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第八話

 葉月市内某公園

 死鏡にのっとられる事件があったとはいえ、将来には替えられない。

 美奈子は予備校の帰り道を足早に歩いていた。

 「やだもう」

 予備校を出た途端、降り出した小雨。

 

 キューキュー

 

 公園横、あの死鏡を拾ったあたりにさしかかった時、美奈子の耳に、弱々しい鳴き声が聞こえてきた。


 「?」


 猫ならニャーだろう。

 だけど違う。

 

 キューキュー


 何?

 辺りを見回すと、電柱の下で丸くうずくまっている何かに気づいた。

 一瞬、ボロ布の塊かと思った。


 鏡のこともある。


 恐る恐る近づいてみると、塊は弱々しく震えていた。

 

 キュー

 

 子猫か?

 それとも子犬か?


 どちらでもいい。


 美奈子にとって、このちいさい命が、じっと眼を閉じ、寒さに震える様は、あまりに哀れすぎた。 



 どっちにしてもこの雨の中、こんな所に放っておいたら死んでしまう。

 そう思った美奈子は、塊を抱きかかえ、家路を急いだ。


 

 翌日 明光学園 教室

 朝礼前のことだ。

 「へぇ。美奈子ちゃん。ペット、飼い始めたんだぁ」

 未亜が感心半分で言った。

 「いいなぁ。ウチのマンション、ペット禁止だから駄目なんだ。いいなぁ」

 「今度、見に来る?」

 「え?いいの!?」

 「うん。今朝には元気になっていたし」

 「そっか。じゃ、今度見に行く!ね?名前は?」

 「カタマリ」

 「へ?」

 「第一印象がカタマリだったから、だから、カタマリ」

 「……美奈子ちゃんて」

 未亜は呆れたように言った。

 「ネーミングセンス、悪かったんだねぇ」

 「な、何よ!?カタマリのどこが悪いの!?」

 「ね?水瀬君、そう思うよねぇ」

 未亜が話題をふった相手、水瀬はぐったりと机の上に突っ伏していた。

 「―――どうしたの?」

 「いろいろあってね?ここんトコで、いろんな人に怒られっぱなしだし、捜し物が出てくるし……もう散々なんだ」

 「捜し物?何?コンタクトでも落としたの?」

 「ううん。狐」

 「狐?」

 「うん。コーンって鳴く、あの狐」

 「……」

 美奈子の表情が凍った。

 「狐って、どんな?」

 「わかんない。とにかく、葉月市内で見つけた狐は、全部……」

 「全部?」

 「捕まえて、ビンゴだったら殺す」

 「!?なっ、何よそれ!?動物虐待じゃない!」

 美奈子が血相を変えて席を蹴った。

 「捕まえるだけじゃ、虐待じゃないよぉ」

 「オリの中に閉じこめるだけで十分、虐待じゃない!」

 「……桜井さん?」

 「な、何?」

 「何か、知っているの?」

 「な、何が?」

 「狐のこと」

 「し、知らないわよ!」

 美奈子はそっぽをむいて席に座った。

 「知らないけど、狐の立場にたったら、そう思えるってこと。ただ、それだけ!」

 「―――そう」

 「何?水瀬君、迷子のペット探しでも始めたの?」

 「近いけど、かなり違う」

 「日本語、ヘンだよ?」

 「普通の狐じゃないんだもん」

 「バケ狐とか?」

 「その親玉」

 「へえ?」

 それがどんなものか、想像すら出来なかった未亜は、その時の水瀬の発言を本気しなかった。

 この時、本気にしておけばよかった。

 未亜が心底後悔するのは、この後、すぐのことだ。


 

 桜井邸 美奈子の部屋

 「ただいま。カタマリ」

 ドアを開けた途端、カタマリはチョコチョコと足下にまとわりついてくる。

 抱き上げて背を撫でてやると喉を鳴らして喜んでくれる。

 

 (捕まえて、ビンゴだったら殺す)


 背筋が寒くなった。

 こんな小さい命を、どうして殺すなんて言葉を平気で言えるのか。

 美奈子には、水瀬の神経がわからなかった。

 自分が小動物みたいだから、面白くないんだろうか。

 そんなバカな。

 美奈子は、自分を見つめてくる無垢な瞳へ優しく言った。

 「大丈夫。私が、ちゃんと護ってあげますからね?」

 キュー

 返事のような鳴き声が嬉しくなる。

 「はいはい。良い子ね?じゃ、ミルクをあげましょう……あら?」

 美奈子は、カタマリの尻尾の付け根に気づいた。

 「カタマリ、ヘンな尻尾してるんだね?」

 そこには一本の大きな尻尾と、その周りを取り囲むように小さな突起。いや、小さい尻尾が何本も生えていた。

 

