第九話
葉月警察署
「ゴラァァァァッ!さっさと吐かねぇか!」
怯える容疑者の胸ぐらを刑事が掴む。
「け、刑事さん、わ、私は――」
自分は無実だ。
容疑者は心の中で何度叫んだかわからない。
その怯えた目は、徒に刑事の嗜虐性に油を注ぐだけ。
「痛い目にあわないと、わからないみたいだな!」
鈍い音を響かせ、刑事の拳が容疑者の頬にめり込む。
手錠をかけられたままの容疑者は、なすすべもなく吹き飛ばされ―――。
「なんてこと、ないから安心して」
取調室でお茶を飲みながらそう言ったのは、理沙だった。
「はぁ……どうも」
とはいうものの、壁にこびりつく黒いシミや、目の前の机に残された、無数の不可解な傷跡が気になって仕方がない美奈子だった。
「別にホースの切ったので殴るとか、拘束具使ったりとか、そういうことはしないから」
「はぁ……」
「―――やってほしい?」
「え、遠慮します……」
美奈子はどうしていいのかわからず、ただ小さくなって拒むだけだった。
主導権が自分にあることを確信した理沙は言った。
「さっき別の刑事から聞かれたはずだけど、経緯をもう一度説明して」
数分後
「成る程」
理沙は頷きながら言った。
「で?その追いかけてきた連中について、羽山君は何も言っていなかったのね?」
「はい。何も聞いていませんし、わかっていたとも思えません」
「何故?」
「もしそうなら、せめて誰か位は言い残すはずです」
「成る程?それで、あなた達は事件の間中、部屋から出なかったのね?どこかと連絡は?」
「水瀬君の携帯に電話しただけです。部屋からは水瀬君が来るまで出ませんでした」
美奈子は理沙の顔色をうかがうように言った。
「―――詩織さんが心配でしたから」
「成る程。次に詩織さんのことだけど」
「詩織さんとは神社で以前お会いしただけです。詳しいことは何も知りません。実際私、刑事さんに言われるまで、名字まで忘れていたくらいです」
「へえ?」
理沙の取り調べはそれからすぐに終わった。
少し休んで。
最後に近衛が聞きたいらしいから。
そう言って、理沙は席を立った。
「警部補」
理沙が取調室から出た時、部下の一人が書類を持って理沙に駆け寄った。
「電話、携帯、メール、全ての通話履歴をあたりました。彼女たちは本当のことを言っています」
「ま、そうよね」
理沙は当然という顔で言った。
「こんな騒ぎ起こしても、あの子達に何のメリットもないものね」
「もう、こうなると、巻き込まれたという見方しかできませんね」
「それが真実ね―――ところで」
理沙は部下に訊ねた。
「害者の容態は?」
「峠は越えたとのことです」
とはいえ、羽山は集中治療室で死にかけている状態だ。
とてもではないが、事情聴取どころの話ではない。
「銃刀法違反容疑で当たれないかしら?」
「羽山を検挙するつもりだったんですか?」
「やぁね!半分冗談よ!」
「は、半分……ですか?」
30分ほど前 桜井邸
娘が警察の世話になると聞かされたときは、たとえそれが任意の事情聴取だとしても、母親として気が遠くなったものだ。
その娘の保護者として、お父さんが警察に向かってくれたけれど、あんなヒトが役に立つかどうかといえば、まるでダメなことは妻として断言できる。
美奈子の母は、ため息混じりに美奈子の部屋を開け、床に置かれたモノを見た。
「あらま。キレイに飲んじゃったわね」
カラになったミルク皿を呆れたように見た母は、飲み干した本狐を捜して部屋を見回したが……。
「あら?」
姿がない。
どこ行ったのかしら?
