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第五話

 明光学園

 「ねぇ、水瀬君、どうしちゃったの?」

 「にゃあ。わかんないけど……」

 美奈子と未亜は不思議そうに水瀬を見た。

 

 「まるっきり、心ここにあらずって顔だよね」

 「精神崩壊してるみたい」

 「酸素欠乏症?」

 「かもね」

 「あいつの精神構造は元から破綻しているんだ。気にするな」

 割って入ったのは羽山だ。

 「羽山君、友達としてなんか聞き出せない?」

 「……やってみよう」

 羽山はそういうと、水瀬の前に座った。



 羽山の日記より

 ったく、どうしたっていうんだ?

 視線が宙をさまよっているバカの顔をマジマジと見た。

 「悩み事か?」

 

 コクリ

 水瀬は無表情のまま、首を縦に振った。

 

 ……なんだ、反応はあるな。

 「オンナ絡みか?」

 ま、ありえないな。

 

 コクリ


 はぁ!?

 こ、こいつがオンナで悩んでいる!?

 瀬戸や桜井絡みだってここまでなったことのないコイツが!?

  

 「年上か?」

 

 コクリ

 

 ナターシャさんの件といい、美桜さんの件といい、こいつも、やっぱり年上好みだったんだな。

 意外だな。

 年上……ってことは?

 涼子さん……違う!

 そうじゃなくて……。


 「肉体関係のあったオンナ……とか?」

 

 コクリ


 殺す!

 ガキの分際でそこまでの経験済みだと!?

 「ボク、何も知りません」みたいなツラしてるくせに!

 ……いかん。

 不意に殺気がわいてきたけど、とにかく、情報を集めなくては。


 俺は、自白剤を投与された捕虜に尋問するような気持ちで、水瀬に次々と質問していった。

 

 

 桜井美奈子の日記より

 「どうだった?」

 「……聞かない方が良い」

 羽山君は、答えづらいという顔で席に座ったままだまってしまった。

 「え?」

 「……」

 「……答えないつもり?」

 「……直接、本人に聞いた方がいいぞ?聞かない方を勧めるがな」

 私はカバンからモノを取りだして羽山君の後ろに立った。

 「?」

 端からは私が羽山君の背に拳を当てている程度にしかみえないだろう。

 だけど違う。

 「―――背中に何が当たっているかわかる?」

 「……手?」

 「手には何が握られているでしょう」

 「?わからん」

 「7.76ミリ、徹甲弾」

 「―――冗談だろ?っていうか、どこから手に入れたんだ!?」

 「細工して、ピンを押すだけでドンってしてる。―――ホンモノかどうか、試してみる?」

 「……」

 羽山君は、大きなため息をついた後、言った。

 「――桜井、最近、瀬戸以上に厄介になってるぞ?」

 「ありがと。しゃべって」

 

 聞かなきゃ良かった。

 

 羽山君は正しいことを言った。

 

 世の中は、知らない方が幸せなことばかりだ。


 水瀬君に恋人がいたなんて。


 うそだ。


 そう思いたい。


 肉体関係まであったなんて、そんなのウソだ。


 そう思いたいけど……。


 「で、水瀬君は、その恋人とは、まだ……」

 「それがなぁ……」

 「?」

 「行方不明らしいんだ。しかも、水瀬の追っている事件となんか関わりがあるらしくて」

 「関わり?」

 「下手すれば敵ってことさ」

 「……」

 「桜井ならどうする?肉体関係まであった恋人が敵になって、自分で殺さなければならない立場に立ったら」

 「……わかんないわよ。そんなの」


 「わかんねぇよなぁ……」

 羽山君も大きくため息をついた。


 「俺にもわかんねぇ。でも、アイツはそれに直面しているし、だからこそ、ああなっちまってるんだ」


 「……」

 考えが上手くまとまらない。


 私、どうすればいいんだろう。


 こういうとき、どうすれば?


