。

 たまたま隣の小国に招待された際に城内を散策していた。幼い時から好奇心旺盛だった彼は、すぐに城から隔離されているような建物を発見した。


 それは古い塔だった。

 おそらくもう誰も使っていないように見えるその塔は、レナンが首を真上にあげても先が見えないほど高かった。


 その塔に上ったのは、ほんの好奇心からだ。

 従者を振り払いこの場所にたどり着いていたこともあり、彼を止める者は一人もいなかった。


 頂上に着くと、一つの大きな部屋があった。

 そこには大きなベッドと、その上に横たわる一人の少女がいた。


 少女は長い金髪をベッドの上に広げ、長い睫をぴったりと閉じて眠っていた。

 その人形のような顔の造りに、幼いながらも心を奪われたことを覚えている。そう…。あれが初恋だったのだ。


 レナンはそっと彼女に近づくと、それまで両親にしかしてこなかったキスを眠る彼女に送った。…だが、間違えて頬ではなく唇にしてしまったことに気づいたのは、唇を離してから。慌てて身を離すと、彼女はまだ眠っているようでひどく安心した。


 柔らかい唇の感触が今でも残っている。

 これが口づけというものなのかと、ふと思った時。


『ん…。あなたは、だあれ?』


 眠っている彼女の瞳と唇が開いた。

 その吸い込まれそうな緑色の瞳は、レナンの心をつかんで離さなかった。彼はこの六年間の間で、この瞳以上に美しい澄んだ瞳を見たことがなかった。あまりの美しさに、茫然としてしまう。


『…レナン』

『そう、レナンっていうの』


 彼女は彼の名を呟くと、はっとして言う。


『お願い!私をお父様とお母様のところに連れて行って!』

『えっ!?』


 驚いて固まってしまったレナンとは対照的に、彼女はそのままベッドから飛び起きると、彼の腕をひいて歩き出す。


 レナンはただ目覚めたばかりの彼女に従う以外何も考えられずにいた。




ーーー王子様は連れて行ったお城でとても驚きました。


 なんと、彼女はこの国のお姫様だったのです。しかし、王子様以上にこの国の王様とお妃さまは驚いていました。そして、それはそれは喜びました。そして、王子様に何度も何度もお礼を言いました。


 王子様は不思議でした。


 どうして、お礼を言われるんだろう…と。


 



 やがて、月日が流れ、王子様は結婚相手を決めなくてはいけなくなりました。

 王子様は迷わずこの時あったお姫様を妻にと願いました。しかし、大臣たちは小国からのお姫様を娶ることを良しとしませんでした。


 王子様はそれでも諦めきれず、なんとか説得して、ついにお姫様のお嫁入りの日を迎えることが出来たのですーーー


 


「殿下、お妃さまのご入場です」


 その声にびくりと身体を震わせる。

 はやる気持ちを隠し切れず、つい緊張してしまっていた。どきどきと高鳴る胸を押さえつけ、開け放たれた扉へと視線を移す。


「…っ!!」



 そこには、純白に輝く聖女がいた。

 

 出会った頃から変わらない、美しい金色の髪。

 伏せられた瞼を覆う、長い睫。

 華奢な肩から覗く、白い肌。


 そして、自分を真っ直ぐに見つめる、緑色の瞳。

 

