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魔法少女・マジカル☆シュガーと甘くないクリスマス

作者: 赤柴紫織子

 魔法少女・マジカル☆シュガーこと秋城千代子はマフラーに顔を埋めながら山手線が来るのを待っていた。

 目白駅は学校が多くある割には、交通が不便だ。

 JR東海道線に乗るにはいったん池袋か品川などに向かわなくてはいけない。とはいってもそのことを承知でこの最寄り駅の近くにある大学を選んだのだが。


 今日は十二月二十五日――。

 クリスマスととるか、年の瀬が近いととるかは個人に任せるとして。

 あちらこちらでクリスマスソングが流れ、ツリーが飾られ、御節料理のパンフレットが配られてきている。どこかあわただしく、そして楽しげな今の街の雰囲気が秋城は嫌いではなかった。

 ただこんな日にも講義があるのはうんざりときていたが。

「ちよこ、着信だスィ」

 突然聴こえた高い声色に秋城が一瞬肩を跳ね上がらせる。

 周りを見渡してこちらに注目が来ていないことを確認すると小声でバッグに――正確には、バッグの中にいる妖精を咎める。

「こら、スィーナ。お外ではお口ばってんでしょ?」

 はぁい、と妖精はしょんぼりと長い耳を垂らす。かわいかったので許した。

 スィーナはマジカル☆シュガーのお供の妖精――ではない。いろいろあって秋城が現在新人育成を任されているために正規のパートナーではないのだ。

本来のパートナーは多分今頃妖精界で飲み会に強制参加させられている。どの世界でも付き合いは大変だ。

ともあれ、着信である。

電話など緊急の時ぐらいにしかかかってこないためにスィーナからスマートフォンを受け取り慌てて耳に付ける。

「はい」

『あ、出た出た。チョコっち助けてよ』

 親しげに秋城を呼ぶ声は渋く低い。

 今風に言えばイケメンボイス、略してイケボだ。

「シツーウさんが助けてなんて珍しいですね。どうしたんですか?」

『あのさー、うちのとこの若いもんとたぶん新人の魔法少女ちゃんが争っているんだわ。本部に無断で』

「ああ…」

 額に手を当てる。

 新米同士が戦うとお互いに引き際を知らないのでいつまでもグダグダと続いていくものだ。年齢が低ければ低いほど器物破損も平然とやっていく。そうなると魔法少女専門局と魔法少女担当怪人専門局が出てきて面倒なことこの上ない。

 反省会として休みの日に東本部に召集されるのは非常に億劫のために争い事があるとたいてい先輩の魔法少女が(主に物理的に)仲裁をするのが主だった。

「どこですか。近ければ私が行きます」

『池袋。アニメイトある方ってどっちだったっけ』

「ああ――東口ですね」

 後ろを振り向くとちょうど新宿行の電車が到着したところだった。

「五分ほど待ってください。いけふくろうのまえで待ち合わせしましょう」

『りょーかい』

 そうして電話を切った後に、秋城は肩をすくめてスィーナと目を合わせた。

 踵を返し、出発のチャイムが鳴る電車に乗り込んだ。



 スーツとサングラスをかけた色黒の男が、秋城に手を振った。

 一見すれば借金取りとかそういう職種のにんげんに見えてしまうのはご愛嬌である。

「お待たせです、シツーウさん」

「大丈夫、っつかこっちこそごめんね」

 挨拶もそこそこに二人して階段を駆け上り、地上に出る。

 帰宅時間だからか人が多い。派手に動くと事故を引き起こしかねないと、秋城は頭の片隅で考える。

「アレなんだけど」

 シツーウが指をさしたのはビルの間を跳ねるいくつかのシルエット。時折光も見えるので道具や魔法を使っているのだろう。

 街中、しかも駅のそばで戦闘など一般人に当たったらどうすると秋城は深くため息をついた。壁にめり込んでも普通に復活して相手を殴りに行くような強靭さは魔法の力を得た魔法少女ぐらいだ。