「キ……キュ……キュ」
母がベットの下を探している時、カタマリは階段を下りるという、狐生で最大の難関に挑んでいた。
「つまり」
水瀬は驚きを隠せない様子で、詩織にたずねた。
「詩織さんは、その人達に教わるまで、舞の存在すら知らなかったの?」
「―――はい」
羽山の負傷を告げられた詩織は、青い顔で頷いた。
「あの日、神社にいらっしゃった方々が古い巻物と狐の面を出しておっしゃいました。この巻物と面は、あなた―――私のご先祖様が大切にしていたもの。ここに書かれている舞を舞うことは、子孫であるあなた方の大切な役割だ―――と」
「で?いくら積まれたの?」
「!?」
樟葉の一言に、詩織の顔がさらに青くなった。
「―――あら?図星だった?」
「あ、あの……な、なんで、ご存じなんですか?その……」
「当てずっぽう」
樟葉のきっぱりとした言葉に、詩織は言葉を完全に失った様子だ。
その様子こそ、真実を語っていた。
「―――成る程?先祖という建前で、実際は金に目がくらんで引き受けたってワケだ」
「樟葉さん」
見下げ果てたような口調の樟葉を咎めるように水瀬が言った。
「神社って、お寺よりずっとずっと経営厳しいんですよ?檀家があるわけでもないから、収入なんて自分達で稼ぐしかないんです」
「―――ま、それはそうよね?で、少なくともあんたは、それを引き受けたわけね?」
「はい。ご先祖様のこと。さらにお金は祭りのための寄付と思いましたし、なによりそれに舞を舞うことが」
チラリと水瀬や樟葉達を見た詩織は自信がなさそうに言った。
「いけないことだとも思っていません」
「そりゃそうね」
「うん。で?意識を失っていたことについてだけど、あの時が初めて?」
「実は―――」
詩織はためらいながら言った。
「初めてでは、ないんです」
「その人達が来てから?」
「……はい。それに」
「それに?」
「よく、夢を見るようになりました」
「夢?」
「神話の中に出てくるような格好をした人達と旅をする夢です」
「神武東征みたいな?」
「多分、それに近いかも知れません。戦いながら東へ東へと進む旅です」
「東へ……ねぇ」
水瀬は考え込みながら詩織の言葉を待った。
「でも、私……死ぬんです」
「畳の上に乗って?」
「はい。何枚もの畳で出来た船に乗って、旅の仲間と別れ、一人で龍の元へと向かって……そして」
「死ぬ」
「……はい」
詩織は唇をかみしめながら頷いた。
翌日 月ヶ瀬神社 水瀬邸
卓袱台の上にみそ汁が湯気を立てて並べられる。
近頃、少しずつだが料理が上手くなった気がするルシフェルは、その出来に満足げな表情を浮かべた。
「おはよぉ……」
ワイシャツ一枚というあられもない姿で現れたのは樟葉だ。
「おはようございます。閣下」
立ち上がって敬礼するルシフェルを軽く手で制する樟葉。
「プライベートじゃ、樟葉でいいわよ」
「ありがとうございます」
「ホント、あんたってマジメというかなんというか……」
樟葉は卓袱台の前であぐらをかくと、箸をとった。
「じゃ、いただきます……バカ息子は?」
「さっき、桜井さんに呼び出されました」
「へぇ?―――あ、このみそ汁、美味しい」
「ありがとうございます。なんでも、狐がいなくなったとかで」
「へえ?……」
樟葉の動きが止まった。
「か、じゃなくて、樟葉さん?」
「……」
「……」
「ぬぅぁぁぁぁぁんですってぇぇぇぇっ!???」
桜井邸
まいった。
水瀬は失望のため息を止められなかった。
「ま、魔法で探せない!?」
美奈子は泣きそうな声で水瀬に言うが、水瀬は首を横に振った。
「アレは魔法感知なんて容易に打ち消すからね。やってはみるけど……」
「じゃ、お願い!ごめんね?せっかくの休みなのに」
「いいよ。じゃ、一緒に探そう。一人で動くのは危険だから」
「?うん」
昨夜のことだ。
水瀬は詩織から教わって、面を確認するため、神社に入り、息を止めた。
「?」
水瀬が感じた違和感。
「……」
水瀬は無意識に霊刃を抜いた。
おかしい。
水瀬は歩きながら自問した。
ここは?
答:神社。聖域。
この違和感は?
答:魔素汚染を感知したための反応
魔素の発生源は?