 息を飲むほどに美しく成長した彼女が、今、目の前にいる。

 見とれるレナンに、彼女は微笑みながらその薄桃色の唇を開いた。


「これからよろしくお願いします、レナン王子」


 あの頃よりも幾分か落ち着いた声音。

 凛と澄んだ音が響き渡った。


「改めまして、わたくしはフレイアと申します」




ーーーこうして、レナン王子とフレイア姫との生活が始まりました。


 王子様はそれはそれはお姫様を大切にしました。

 お姫様も王子様に愛されて、とてもとても幸せでした。


 ですが、そんな二人の生活にも変化が訪れましたーーー



「レナン…、私ね、身ごもったみたい」


 そう言う彼女は頬を赤らめ、上目づかいで愛しい人に伝える。


 ベッドの上で彼女を待っていたレナンは、その言葉にピシッと固まってしまった。

 そんな彼の様子に、彼女は不安そうに問いかける。


「レナン…?嬉しくないの…?−−−きゃあっ!」


 突然腕を引かれ、彼の胸に飛び込むように倒れこんだ。

 柔らかな身体を抱きしめ、彼は耳元で囁く。


「…ありがとう、フレイ、ありがとうっ!」


 泣くのを堪えたかのような囁きに、彼女の目にも自然と涙が浮かぶ。


「うん。私も…授けてくれてありがとう」



ーーー二人の間には、とてもかわいい男の子が生まれました。その子供の名をルイとし、二人で大切に大切に育てました。


 しかし、お姫様は何故か、日毎に悲しい顔をするようになりました。お姫様には、誰にも言えない秘密がありました。


 それは、大好きな王子様にも言えないことでしたーーー



「どうしよう…」


 フレイアは一人悩んでいた。


 それは誰にも言えていない自身のことについてである。


 彼女はそれを愛する夫にも伝えてなかった。いや、伝えることが出来なかった。



 彼女の夫・レナンは、フレイアが初めて恋をした相手であった。


 目覚めてから、最初に出会った少年。

 

 自分よりも淡い金色の髪に、茶色の瞳。

 はにかんだ笑顔が可愛らしい男の子だった。


 今ではその整った容姿に磨きがかかり、精悍な顔をした大人の男性へと成長した。


 

