第6話 従者を名乗る黒猫 2
あれほど鬱血していた手首が、ハヤトの元の太さへと戻っていく。
剥がされた爪が――すごい勢いで伸びていく。
骨を折られたであろう左の小指の痛みも、右足の親指の痛みも今はない。
ルゥはじっとハヤトにしがみついて――その体は仄かに輝いている。
「……ハヤトと言ったな。
僕は君に訊きたいことがあったんだ」
リアンが突然、そんなことを尋ねてきた。
「……なんだ? 」
「一週間前。
君はドウン王の第五王子……ポロン王子の命を狙った。
君は王の命を奪うためだと言ったが、あの王子もそのドウン王の血を引いている。
どうしてあの時、命を奪わなかったんだ?
僕もあの時、あの場所にいた。
好機はあったはずだ。君が止めたりしなければ、君は捕まったりしないで済んだ。
それが訊きたかったんだ……」
リアンの質問に――ハヤトは目を二、三度瞬たいた。
「たったそれだけのために……わざわざ俺たちを助けたのか? 」
「それはとても大事なことだよ」
リアンも引く様子はない。
「簡単だ。俺はドウンの命を奪いたいんだ。
ポロン王子じゃない。関係ない人の命は奪わない。それがドウンの息子であってもだ。
それだけのことだけど……」
呆気なく――簡潔に答えるハヤトに、今度はリアンが驚いた。
「あっはっはっはっは……」
そう笑い出したのは――ディルだった。
「いいなぁ……ハヤトは。実にいい。気に入ったよ」
「何がだ?俺は間違ったことは言っていない。
復讐はいいことではないが、ドウンは別だ。
俺はやつの命を絶対に断つ。でもそのために、関係のない人まで巻き込むつもりはない」
「君は……なんてバカ正直なんだよ……」
笑うディルとは逆に――リアンは呆れて頭を抱えてしまった。
「なんだよ。間違ってはいないぞ」
「……本当に……君を助けてよかった。
今のままじゃ、殺されても仕方ないぐらい危ないやつだよ、君は」
リアンにそう言い切られて。ハヤトは不服そうに「うるさいなぁ」と文句を口にした。
「でも……君の答えを訊けて、僕の気持ちも決まったよ」
「……どういうことだ? 」
ハヤトだけではない。ディルとランスロットも笑顔のリアンへと視線を向けた。
「君の仲間になろう。
君はとても面白い。このまま君の傍にいれば、退屈しないで済みそうだ」
「なんだよ、それはっ」
「そのままの意味だ。
放っておけないという意味だよ」
睨みつけるハヤトの視線をかわし。
リアンは可笑しそうにしばらく笑っていた。
◆◆◆
「……ふぅ……」
ハヤトから体を離し――酷く疲れた様子でルゥが顔を上げた。
「ありがとう……ルゥ……。もうどこも痛まない」
「礼には及ばない。
僕は君を守ると誓ったんだ。これは大事な仲間として、当たり前のことだ」
そう言いながらも、ルゥの体はフラつきながら――なんとか意識を保っているように見えた。
「傷の治療には、ルゥは体力を著しく消耗するからな。
ハヤトも怪我は治っても、体力が戻っているわけじゃない。
ここからは、俺とリアン、ランスロットの三人でこの二人を守りながらの旅になる。
何とかグルシー山脈の麓までたどり着ければ、そこには俺たちの仲間がいる。
そこまでは……頼むぞ、おふたりさん」
ルゥの体を支えながら、笑顔で話すディルに、リアンは頷いたが――ランスロットはやや怪訝な表情を浮かべた。
『まだ……仲間がいるのですか? 』
「まぁね。詳しいことは、この先で話すよ。
まだこの森も完全に安全な場所ではないからね。今は勘弁してくれ」
肩を竦めるディルに、ランスロットは『わかりました』と形ばかりの返事をした。
ハヤトは――不可思議な縁で集まってきた仲間たちを見回す。
それでも、とても心強い仲間たちでもある。
不安がないわけではないが――。
今はその仲間を信じて――逃げ延びるしかないことも――わかっていた。