 シツーウも隣でどこか疲れたような声を出す。

「俺、うちんとこのは止められるけど魔法少女はねー…」

「分かりますよ」

 無関係の怪人は魔法少女に手を出せない。

 逆に無関係の魔法少女はどうしてだか加勢することができる。正義が必ず勝たなければいけないという世界のルールに則ってのことだろうか。

 いつごろできたのか不明だがそんな理不尽なもののせいでシツーウは制裁にもいけないのだ。フルボッコされかねない。

 だから、一番なじみの深い秋城にヘルプを要請した。経験も精神的年齢も申し分ないからだ。

「とりあえず、どっかで変身してきます。魔法少女鉄の掟なんで」

 掟、というよりは約束だ。特別な理由がない限りは、人目のないところで変身しろと。

 魔法少女局としても個人情報関連で誰がどの魔法少女なのか大っぴらにはさせたくないのだろう。なにせ、魔法少女は十代の少女が主だ。何かトラブルが起きてしまうと最悪その後の人生すらも左右してしまう。

「じゃ、あの上で」

「はい」

 シツーウの指さした場所を確認して、手ごろな死角を探しに秋城は駆けだした。


 ――しばらくして。

 魔法少女マジカル☆シュガーと怪人シツーウは駅ビルパルコの上で集合した。

 スィーナも今は気兼ねなく姿を現し、シュガーの周りをふよふよと漂い遊んでいた。

「しっかしまぁ…」

 シュガーをまじまじと見てシツーウはサングラスの向こうの、爬虫類に似た瞳が細める。

「あいっかわらず寒そうな格好だな」

 ドレスを思わせるようなデザインの、肩と背中をむき出しにした柔らかな水色の戦闘服。

 全体的にフリルがふんだんに使われており胸には大きなリボン。頭にはティアラが煌めく。

黒い瞳は金色に、黒い髪は純銀へと色を変えていた。

大学生というには幼い顔立ちに対し露出の多い衣装は少しアンバランスな印象がある。

「動くと暑いのでちょうどいいんですよ。さすがに背中の露出度は閉口ものですが」

「いつものツンデレ女王様口調はどうしたよ。その姿で丁寧語それは違和感あるわ」

 指摘されてげんなりしたようにシュガーはため息をつく。

「…あれ、結構疲れるんですよ。いいじゃないですか、今回は私たちの戦闘じゃないんですし」

「それもそうか」

 横からちょいちょいとスィーナがシュガーの髪を引っ張る。

 さらさらと砂糖菓子のように細い髪が妖精の前足から零れ落ちていく。

「どうしたの?」

「胸がないければ尻で勝負だって言うスィ! 女は腰のラインだスィ!」

「…誰に言われたの?」

「ショトウ先輩だスィ」

「へぇ…そう……」

 たった今ここにはいないシュガーのパートナー・ショトウへの制裁せっきょうが決定した瞬間だった。

 シツーウは何も言わない。というより、あえて黙る。

 初対面の時に挑発として胸のサイズを持ち出したら半殺しにされたのだ。それも力の制御もろくにできない出来たてほやほやの魔法少女だったのに、である。よほど癇に障ったのだろう。