 明光学園 図書館 書庫

 「九尾の狐?」

 「そう」

 水瀬達が占拠している書庫の中で、水瀬がお茶菓子をかじりながら言った。

 「尻尾が九本ある、あの狐」

 「―――かなりの存在なんでしょう?」

 ルシフェルが茶葉を吟味しながら訊ねた。

 「よくわからないけど」

 「かつての陰陽寮が総力上げて戦って、戦力のほとんどを失ったと聞いている。「玉藻動乱」っていわれているけどね。これ以来、陰陽寮は歴史から姿を消すことになった。それほどの損害を強いた強者だよ」

 「その頃の陰陽寮、つまり、近衛魔導兵団が弱かったのか、それとも相手が強かったのか」

 今のルシフェルにとって、興味があるのは目先の茶でしかない。

 「当時の所属魔導師は平均ランクAAAともいわれている。過去を過大評価しているというべきだから、厳しくランクA位とみても、それでも質的に現在の戦力をはるかに凌駕していたとみるべきだね」

 「厄介、ってこと?」

 「悪夢に近い存在だよ。一年戦争の時、アレが外に出ていたら、戦局はもっとヒドイ意味で変わっていたと思う」

 「それが?」

 「封印が解けて逃げ出した」

 「どうして今頃?」

 ようやくルシフェルが驚いたのは、お茶を煎れた後のことだ。

 「その前にね?よく、考えてみたんだ」

 ルシフェルの煎れてくれたお茶を飲みながら、水瀬は続けた。

 「全ては今回の面の件と、つながっているんじゃないかって」

 「まさか」

 「僕もそう思ったよ。だけどね?」

 水瀬は、テーブルの上に一冊の本を置いた。

 「明治時代の魔導師について書かれた本。そこに興味深い記述があった」

 

 水瀬はページをめくると、読み出した。


 概略はこうなる。

 

 明治 年、建設途中の葉月市内にて、工事人夫が犠牲になる事件が続発した。

 生き残った人夫の証言を総合すると、狐に襲われたという。

 犠牲が多発する所は、江戸時代の高波で壊滅するまで、神社があった場所。

 神社のに狐が眠っているとされる塚があった。

 工事の際、知らずにこの塚を破壊した可能性が浮かび上がった。

 つまり、眠っていた狐を起こしたことになる。

 これに対して、近衛から魔導師松笛篁臣が派遣される。

 松笛は狐の力を8つに分割し、狐を弱体化させた後、再び眠りにつかせることで封印した。

 

 「狐も、目覚めたてで、力が全然足りなかった。だから、松笛一人に封印されたというのが本当な所らしいよ」

  「それで?今回は、さらに狐の力が弱まっているはずでしょう?そうなら、大した問題にはならないんじゃないの?」

 「弱いままならね」

 「強くさせることが出来るの?」

 「松笛篁臣。8つ。これがキーワードだと思う。ルシフェ。思い浮かぶこと、ある?」

 「―――面?」

 「そう。松笛は、面に狐の力を分割して封じたんだ。だから、狐の面は破壊を自ら防止するために霊糸による迎撃システムじみた力を付与されているんだと思う。狐の力を守るため。多分、松笛自身によってね」

 「じゃ、あの面の犠牲者は」

 「多分、ううん。絶対、面を傷つけたり、破壊しようとしたんだと思う」

 

