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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

No.-

No.14 隔てる物

作者: 夜行 千尋

出されたお題を元に、一週間で書き上げてみよう企画第十四弾!

今回のお題は「風車」「海」「壁」


11/24 お題出される

11/27 考え始める

11/29 色々詰め込みたくなる

11/30 唐突に別案が浮かび心奪われるがやはり戻る

12/1  書き込み過ぎて遅れるがなんとか投稿


一週間チャレンジの中では最大の長さになりました

 日が落ちてあたりに暗闇が広がっていく。私は馬を走らせて目的地までたどり着いた。二人乗りとはいえ、我が愛馬は難なく“待ち合わせの時間”までには間に合った。

 背後に座る女性、ブリギット女王国の次期女王にして巫女であるレイ姫が、自ら馬から降りて、護衛であり側近である私に言う。


「あなたはここで待っていて」


 そう言って、レイ姫は私に待つように命じられた。少し悩んだ後、私は命令に従うことにした。


「分かりました。ですが何かあれば必ずお呼びください」


 レイ姫はくすくす笑いながら、茶化さないでと断る私に釘を刺した。


「大丈夫よ。相手方も下手なことはしないでしょう。きっとね……シャルル、あなたと同じ気持ちの護衛さんが居らっしゃるわ。だから、あなたも乗り込んできて相手の気を荒立てないようにね」

「はい……姫がそうおっしゃるなら」


 渋々ながら、実に渋々ながら側近兼護衛の近衛兵である私は、当の対象から「待て」を言い渡され、ぐうの音も出せずに待つこととなった。

 そして姫は潤んだ瞳で、その風車小屋を見つめられた。海に面した海岸線に佇む人気のない風車小屋。その憂いを帯びた表情を見て、私は尚更姫に付いていけなくなった。ここでだけ、レイ姫は会いたい人に会えるのだから。

 レイ姫は私に言う。


「それじゃ、行ってくるわね」

「はい。お気をつけて」

「あなたもね、シャルル。……そうね、相手の護衛さんが殿方なら“だぶるでーと”というんだったかしら? それが出来たかもしれないわね」

「茶化してないで早く行ったらどうですか?」


 笑いながら言う姫にイラッとしながら返す。だが、姫は真剣に私を見ている。


「……な、何か?」

「真面目な話よ。あなたにも、良い人が見つかるとよいのだけど……」

「私は構いません。私の一生は姫様の物です。そう十の頃には誓いを立てました」

「それが心配なのよ。でも……そうね、騎士の方ってどの人も頭が固い頑固者ばかりだったわね」


 そう言って姫は悲しそうに微笑まれた。そして、冗談でもあるのよ、と言って私の傍から笑いながら離れていく。

 姫はその金色に輝く髪をローブに隠し、一人で宵闇迫る道を行かれる。その様子を私は静かに見つめていた。


 この海に面した風車小屋は、レイ姫とその愛しの人、ナイト将軍との密会の場である。唯一、人目を気にすることなく、国同士の関係を気にすることなく交わされる……レイ姫にとってこの上なく貴重な時間。

 レイ姫がじきに治めるであろうブリギット女王国は、ナイト将軍属するムーン王国と争い続けてきた敵国同士の関係だ。それは神話の時代からの戦争であり『光の精霊と闇の精霊の相容れない定め』とされている。

実際、生物としての構造も多少の差がある。ムーンの民は海中で呼吸ができ、日光に弱い。ブリジットの民は日の光を苦ともしないが、海中では呼吸できない。

この二国、二つの種族の間には越えられない壁がある。……はずなのだが、相容れない両国の間柄とは打って変わり、二人は度々、こうして仲睦まじく密会を行っている。夜明けまでの間、二人は風車小屋で疑似的に夫婦のごとく暮らしているらしい。