答:進路先の建物。恐らく社務所。
「この箱かな?」
面は社務所の奥の棚にしまわれていた。
「あったけど……」
箱を開けた途端、襲ってきた魔素に、水瀬はむせかえってしまった。
背筋が寒くなる。
「……これ、何?」
箱の中身。
それは、確かに狐の面だ。
ただの面?
ただの面の「はず」だ。
だが、その面は全部で8つ。
その一つ一つが恐ろしいほどの魔素を発している。
「8つ……これ、まさか」
「ご明察」
突然、水瀬の思考に半畳を入れる声が背後から聞こえてきた。
軽やかな女の声だった。
「誰?」
振り返った水瀬は、声の主を見た途端、絶句した。
「灯台もと暗しっていうけれど、気づかなかったの?」
「な、なんで……?」
「ふふっ。ダメだなぁ。悠理君って」
声の主はからかうように続けた。
「そんなんだから、こんなガキの尻にしかれるんだよ?」
信じられなかった。
いくら過激な行動をとることがあっても、下卑な言葉はこの体から聞こえるはずがない。
そう、信じていたから……。
「水瀬家の跡取りといい、松笛のあのバカ娘といい、この倉橋家のなれの果てといい」
声の主は水瀬と自分の体を見下すように言った。
「時の流れとはいえ、かつてこんな者達の血を相手に苦戦したかと思うと、泣けてくるわ」
そういう声の主。
それは……
綾乃だった。
「綾乃ちゃん……?」
「笑わせてくれるわ。見るがいい。かつて戦巫女とまで呼ばれ、恐れられた血は、ここまで落ちたわ」
綾乃の声は尋常なそれではない。
違う。
それは、水瀬でなくてもわかる。
目の前にいるのは確かに綾乃だ。
だが、それはただの「器」
中身は――
「誰?」
「ふん。さすがに気づくか」
綾乃は横柄な態度で言った。
「貴様等下賤の者に名乗る名などない」
「じゃ、名無しさん」
「……他に呼びようはあるだろう?」
「いいじゃない。あのね?綾乃ちゃんを乗っ取って、どうしようというの?」
「貴様が知る必要があるのか?」
「僕、その子の保護者」
綾乃は、目をぱちくりした後、不思議そうに問い返してきた。
「逆だろう?」
図星をつかれた水瀬はムキになって言い返した。
「ち、違うもん!その子の面倒みてほしいって、ご両親からも言われてるもん!」
「―――で?普段は逆に面倒みてもらっているのはどういうわけだ?」
「み、みてもらってなんて」
「学校に行くたびに飯にハンカチ、テッシュまで用意してもらっているのはどういうことだ?」
「う、ううっ……」
「お前がバカやるたびにこの娘からこっぴどく叱られているだろう?」
水瀬は形勢が悪化するのを止められなかった。
「貴様、いくつだ?」
綾乃は心底呆れたという様子で続けた。
「じ、十五……」
「十五といえば一昔なら元服を済ませた一人前の大人じゃ。それが何じゃ?この娘は母親か?貴様は母親の面倒を借りねばその程度のことも出来んのか?恥ずかしくないのか?」
「き、気にしてるのにぃ……」
「しているなら謝れ!」
「ご、ごめんなさぁい……ううっ」
「よし。では、黙ってその箱を渡せ。それで許す」
「ぐすっ……はぁい……」
水瀬は手にした箱を綾乃に手渡そうとして、直前で手を引っ込めた。
「ちょっと待って!」
「―――なんだ?」
ちっ。と舌打ちした綾乃が訊ねる。
「反省の色が消えたな」
「僕が綾乃ちゃんに面倒見てもらっているのと、この面とどういう関係があるま!?」
「余計なことに気づかなくてもいい」
綾乃は言いきった。
「この娘の記憶にある貴様の恥ずかしい秘密を、全てバラされたいのか?」
「恥ずかしい秘密?」
何それ?