 「どうしようもねぇなぁ」


 ポツリと、羽山君が言った。


 「俺達に出来ることっていえば、黙って経緯を見守るだけだ。―――ま、でもさ。これであのバカも人間らしい神経持っていることがわかったわけだし。悪くはないだろうよ」

 「で、でも」

 「桜井にとってもそっちのほうがいいだろう?」

 「よくない!」

 「傷心の水瀬を包み込めばアイツとの仲は決定的になるかもしれないぜ?」

 「ばっ、バカ!」

 「わっ!やめろ!手に力入れるな!」

 「ホンモノだったらそうしてるよ!」

 私は羽山君の背から手をどけた。

 

 「?」


 羽山君は驚いた表情で振り返ったから、手にしたものを見せてあげた。

 本当、羽山君は、ヒトがいい。

 「―――口紅?」

 「新作リップ。高かったんだよ?」

 「テメエ!だましやがったな!?」

 怒り出したから、言ってやった。

 「ホンモノはこっち」

 ……アメ横で買ったオモチャだけどね。


 

 そして、事は未亜経由で瀬戸さんの知るところとなる。


 怒り心頭を具現化したような瀬戸さんが、水瀬君の首を鷲掴みにして引きずっていった。

 水瀬君はあいかわらず。

 まるで、自分に起きていることがわかっていないみたい。

 

 やっぱりヘンだ。

 


 救急車と葬儀屋と、お坊さんのどれを先に呼ぶか。

 いや、死亡診断書がいるから医者だ。

 違うよ。まず警察の検死が先。

 ルシフェルさんや未亜達と、何を一番に呼ぶか話し合っている所へ瀬戸さんが戻ってきた。


 「……ハァ」

 席に戻った瀬戸さんの、力のないため息。

 「どうしたの?」

 「悠理君、張り合いがないです」

 「張り合い?」

 「命乞いしてくれないんですもの」

 「はぁっ!?」

 「体育館裏でシメてあげたんですけど、まるで反応がありません。まるで人形を相手にしているようで……」

 「反応がない相手をシメようとする神経がスゴイけど」

 「悠理君に恋人というなの浮気相手というか、ドロボウ猫がいた。という過去の話は過去の話として受け入れてあげます。落とし前はつけますけど。いずれ」

 「体育館裏でのことは?」

 「前哨戦のそのまた前哨戦の、さらにさらに前の前の前です」

 「……本戦は?」

 「そのまま地獄の底に堕ちても、気分は極楽でしょうね」

 にっこりと100万以上とも噂されるファンを魅了する笑顔を見せつつ、とんでもないことを口走る瀬戸さん。 



 恐いっていうか、怖い。


 

 葉月市某高級マンション

 「また?」

 理沙はあきれ顔で室内を見渡した。

 あちこちに代紋がかけられた室内は血まみれの上に肉片が散乱している。

 「ヤクザならあんたたち4課の仕事じゃない」

 「これが抗争に見えるんですか?」

 若い刑事は、あきれ顔で言った。

 「原型留めているヤツなんて、一人もいないんですよ?」

 「手段や殺され方なんてどうでもいいのよ。ヤクザは4課。私、見たい番組あるのよ。まだ間に合うわ」

 「仕事です。し・ご・と」

 「ったく。で?組員は全滅ってこと?」

 テーブルの上に転がっているパンチパーマのオトコの生首をなるべく見ないようにして、理沙は室内を見回した。

 「事務所に居合わせた連中は一人残らずこのザマです」

 「争った後は?」

 「発砲、刀剣の使用、ともにありません」

 「盗まれたモノとかは?」

 「……こっちへ」

 刑事が案内したのは、一番奥、最も豪華な部屋。

 「組長の部屋です。みてください」

 刑事があごでしゃくったのは、スクラップの山だ。

 黒く光る、大きな金属の破片が山積みになっているようにしか見えなかった。

 「何これ」

 「金庫の残骸です。」

 「これが?」

 「そうです。中に何が入っていた証券類、現金等は手つかずです。他に何が入っていたか、それは今となってはわかりませんが」

 「禁固破りに来たっての?ヤクザの事務所に?バカじゃないの?」

 「金庫の中身目当てなのか、それとも、組への怨恨か、定かではありません」

 「まぁ、ねぇ……で?室内への出入りは?」

 「それが……」

 「?」

 「出前が一件、別の階の住人によって目撃されています」

 「出前?」

 「はい。髪の長い、若い女が岡持をもってこの階に入るのを見た。と」

 「監視カメラは?」

 「それが―――」

 「破壊された?」

 「はい。その出前がロビーに入ろうとした所でカメラが全て破壊されています」

 「顔は?」

 「ダメです。岡持さげているのがわかる程度です」

 「目撃証言、似顔絵の作成、急いで」

 


 饗庭樟葉の独白より

 「ありがとうございましたぁ!」

 バカ息子が明るい声で何度も何度も頭を下げ……あ、ドアに頭ぶつけた。

 ……うっわ〜っ痛そう……。

 ドアにヒビはいったな。あれ。

 「し、失礼しますぅ……」

 フラフラになりながら出て行った。

 大丈夫かしら。

 ただでさえおかしい頭が、もっとおかしくならなきゃいいけど。

 