 触らぬ魔法少女に祟りなし――とはこういうことだ。

 さて、とシュガーは何もない空間に手を伸ばしてドーナッツをイメージした円盤の武器を二つ取り出した。ヨーヨーのようにもフリスビーのようにも使える便利なものだ。

「…見た感じ、魔法少女三人に怪人二人かな?」

 シュガーは目を細める。普段より視力がよくなっているために数百メートル離れていてもそれなりには見えるのだ。

 妖精も確認するような間を置いてから肯定した。「そうスィ」

「じゃあ行ってきますね。シツーウさん、いざとなったらサポートお願いします」

 魔法少女にそういわれて怪人は小さく笑った。

「よく言うよ。チョコっちはひとりで何年俺らと戦ってんの」

「……ですね」

 ふっとシュガーは口元を歪ませる。

 それからビルのふちに歩いていく。眼下には、相変わらずの人の波。

 何人かはもう後輩たちに気が付いているようだ。写メを撮ったり額に手を当てて眺めていたりしている。

 シュガーも動けば絶対に気付かれるだろうが、こんな格好だ。知人がいたとしても誰も秋城千代子だと思うまい。

「行くよ、スィーナ!」

「スィ!」

 スィーナが彼女の背中にしがみつく。瞬間、白い羽根へと姿を変えた。

 空中に身を躍らせれば一瞬の重力に翻弄された後、大きく羽ばたき魔法少女は飛んだ。



 乱入者にまず気が付いたのは、チームジュエルのブレーン役を担うマジカル☆サファイアだった。

 眼下に広がる街の光でシルエットだけはどうにか分かるが、敵か味方までは分からない。時折魔法少女に似た服装をする怪人がいるのだ。

 その人影は普通なら持て余しそうな巨大な羽根を巧みに使い、流れ弾をすべて避けるか消滅させながらこちらへきている。

「誰か来る! …女の人みたい!」

 サファイアがほかの二人――マジカル☆ルビーとマジカル☆エメラルド――に叫ぶ。

「マジ!? 新キャラってやつ!?」

「おかしいわねぇ~、私たちの敵に女の人はいないって聞いてたのだけど」

 攻撃をよけながらルビーは驚き、バリアを一回の砲撃につき一回ずつ張るというまだるっこしいことをしながらエメラルドは首を捻った。

 先端に丸く赤いオブジェが装着されたステッキを振りかざしてルビーは敵――怪人のサンドとムッドに怒鳴る。

「あのねぇー! そうやって続々と援軍呼ぶの良くないわよ!」

「はー!? 知らねえよ!? あれはお前らのほうのじゃねーの!?」

「……同意」

 サンドは怒りながら、その後ろで冷静にムッドが肯定する。

「じゃあ何よ、あの人…」

 サファイアが呟いてどうにか見極めようと人影を凝視する。

 ずいぶんと近くまで来て、広告を照らすライトによってようやく姿形がはっきりした。

 少女だった。年はだいたいチームジュエルと同じぐらい――中学生ぐらいか。

 銀の髪、ティアラ、水色のドレス。両手には丸いわっかを持っている。

「あれ。まさか…」

 サファイアがどこかひきつったような声を出す。一気に血の気が引いた顔で口に手を当てた。

 何事かとルビーが彼女のほうを向いた時だった。

甘さのない拘束ノンシュガー・バインド!」

 突然の技名とともにドーナッツ型の武器は薄く光る糸を垂らしながら高速で魔法少女たちと怪人たちの周りを通り抜ける。次の瞬間には突然現れた少女の手の中へと戻っていた。

「……!?」

 一同が気づいた時にはその糸が何十にも身体にまとわりつき、身動きが取れない状態であった。

「その糸は中レベル以上の魔法少女や怪人には利かないのだけど――あなたたちにはまだまだ利くみたいね?」

 羽根が解除されて地に降り立った少女は高らかにハイヒールが鳴った。

 うごうごと芋虫のようにもがく五人を見下ろして、冷たく言い放つ。肩には妖精がいる。変身アイテムとは別離した存在の妖精らしい。

 そして、その言葉は思いっきり新人への嫌味なのだが、それすら気づかないぐらいに彼ら彼女らはガタガタと震えている。

「せ、せんぱい…?」

 ルビーが急速に乾燥した唇を動かす。

 少女は頷いた。

「私の名はマジカル☆シュガー。苦い思いも辛い気持ちもあまぁくしてみせるわ、ってね」

 名乗り口上を言いながら人差し指を唇に当てる。シュガーは幼い顔にほほ笑みを浮かべた。

 その裏の表情が読めずに新人魔法少女たちは震えあがる。

 なにせ、マジカル☆シュガーは外見とは裏腹に彼女たちの五歳も上の先輩なのだ。新人教育やら妖精教育やらで本部を走り回っている姿は何度か見ていた。