 ルシフェルは、しばらく考えた後、言った。

 「水瀬君、それ、なんだか説明になっていない」

 「え?」

 「今までだって、面を壊そうと思った人がいたかもしれないよ?そうだったら、今頃、絶対問題になっているはず。それが問題になっていないこと自体の説明にはなっていない」

 「面は美術品だし、持っていたのが松笛だから、関係者の手にあるうちは無事だった。けど、それが外に流出したのがまずかったんだろうね。

 だから、今頃になって騒ぎになった。

 ―――そうだね。防衛システムが封印と連動していたんじゃないかっていうのが、今の所の仮説」

 「?」

 「ネットワークが組まれたシステムを連想してみて。

 ホストとクライアントの関係。

 封印されている狐そのものがホストにある情報。

 ただし、この情報は、ホスト以外の8つのクライアントに分割されている情報がそろわないと、本来の意味を成さない。

 もし、この状態でクライアントが破壊されたら、その情報が破壊されるだけでしょ?」

 「クライアントごと破壊されたら、復旧不能っていう前提ならね」

 「ところが、封印が外れることでホストからクライアントに防衛の信号が発せられたら、どうなると思う?」

 「それが、今回の事件ってこと?」

 「そう。信号を受けたクライアントである面が自己防衛のため、破壊を試みた者を殺傷するってこと」

 「成る程」

 ルシフェルは、お茶を飲みながら感心したように頷いた。

 「ホストが起動した原因については?」

 「一つだけ」

 「何?」

 「ヒント1、場所はあの鍾乳洞」

 「それで?」

 「ヒント2、鍾乳洞は振動に弱い」

 「落盤の心配があるって、落盤防止の魔術処理が施されたのは知っているよ?」

 「ヒント3、この前、あの鍾乳洞を揺るがせるような振動がありました」

 「地震、あったっけ?」

 「ヒント4、鍾乳洞で爆弾を爆発させた女の子がいました」

 「適切な判断だったよ?」

 「……怒るよ?」

 

 そう。

 ルシフェルは認めたがらないものの、あの鍾乳洞でルシフェルが爆発させた爆弾の振動。それが鍾乳洞の落盤を招き、その一部が封印を直撃。

 九尾の狐を目覚めさせたというのだ。

 

 「こじつけだと思うけど」

 「僕もそう思いたいっていうか、あってほしいとすら思っていない」

 「じゃ、事故」

 「……今後どうするか、それを問題としよう」

 「狐についてはさっき聞いたけど、補足することは?」

 「ランク付けは上級妖魔どこから準魔王指定」

 「―――それだけの力が、すぐに発揮されるわけじゃないんでしょう?」

 「面を奪った連中の考え一つだね」

 「あっ」

 ルシフェルが驚いたのは、それまで、面を奪った存在について、誰も、何も言ってきていないこと。

 言い換えれば、面を奪った存在が、何一つ、動いていないことだ。

 「連中が封印を外すのか、それとも、封印を再度使うのか。そこなんだよね」

 「―――今の状態で封印を外したら?」

 考えたくすらないこと。

 それは容易に想像がつくこと。

 しかし、ルシフェルはあえて水瀬に訊ねた。

  

 そして、予想通りの答えが返ってきた。


 「葉月が、戦場になる」


 


 桜井邸 美奈子の部屋

 「さ。カタマリ、ご飯よ?」

 キュー

 床にミルクの皿を置いた美奈子の声に、カタマリはよちよちと近づいて来ると、熱心にミルクを舐め始めた。

 「ふふっ。美味しい?」

 キュー

 カタマリの背を撫でながら、美奈子は満足そうに微笑んだ時だ。

 「美奈子ぉ。未亜ちゃんが来たわよ?」

 玄関から母親の声がした。

 「あ、はぁい!」

 美奈子は、カタマリを置いて部屋を出た。


 数分後

 「水瀬君には、絶対に内緒なんだからね!?」

 「わかったよぉ」

 念を押された未亜が美奈子の部屋に入った。


 キュー?


 出迎えたのは、不思議そうな顔をかしげるカタマリだった。

 

 「うっわーっ!カワイイ!」

 未亜はカタマリを抱きかかえて頬ずりしだした。

 キュー!!

 「こら未亜!カタマリがびっくりしてるじゃない!」

 「だって、カワイイんだもん!」

 「もうっ。せめて床に降ろしてあげて。可哀想よ」

 「はぁい」

 ごめんねぇ。とバツの悪そうな顔の未亜の手から床に戻されたカタマリは、美奈子の後ろに隠れてしまった。

 「ほら。結構人見知りするみたいでね?お母さんにだってなつけないんだから」

 「へぇ?」

 「ま、「大きくなったらいいマフラーになりそう」なんていわれれば、そうなるかもしれないけどね」

 「……おばさんって」

 

 桜森神社

 「じゃ、俺、これで帰ります」

 拝殿に腰を下ろしたままの詩織に、羽山が声をかける。

 今までなら、「はい。お疲れ様でした」位の返事は来るのに、なぜか詩織の口からは何の言葉もなかった。

 ――聞こえなかったのか?

