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第六話

 喫茶 南風

 相変わらずの食べ終わった皿の山の向こうで、理沙は言った。

 「厄介なことになったわよ?」

 「僕達、関係ないもん」

 水瀬の抗議に、共に呼び出されたルシフェル、博雅が頷いて同意を示した。

 「関係あるの」

 「僕達、高校生」

 うんうん。

 そうだそうだ。

 「無視。いい?」

 理沙はフォークを水瀬に向けながら言った。

 「苦労したんだから、感謝して聞きなさい」

 「したくない」

 うん。

 うん。

 「黙れ。敵の狙いは美術品よ」

 「?」

 「今回のケースの共通点がようやく浮かんだのよ。それが、一つの美術品」

 「へぇ……」

 「松笛篁臣(まつぶえ・たかおみ)って、知ってる?」

 「うん」水瀬が答えた。

 「へ?」

 何故か、理沙が驚いた。

 「なんで知っているの!?」

 「浮世絵師にして幕末の隠れた魔術師。近衛魔導兵団創設期の主要メンバー。近衛では未だこの人のナンバーは永久欠番だもの。

 たしか、他にも能面や人形師としても著名。生没年月日不明。主な作品としては、ボストン美術館の「白犬図」。いろんな意味で幕末を中心に活躍した有名人だよ?僕の業界では」

 「へ、へぇ……なら、話は早いわ。敵の目当ては、彼の作品。狐面よ」

 「……うへ」

 理沙は、水瀬がなぜイヤそうにしたのか気づかないまま、話を続けた。

 「この狐面、篁臣にとってトレードマークだったそうよ。いつも狐面をつけていたから、別名が「縁日男」。写真がないけど、珍しいキャラだったみたいね」

 「狐面って、なんでそんなものを?」

 「狐面は篁臣の死後、正しくは行方不明になった後、最近になってオークションで売りに出された代物よ。その時の記録では全部で8面。国家権力総動員して4日で調べたわよ」

 「全部、行方不明?」

 「いえ?すでにありかは判明している。宮内省、っていうか、宮内省経由で近衛から情報が来ている」

 「……へぇ?」

 「学校、しばらく休みよ?三人とも」

 「へ?」

 「まず遠いところからいく。目的地は京都。費用は警察がもってあげる」

 「ち、ちょっと――」

 「こ、困ります!」

 「どうせ明日から4連休でしょう!?土日に敬老の日に海戦記念日。いいじゃない。タダで旅行させてあげる」

 「うー」

 「新酒のシーズン。伏見のお酒は美味しいわよぉ?」

 「う、ううっ……」

 「水瀬君、ヨダレ」

 ルシフェルはあきれ顔でナプキンを手渡した。

 「非売品の聖歓喜とか、天女舞も飲めるんだけどなぁ」

 「う、旨いんですか?」

 「皇室とごくごく限られた地位の人にしか売られない代物だもの。飲みたいわよねぇ?」

 歌うように問いかけてくる理沙に、水瀬は物欲しそうなで頷いた。

 「じゃ、ついてらっしゃい。あ?ルシフェちゃんも、京都の和菓子屋とお茶屋さん。知り合いがいるから、紹介してあげる。こっち(葉月)じゃ滅多に食べられない貴重品のオンパレードよ?」

 「……集合場所は、どこですか?」

 「お、おい!二人とも!」

 止めに入ったのは博雅だった。

 「私利私欲丸出しだぞ!?」

 「博雅君」

 席を立った理沙が、博雅の耳元でなにかをささやいた。

 「へ!?」

 「どう?」

 理沙の目は、ニヤニヤとしたいやらしさすら感じられる。

 (多分、俺はメフィストフェレスと親友になれるな)

 博雅はそう思いながら、理沙の申し出に応じることになった。

 




 それから数時間後

 京都行きの新幹線ホームに、三人の姿があった。

 「さて。ついたら8時。ちょっと遅いけど、久々に羽のばせるわね」

 「仕事でしょ。お姉さん」

 「全部、経費で落ちるのよ。あー。公僕やっててよかった(はあと)」

 「いいんですか?そんなんで」あきれ顔の博雅が言った。

 「危険はあるんでしょう?」

 「ただ単に盗まれたのは、わずか2面。他は屍山血河の果てに。まぁ、そのためのあんた達だもの」

 「はぁ……」

 「笛、もってきた?」

 「は、はい」博雅は、不安気にバックを見た。

 「バンツも余計に持ってきたんでしょうね?避○具は?」

 「え!?」博雅の顔が朱で染めたように赤くなる。

 「ルシフェちゃんのためよ?」

 「な、なななななななななっ!!」

 「―――こら水瀬君、なにキョロキョロしてるの?」

 「……」

 「聞いてるの?」

 「……」

 「お行儀悪いぞ?」

 理沙に頭をグリグリされても水瀬は反応しない。

 「こ―――」

 水瀬の眼をみた理沙は動きを止めた。

 その眼は、普段のほんわかとした眼ではない。

 刀を手にした時のそれだ。

 「なにか、あったの?」

 「……消えた」

 「?」

 「水瀬君も、感じた?」

 「おい、どうした?」

 水瀬は、呟くように言った。

 「ううん。気にしなくて良いことだよ。最初からわかっていることだし」

 「?」

 「見張られているよね」

 「うん。きっと、蜘蛛の糸がついているんだよ。僕達の誰かが」

 「誰かって?誰だ?」

 「わかんない。全員かもね」

 わざとおどけたフリをして、水瀬は話題をそらせた。

 

 