 その外見と高飛車な言動、容赦なく敵の戦力を削り落としていく姿は「魔法女王様」というあだ名にふさわしいものだった。

 ちなみに彼女は後輩たちの裏アンケート『絶対にかかわりたくないランキング』上位である。

「まったく…」固まる少女たちを見てシュガーは小さく苦笑いをした。「マジカル☆マジェンタじゃないだけましだと思いなさい」

「あ、あの、別名『歩く対戦車ライフル弾』の…?」

「ああー……また異名を更新しちゃったんだあの子……」

 シュガーは頭が痛そうに額に手を当てる。希望も魔法もないあだ名である。

 魔法道具よりも拳での殴り合いを好むタイプなのでそんな別名をつけられてしまうのもある意味仕方がないのだろうが。

「まあ、とりあえず出合い頭にケンカをおっぱじめるのはやめなさい。せめて本部に一言許可とりなさい」

「だってぇ~…あっちからケンカ売ってきたんですもの…」

「なんだよ! お前らが最初にちょっかいだしてきたんじゃねーか!」

 言い争いはじめた。内容がまんま中学生のそれである。

 不安げに事の成り行きを見守るスィーナを撫でて空中に浮かせてから、シュガーはもう一度ハイヒールで地面を蹴った。メコリとコンクリートに小さいながらヒビができた。

 一瞬で辺りは静かになる。下で車の通る音や雑踏がどこかとても遠いところに感じられた、と後にルビーは零している。

「お黙り」

「はい」

 あだ名に違わず、女王だった。

「とりあえずごめんなさいをすること。次回ちゃんと決まった日程の時に戦闘しなさい」

「ぐ…」

 チームジュエルは顔を見合わせ、納得がいかないような表情をする。

 しかし先輩命令に逆らうわけにもいかないのでしぶしぶと口々に謝罪する。

「悪かった。次は手抜きしないが」

「ご、ごめん。次は容赦しないけど」

「ごめんね~。次は躊躇しないわよ」

 シュガーは顔をしかめてこめかみを揉む。「せめて本心は隠しなさい」

 二言目がなければ完璧だったのにと彼女は深々とため息をつく。

「…じゃあ、こんどはそっち」

 怪人の少年二名に目を向けた時だった。

「うぬぉぉぉお!」

「……気合」

 咆哮とともに甘くない拘束(ノンシュガー・バインド)が弾けた。

 ついでにサンドとムッドの上半身の服もはじけ飛んだ。無駄に力を入れすぎたようである。

 それから二人はますますあきれ顔になるシュガーと驚愕するチームジュエルに思いっきりあっかんべをして見せる。

「誰が謝るかバーカ! ばいならー!」

「……次回」

 何もないコンクリート上に砂埃が突然巻き上がり、女性陣は一瞬目を閉じる。

 次に開いた時はもう二人の姿は見えなかった。砂に煙幕のような役割を持たせたらしい。

「ど、どうします?」

 恐る恐るサファイアがシュガーに聞く。

 彼女は無言で振り返ると指を鳴らす。瞬く間に糸が溶けていき跡形もなくなった。

拘束が解けた少女たちにシュガーは肩をすくめて言う。

「こっちにもとっておきの助っ人はいるのよ」



「へへーんだ! なにがマジカル☆シュガーだ、ただ期間を延ばし延ばしにしている劣等魔法少女だろ!」

 サンドが叫ぶ。

住宅マンションが並んだ道のさらに小道。人はいない。

お叱りを受けなくて安堵をしているのだろ。彼はひたすらに上機嫌だった。

だがムッドのほうはそうでもない。

「……心配」

「はぁ? 何がだよ」

「……胸騒」

「気のせいじゃね? お前は神経質なんだよ、もっと――」

「相方の言うことを少しは気にすべきだな」

 渋く低い声が少年たちの高めの声に乱入する。

 ぴしりと空気が固まった。マジカル☆シュガーだと知った時の魔法少女たちの反応と似ている。

 こちらに向かって歩いて来るのは、色黒でサングラスをかけたスーツ姿の男。

「うそっだろ、おい…」

 彼らの先輩にあたるシツーウだった。

 中ボスやラスボスの直接の配下といった重要なポジションを任されやすい怪人だ。

 ちなみに新米怪人たちの裏アンケート『怖すぎて接触したくないランキング』上位である。

「……冗談」

「嘘でも冗談でもないぜ、クソボーズたち。――人型解除」

 つぶやくとシツーウの輪郭がブレて境界があいまいになる。そこからまるで粘土のようにグネグネと蠢いた後――トカゲとヘビの混ざったような姿に、オレンジと緑がところどころまじりあっている体表へと変わった。一発で怪人だと分かる。

