第21話 正体のわからぬ敵 7
「どれ……」
突然ハヤトたちの脇をすり抜けるように、プーカは何故か村へではなく、ハヤトたちが今までいた森の方へと歩みだした。
一番身長の低いミルディンと同じ程度の老人は、軽快な足取りで進むと、ハヤトたちから少し離れた場所で立ち止まった。
「ここら辺かの」
腰当たりに両手を回し、猫背の後ろ姿をハヤトたちに見せている。
そんなプーカの行動に気を取られていたハヤトは、微妙な空気の変化に気がついた。
肌を刺すようなピリピリとした気配。
緊張感?いや。これは肌に痛みすら感じる[殺気]が辺りに満ちている。
「……この感覚は?」
リアンが忙しく辺りを見回した。
ディルもルゥもリアン同様、険しい表情が物語るように、そのわずかな変化を感じ取っていた。
「あんたたち、なかなか鋭いな。
あいつら、俺たちが森にいた時から感じていたあんたらを追いかけていた[魔物]だろ?
そろそろ黄昏時だ。光と闇とが混沌と入り乱れるこんな頃が、あいつらの活動時間だ。
それを待っていんだろうぜ……」
ミルディンが辺りの空気が変化したことに気がついたことを感心したように、薄笑を浮かべながら口にした。
「ここは私に任せておけ」
プーカが振り向くことなくハヤトたちに言った。
『むぅ―――』
その直後。
ハヤトたちの耳に、低く、何かが振動して起こるような、人が唸るような音が聞こえてきた。
そして。
ハヤトたちの目の前に、次々に姿を現すあの漆黒の狼、[クー・シー]たち。
だが、何故かプーカの少し手前で、目に見えない壁でもあるかのように、左右にウロウロとうろついていた。
『うぅ――――――』
あの振動するような音が一弾と高さを増した。
「プーカさんっ!!」
ハヤトとリアンが[クー・シー]たちが姿を現したことで、プーカを守る為に、その近くへと走り寄った。
「長老様なら心配ないぜ」
ミルディンがそんな二人を止める。
「何故だ?」
「そいつらはこの村には入ってこられない。
長老様が精霊に呼びかけて、ここに[結界]を張ったんだ。
さっきから聞こえるこの音は、長老様が精霊たちに呼びかける声だ」
ミルディンの説明に、ハヤトとリアンの視線がプーカへと向かう。
確かに、耳を刺激するこの音は、近づいたことで、よりプーカから発せられていることがわかる。
『ん―――――』
また。プーカの声が高くなった。
不可思議なプーカの声。
ハヤトはこうして精霊とやり取りをする人間は初めてだった。
プーカの声が高さを増したことで、[クー・シー]たちの動きに変化が生じる。
まるでその声を嫌がるかのように、首を左右に振ったり、プーカから逃げるように距離をおくものまでいる。
「長老の声が、あいつらを退けているのか?」
『いいえ。長老の声に導かれて、精霊たちが[クー・シー]どもの[闇の力]を弱める[結界]の力を強めているのでしょう。』
ディルの疑問に、ランスロットが答える。
『でもこれはすごい力だ。[クー・シー]たちの力がどんどん弱まっていく。
人がこれほどの力を持つとは……』
ランスロットが驚きの声をあげた。
『んんん―――――』
プーカの声は限界に近いほどの高音までに上がる。
ハヤトたちが心配になって、プーカを見るが、その表情は何一つ変化がない。
そして[クー・シー]たちは耳を前足で引っ掻いたり、地面に顔を擦りつけて、この音から逃れるように足掻いているようにも見える。
やがて。
[クー・シー]たちの姿は薄くなり、炎が消えるかのように、ハヤトたちの目の前から消え去ってしまった。
「ふぅ……。こんなもんかのう。
こんなに力を使ったのは久しぶりじゃな」
少し疲れた様子で、プーカがハヤトたちに振り返った。
「プーカさん……」
「気にせんでいい。
ここはこうして精霊に守られた場所じゃ。
何も心配はいらん。好きなだけこの村に居ればよい」
そうハヤトに言い残して、プーカは自分専用のテントへと引き返していく。
「そういうことだ。
大丈夫。ハヤトたちは俺たちの大事な客人だ。
ちゃんと精霊たちと一緒に守るからさ」
ミルディンが得意げにプーカのあとに続く。
「何を偉そうに言っておる」
「えへへ」
プーカに諫められ、ミルディンは舌を出して笑った。
ハヤトたちはただ呆然と、自分たちの前を立ち去る老人と笑顔の少年を見つめるだけだった――。