 彼はその美貌からより好条件な姫や令嬢を妻に出来た筈であるのに、真っ先に自分を望んでくれた。


 たった一度だけの出会いだったのに、それがこうして一生を供に過ごす相手となるとは思ってもみなかった。


 ただ、その・・・がきたらもう一度会いたい、そう願うだけだったのに…。



「レナンは、私の…」

「俺がどうしたって?」

「きゃあっ!?」


 不意に掛けられた言葉に驚く。

 背後から抱きしめるかのように腕を回され、耳元で囁かれた。吐息が耳にかかりくすぐったい。


「もうっ、びっくりした」

「何を考えていたんだ?」


 くすくすと笑いながらも、彼は続きを促してくる。

 フレイアは苦笑し、身体をよじって彼の肩に腕を回した。そんな彼女を、彼は軽々と抱き上げベッドに運ぶ。


「ううん…。ただ、レナンは私の『運命の人』だなって思って」

「なんだそれ」


 ふっと可笑しそうに笑いながらも、彼は彼女の夜着に手をかけ、そっとその布をベッドの下に落とした。


「もう、まじめに言ったんだよ?」 


 なんて少し怒ったように言えば、彼はひどく真剣な眼差しで答える。


「フレイにとって、俺が『運命の人』。俺にとってもフレイが『運命の人』。−−−そんなの当り前だろう?」


 そう言って、これ以上は何も聞かないとばかりに唇を塞がれた。

 絡み合う視線が熱を帯び、一気に甘くて激しい時間が訪れる。


 フレイアはこの日も、レナンに何も言えなかった。




ーーー本当は王子様にもお姫様の些細な変化に気が付いていました。


 ですが、怖くて聞けませんでした。

 王子様は恐れていたのです。

 お姫様の瞳に宿る憂いが、自分へ嫁いできたことへの後悔によるものだったら。


 そう、思っていたから何も聞きませんでしたーーー



 レナンはため息を一つこぼすと、隣で眠る愛しい人を眺めた。


「今日も何か考えていたな…」


 そう、ここ最近…、正確に言えばルイが生まれてからというもの、フレイアは何かを考えるようになった。

 どうしたんだと尋ねても、淡く微笑むだけで詳しく話そうとしない彼女。


 そんな彼女が気になるのだが、レナンは敢えて深くは聞かなかった。−−−否、聞けなかったのである。


 もし、彼女がこの結婚を後悔していたら…。


 そんなことばかり考えてしまうのだ。


 そもそも、この結婚はこちら側の強い要望により実現した。

 一目見た瞬間、一言会話を交わしただけで、己の心は彼女に捕らわれたのだ。


 何度も秘密で彼女に会いに行った。

 未婚だから二人きりはおろか、顔を会わせることも許されない。


 だが、遠目から見た彼女はやはり美しく、胸に宿る想いは消えるどころかむしろ膨らむ一方だった。


 彼女が成人してからは姿も見れず、歯がゆい思いを抱いていた。


「でも…、やっと手に入れた」


 そう。


 権力を最大限に行使して、彼女の夫となる権利を手に入れた。

 

 結婚して早々に自分の子供を宿すことにも成功した。


 これで彼女はもう逃げられない。


「どんなに後悔していても…、逃がさない」


 レナンは眠る彼女を抱きしめ、素肌が触れ合う感触を感じながら眠りについた。




ーーーしかし、王子様は突然、秘密を知ることになったのですーーー


「王子、そろそろ側室をお迎えになったらどうですか?」


 それはここ最近の議会でよく上る話題だった。

 

 よくある「自分の娘を側室に」という、大臣の下心である。

 

 レナンはそんな話には辟易していた。


 いい加減にしてほしい。自分にはもう愛する者がいて、世継ぎも誕生している。そう、何度も言うが出世欲に駆られた者の耳には届かない。


 レナンはあからさまに嫌そうな顔で彼らに告げる。


「止めてくれ。王太子妃は世継ぎを既にもうけている。何よりも、わたしは彼女以外の女など愛せないのだ。それは、お前たちが良く分かっているだろう?」


 元はレナンが国内の令嬢には見向きせず、一途にフレイアを想っていたということなど、散々説得された大臣たちにも分かっていた。


 だが、諦めきれない者がいるのも事実である。


 その中の一人が不意に声をあげた。


「殿下はご存知ですか?…妃殿下の秘密を」

「秘密?」


 その言葉に、ぴくり、と片眉をあげた彼に、その大臣はにやりと笑って続ける。


「さようでございます。実は妃殿下には重大な欠点があったのですよ。それは−−−」


 にやにやと笑いながら続けられた言葉に目を見張る。

 

 レナンは勢いよく立ち上がると、その場を後にした。



ーーー王子様は頭が真っ白になりました。


 簡単には信じられないその内容に、彼はお姫様本人から真実を聞きたかったのですーーー


「フレイ!!」


 突然開け放たれた扉に、驚いて視線を移す。


 フレイアは常のレナンからは想像が出来ないほどの雰囲気から、ただならぬものを感じて息を飲んだ。

 固まったまま動けない。


「どういうことだ!?」


 何を?という前に肩を掴まれる。

 触れ合う肌がひどく熱い。


 レナンは茫然とした顔で見上げるフレイアに焦れ、奥歯を噛みしめて「くそっ」と毒づく。

 忌々しげに歪められた顔はあまりにも恐ろしく、フレイアはひゅっと喉を鳴らした。


 そんな彼女にレナンは続ける。


「どうして黙っていたんだ!!」

「っ!!!」


 その一言から、何に対して彼が怒っているのかを察した。

 

(どうして、知っているの?)


 驚愕と困惑。


 見開かれた瞳から彼は切なげに眉を寄せた。


「本当なんだな…」


 視線を合わせずポツリと呟かれた言葉がフレイアの胸に痛みを灯らせる。

 彼女は震える声で問うた。


「どこまで…聴いたの?」


 彼は俯いたまま答える。


「…『眠り』についたら、すべて忘れる…と」


(ああ…知られてしまった)


 フレイアはついに来てしまったことに茫然とした。

 彼には…、彼にだけは言えなかった事実。

 せめて、自分から言わなくてはいけない。そう、思っていたのに…。


(私の弱さから招いた結果ね)


 ならばもう、黙っていてはいけない。


 フレイアは覚悟を決め、俯くレナンの頬に手を添えた。

 揺れる瞳がぼんやりと自分を捕える。


「…私が、あなたに言えなかったことをお話します」



 −−−それは、フレイアの王家に伝わる古の『性質』。


  それは一生のうちに二度『眠る』ということ。

  