 はっきりいってグロデスクである。

当然、子供には一目で泣かれる。仕事上都合はいいのだが、下手をすると大人にも本気で泣かれるし泡を吹いて気絶もされる。

 介抱をいちいちする手間があるために普段は変身せず、もう少し外見がソフトな弟分や妹分に戦闘を任せているのである意味貴重な光景ではあった。

 ――まあ、それでも喜ぶのは怪人マニアだとかそういうほんの一部ではあるが。

「スマートが俺の基本だからストレートに行くぞ。お・し・お・き・だ」

「ひぃぃぃ!?」

「……べ、弁解」

「問答無用」

 にっこりと牙をむき出しにして、シツーウは嗤う。

 恐ろしいの一点につきた。

「残念だなぁ? あの魔法少女ちゃんなら説教だけで済んだのに」

 四本の指をごきごきと鳴らしながらゆらりとシツーウは動く。

 ふぎゃぁぁと情けない悲鳴が裏道に響いた。



「終わったみたいですね」

「そっちもな」

 すでに変身を解いた秋城とシツーウは改札口の前で三度みたび合流した。

「おひさーシュガっち! 今はチョコっちか!」

 シツーウの後ろからアロハシャツの上にダウンジャケットを引っかけた青年がひょっこり出てくる。小ボスなどその辺の役割に当たるイッタミーだ。

「イタミんさん。どうしたんですか?」

「アニキから連絡貰ったから一応来たけど到着したらすでに終わってたってやつだよチョコっち!」

 ハイテンション・早口のために気を抜いていると何をしゃべっているか分からない時がある。

 そして頑張って聞いていると疲れてくる。なかなか厄介な性質を持ち合わせている。

「なるほど。お疲れ様でした」

 後半のセリフはシツーウに向けたものだ。

「いや。チョコっちこそ」シツーウが首に手を当ててそっぽを向いた。

「いやーしかし今シーズンも終わりそうだね! そろそろラスボスの姿も見えてくるよチョコっち! ですよねアニキ!」

「ネタバレは止せ」

 イッタミーの頭を平手で殴った。その時点で色々とネタバレであるが、秋城は見た目と違い中身はオトナなので触れなかった。

「ラスボスと言えば…ウショックさん、もう動けるんですか?」

「まあ、あれから一年近いからね! 今は普通に暮らしてるよチョコっち!」

「それならよかったんですが…」

 カバンの中から唯一事情を知らないスィーナが首を傾げた。

 それを知ってか知らずか、イッタミーは続ける。

「チョコっちが力の限りぶん殴ったからねぇ。あん時はいよいよボス交代かと思ったぐらいだもん、ねっアニキ」

「それな…ボスもそうだけど本気でチョコっちに殺されるかと思った回だったな」

「うへぇ…すいませんあれ受験のイライラで…」

「最近の若者怖い」

 あの時のひどい感情の揺れは受験だけではなかったことに気付いてはいたがシツーウは指摘しない。


 高校三年生というものは人生の分岐点でもある。

 大人になる周りと、少女のままの自分――。

 それを自らの身で自覚せざるを得なかったのだから————焦りは、ひどいものだっただろう。

 今でこそ落ち着き、それどころか目が死んでいる彼女であるが。

 それでもいずれは受け入れなくてはならないのだ。一生のものなのだから。


 秋城はほんの五、六年前に一部の研究者たちが独断で始めた『魔法少女開発実験』(正式名称はもっと長くダサい)が失敗した結果の『魔法少女パニック』犠牲者の一人である。

 彼女の場合もっとも重い後遺症――“魔法少女を止めることができない”という運命を背負わされてしまった。

 戦い続けなければいけない。戦うことをやめた時が比喩でもなんでもなくそのままの意味で彼女の“死”となる。

 だから、生きたいと願うのであればいつまでも魔法少女でいなければいけない。

 そして魔法少女という呪いによって彼女は年すらも取ることができず未だに十四歳の外見のままだ。

 五年間ずっとシツーウたちは彼女に付き合ってきた。時にはお遊びで、時には本気で戦いながら。

 いつまで続くかはわからないがどこまでも敵対してやるとそう約束をしたから。

「あ、そうだ。はい」

 回想に沈んでいた彼に秋城は何かを差し出した。

「ん?」

「チョコ。いつだったか、好きだって言ってたじゃないですか」

「え? あ、ああまあ」

「あげますよ。知人に貰ったんですけどひとりじゃ食べきれないし。あとは、クリスマスプレゼントってやつで。それでは」

 いたずらっぽく笑ってから秋城は改札の向こうへ消えた。

 クリスマスにしてはあっさりとしすぎた挨拶である。

 バッグの中から顔だけ僅かに出した小さな妖精が同情するような瞳でシツーウを見ていた。

 何も言えず固まったままの彼の肩を、長い付き合いの弟分が叩いた。

 ハハ、と乾いた笑いを零してサングラスをきつくかけ直す。

「俺が好きなのはこっちのチョコじゃねーんだよな…」

 包装を取り払って口の中に放り込む。苦い味が広がった。ビターらしい。

同じく貰ったようで、隣でチョコを頬張るイッタミー。

「次回の戦闘は、一月の五日っすよ。アニキ」

「そうだったな」

 気を使われたことに苦笑いしながら駄目もとで初詣にでも誘ってみようかと、怪人は思った。


 来年も、再来年も。

 彼女は――魔法少女でいるのだろうかと一抹の不安を抱えながら。


最近やっと迷わずにアニメイト行けるようになりました

こんどは帰り方が分からなくなりましたが

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