 私は閉じたドアに向け、小さくため息をつくと、窓際に立った。

 夕闇に沈む世界。照明に照らし出されて移動しているのは、βクラスメサイア「白龍」だ。

 開発は順調だという開発部の言葉はホンモノらしい。

  

 白龍の精悍な姿に、ふと、祷子の顔が重なった。

 

 祷子が生きていた。

 

 それは本当に、本当に嬉しいことだ。

 

 だが―――


 風間祷子(かざま・とうこ)


 騎士ランクBBB/C/AAA

 近衛騎士団右翼大隊メサイア第二中隊第三小隊副長。

 妖魔撃破スコアが500を超えるエースの一人。

 


 考えてみれば気の毒な娘だ。


 その経歴に、彼女が求め、描いた夢は、ない。



 音楽家を夢見て、その夢を叶うかどうかの瀬戸際で近衛に奪われた。

 半ば無理矢理近衛に入れられて、音楽とは無縁な地獄のような訓練の毎日に追われ、そしてあの悪夢の一年戦争にかり出された―――。


 彼女は全てに耐えた。

 

 物静かで心優しい。根がマジメで一生懸命がそうさせたんだろう。

 

 

 秘めた強い芯を持つ女性。


 悔しいが、褒め言葉しか思いつかない。

 その器量のよさを、女としてうらやましいと思ったことは、一度や二度ではないのは、ムカつくけど認めるし、「息子の嫁にしたい女」といわれれば、同じ女の私ですら、祷子を真っ先に思い出す。



 祷子とは、そういう女だ。


 だからこそ、周囲からは敬愛をもって見られたわけだし、近衛のゴロツキどもを威嚇も啖呵も何にもなしに従わせたなんて芸当を朝飯前にやってのけたわけだ。


 

 悠理が惚れた理由はよくわかる。

 もし、祷子がまっとうな状態で、しかも悠理ともっと年が近かったら、私は祷子に悠理を任せることに、何ら異存はなかったろう。

 いや、そうしたはずだ。

 

 だが、その素質が彼女にとって仇となった。

 




 祷子とは、温室で麗しい華を咲かすべき存在。


 決して、水のかわりに血が降り注ぐ戦場に咲くべき華ではなかったのだ。



 場違いに咲いた華がどうなるか?


 その答えは思い知らされた。

 

 もう、思い出したくすらなかった。

 

 あれから1年近く。

 

 私はどうしても言えなかった。

 

 未だ最愛の存在として祷子を見る悠理に。

 

 あの疑うことを知らない無垢な瞳に。


 あなたが祷子を愛した時、

 






 祷子の心は、壊れていたことを……。






 


 葉月市内某テレビ局控え室

 「……悠理君、ご機嫌ですね」

 「そう?」

 「顔がにやけきっています」

 「そう?」

 軽く顔を叩く水瀬。

 「―――自分じゃわかんない」

 「……気持ち悪いです」

 綾乃は口をとがらせつつ視線をそらせた後、呟くように言った。

 「彼女のこと、上手くいったんですか?」

 「うんっ!」

 満面の笑みを浮かべて頷く水瀬。

 綾乃は、その笑顔に拳をめり込ませてやりたかったが、出来なかった。

 水瀬は、本当に幸せそうな顔をしていたから。

 「……」

 水瀬は言った。

 「なんだかね?行方不明になっていたことは、うまくすれば大目に見てもらえそうなんだ。だから」

 「だから?」

 「殺されずに済む。それが、嬉しいんだ」

 「……」

 綾乃は、上手くいきませんように。と、心の中で100回唱えた後、水瀬に言った。

 「もし、もう一度、何かの間違い―――えっと、運良く、さ、再開出来たら、ナニするつもりなんですか?」

 「えっとね?」

 悠理は、言って良いものか躊躇していた。

 その顔はとても楽しそうだ。

 それが、綾乃の神経を逆撫でしまくった。

 綾乃が妄想の中で、まだ見ぬ女を、獄門、磔、さらし首のあげく、皮剥にした後で蓑踊りの刑に処した所でようやく水瀬は言った。

 「あのね?」

 

 (悠理君って……)