 その間、私と、そしてナイト将軍の護衛であろう者は野外で待たされることになる。私はこの時間が堪らなく切なくなる。


 と、どうやら、今晩は珍しく向うも同じ気持ちのようだ。暗がりの向こうから明かりが左右に揺れながらやってくる。

 咄嗟に身構える私に、その灯りに付属する人型の影が言う。


「ああ、待ってください。レイ姫様の護衛の方ですね?」

「……どう答えて欲しい?」


 私の敵意を感じ取った影が噴き出して笑う。

 ムッとしながら私は疑問に感じたことを言う。


「何がおかしい。それにお前は誰だ? 前任の護衛はどうした?」


 たしか、遠目にしか見たことはなかったが、ナイト将軍の護衛は女性のはずだ。だが、目の前に居るのは間違いなく男性のようだ。逆光で顔は見えないが、細身ですこし柔そうな男の影が見える。なにより声は若い男のそれそのものだ。

 影が答える。


「前任の方は降ろされました。この密会の事で将軍閣下を脅そうとしたんだとか……」


 ため息をつきながら、男はランタンの光を絞る。

 男の外見が露わになる。やはり細身で、兵士としては筋肉の足りない体つきをしている。だが、腕にはびっしりと濃く刺青が掘られており、その褐色の肌は間違いなくムーン国の民、闇の精霊の加護を受けし『海の悪魔』だ。だが悪魔というにはずいぶんと……弱そうだと私は感じた。というより、思ったより若いのかもしれない。整った顔立ちで優しそうな眼差しをしている。とても兵士には見えない。だが国の要人がお忍びに連れてくる以上、並大抵のものではないだろう。

 脇には薪の束を抱え、腰には水袋が二つ。小物入れが一つ。

そして外套を羽織わずに、武器が無いことを一回転して示した。

 更にその男は何を思ったか、私の目の前で腰を卸し、腰から水袋を取り出して私に差し出した。

 私は素直に聞いた。


「なんだそれは?」

「ワインですよ。あ、僕の分は別にあるので。大丈夫ですよ」

「……敵国の者と飲み交わせと?」

「……いけませんか?」


 そのまま沈黙が流れる中、男は唐突に言う。


「今日は海が荒れてるので、このままだと冷えますよ。今火を起こしますんで」

「お前、魔術師だろう? 獲物が無くともその刺青がお前の武器のはずだ」


 男はきょとんとした顔をした後、穏やかな微笑みと共に答える。


「ああ、確かに僕は魔術師ですが、半人前なので杖が無いと何もできませんよ」

「信用ならん」

「構いません。僕はここで火を起こします。ケーキも有ります。寒くなりましたらどうぞ」


 そう言って腰の小物入れを腰から外して脇に置く。そして、警戒心を緩めない私を他所に男は薪を組み、火を起こす為の用意をする。

 なんなのだコイツは。



 どれだけ時がたったろうか?

 月はまだ頭上へは達さず、風は男の言った通り刺すような寒さをふるう。

 男はというと……私への警戒心は憎いほど無いようで、目の前で風よけの布を張り、その内側でどこから持ち込んだのかスープを調理している。かすかに香るスパイスの香りと肉のうまみの匂い。温かさが蒸気となって私の元へも来る。

 逆に私は寒空の下、一人風にさらされている。指先はかじかみ、関節が固くなるのを感じる。微かに体を揺らしながら耐える。


「いい加減にこちらに来ませんか?」

「う、うるさい!」


 男は湯気立つスープを御椀に盛り、スプーンですくって熱がりながら口へ運ぶ。

 私は必死に白い息で指先を温めようと努力する。


「はふ、はふふ、ほっふ」

「黙って食べれないのか!」

「あふひもので。あひちっ!」

「……お前わざとやってるだろう」

「あ、バレました? どうです? ワインも温めようと思うんですが」


 こ、こんな誘惑になど……こんな誘惑などに……!