  どうしてそうなるのかは誰にも分からないが、この王家の血をひくものは『眠り』の宿命からは逃れられないのだ。


  ただ、全てのものにそれが発症するというものではないらしい。


  現に現国王であるフレイアの父、それに祖母までもこの『性質』は現れなかった。


  この『性質』の特徴は二つ。

 

  『眠る』以外に、『己の運命の相手を決める』、とされている。

  どういう訳なのか、一度目の『眠り』は必ず運命の相手が現れる丁度一年前に始まる。


  そして、一度目の『眠り』から丁度一年後。

  運命の相手と無事結ばれると、二度目の『眠り』につく。


  今度は何時目覚めるのかが分からない。

  ただ、目覚めても尚お互いがお互いの事を想いあっていれば、その二人は永遠に結ばれる。


  二度目の『眠り』も何時起こるのかが分からない。


  全ては運命によって左右される。−−−



「我が王家に伝わる『眠り』は、本来他国には一切知らされません。どうして漏れてしまったのかが不思議ですが、これが私があなた様に言えなかったことです」


 淡々と告げるが、目の前の彼は動かない。


 ただじっと、フレイアを見つめているだけ。


「…記憶は、無くならないのか?」


 その一言にぴくっと肩が揺れた。

 何も言えずにいると、彼が切なげに問う。


「記憶が消える、というのは嘘なんだな?そうだと言ってくれ!」


 懇願する声が耳に痛い。

 フレイアは意を決した。


「…記憶は、無くなりません」

「…っ!!」

「ただし、自分の『性質』に関するものと両親の事だけです」

「なんだよ、それ…」


 彼の顔が見れない。

 今度はフレイアが俯く番だった。これ以上レナンの顔を見ていられない。


「…これが、私が唯一あなたに隠していたことなの…」


 そう言って、未だに動かない彼に告げると、フレイアはずっと胸に閊えていたことを吐露する。


「だから、私の他に妃を娶って」

「!!」


 これは、ルイが生まれてから考えていたことだ。

 いつか来るその日のために自分が出来ること。


 それは、自分が記憶を無くしてから彼の心の拠り所になる女性ひとを見つけること。


(きっと、私はあなたを傷つけてしまう)


 彼からの愛を感じる度に思う。

 どうして、自分は普通では無かったのだろう?


 目覚めても尚お互いが互いを想いあう…なんて、記憶を無くした状態では無理ではないか。

 

 こんなにも…彼を愛しているのに。


 この想いごと消されてしまう。


 それが、ひどく悲しい。


「…っさない」

「えっ?」

「ゆるさないぞっっっ!!!」


 部屋に響いた突然の叫び声に、思考が追い付いてくれない。


 気が付くと自分はレナンによって抱き上げられていた。


 荒々しい勢いのままにベッドへと運ばれると、どさりとその上に落とされる。

 着ていたもの全てが彼によってはぎ取られ、無防備な姿を暴かれた。


「レナン!今、こんな事する時間じゃあ…!!」


 ない、という言葉は噛みついてきた唇によって塞がれる。

 息もつかせないほどの勢いのままに、彼はフレイアの口腔までも貪った。


 突然のことに茫然とするも、フレイアはただ彼に身を任せる。

 強引なやり方なのに、嫌じゃない。

 

 身体が。

 心が。


 彼に求められているという事実に歓喜で震えた。


 −−−この日から、レナンは議会以外でフレイアの傍から離れることは無かった。




ーーー王子様は不安でした。


 いつか、お姫様がいなくなってしまう。

 

 身体はここにあるのに、心が消えてしまう。


 そのことが、ひどく怖かったのです。


 王子様はお姫様の傍を離れようとはしませんでした。いえ、出来なかったのです。


 もし、離れている間にお姫様が眠ってしまったら…。


 そう考えるだけで、心が冷えたみたいに切なくなりました。





 そして、王子様はこの日もいつもみたいにお姫様の傍にいた時。

 