 その願いを聞いた綾乃は、少しだけ自分の妄想が恥ずかしくなった。

 てっきり、肉体関係にまであった女だから、ソッチ方面かとばかり思ってたは、確かに自分の勝手だ。


 だけど、違った。

 違ってくれた。


 でも。

 綾乃は思う。

 確かに、悠理君にとって、それはすごく意味のあることなんだろう。

 いや、すばらしいことだ。

 だから、本当なら、その願いが叶う日が一日も早く来ることを、「妻として」 祈らねばならないはずなのに。

 

 綾乃はどこかで納得が出来ずにいた。

 なぜなら。

 「でも、その、オトコトオンナノカンケイは……」

 「うーん。それもあった」

 水瀬は言った。

 「でもね?羽山君から、絶対やめろっていわれたんだ」

 「羽山君から?」

 「うん。そういうことすると、絶対、祷子さんが不幸になるからって」

 「祷子?」

 「そう。風間祷子さん。美人で優しくて、すてきな人だよ?」

 自信満々で語る水瀬の顔を見て、未だに相手の女の名前についてまで頭が回らなくなっていた自分に、綾乃は気づかされた。

 「もし、お前が本当に、今でも好きなら、自分から求めるようなマネはするなっていうんだ。ほら、羽山君も年上の女の人とおつきあいしているから、きっと考えるところがあると思うんだ」


 「羽山君、いい人ですね」


 今度会ったら、絶対、お礼しなくちゃ。


 そう思った綾乃の耳に、水瀬の言葉が入ってきた。


 「お前は瀬戸さんの洗濯板で我慢しろっていってたし」  


 「……悠理君」

 「何?」

 「……今度、羽山君を体育館裏へ連れてきて下さい」

 



 明光学園 昼休み

 「風間祷子?」

 不意の質問に、未亜は面食らったように訊ね返した。

 「知り合い?」

 「知らないから聞いているんです」

 「にゃあ、そりゃ、そうだねぇ」

 未亜は、頬をポリポリかきながら宙に視線を泳がせた後、思い出したように言った。

 視線の先に、廊下を歩く緑の姿が入ったからだ。

 「あー。そりゃ、緑ちゃんに聞いた方がいいかもね」

 「四方堂先輩に?」

 「うん。勘違いじゃなきゃ、その人、騎士でしょう?」

 「え?」

 何も言っていないのに、祷子が騎士だと当てられた綾乃は、未亜の後に続いた。


 「風間祷子?」

 「そう。あのね?どこかで聞いた気がするんだけど……」

 「ここのOGよ。当時の音楽科、今の芸能コースにいた人」

 「芸能コースに?」

 「あっ!あの人!?」

 未亜が驚いたように言った。

 「ええ。あの人。音楽家志望だったわね。確か、バイオリン専攻よ?興味ないからうろ覚えだけど、確か中学から全国大会毎年出場。2年と3年生の時、国際コンクールに2年連続優勝して、当然だけど国際デビューまで果たしていたはずよ?」

 「―――なんで、そんなに詳しいんですか?」

 綾乃は、素直な疑問をぶつけてみた。

 緑は確かに生徒会長だが、だからといって4年先輩の経歴まで頭にはいっているのはおかしい。

 「伝説的存在だからよ。明光学園史上、最高の才色兼備って」

 「さいしょく、けんび?」

 「明光でね?芸能人でも騎士でもないのに世界レベルで知られた存在って、実は彼女だけなのよ。それに、当時のアイドルや芸能人の生徒押しのけてのミス明光3年連続って記録保持者でもある。これ、未だに破られてないし」

 「……遺伝子操作?」

 「それ、番組違うって」未亜がつっこむ。

 「わ、私、ミス明光に今年エントリー……」

 「ダメ。今は芸能コースの子、出場禁止でしょう?―――今年の優勝候補は桜井さんでしょうね。未亜ちゃんに騙されたとはいえ、前評判ダントツだもの。結構、3年連続狙えるかもね」