きょとんとした水瀬の顔は、次の瞬間、驚愕のそれに変わった。
「たとえば(水瀬本人による強い要請により削除)とか」
「!?」
それは、綾乃が知るはずのないこと。
いや、絶対に知ってほしくないこと。
それを、彼女は知っている。
まるで芸能人の秘密暴露大会のように、水瀬にとってのとんでもない過去が、最も知られたくない綾乃本人の口から続けざまに語られた。
気がつくと、脱力のあまり綾乃の前に両膝をついた水瀬がいた。
「……あ、綾乃ちゃん、どうしてそこまで」
その声は涙に曇っている。
「ひ、ヒドイよぉ……」
「この娘、そういう方面の才能は凄まじいの。さすがの血筋というべきか」
綾乃本人もここまでくると感心した様子で頷いた。
「感心しないで、記憶から消してよぉ……」
「泣くな」
「せめて誰にもしゃべらないでぇ……」
「そうして欲しいなら面を渡せ」
「……やだ」
「これもやだ。あれもやだ。貴様は子供か!?」
「そんなこという方が子供だもん!」
「だ、誰が子供だ!?」
「悪口言う方!」
「これは本当のことだろうが!」
「違うもん!」
「うるさい!もう貴様とくだらん言い争いをしているつもりはない!」
綾乃は水瀬を突き飛ばすと、箱に手を伸ばした。
「やめてったら!」
水瀬はそれでも綾乃にすがりつくようにして止めようとした。
「魔素はわからない人には全然わからないものだから、普通の人なら気持ち悪くなる程度だけど、綾乃ちゃんは別!」
「放せ!」
「綾乃ちゃんの体でこんなのもったら危険だよ!」
「巫女の血が護ってくれるわ!魔を打ち消す浄化の力、そのための倉橋の血じゃぞ!?」
「今の綾乃ちゃんは倉橋の血なんてもっていない!」
「戯れ言を!」
「これ以上、魔素をため込んだら危ないんだって!」
「邪魔を!」
綾乃が右手を一閃した途端――
「!!」
水瀬の小柄な体が吹き飛んだ。
「黙って渡せばよいものを」
綾乃は無造作に箱の蓋をあけようとして、出来なかった。
「!?」
綾乃の目前で突然発せられた激しい光と音が、綾乃の動きを止めたから。
箱が吹き飛ばされたのだ。
「き、貴様!?」
「敵に渡す位ならいっそのことって、聞いたことない?」
吹き飛ばしたのは水瀬の手から放たれた光の矢。
「なんということを!」
綾乃はとっさに後ろに飛び跳ねて難を逃れた。
ビュンビュン
不可視に近い何かが綾乃のいた空間を切り刻んでいる。
「“護の糸”か!?」
「……あ、忘れてた」
緊迫した綾乃の声は、正反対の水瀬のヌけた声に打ち砕かれた。
「そういえば、あんなのあったんだよねぇ」
気がつくと、綾乃の横で水瀬が感心したような声を上げていた。
「痴れ者!」
「あいたっ!」
パカンッ!
綾乃の拳が水瀬の頭をクリーンヒットした。
「どうするつもりだ!?あれは一度作動すると、血を吸うまでは止まらないんだぞ!?」
「あ、そうなんだ」
「あ。そうなんだってなぁ!」
綾乃は水瀬の胸ぐらを掴み上げた。
「知らなかったのか!?」
「だって初めて見たんだもの」
「―――この」
綾乃は水瀬の胸ぐらを掴む手に力を入れ、フルスイングで水瀬を面目がけて投げつけた。
「死んで詫びてこい!」
「ひどいぃぃぃぃっ!」
水瀬はそのまま面をめかげて飛んでいく。
目の前には無数の糸が待ちかまえる中を―――
同じ頃 月ヶ瀬神社 水瀬邸
「あら?」
夜、トイレに出た樟葉が、電話の前に誰かが立っているのに気づいた。
詩織だ。
詩織は、受話器を持ったままずっと動かない。
「松笛さん?」
樟葉の声に、一瞬、驚いたように小さく飛び跳ねた詩織は、恐る恐る声のした方、樟葉に振り返った。
「あ、饗庭さん……あーっ。びっくりした」
「何してるの?」
「家へ連絡するのを忘れていたので。みんな心配しているかもしれないので」
「あ、そういうこと?」
「はい」
「でも、あそこって、住んでいるのは、あなただけでしょう?」