 それが起こりました。


 そう、ついに、その日が来たのですーーー

 

  

「おいっ!フレイっ!!『眠る』なっ」


 レナンは虚ろに横たわる愛しい人に、もう何度目かの言葉を告げる。


 だが、彼女は焦点の定まらない瞳で、レナンを見つめてきた。

 薄く笑うだけで、その表情は冴えない。

 『眠る』のを我慢しているかのようだ。


「れ、ナン…」


 震える手が頬に触れた。

 慌ててそれを握ると、力なく握り返される。


「フレイっ!!」

「私の言ったこと…覚えている?」


 まるでなぞかけのような問いだ。

 こんな時に何を…と思うレナンに、彼女はにっこりと笑んだ。


「レナンは、私の…『運命の人』、なんだなって」

「!!」

「あれ、本当なんだよ…?」


 何度も閉じては開きを繰り返した瞼が、今彼女の精一杯の力によって開いたままになる。

 レナンもその緑色の瞳をしっかりと見つめた。


「私…初めて、レナンに会った時…。恋をした」


 開かれた瞳から雫がぽろぽろと零れ落ちる。


「私…レナンのこと、好きになったの。言い伝えとか、関係なく…」

 

 必死で愛を告白してくれる彼女に、レナンは嗚咽が邪魔をして何も返せない。


「お願い…最後に我儘、聴いて、くれる…?」


(最後なんて言うな!!)


 だが、その思いさえ、言葉に出来ない。


「お願い…。目覚めても、好きでいて…?」


 固まったままただ涙を流す自分に、彼女は同じく泣いたまま告げる。


「お願い…。ほかに、誰がいてもいいから…、わたしの事だけは、変わらずに、好きでいて…」

「そんな、ことっ!当たり前だっ」


 ようやく出た言葉が切れてしまったことがやるせない。

 彼女はその一言に安心したのか、ふっと微笑んだ。


「よか、た…。れな、ん」


 愛してる。


 その言葉を最後に、フレイアは『眠り』についた。




ーーーその後、王子様は人が変わったかのように暮らしました。


 何をしていても、どこにいても思い出してしまうお姫様を想って泣きました。


 お姫様は傍にいるのに、もう傍にはいない。


 そのことが、王子様の心を深く傷つけました。


 そして、あんなに嫌がっていた他のお妃さまも、ついに娶ってしまったのです。

 ただ、お姫様以外は愛せなく、心配した大臣たちが紹介したお妃さまにもその気持ちを変えることが出来ませんでした。


 王子様はただ、お姫様が生んでくれた新しい王子様を育てることに全力でした。


 そして、あんなに小さかった新しい王子様が6つになって、王子様が王子様から王様になったとき、事件が起こったのですーーー



「火事だーーー!!!」


 それは突然だった。


 この日も王と王妃の寝室で一人で眠っていたレナンは、その声に飛び起きた。


 見ると、城内には煙が立ち込めていた。

 急いで臣下に促され外に出ると、煙は勢いを増して燃え盛っているところであった。


「一体どうしてこうなった!?」


 近くにいた彼の従者のザールに問えば、彼は冷静を装いつつ急いで答える。


「どうやら厨房からのぼやから発展したようです。幸い皆逃げ切り、王子様、お妃さまも無事です」


 その言葉に見れば、目の前にルイと側室、メイドの姿があった。

 取りあえず無事逃げ切ったことに安堵し、この場に最もいなくてはいけない人の姿が無いことに慌てる。


「おい、フレイはどうした…?」


 問うが、答えるものは誰もいない。


 −−−瞬間、ざわりと背筋が震える。


 その反応に今すぐ切り殺してやりたいほどの殺意を感じた。


(謀ったなっ!!!)


