第17話 正体のわからぬ敵 3
翌日の朝。
一晩明けたルゥの顔色は、見違えて血色も肌つやもよくなっていた。
「本当によかった……」
一番心配していたのか、ハヤトが笑顔でルゥが元気になったことを喜んでいた。
「……ありがと」
ルゥは照れているのか、ハヤトの顔をまともに見ることなく答えていた。
朝の食事はこの村の人たちが用意してくれた。
パンに根菜を柔らかく煮込んだスープ。
ヤギのミルクに森で採れた葉を燻った茶の葉を入れた特製のお茶。
シカの肉を燻製にしたもの。
数日食べ物らしいものを口に入れていたかったハヤトは、早々に自分の分を食べ終わり、周りが驚く中、すごい勢いで目の前に用意された三~四人前の食事をすべてたいらげていた。
このおかげで、ルゥたちの分は改めて出されてきたのだが。
食べ終わったハヤトの表情は食事が美味しかったせいからか、よほど満足したのだろう。至福に満ち、村の人々を喜ばせていた。
「育ち盛りだからなぁ。
仕方ないとは言え……後でお礼をしないといけないな……」
ディルにそう言われ、ハヤトは気づいた様子で「そうだな」と恥ずかしそうにしていた。
「そう言えば……ハヤトは何歳なのだ?」
改めてリアンに問われ。「十三だ」とハヤトが答えると。
「僕より歳下なのかっ!?」
と何故かルゥが驚いていた。
「ああ。ダメか?」
「いや……ダメではないが……同じか上だと思い込んでいたんだ。
でもひとつ歳下とは……」
ルゥはどうしてか、そこの部分が気になるらしい。
「じゃぁルゥは十四で、リアンは?」
「僕は十五だ」
「逆に歳上かぁ……」
『一、二歳の差などあまり気にはなりませんがね』
そう言ったのはランスロット。
「ランスロットは何歳なんだ?」
訊いたのはルゥ。
『五百年は生きていますよ』
「「えええぇぇっ!!!」」
見事にルゥとリアンの声が重なった。
「ランスロは、こうして人を驚かせるのが好きなんだ」
『変なことを言わないでください。
ただ年齢の話をしただけでしょう……』
呆れて言ったハヤトを、ランスロットが睨みつけた。
そんな一連の会話を見ていたディルがこんなことを言った。
「精霊の五百歳なんて若い方だろう。
それとも[ケット・シー(猫の精霊)]の世界では、結構年長の方なのか?」
『ディルは精霊には詳しいと見える。
[ケット・シー]では年長の方ですよ。
精霊の括りでは、確かに私は若い方でしょうが。
樹木や[元素]の精霊などは千年単位が普通ですからね』
何事もないように話すランスロットに、ルゥとリアンの視線は呆然としていたせいか、あまり焦点が合っていないようにも思えた。
「ま……精霊と付き合うなら、こんな会話は当たり前と考えていた方がいいだろうな」
ハヤトがポツリと呟いた。
『まったく、あなたは本当に失礼だ。
すべてを人の価値観で話そうとする。
世界のすべてを見なさいといつも言っているでしょう』
「……わかってる」
愚痴るハヤトに、怒るランスロット。
その光景がおかしくて。ルゥたちから笑いが自然と湧いた。
「なんだよ……」
ハヤトは不貞腐れるが、あまり嫌な様子は見せていない。
『笑う余裕が出てきたことはいいことです。
ルゥも元気になったようですし。
これからのことを話してもいいでしょうね』
ランスロットの言葉に、一同が大きく頷いた。
◆◆◆
「もう一日だけここに滞在し、明日にでも[コゥエールの村]に行った方がいいだろう。
俺が予定通りに到着しなくても、すぐには動かないようにと仲間には言ってあるからな」
ディルがハヤトたちに説明する。
「ディルが間違えたんだろ?」
「お前……結構言うなぁ」
「仲間なんだ。いいだろう?」
ハヤトの何気ない言葉に、ディルが苦笑いを作る。
「ま。そういうことだろうな……」
「……変なやつらだ」
ルゥが呆れたようにそう口にすると、リアンが忍びわらをして。ランスロットが呆れていた。
「でも、なんで今日じゃないんだ?」
リアンがディルに問う。
「昨日の今日だろ?
俺たちには少し休むことが必要だ」
「……なるほど」
ディルの簡潔な答えに、リアンは納得した様子を見せた。
「……それでいいのか?
昨日のやつらも気になるが……」
逆にハヤトは焦りを覗かせる。
『ハヤト。焦りは禁物。
ここは我らに地の利はありません。
ディルたちに任せるしかないのですから。
それにあなたは浅はかな[誓い(ゲッシュ)]と彼らにたててしまったのでしょう?
従うほかないのではありませんか?』
相変わらず、ランスロットからの言葉は厳しい。
ハヤトは機嫌を損ねてランスロットから視線をそらした。
「……嫌か……ハヤト?」
ルゥが心配そうにハヤトの顔を見た。
「嫌じゃない。これは俺の決めたことだ。
ランスロットの石頭に呆れただけだ」
『まったくそのような……出来の悪い浅はかな弟子を持った私の苦労もわかっていただきたい』
二人?のやり取りに、ルゥだけではない。ディルとリアンからも笑いが起こる。
「息が合ってるなぁ。さすがは師匠と弟子だ」
『褒め言葉に聞こえませんね』
「いや。盛大に褒めているんだが……」
睨むランスロットに、ディルが肩を竦めた。
「そういうことなら、俺は少しこの土地を見て回りたいんだが。
ここは少し狭くて息が詰まりそうだ」
『それは構いませんが……この周りだけにしてください。
敵がどこに潜んでいるかわかりませんから』
「それはわかってる。
大丈夫だよ、ランスロ」
『あなたは大丈夫じゃないから言っているのです』
ハヤトの申し出に、ランスロットが厳しい口調でダメ押しをする。
「なら僕もハヤトと一緒に行動しよう。
それならいいだろうか?」
と、ルゥがさり気なく助け舟を出した。
『ルゥも本調子ではないのでしょう?
私もお供します……二人だけでは危険ですから』
「ランスロは心配しすぎだっ」
『誰がそうさせているんですか』
ハヤトとランスロットのやり取りに、ディルたちはずっと笑いが絶えることはなかった。