第12話 偽りの「少年」 2
「マーグメルド国の初代王は「コンラ」という。
その王が国の末永い平安を願ってたてた「誓い(ゲッシュ)」に「代々のマーグメルドの王となるべきは今代の王の第一子であり、知恵と勇気があり健やかなる王子でなければならない」というものがあるんだ。それは王位継承の無用な争いを避けて、力強い「存在感」で民を率いるという意味なんだが。
その「誓い(ゲッシュ)」のせいで……僕たちは大変な目にあうことになった。
僕の父であるオシーン王の第一子は僕だったからだ。
でも僕は「女」。父は僕の母を深く愛していたが、僕を生むとすぐに亡くなってしまったんだ。
父は僕を次の女王と願ったけど。
でも初代の王「コンラ」の「誓い(ゲッシュ)」は絶対だ。
今はウアハタ王妃がいるが、この結婚は父は乗る気ではなかったし、これは周囲からの強引な勧めで結婚に至ったことだ。僕から言わせればウアハタは……陰険で狡猾で。嫌な女だ。僕はあいつが嫌いだ」
「君からいうと継母というわけか……」
感情的な口調になったルゥを落ち着かせるために、ハヤトは質問をしてみた。
「うん……そうなる」
この時ルゥはすでに上半身を起こし、説明に集中していた。
「全く……「誓い(ゲッシュ)」というのはつくづくバカらしい。
母なる女神ダヌへの誓いなんだろうけど。
その「誓い」のために、時には命そのものをかけなければならないなんて。
そして「誓い」が破られれば死んでしまう……とかさ。
初代王「コンラ」の「誓い(ゲッシュ)」も、破られれば国が滅びるとかいうものなんだろう? 」
そう言って呆れた様子のハヤトに、ルゥは俯き加減に
「そうだ」
とだけ答えた。
「時間がない……っていうのはどういうことだ? 」
先ほどルゥが話していた内容で、ハヤトはその言葉が引っかかっていた。
「……父、オシーン王が病気なんだ。父は体が弱かったんだが……。
僕とディルが国を出たとき。父の余命はあと三ヶ月を言われていた。
それからハヤトに会えるまで一ヶ月以上かかってしまったから……。
僕の代わりになれるやつを探していたんだ。
そして一週間前、ディルが君がポロン王子を単独で襲う現場を見たんだ。
だから……僕たちは君に僕の代わりを頼めないか……考えていた」
「……そうか」
ハヤトは小さく呟いた。
「五年前、ウアハタが男の子を産んだ。
僕の弟だが、ベイトンという。母親には似ない素直ないい子なんだが……。
普通なら、女である僕は第一子とは認められず、ベイトンが王位継承権を持つのだが。
でも父はベイトンの父親ではないかもしれないと……僕に告げてきたんだ。
もしそれが本当なら、これも「コンラ王」の「誓い」に背くことになる」
「……なんだか随分複雑なんだな?
でも俺が君の代わりになっても、「誓い」には背くだろう? 」
この時。ルゥはただまっすぐに、ハヤトを見つめた。
「オシーン王が存命中に、なんとしてもハヤトをマーグメルドに連れて帰る。
そして父が新たな「誓い」を立てる。
女でも王になれる。第一子でなくとも、国を導く存在になれる……と。
ウアハタはマーグメルドの支配を望む欲深な女だ。だからベイトンが他の男との間に出来た子であっても父との子供だと言い張っているのかもしれない。
ベイトンの王位継承もなんとか阻止したいんだ」
「……なるほどな。でも、それなら俺が代わる意味が……」
「僕は王になれないことはわかっている。
父も僕が王子だと長いこと家臣やマーグメルドの民を欺いてきた。
だから僕の次の代の王から……その「誓い(ゲッシュ)」が効力を発揮するようにしたい。
そして僕が女であることがバレないよう……僕は父やディルのような僕の秘密を知る者以外の前では、「仮面」を被って生きてきた。顔に人には見せられないほどの大きな傷を負っているからと。
だから背格好が一緒なら、ハヤトでも僕の代わりは務まる……」
「……そういうわけがあったのか」
ルゥの長い話を聞いて。ハヤトにはそれ以上の感想が思いつかなかった。
だが、ルゥはハヤトが納得したと取れたのだろう。安心したように小さく息を吐き出した。
「大丈夫か? 」
「ああ。僕は大丈夫だ……それより、ハヤトは調子が良さそうだな? 」
「まぁ……そうみたいだ」
ハヤトもルゥにそう訊かれても、答えようがない。自分でも理由がわからないのだ。
どうして突然こんなにも体の調子が良くなったのか――と。
「で。ハヤトは……どうしてドウン王へ復讐しようと考えているんだ? 」
ルゥが尋ねてくる。
これは当然訊かれることだ。ハヤトもその覚悟はしていたが。
いざ話すとなると――気が重くなり、自然と口が開かなくなる。
「……嫌なら無理には訊かないさ」
ルゥはそう言って、草の中に体を横たえた。
「ルゥは話してくれたんだ。話すよ」
「いい。ハヤトの話は……僕より大変そうだ」
「そんなこと。お互い様だろう? ルゥの話は大きすぎて、大変とかそんな問題じゃ済まないよ。
それに……訊きたいんだろ。俺の「力」のことも」
ルゥはハヤトの話をまるで訊きたくないかのような態度で、もう一度。ハヤトに背を向けた。
「その「能力」は「トゥアサ・デ・ダナン(女神ダヌの子供ら)」である証拠だ。
神の血筋である特別な「能力」を持った人間が国を作り、その国の王となった。
だからどの国の王族の者はそれぞれ特別な「能力」を持っている。
ということは……その「能力」を持つのはどこかの王族か、それに近い血筋の者たちだけだ。
僕の「能力」もそうだし、ハヤトもどこかの王族か……その近い血筋となるだろう?」
ハヤトに背を向けながら、ルゥはどこか冷めた口調でそんなことを口にした。
「……俺のいた国は……「イ・ブラセル」だ……」
しんと静まり返った森の中。
とても小さい声だったが――ハヤトの言葉は少し離れたルゥの耳にも確実に届いた。
◆◆◆
「くそうっ!! 」
あれ程落ち着いて――どこか達観しているようにも見えたディルから、悔しさと焦りがにじみ出ている。
『遠回りをしている暇はないようですね。
私がなんとかします。この崖から降りましょう』
ランスロットも、ハヤトとルゥが落ちていった崖下を覗き込んだままだ。
「ディル……ランスロット。周りを見てくれ」
クー・シーの攻撃を警戒していたリアンの声が――ディルとランスロットも耳に届いた。
「何……あ? クー・シーどもが……」
ディルが呆然と周囲を見回す。
あれ程自分たちを取り巻いていたクー・シーたちの姿が、忽然と消えていた。
『……まさか。これは罠? 』
ランスロットの声が上ずっている。
「ランスロットさん、早くここから降りようぜ」
ディルがランスロットを急かすように言った。
『そうですね』
ランスロットも嫌がる様子もなく、ディルに応じた。
「……まさか……エーレおばあ様が……? 」
ただ一人――リアンだけが、今だ呆然とクー・シーたちがいた周囲を眺めていた。
「おい、リアン。行くぞっ!! 」
ディルが立ったままでいるリアンを促す。
「ああ。すまない!! 」
リアンもすぐにディルに答えた。