 おそらく、側室の父親あたりだろう。

 いつまでも手出しを出そうとしない自分に焦れた妃が、父親に進言したに違いない。


 −−−あの女を殺してくれ。


 そこまで考え、ぎりっと奥歯を噛み耐えた。

 側室も、青い顔のまま黙っているだけだ。睨み付け、問いただそうと思い、立ち止まる。


 この場で追及する前に、やるべきことがある。


 レナンは走り出した。


「陛下、お待ちください!!」


 目の前にザールが立ちはだかった。


「王妃の代わりはいても、王の代わりはいないのですよ?」


 その諭すかのような言い方に、レナンはついに激怒した。


「黙れっ!!!俺の代わりもいなければ、フレイの代わりもいていい筈がない!!妃まで押し付けといて、これ以上あいつを侮辱するような物言いはいくらお前でも許さないっっっ!!!」

「っっ!!」


 その王特有の剣幕に彼が押された隙に、レナンは燃え盛る城内へと駆けていった。



ーーー王様は、必死でお姫様を探しました。


 未だ『眠った』ままのお姫様は、王妃の間にいます。

 

 その容姿は美しいままにただ身体の成長だけは続けるお姫様は、ぱっと見ほんとうにただ眠っているだけのようです。


 その、まるで同じ時を隣で過ごしてきたかのような姿は、今もベッドの上で安らかに『眠って』いましたーーー



「フレイっ!!!」


 レナンはなんとか彼女のもとへたどり着くと、『眠る』その身体を強く抱きしめた。


 規則正しく、ただ寝息だけを発する彼女にほっと安堵する。

 今のところ、まだ火はこの部屋までたどり着いていない。


「死なせるかよ…!」


 −−−やっと、手に入れたのだ。


  この腕に抱くことを夢見、妻にすると決めた日から十数年の時を経るまで、思い続けた恋心。


  愛する心へと変化しても尚、未だに変わらないこの想い。


(俺の、大切な女性ひとなんだ…)


  彼女の代わりなんていない。


  彼女以外欲しくない。


「俺には、フレイしかいないんだっ…」


 フレイをその腕に抱いたまま扉に駆け寄ったレナンは、目の前の光景に茫然とした。


「…っ!ここまでもかっ」


 ついに、火が目前と迫って来ていたのだ。


 何とか逃げ切れる場所を探し、ある一点を見つめて考える。


(…ここで立ち止まっていても、二人して死ぬだけだ)


 ならば、賭けてもいいだろう。


 そう思い、勢いよく走り出した。



 −−−バリンっっっ!!!!



 激しくガラスが割れる音と共に、レナンは城外へと抜け出した。


「ぐっっ!!!」


 バサバサっっ!!という音が、耳元で大きく聞こえた。


 どうやら庭の植え込みに落ちたらしい。

 

 身体中傷だらけで全身痛いが、なんとか命だけは助かったようだ。


 レナンは未だ動かすと痛い身体を無理に動かし、腕の愛しい人の様子を窺う。

 スースーという、寝息が聞こえると、思わず脱力した。ーーー生きていてくれて良かったと、心底思う。


 

 二人して戻ると、その場は歓喜に包まれた。

 身体中煤だらけの傷だらけなレナンと、穏やかに『眠る』フレイアに、ザールは深く敬礼した。


 レナンはそんな彼にもういいと言い、そっと彼女を見つめる。


「よかった、本当に」


 今はただ、彼女に言いたい。


「愛している、フレイア」




 ーーーそう、心から安堵した時。





「ん…」


 『眠る』彼女が、寝息以外を囁いた。


 驚いている自分を他所に、彼女はゆっくりと瞼を開ける。

 





 緑色の瞳が、真っ先にレナンを認め…やがて、嬉しそうに細められた。








「私も…愛している。レナン」



********************


 こうして、お姫様は深い『眠り』から目覚め、王様と共に王妃として幸せに暮らしました。お妃さまだった女性とその父親は、二人の幸せを脅かすものとして、厳しく処罰されました。レナン王とフレイア王妃は、ルイ王子とその後生まれたたくさんの王子様、お姫様と共に、末永く幸せに幸せに暮らしましたとさ。おしまい。


 

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