 負けました。

 念のため、男が飲んでいたスープをそのまま貰い、ワインも同じものを飲んだ。毒を警戒してのことだが、


「なんか、恋仲のようですね」


 と言われ思わず殴ったのは言うまでもない。

 その後、ワインも貰い、私たちは他愛ない話をした。お互いの友人の事や文学、芸術の話。もちろん、お互いに話せない内容が有るのだろう。お互いに言葉に詰まる場面も何度かあった。だが意外に会話は弾み、時間は緩やかに過ぎていった。


「そう言えば……」


 私は気が付けば、男にこう問いていた。


「お前の名前を聞いてなかった。教えてくれないか? 今度戦場で有ったら殺そうと思う」


 男は笑いながら答えた。


「そんな殺生な。僕はあなたを殺しませんよ。あなたが気に入りました」

「つまらん冗談だ。で、名前は?」


 男は少し黙った後言った。


「……ドーン・クロイツと言います。あなたは?」


 酔っていたのだろう。私は警戒心なく自分の名を言った。


「シャルル・アバロン。大層な名だろう? 姫様に付けてもらった名だ」

「良い名前ですね」

「覚えておけ。お前を戦場で探し出しやすいよう、そっちから呼んでくれ……」


 そうこうしているうちに夜が白んでくる。ドーンは風よけを退かして鍋を片付け、テキパキと帰り支度をする。かなり手馴れている。

 私はすこしその場を離れ、夜風に当たる。刺すような冷たさが酔いを吹き飛ばしてくれる。

 ふと私は思い出したように聞こうとした。


「なあ、ところで……」


 だが、振り返った時にはドーンは跡形も無く居なかった。




 後日、またレイ姫の護衛として風車小屋へと至る。

 レイ姫は何時になく、暗い表情をしていた。なぜなら……


「次の戦のことなど、今は忘れてください」


 私はレイ姫に言った。だが、レイ姫の表情は浮かない。無理もない。


「えぇ……そうね。でも、22を迎えたブリジットの姫には役割がある。そうでしょう? その役割をこなすのが……私はとても怖い」


 ブリジットの姫の役割。それは、光の精霊の力を引き出し『グランオーキス』と呼ばれる巨大な兵器を召喚することにある。戦争を左右する巨大な存在。その召喚は、ムーンの軍の者の多くを死に至らしめることは想像に難しくない。いわば、ブリジットの虎の子であり、最終兵器。どういうわけか二十二歳のを迎えた姫だけが、一生に一度だけ召喚できると言われている。

