第8話 生真面目な少年 2
『これは……「クー・シー(犬の精霊)」。
このような場所に現れるものたちではないぞ……』
何故か――ランスロットの声が上ずっている。
「どういう意味だっ!? 」
ディルが包囲を縮めてくる大きな犬たちの群れ――クー・シーたちの群れを睨みつけながらランスロットに叫んだ。
漆黒の犬たち。暗闇に翠緑の瞳が無数に――不気味に輝いている。
『本来は「闇」に生きる卑しきものたちです。
それがこんな人の世界に現れてくるというのは……何者かに「操られて」いる可能性が高いということになりますっ』
ランルロットの説明に、ハヤトたちが呆然とクー・シーの群れを見つめた。
「俺たちの逃亡先がバレているということかっ!? 」
ディルの戸惑いは最もだ。現にここにこうしてクー・シーたちが現れているのだから。
『……いや。理由は他にありましょう。
これだけ「素性の知れない」者たちが集まっているのです。
そんなことより、こやつらを倒しますよ』
「なるほどね……いいだろうっ!! 」
ランスロットの言葉に、変な理解を示したディルは――おもむろに左手の手袋を外した。
そして現れる――銀色に輝いた手のひら。
それは人肌のものではない。
「……あれは……」
ハヤトが驚いていると。
「ディルの左腕は特別製の「義手」だ。
君を捉えていた拘束具を解いたのも、あれのおかげだよ」
ルゥがハヤトにそんな説明を施した。
「……義手だったのか……」
そんなハヤトと――ルゥの前に、リアンが弓矢を番えて立っていた。
「ロングボゥはどうした? 」
ハヤトがリアンに問う。
「あれは矢を番えるのに時間がかかる。
僕の武器は本来弓矢だ。見ていろ」
振り返ることはなかったが――リアンの声は落ち着いていた。
そして――クー・シーたちがハヤトたちに襲いかかった。
ランスロットは剣でクー・シーの体を切り裂いていく。
ディルは――武器らしい武器は手に持たず。
体術――それも力技でクー・シーを力で圧倒していく。
リアンはそんな二人を掻い潜り襲ってくる漆黒の犬どもを、矢で狙い貫いていく。
このような接近戦で弓矢は不利のように思えるが、リアンの素早い動きで、そんな不利な状況を感じさていない。
ハヤトは動きの鈍いルゥを庇うように、クー・シーたちの方へと体を向けていた。
「僕は大丈夫だ」
ルゥがハヤトを諌める。
「君が俺の傷を治してくれた。これで随分楽になったんだ。
大丈夫。君は俺が守るよ」
この時何故か――ルゥの頬が赤らんだのを――ハヤトは暗闇のせいで見落としていた。
「数が多いなっ!! 」
ディルが愚痴る。
「……矢が少ないか……」
背に手をやるリアンは、矢の数が少なくなってきていることに気がついていた。
『これほどのクー・シーどもを操るなど……どれほどの「ドルイド」だというのか』
ランスロットの不安は――別にあるようだが。
そんな時。
クー・シーが直接ハヤトに襲いかかる機会を得た。
―ギャンっ!!―
クー・シーが――まるで見えない壁にでも阻まれているかのように、ハヤトには近づくことが出来ずに、その直前で弾かれた。
「な……なんだ? 」
ルゥが驚く。
そして――ルゥの周りを――まるで「護る」かのように、風が――ふいていた。
渦を巻き――旋風の中心にいるかのような。
それはハヤトとルゥを護るかのように――ふいていた。
「ハヤト……これは君が……? 」
集中しているのか、ハヤトがそれに答えることはない。
ルゥはただ――呆然とハヤトを見つめていた。




