第5話 従者を名乗る黒猫 1
「……と言うことなら、これをとってやらないといけないな」
肩からハヤトを下ろし、ディルが口の中に入っていた布を取り出してやる。
「はぁ……ランスロ……」
ようやく話せるようになったハヤトは、ディルに抱えられながら黒猫を――嬉しそうに見つめた。
『まったく……なんとおいたわしい姿に……。
しかし今は再会を喜んでいる暇はありません。
さぁ、参りますよ』
再会の喜びを味わう暇もなく。
ランスロットと名乗った黒猫――ケット・シー(猫の精霊)は、腰に下げた細身の剣を鞘から抜くと――そのまま壁へと歩みだした。
瞬きの間。ランスロットは剣を巧みに振るうと――路地を隔てていた壁が、がらがらと音を立てて崩れ落ちた。
「……まるで剣筋が見えなかった……見事な腕だな」
ディルが感嘆の声を上げる。
『お褒めに預かり光栄です。
その上ハヤトまで助けていただいたのですから。この程度のことは当たり前ですよ
さ、ここから森へと逃げることが出来ます』
ランスロットを先頭に、再度ハヤトを肩に担いだディルと、ルゥ、リアンと続き、ランスロットが切り崩した壁を通り抜け、街道を通らずに、森へと続く道へと姿を消していった。
◆◆◆
無事街堺を抜け、森へと逃げ延びたハヤトたちは――。
泉の湧き出る場所を見つけ、そこでしばらくの休息を取ることにした。
何よりハヤトの傷を治療しなければならないこともある。
『……どうしてお待ち下さらなかったのです……』
ディルに大きめの木の幹に寄りかからせてもらうハヤトを気遣いながら、ランスロットがそんなことを口にした。
「……待てなかったんだ……それがこのザマさ……」
『お気持ちをよくわかります……ですが……』
「それより……俺は、このディルとルゥに約束をした。
ある人物となり、その人物として生きていく……そして父さんたちの仇を討つ」
『な……』
ランスロットはハヤトの話に――言葉を失った。
『どうしてそんなことを!! 早まってはなりません!!
あなたは……』
そこまで言いかけて――ランスロットは突然、口を閉ざした。
「それは助けてもらう時の条件だ。これは「誓い」だ。違えることは出来ないし、やるつもりもない。
ディルたちは俺を必要としている……俺もそうだ。
俺は約束は護りたい……」
『あなたという人は……そんなところは父上そっくりですね……』
すでにランスロットは諦めている様子で、ため息を吐きだし――『わかりました』と頷いた。
「……ハヤトの命は僕が助ける。
これは「約束」してくれたハヤトへの礼だ……」
ルゥがそんなことを言い出した。
「そんな礼はいらない。十分助けてもらった。大丈夫だ……」
ハヤトが真面目な顔で見つめるルゥに、血の気はないが――それでもだいぶ生気の戻った笑みで穏やかに答えることが出来た。
「そんなわけにいかない。
まずはその傷を治そう……」
「ここはルゥにしたがってくれ。
これがルゥの力なんだよ……」
ディルまでがそんなことを言い出す。
ハヤトは困惑気味にルゥを見つめた。
「大丈夫だ。僕の力を信じてくれ……」
そう言って――ルゥがハヤトにそっと抱きついた。
「お……おい」
「黙って……すぐに済むから……」
驚くハヤトに、ルゥは優しく話しかけて――そしてその体が淡く輝き始めた。
ディルを除く――ハヤト自身もそうだが、リアンもう食い入るようにその様子に見入っている。
ルゥの放った輝きは、ハヤトの傷をみるみる塞いでいったからだ。
『あなた方も「トゥアザ・デ・ダナン」の末裔か……』
ランスロットがそっと呟いた。
そしてリアンは――無表情のまま、傷が塞がっていくハヤトのことを――じっと見つめていた。