そんな希少な姫がここで敵国の者と会う。本来ならば認められないであろう密会だが、もう会えないかもしれない愛しの人に会うため、姫はこの場に足を運ばれた。


「シャルルは来ないのね」

「行けば怒るでしょう? いってらっしゃいませ。無事でお戻りを」

「えぇ。大丈夫。私は……今日だけ、あとほんの数時間だけ、姫でなく一人の女でありたい」


 寂しそうな姫を見送り、私はまた一人夜空を眺めていた。さざ波が心地よい。先日ほど寒さは無いが、やはり冷たさを感じる。

 と、私は知らず知らずのうちにあたりを見回していた。自分でも驚いた。これじゃまるで……


「待ちました?」


 と先日は逆方向からドーンがやってくる。

 咄嗟に私は剣を引き抜き、ドーンに突き付けた。ドーンは両手を上げて硬直する。


「す、すみません。驚かせる気は……」

「だろうな。奇襲のチャンスを進んで潰す奴は居ない」


 ドーンが笑いながら、慣れた手つきで風よけを張り巡らせて火を起こす用意をする。

 そんなドーンへ、私が前回聞こうとして聞けなかったことを聞こうと口を開いた瞬間、ドーンが言う。



「そうそう、忘れてました。前回、せっかく持って来たのに」


 そういって、小物入れをまた差し出す。確か……

 私は前回よりは近い位置に腰を卸し、ドーンに言う。


「よし、じゃあ今回は忘れないうちに食おう」

「また一緒の器で食べますか?」

「お前やっぱ殺す」


 ドーンは笑いながら小物入れからケーキを取り出して差し出してくる。私はそれを受け取り、またワインをもらうことにした。

 ドーンが私の顔をまじまじと見てくる。


「なんだ?」

「いえ、こういう場合『暗殺を仕掛けようとしてないのか!』とか聞かれそうな気がしたんですが」

「そのつもりならそんなこと聞かないだろう?」

「あはは、正論ですね。あ、今日はワインを白にしてみました」

「……チーズは有るか?」

「もちろん」




 気が付けば私は、自分の身の上話をしていた。我ながら、すっかり警戒心が無くなったものだ。


「私がレイ姫に仕え始めたのは七つの頃。当時の私はムーン国から奪ってきた戦争娼婦に落胤され、奴隷として“出品”されていた。だが、時の女王であるレイ姫の母上、先代、ライト女王様が奴隷禁止を確立なされ、その際に奴隷だった者は皆人権を与えられて家に帰された。だが私には帰る家など無く……途方に暮れていた私に手を差し伸べてくれたのが、他でもなく当時九つだったレイ姫様だった。「同年代の侍女が欲しい」と仰っておられたが、扱いは友人か客のようだった」


 ドーンは静かに私の話を聞いていた。時折鍋が焦げ付かないようにかき回しながらではあったが。


「お転婆で男勝り、活発なお姫様の子守の様なものだったのかもしれないが、私にとっても初めての同年代の友達だったのもあり、私たちは姉妹のように育てられた。だが、私が十歳になった時、レイ姫に国の有力貴族との政略結婚の話が持ち上がった。先代女王である御母上が亡くなり、国が荒れている中、レイ姫の伯母上ミッドレス様が即位。それに合わせるように、二十も年上の有力貴族と婚姻を結ばされることになった」


 ドーンは眉間に皺を寄せて言う。


「それは仕方ないかもしれませんね。有力貴族とパイプ役になって欲しかったんでしょう」

「どうだかな。現女王、ミッドレス様は浪費家だ。貴族の金が欲しかったのかもしれん。自分が去った後の事を考えられない暴君め……」

「ご自分の国の主をそう言って良いんですか? 仮にもあなたのお仕えする人の伯母上でもありますのに」


 私はワインを煽りながら言った。


「良いんだよ。あの女、思えば思うほど気に食わない……そうだ、私がレイ姫の騎士になったのも、あの女から守るためだ」


 私は話を戻した。


「婚約が決まるや、途端に姫は女らしくなり、前のようにカーテンを登ったり、厨房から果物を盗んだりしなくなった。淑女の礼儀作法を学び、妻として如何に振舞うべきかを勉強し続けた。私は一人取り残された気がした。だが、諦めきれずにレイ姫に近寄る私に、婚姻相手が激怒。私を打ったことが次期女王の怒りに触れ、婚姻は破棄。そのことが国中に知れるまでに一日とかからず、気が触れんばかりに怒る貴族はこの事態を女王に告訴した。私はあわや処刑直前までいかされた。防ぐには私の地位を確固たるものにしなければならず……」


 私の言葉を拾うようにドーンが言う。


「あなたは騎士になった。わずか十歳で」


 沈黙の中、窯の下の薪が赤々としながら跳ねる音だけが響く。

 私は静かに口を開いた。


「私は今でもこれで良かったのか分からない。貴族はレイ姫にきつく成り、現女王もことあるごとにレイ姫の邪魔ばかり……私がしたことは、私自身のただの保身でしかない。そのことが、とてもとても……私に重く圧し掛かるんだ」


 ドーンは静かに話を聞いている。


「ずっと怖かった。いや、今でも……私の存在がどれだけ彼女の人生を狂わせたのか……私は償いきれないほどのモノを抱え込んでいるんじゃないかと、私の最愛の家族にして友人にして恩人の人生を狂わせたんじゃないかと、私は怖くて仕方ない」


