第1話 処刑を待つ少年 1
夜霧は、ハヤトの火照った体を冷やしてくれた。
体中に出来た大小さまざまな傷。どれも拷問によるもの――。
鞭、木棒、拳による殴打、しいては力ずくによる骨折。指先や足先には、生爪を剥がされた痕が三箇所ほど。これで生きている方が不思議なくらいだ。
それらは激しい痛みとともに熱を帯び、ハヤトを苦しめた。
その上、昨日より路上に晒し者にされ――明日、日が登れば処刑を待つ身だ。
ご丁寧に、両手は分厚い板で作られた手枷をつけられ、両足にはそれぞれに相当の重さがある重しを鎖でつないだ足枷がつけられている。
枷をつけられている手首、足首は鬱血し、腫れ上がって、元の太さもわかならいほどになっていた。
そんな厳重にしなくても、ハヤトには逃亡するだけの力などないのだが――。
それでも日中の汗が吹き出す程の暑さに比べ、ヒンヤリとした夜の空気は、発熱している傷を冷やしてくれる効果を齎した。
また放置されている石畳の冷たさも、今のハヤトには苦痛を和らげる助けとなっている。
だが――それもこれも、すべては明日の日の出まで。
(ムダなことなのにな……)
皮肉を込めた呟き。しかし昨日から何も口にしていない。喉は乾ききり、水気を失った口の中はカラカラで声も出ない。口に出して呟けないから、心の中で呟く。
それでも。そう思いながらも、少しでも痛みが凌げることに――生きている喜びを感じているのも、本当のことだった。
とはいえ、体力などとうに底を尽いている。
すべては気力のみで、ここにこうして居るだけだ。
最後の意地で――壁に体を預け、街ゆく人々を眺めている。
「辛そうだな、少年。生きているのが辛いなら、止めを刺してやろうか?」
これで何度目だろう?
「もの好きが」。弱ったハヤトにこうして、冷やかしの言葉を投げかける者たちがいる。
声は男のもの。歳は――二十代ぐらいか?
体の自由はきかない。視線だけを声をかけた者に向けた。
答えたいが声は出ない。声を出す力もない――。
だから心の中で答える。「無用だ」。
だから――気力だけで男を見据え、答えとした。
「どうやらまだ……生きる気力は失っていないようだな」
男は言った。
ハヤトの目には男の他にもう一人。背丈はおそらく自分と同じ程度の――男か女かはわからないが連れがいた。
二人とも頭にはフードをすっぽりかぶり、引きずるぐらいの長さのローブを着込んでいる。
今は夜だが――これほど厚着をしなければならないほど、寒気を感じるわけでもない。
まぁ、こういう変わった輩はどこの世界にもいるものだ。そう。本当にどこの「世界」でも――。
「……助けてやろうか?」
男のその一言に、ハヤトは一瞬、ピクリと指を動かした。
そう言った者は――今まで皆無だった。
相当の馬鹿なのだろうか?世迷言を。ハヤトは男の言葉を信じる気などになれず、視線を石畳へと向けた。
「信じていないようだな。本気だぞ?」
こんな時、声が出ないことが恨めしい。一言いってやりたいのに。「うるさい」と。
「生きてやりたいことがあるのだろう?ここで諦めてもいいのか?」
男の問いかけが――ハヤトの沈んでいた心に――力を与えた。
「……たい……」
力を振り絞る。ひゅーひゅーと乾いた呼吸だけが、口から吐き出される。
でもこの答えは――自分の口からこの男に伝えたい。
「どうした?」
男は石畳へ膝をつき、屈んで見せた。
「何が言いたいんだ?」
さらに問う。
「い……た…い」
「痛いのか?そうだな。それだけ痛みつけられれば、相当痛いだろうなぁ」
「……ち…が…」
「ん?どうしたんだ?」
この野郎――ハヤトは男を睨みつけた。
「いき……た…い」
男はハヤトの死力を振り絞った答えを訊き、満足したのか、かぶっていたフードを外した。
闇の中、男の顔は細かい部分まではわからないが。笑顔を浮かべた穏やかな表情の中に、それとは違う何か――力強い決意に満ちた輝きが、黒い瞳の中に感じられた。気がした。
「……よく言った、少年。ならば助けてやろう。ただし……条件付きだがな」
「……わない…」
構わない。ハヤトはそう言いたかった。
生きられるのならそれでいい。と。
ハヤトにはやらなければならないことがある。
生きて――討たなければならない仇がいる。
だから――ここで死んではいられない。
なんとしても生き延びる。
この男が魔物だろうと、死神であろうと、なんだろうと。生き延びられるのであれば――なんであろうと構わない。
ハヤトの沈みかけた心は、再び生きる力を取り戻しそうとしていた。