詩織の両親はイギリスにいる。祖父母はすでに他界しているから、彼女は一人暮らし。
だが、
「今は、違います」
詩織は言った。
「今は、住み込みの巫女さん達が3人います」
「―――へ?」
おかしい。
警察や行政はそんなこと把握していない。
報告も、なかった。
神社に貼り付けた見張も、人がいるとは報告していない。
「誰?名前は?」
「えっと―――」
その名前に、樟葉は凍り付いた。
「ぜぇっ、ぜぇっ」
霊刃片手に、崩れかかった社務所の中で水瀬はへたりこんで息を切らせていた。
「ほう。やるのぉ」
物陰から伺うように顔を出したのは綾乃だった。
「ど、どういう仕掛けしたら、糸に矢に刀に召還獣まで……」
「狐の魔素をそのまま力にしているからな。その程度、どうということもない」
「軽く言わないでほしい……」
「重く言っても同じだろう」
「そりゃそうだけど……よいしょ」
水瀬は立ち上がると、床に転がった8つの面の何枚かを取り上げた。
「こんな面だけど、すごいんだねぇ」
古ぼけたどこにでもある狐の面。
作りはそれほど丁寧ともいえない。
本当に、夜店で売っていた程度の代物にすぎない。
それが、僕の息があがる程の攻撃を仕掛けてきた。
なんだか信じられない。
「よいしょ」
ガンッ
軽い声の次、襲ってきた激痛に、水瀬は床にたたきつけられた。
「い、痛ぁ……」
頭がガンガンして、何が何だかわからない。
白い陶器の破片が目の前を落ちていく。
混乱する頭に苦労しながら、それでも水瀬は右手で床に転がる面を何枚か掴み、左手で綾乃の足首を掴んだ。
綾乃が何かをしたことだけはイヤでも想像がつくからだ。
「放せこの痴れ者!」
手にした花瓶の残骸を手放しつつ、綾乃が暴れるが、それでも騎士の力をふりほどくには役不足だった。
「―――ええいっ!」
綾乃も負けじと面を何枚か掴んだのがわかる。
だが、今の水瀬にはそれを止める術がない。
綾乃が誰かを呼んだのがわかる。
まずい。
今、背後を突かれたら、確実に綾乃を巻き添えにしてしまう。
水瀬は自問した。
綾乃を無視するか?
否。
それは命令に反する。
命令に反することは出来ない。
どうすればいい?
いくら待っても、何も起きなかった。
意識がようやくはっきりしてくる。
「―――おい」
綾乃の口から言葉が漏れる。
「策は半ば失敗したことは認める。だが、その半ばでも我らの勝ちだということを忘れるな」
「―――どういうこと?」
「いずれわかる。我らが狐を、そして姫を甦らせる。その様を黙ってみておればよい」
「狐と姫を?」
「狐の力は姫の力。その力を我は必ずや己の物としてみせる」
「そんなことして、どうするの?」
「この世を作り直す」
綾乃は高らかに笑うと、糸が切れたように崩れ落ちた。
「わっ!」
慌てて綾乃を抱きしめた水瀬の首筋に感じる暖かい感触。
それは、綾乃の寝息。
綾乃は憑依状態から開放されたことは確かだ。
「本当に、困った子だね。君は」
その背中を優しくさすりながら、水瀬は安堵のため息を吐いた。
手に残った面は4枚。
つまり、面の半分を失った。
これはこれでよかったと思おう。
とにかく、敵の次の動きがないと、どうしようもない。
全く。
水瀬は内心で苛立っていた。
水瀬は思う。
警察が無能なことは十分知っていた。
だが、近衛までがこれほど役立たずだとは思わなかった。
あの連中、武力面以外じゃ、何の役にも立ちはしない。
あの連中がもっとしっかりしていれば、こんな事態は容易に避けられたことだ。
そんな中で使われているんだ。
今、そんな自分に出来ることといえば、この子を護ったことに満足する以外、ない。
自分がその程度の存在だということは、本人が一番わかることだから。
そう思った水瀬は、抱き寄せた綾乃の耳元で呟くように言った。
「あのね?綾乃ちゃん」
無論、返事はない。
「今度、こんなマネしたら、次こそ殺すからね」