 すこしの静寂の後、私のすぐ隣にドーンは腰を下ろして、私の背中をさすりながら言う。


「苦労も有ったでしょう。でも、レイ姫様はとても良く笑っておられるじゃないですか。あなたが居てこそ、今のレイ姫様のまばゆいばかりの輝きは有るんだと思いますよ」

「笑って……」

「ええ。あなたと将軍閣下にだけですよ。レイ姫が万遍の屈託のない笑顔を見せるのは……」


 更に彼は続ける。


「それにその婚約が成立してたら、将軍閣下と惹かれあう事も無かったでしょう」


 私の背中を優しく撫でながら、優しい声で言う。


「二人の出会いはあなたのせいだとも聞いてますよ」

「そうなのか? 初耳だ」

「ええ、レイ姫様が、あなたへの贈り物を買うために一人でお忍びしてるとこを、街のチンピラに絡まれて、そこでレイ姫様に一目ぼれした将軍閣下が潜入中なのも忘れて助けたのが元だとか」

「……潜入、してるのか」

「……あ、な、内緒で」

「誰にだ」


 私は気が付けば、彼にもたれ掛りながらワインを飲んでいた。


「黙っておいてやるから、スープをもう少しよこせ」


 ドーンが笑いながら言う。


「あはは、それで良いなら」


 そうだ、と私は思い出したことを聞くことにした。


「このスープ。どうしてブリジット風の味付けなんだ? ムーンの国ではこの手の薬草は高価だったはずだが」


 ドーンは困ったように微笑んだ後、私に言う。


「あなたが自分の身の上話をしてくれたように、今度は僕が自分の身の上を話そうと思います。聞いてくれますか?」

「……いや、いい。予想はついてる。だから……次会えるとも限らないから。このままでいい。私の軍人としてのスイッチを入れてくれるな」


 ドーンは私の方を抱き寄せ静かに言った。


「あなたがそう望むなら」






 そして、残酷にも時は現実を突き付ける。

 ブリジットの城の最上階、そこに安置された魔方陣の中心部に姫は鎮座し、祈祷を行う。多くの護衛に囲まれながら、魔方陣はかすかに輝き地震に似た揺れを国全体に響かせる。

 姫が祝詞を言う。


「ああ、遠くおいでませ光の巨壁。完璧なる『グランオーキス』光の民たる我らの為に、我らが国を脅かします存在を討たんがため、その御姿を示されませ」


 レイ姫の心に迷いはなかったのか、祝詞は何のためらいも無く歌い上げられる。


「ああ、近くに感じましたる御力、大いなる光の御名に猛き気配、超常の守りの力をもってして、ブリジットの国をお守りください、我らは『グランオーキス』の矛となりましょう」


 地面の揺れが強くなり、一部の兵士に動揺が走る。だが、それ以上に衝撃的な物に、窓の外を指さす兵士の声で皆が気づく。

 巨大な水の壁、津波だ。しかもかなり大きい。遠目に見てかなりの高さがある。おそらく、ムーンにも『グランオーキス』に似たものが有るのだろう。そしてそれが、あの巨大津波なのだろう。

 レイ姫の祝詞が終わりを迎える。


「ああ、戦いの定めに彩られし我らブリジットの民。闇の加護を受けし者たちを屠るため、この国は今一度城塞となりましょう。唱えよその御名を! 『グランオーキス』! 守りの極光巨壁!」


 途端、地面から次あげるような揺れが来て、次の瞬間には海に面する場所に白色の巨壁が立ち上がる。一枚や二枚ではない。海が見えなくなるほど巨大な壁が、巨大津波と対になるかのように乱立する。更に、白壁から触手の様なものが伸び、城へと突き刺さる。過去の戦役に参加した熟練の兵士が先陣を切り、触手の上を雄叫びと共に走っていく。その後に多くの兵士が続く。