 絶対、何かの間違いだ。

 

 水瀬は自分の悪癖が出たことに、未だ気づいていない。


 あって欲しくないことを、ない。と片づけて、あえて心の中の警告を無視する水瀬の悪癖。

 

 水瀬の心の中では、警告が鳴り響いていたのだ。



 祷子さんの気配がする、と―――。


 

 

 数時間後 京都駅のホームで水瀬の背中をさすっているのはルシフェルだった。

 「大丈夫?」

 「気持ち悪い……」

 そういう水瀬の顔は真っ青。

 「乗り物に弱いなんて、あんた、本当に騎士?」

 「関係ないもん……」

 「メサイア乗りこなせて、なんで新幹線で酔えるの?」

 「ルシフェ、それをいったらお終いだよぉ」

 「ま、とにかくだ。水瀬、トイレで吐いてこい。少しは楽になる」

 「うん……」

 荷物、預かっておくぞ。という博雅の声を背に受け、水瀬はトイレに向かって歩き出した。

 

 「さて。あのバカは放っておいて、今日の宿だけど」

 「腹減った」

 「駅弁、あれだけ食べたのに?」

 「ああ。一眠りしたらまた腹減った」

 「じゃ、丁度良いわね。京都の懐石料理としゃれ込むわよ」


 10分が経過した。

 「水瀬君、どうしたの?」

 「トイレにいなかったぞ?あいつ、どこほっつき歩いてるんだ?」

 「―――携帯は?」

 「ダメです。返事がありません」

 「ただでさえ広いからなぁ。なにか、事件に巻き込まれたんじゃ」

 「水瀬君って、方向音痴?」

 「かなり」とルシフェル。

 「ま、あの年で迷子はないでしょう。ペド野郎に勘違いされたかな」

 「私、探してきます」というルシフェルを止めたのは理沙だった。

 「ダメ。あんた、タダでさえ目立つから、逆にトラブルになる可能性が高い」

 確かに、行き交う人々は、老若男女問わず、チラチラとルシフェルを見ていく。

 その視線を無視するように、ルシフェルが何かを言おうとした時、構内に放送が流れた。


 『迷子のお知らせをいたします。京都駅北交番にて、悠理ちゃんという女のお子様をお預かりしております。保護者の方は――』


 


 旅館内 竹の間

 「……あのね?」

 ブカブカの浴衣に、文字通り身を包んだ水瀬が襖にむかって言った。

 「何?」

 襖の向こうから、理沙の眠そうな声がする。

 「お姉さんが部屋で寝ているのはいいけど」

 「うん」

 「何で僕は通路で寝るの?」

 「あんた、オトコでしょうが」

 

 水瀬は布団にくるまって目をつむった。

 水瀬は思う。

 

 世の中は理不尽だ。

 

 ご飯だって結局、理沙さんが僕のまで食べてしまった。

 折角、京都にきたのに、僕が食べられたのは駅の立ち食いのきつねうどん。

 あんまりおいしくなかった。

 しかも、補導員に小学生と間違われて逃げ回るおまけ付きだ。

 お酒もない。

 で、こんな板の上で寝ている。

 

 ルシフェと博雅君は上等な離れで一晩だ。

 きっと景色もいいだろうし。あのご飯は美味しかったろう。

 

 全く、世の中は理不尽だ。

 

 

 水瀬は寝返りを打つと、睡魔に身を任せた。




 翌日 京都某撮影所


 理沙の説明だと、用意された狐の面が気に入らなかった監督が、京都市内で売りに出されていた松笛の狐の面を入手し、撮影用に使っているという。

 監督も、撮影が終了次第、警察が参考品として借り受けることには同意したものの、撮影中の貸し出しは拒否している。

 撮影を早めることで譲歩した結果、今、理沙達は撮影所にいるというわけだ。



 「なんだか、ヘンな世界」

 撮影所を見る悠理の正直な感想だった。

 侍がいて、浪人がいて、芸者がいるかと思えば、現代の若い女性がいる。

 列を作って歩いているのは日本陸軍の兵士達。

 向こうからは足軽達が歩いてくる。


 宇宙人の姿を探して、水瀬は止めた。


 軽やかな携帯の着信音で理沙が足を止めた。

 「―――はい?」

 理沙の顔が途端に険しくなる。

 「なんですって!?」

 何かが起きたことは、水瀬達にもわかった。

 嫌な、予感がした。

 「監督は?―――いえ、監督の命なんてどうでもいいの!面は?面はどうなったの!」

 思わず顔を見合った水瀬達三人の前で、理沙は苛立たしそうに携帯をバックにしまった。

 「やられたっ!」

 「お姉さん?」

 「―――帰るわよ」

 そういうと踵を返す理沙。

 「ち、ちょっと、お姉さん!?」

 理沙は足を止めようとしない。  

 「監督さんと約束があるんでしょう!?」

 「監督は来ないわ」

 「ち、ちょっと待って下さい。警部補、今の電話、まさか」

 青くなる博雅に理沙は言った。

 「ご明察。監督は殺されたわ。面も奪われた。ついでに昨日の夜のうちにもう一つも奪われていたことがわかった。これで全部が敵の手に落ちたわ」

 「そんな」

 「もう、私達が京都にいる理由はなくなった。みんな、バカンスは無かったことにして―――悪いけど」

 「……」

 今、水瀬君達がついたため息は、バカンスがフイになったことへの絶望感ではない。


 理沙は、そう思うことにした。


 でなければ……


 とりあえず、水瀬君でも殴って済ませよう。



 

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