 そう思った羽山は、詩織に近づいてもう一度言った。

 「詩織さん。これで失礼します」

 「……」

 詩織の目は、空を見つめたまま。

 表情が消えていた。

 「――詩織さん?」

 目の前で手を振ってみる。

 反応が、ない。

 「詩織さん?」

 詩織の眼の焦点が合っていないことに気づいた羽山は、詩織の両肩を掴むと、激しくゆすった。

 「詩織さん!?」

 「―――が」

 「?」

 「―――目覚める」

 「詩織さん!」

 「媛が……目覚める」

 「―――」

 「狐が、媛を目覚めさせる」

 「姫を、狐が目覚めさせる?詩織さ―――!!」

 羽山は、詩織を抱きかかえると、とっさに右へ飛んだ。

 ガンッ!!

 鈍い音がして、今まで詩織がいた場所が吹き飛ぶ。

 「!?」

 体勢を立て直し、迎え撃つ姿勢をとるものの、羽山が丸腰の自分に気づくのに要した時間はほんの数秒だ。

 

 ―――くそっ。水瀬かルシフェルに真剣、借りてくれば良かった。

 

 内心で毒づきながら、羽山は腕の中でぐったりしたままの詩織を抱え直した。

 何故か、詩織は気を失っているようだった。

 

 ―――相手は騎士。狙いは詩織さんだ。どうする?


 羽山に与えられた選択肢は二つ。

 

 詩織を連れて逃げ出すか、詩織を見殺しにするか。


 ―――やるしかねぇか。


 羽山は、手近にあった石を一つ、反対側の藪へ投げ込んだ途端、後ろめがけて一目散に逃げ出した。

 

 「やべっ!」

 羽山は忘れていた。

 逃げ出した先。

 

 そこは、崖だった。


 桜井邸 美奈子の自室

 「やっと慣れてくれた!」

 しきりに頬を舐めるカタマリの様子にすっかりご満悦の未亜は嬉しそうに言った。

 「私の魅力にやっと気づいたか!?」

 その様子を、ベットに腰掛けて見守っていた美奈子が嬉しそうに言う。

 「ふふっ。未亜、よかったわね」

 「うんっ!ほら。カタマリ、お手」

 「……犬じゃないんだから」

  

 ドスンッ!!


 何かが壊れるような音が室内に響いた。

 

 「何?」

 「ほえ?」

 未亜と美奈子がお互いの顔を見合う。

 「何だろ」

 ガラッ

 美奈子が窓を開けた時だ。

 何者かが、部屋に飛び込んできた。

 「!!」

 とっさに口を押さえられ、悲鳴を封じられた美奈子に、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 「桜井。すまんが、手を貸してくれ」

 「―――羽山君?」

 「ああ。ちょっと厄介なことになった」

 「どっ、どうしたの!?」

 「詩織さんが命を狙われている。なんとかここまでまいたが、追っ手に気づかれるのは時間の問題だ。詩織さんをかくまってくれ」

 「羽山君、背中!」

 未亜が悲鳴に近い声で言う。

 「―――ああ。さっき、ドジった」

 羽山の背中には、大きな傷が走り、血が流れ出していた。

 「き、救急車、呼ぶから!」

 「駄目だ。桜井、すまない。何か武器になるようなモノはないか?ナイフでも何でも」

 「―――え?えっと」

 キョロキョロと自分の部屋を見回った後、思い出したようにクローゼットを開けた美奈子が取りだしてきたのは、刀袋だった。

 「水瀬君から取り上げたもの。「返して」って泣いていたけど、無視してたんだ」

 「―――スタンブレードでもなんでもいい。殺傷力があれば」

 刀袋から刀を取りだした羽山は、刀を一気に抜いた。

 「―――真剣じゃねぇか」

 「よくわかんないけど、水瀬君、学校の後、かえさなきゃいけないからって、昨日、泣き叫んでいたけど、こんなの、学校に持ってきて良いモンじゃないから、没収して―――」

 「桜井。今度ばかりは感謝する。それと、水瀬に伝えてくれ。「狐が媛を目覚めさせる」って。それじゃ、生きていたら、学校で」

 羽山は布団を丸めたものを抱きかかえると、そう言い残して、窓から消えた。 


 ガンッ

 屋根を蹴っていったのがわかる。

 

 それから1分としないうちに、


 ガンッ


 別な足音がした。

 

 羽山を追う足音。


 美奈子が水瀬との連絡に成功した直後だった。



 葉月市内

 「くそっ!運がねえ時はねえってことか!」

 痛む背中を何とか無視しつつ、羽山は敵を引きつけることにだけ集中した。

 敵の動きは機敏。

 密かな目標としている水瀬の動きに比べれば、かなり劣るものの、それでも学園の生徒なんて比較にもならない。

 かなり実戦慣れしているというべきだろう。

 