 私はその兵士たちを見送り、レイ姫へと向き直る。案の定、レイ姫は前のめりに倒れ込み、辛うじて体を支えている状態だった。


「大丈夫ですか!」

「……してるの……」

「はい? なんですか?」


 レイ姫が言う言葉聞こえず、私はレイ姫に顔を近づける。が、レイ姫は私を振り払って言う。


「なにしてるの! 早く行きなさい!」

「しかし、あなたの護衛を……」

「他の者に討たれて良いのですか!」


 私は、レイ姫が何を言いたいのか分かった。そして、レイ姫が何を待っているのかも……。


「私は……護衛失格ですね。あなたを置いて行ってしまう」

「いいえ、友達としてはあなたを超える人は居ないわ。あの日、あなたと出会えて本当に良かった。だから……」


 レイ姫は私を強い目で見て言う。


「あなたはあなたの幸せを求めて。友達として……お願い」

「……そっくりそのまま返しますよ、レイ。またいつか……必ず」


 レイ姫は私から目を逸らしながら微かに、消え入りそうな声で言った。


「そうね……またいつか……」


 私は後ろ髪引かれる思いで、その場を後にした。




 白壁の触手はかなり固く、走るには十分な仕組みだった。城下町がミニチュアのように足元に広がる中、私はまっすぐに壁へと走った。

 そんな時、白壁の向こうから地響きにも似た轟音が響く。どうやら津波が白壁とぶつかったようだ。そして壁の向こうから聞こえる悲鳴。始まったのだろう。戦争が……


 白壁への触手の上、黒く濡れた甲冑に身を包んだ者、ムーンの兵士と相対する。甲冑が重いらしく、動きは鈍い。ましてこのような足場なら難は無い。海岸線で戦った時は、彼らの甲冑に使われる金属が固すぎてかなりの強敵だったが、なるほど、ここなら身軽な我々の方がはるかに有利だ。

 幾人かの兵士を薙ぎ払い進むうち、目の前から遠巻きに確認したことのある姿が見える。向うも見つけてくれと言わんばかりに兜を装着せず、長い髪を振り乱してこちらへ向かってくる。あれは……

 私は長髪の男と切り結びながら男へ言う。


「ナイト将軍か?」

「! そうだ。……そうか、君があの……」


 ナイト将軍は私をみて微笑んだ。

 切り結びながら私はさらに言う。


「レイを殺したら地の果てまで追いかけていくぞ」

「安心しろ。殺させはしない。彼女は俺の者だ。必ず手放さん」

「では急げ、他の者がたどり着く前に!」


 私はかすかに力をずらし、わざとバランスを崩して足場から滑り落ちる。左手だけで触手にぶら下がる。ナイト将軍は落ちかけた私に目もくれずに城へ走る。そんな彼の後姿を見送り、私は足場に戻る。

しかしそんな私に、ムーンの兵士の刃が振り下ろされる。まだ体制を整えられず避けきれない。咄嗟の判断で今一度足場にぶら下がる形になる。そんな私を見逃すのはナイト将軍ぐらいなものだ。このムーン兵は容赦なく剣を振り上げる。だが、唐突に兵士は苦しみはじめ、甲冑の口元から血を吐いてそのまま街の中へ落ちていった。

 私は足場に戻りながらつぶやいた。


「見てるのか……ドーン」



 そのまま触手の根本、壁の傍へ行くと、どうやらこのまま壁の内部に入れるようだ。内部では更に阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。重い甲冑と長い剣を扱うムーンの兵は、壁の中では良い獲物だった。だが、壁はところどころ海水が流れ込み、その海水の向こうへとブリジットの兵を飲み込んでいく。ブリジットの兵と違い、ムーンの民は海中で呼吸ができる。海中は彼らのホームグラウンドというわけである。

もちろん器具を使用すればブリジットの兵も水中で呼吸できる。海中で奪われなければの話が……。この事から考えて、ムーンの軍の本陣は明らかに海中。お互いに一進一退の戦場になるはずだ。私の様なイリーガルが居なければ。

私は危惧を使用せずに壁の隙間から海中に潜り込む。海中で呼吸をしてみるのは初めてだったが、迷ってなど居られなかった。

私が迷っている間に、ドーンが、ムーンの総大将が討たれないとも限らないからだ。

 そして私は聞いた。海中に響く声で、確かに、私の名前を優しく呼ぶ声を。



 私は海中ですさまじい速度で動き回るムーンの兵を相手に、必死に戦った。そして、その最奥で、彼は私を待っていた。水底に描かれた魔方陣の中心に居る、少し疲れたような顔で微笑むドーンは、兵士たちに言う。


「下がれ。その女性を、僕は待っていた」


 もちろん兵士は反発する。だが、それに首を振ってドーンは答える。兵士たちは渋々ながら、私を迎え入れる。

 ドーンは、ムーンの国の国王は私に言う。


「やあ、遅かったね」

「熱烈な歓迎を受けててね」

「手荒だったよね。ごめん」


 私は、ドーンに近寄り、その頬を力強く殴った。周りの兵士たちが一斉に私を斬りにくるが、切っ先は私に触れずに何かに阻まれるように止まる。よく見ると、ドーンの腕の刺青が光ってる。

 ドーンが言う。


「やめよ。客人に剣を向けることは許さない。下がれ!」


 その一喝で兵士たちは皆一斉に海中に放り出される。

 その様に私は今一度ドーンを殴り言う。


「手前の部下を雑に扱うな! 愚か者め!」


 ドーンは静かにそれを受け止めたような顔をする。笑いかけもせずに。


「うん。そうだね。だけど、君が殺されるのを黙っては居られなかったんだ」


 私は彼を罵倒し続けた。そのたびに、一国の主はひたすらに謝り続けた。


「愚か者!」

「……ごめん」

「痴れ者!」

「……ごめん」

「恥知らず!」

「ごめん……」

「身勝手な奴め!」

「ごめん……」

「……国の主に相応しくない奴だな、おまえは」

「……うん」

「結局、戦争で多くの者が死んだぞ」

「……うん。ごめん」

「まぁ、あの者はお前が殺さずとも私が殺したがな」

「……ごめん」

「謝るな。お前の罪は罪だ」


 そして、彼は私に言った。


「だから、君に殺されることで、この戦争を終わらせよう」

「お前は、最初からそのつもりだったのか?」


 私の質問に少し俯きかけに目を付した後、彼は私を見てゆっくりと口を開いた。


「君と仲良くなりたかった。殺されるためじゃなく……もっと、こう……」


 そして微かに赤くなりながら続ける。眉を寄せて、今にも泣きだしそうな顔で……


「その……君を、シャルルを……」


 私は、自然と、武器を捨てて彼を抱きしめていた。強く強く、しっかりと。そして、私は彼に言った。


「こういう時、女が男に何を求めるか知ってるか?」

「え?」


 私はいつか彼がそうしてくれたように、彼の背中を優しく撫でながら言った。


「駄目な国王だな。将軍閣下は分かっていらしたぞ」

「ええ!? えーと、どうすれば?」

「すごく難しいぞ……いいか?」


 そして、私は静かに、私の願望を耳打ちした。



これでもカット入れたんです


具体的には

密会がもう一日有りました

バッサリカットしました

結果

二人の引っ付く速度が速すぎる気がしてなりません ←


ちなみに

予定では戦争は有耶無耶になる事でしょう

ブリジットは根元まで攻め込まれ

ムーンは総大将を失います

お互いに痛み分けで終了ですね


あと

実はレイ姫もある程度戦える設定です


更に言ってしまうと

当初は某「進撃」がごとく「立体起動装置みたいな動きで戦う」設定でしたが

パクリ臭が半端なかったのでやめました

(決して描写に自信が持てなかったからではない。決して描写に自信が持てなかったからではない)


なお

ドーンのフルネームは

ムーン・ドーン・クロイツという設定でした

彼の魔術は若干クトゥルフテイストだったりして

扱える者がかなり少ない、という事

その存在を知っているシャルルはかなり戦役がある

などの設定も有りました


結構……バッサリ行きました……(遠い目)


ここまでお読みいただきありがとうございました

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