 羽山の目的は一つ。

 敵を引きつけ、詩織から引き離すこと。

 引き離すだけ引き離せば、あとは水瀬か警察がなんとかしてくれるはず。

 それが、羽山の出来る精一杯。

 

 とにかく、時間を稼ぐ。


 そのためだ。


 羽山は家々の屋根を飛び越しながら、背後を見た。


 敵は一人。


 ただ、確実に距離を狭めている。


 「やべぇな」

 舌打ちした羽山が目指す先。

 そこは水瀬の家ではない。

 距離がありすぎる。

 桜井の家から直線コースでど真ん中にある警察署。

 しかし、敵の判断からすれば、現在の地点から右へ200メートル先にある、近衛府の施設へ逃げ込もうともしているようにとれる。

 そんなコースだ。

 別に言えば、どっちへ飛び込むか、判断が出来ない、そんなコースだ。

 家の屋根から、信号待ちで停車中のトラックの屋根へ、そして、アスファルトの道路へ飛び降りた。

 

 あと、200メートル


 いくら敵でも、警察署まで追ってはこないだろう。

 

 そういう、計算の上でのことだった。


 あと少し。


 それが、羽山の油断だったのかもしれない。

 

 ドンッ


 羽山は、背後からの一撃を受け、息が出来なくなった。


 「ぐっ!」

 

 布団を抱きかかえたまま、アスファルト上を吹き飛ばされた羽山は、それでもとっさに刀を抜いた。


 ギィンッ!!


 鈍い音がして、剣同士が交差する。


 タイミングが遅れていたら、羽山の命は間違いなくなかったろう。


 それから刃を交えること数合。

 

 かわすのがやっとだ。

 

 とてもではないが、勝てる自信が全くない。



 「ハァ……ハァ……」


 駄目だ。


 息があがっちまった。


 血が抜けている。


 意識が保てねぇ……


 薄ぼんやりする視界に羽山が見たもの。


 それは、女の姿だった。


 月明かりに映し出された女。

 

 ―――綺麗だ。


 それが、自分を殺しにきた相手であることすら忘れ、羽山は相手に見とれていた。


 整った顔立ち。

 凛とした、非の打ち所がないほどの容姿。

 艶やかな髪が月光に照らし出され、得も言われぬ美をさらに引き出している。

 何より、周囲を圧するほどの気品がすごい。


 絶世の美人という言葉が、羽山の心に浮かび上がった。

 

 ―――悪いけど、涼子さんでも負けだな。だけど……


 羽山は、自嘲気味に笑うと、柄を握る手に力を込めた。


 「悪いが、まだ、死ぬわけにはいかないんだよ」

 




 数時間後 葉月市総合病院

 「今晩が峠だよ」

 療法魔導師の資格を楯に集中治療室へ入り込んだ水瀬の言葉が、これだった。

 「切断された右腕と左足は元通りになる。だけど、出血が酷すぎる」

 「……涼子さん!」

 その言葉に、涼子は気を失い、両脇を美奈子と未亜に抱きかかえられた。

 「彼女をベットへ。……ルシフェル。詩織さんは?」

 「近衛府で保護している。樟葉さんと直属の部隊がつくって」

 「うん―――で、桜井さん。どういうことか、話して」

 「う、うん」


 美奈子は水瀬に話した。


 突然、羽山が飛び込んできたこと。

 詩織さんを頼むといったこと。

 自分が刀を渡したこと。

 「狐が媛を目覚めさせる」と言い残していたこと。


 水瀬とルシフェルがそれからすぐに到着し、数分後に理沙経由で動いた警察が死にかけている羽山を発見したこと。


 「―――羽山君、やっぱり、男だね」

 水瀬はそう言うと、集中治療室のドアを開けた。


 「だ、大丈夫だよね!?羽山君、大丈夫だよね!?」

 未亜が震える声で言った。

 「ご両親は?」

 「今、海外で連絡が付かないんだよ。確か南米って」

 「―――そう。ルシフェ、施療続けるから、あと、お願い」

 「わかった」

 「ね、ねぇ。ルシフェルさん。私達に、出来ることはないの?」

 弱々しく問いかける美奈子に、ルシフェルは言った。

 「ある。というか、受けてもらう」

 「何?」

 「警察と近衛の取り調べ。辛いかも知れないけど、別に拷問はないから、知っていることを、真実を述べて」

  


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