 「ううっ……」



 「でさ。緑ちゃん。その人、騎士なんでしょう?」

 未亜がようやく本題へと二人をリードしてくれた。


 「ええ。そこが大事!」

 緑の口調はやや興奮気味になった。


 「この人、明光から出た、最後の近衛騎士でもあるのよ!」

 「近衛騎士?」


 綾乃もさすがに驚き、そして、納得した。


 緑がここまで風間という女性に詳しいのも、

 そして、水瀬がなぜ彼女とそこまでの関係になれたのか。


 悠理君が町中でナンパされて手込めにされるわけはない。

 だけど、近衛が絡むなら、きっかけとして自然は自然だ。と。


 「そう!志願じゃなくて、近衛からのスカウト!伝説的な人よ!?」

 緑の興奮の理由に気づいた綾乃は、緑に聞いた。

 「じゃ、その人、近衛に入ってからも音楽を?」

 「え?多分、そこで終わったと思う。音楽は」

 「で、でも、デビューしていたんでしょう?」

 「……音大入学が入団条件だなんてきいている。けど、多分、通わせてもらえなかったんじゃないかな」

 「何故ですか?」

 「近衛に入った以上、訓練訓練訓練の毎日は目に見えているもの。そんな中で時間とって音楽の勉強だなんて、もしやらせてもらえても、どこまで出来たものか……」

 「で、でも、ルシフェルさんだって」

 「ルシフェルさんは、もう一通りのことが出来るようになってたから、だからOKっていうのが正しいんじゃない?何も知らなければ、そうはいかないでしょう?」

 「そういう、ことですか」

 「―――近衛騎士になったことは、騎士養成コースの一人として心からうらやましく思う。だけど、それが、風間先輩が求めていた夢と同じかっていうと、絶対違うと思う。だから、気の毒な人なのよ」

 「……」

 「近衛に、そして、騎士の血に、夢を、希望を、―――すべてを奪われたといってもいい人だもの……」

  

 

 放課後 明光学園 図書館

 「あった」

 綾乃はやっと目当ての記事にたどり着けた。

 5年も前の校内新聞の記事だ。

 『3年B組風間祷子、国際バイオリンコンクール金賞受賞』

 大きな見出しと一緒に載せられた写真の中で、はにかむような笑顔を浮かべている女子生徒が、ありし日の祷子という女なんだろう。

 確かに、美人だ。

 ドレスの谷間も豊か。

 体のラインもキレイ。

 

 ……うらやましい。


 ちがう。


 綾乃は記事を斜め読みしながら考えた。


 私は夢を求めて手に入れた。

 

 努力したし、何より才能があったからだ。

 

 きっと、この人だってそうだろう。

 

 でも、この人は―――。


 気の毒な人。

 

 四方堂先輩はそういっていた。


 確かにそうだ。


 この人は、才能に未来を潰されたんだ。


 この人には二つの才能があった。


 一つが音楽。この人が求めた才能。

 

 そしてもう一つ、眠れる才能。


 それが、騎士。


 その才能故に、夢を追い求め、世界の檜舞台に立った途端、奈落の底に落とされたようなものだ。

 

 自分なら耐えられたろうか?


 自信が、ない。


 他の記事を見る。


 『3年風間祷子、ミス明光3年連続V!!』

 

 輝くような笑顔がまぶしい。



 そして―――。


 『3年風間祷子、皇室近衛騎士団入団契約書に調印!』

 

 「……」

 綾乃は写真から目を背けた。

 

 写真の顔は笑っていた。

 

 笑っていた。

 

 だけど、

 

 泣いていた。

 泣き叫んでいた。

 夢を、捨てたくない。

 イヤだ!

 絶対にイヤだ!

 

 写真の彼女は、そう、叫んでいた。

 

 その叫びから逃げるように、綾乃は本を閉じた。



 葉月市内、某公園

 帰り道、綾乃が高台のある公園に立ち寄ったのは、全くの偶然だった。

 高台からは葉月軍港が見渡せる。

 その景色が見たかったから。


 音楽を夢として、同時に騎士メサイアコントローラーとしての才能を求められる存在。


 祷子という女が、どうしても自分に似ている気がしてしかたがなかった。

 

 何より、同じ男を愛する女同士だ。


 複雑な思いのまま、高台へ上る石段を登ろうとして、綾乃は足を止めた。


 「?」


 バイオリンの音色が聞こえてきたからだ。



 なんだろう。


 

 以前聞いた、秋篠君の演奏に似ている。

 

 心の底から落ち着ける、そんな音色。


 ピアノや他の楽器で何度も練習したけれど、自分にはどうしても表現すること、いや、感想を形にすることすら出来なかった、あのレベルの演奏だ。


 ――きれいな音色


 気づくと、綾乃は石段に片足をのせたまま、聞き入っている自分に気づいた。

 

 石段を登りきった先。


 

 紫色に染まる世界でバイオリンを弾く女性の姿があった。 


 幻想的な紫色の空間に流れるバイオリンの妙なる音色。

 

 それは、空間と音の絶妙な調和。


 支配や服従が存在しない、完全な調和の世界。

 

 喜怒哀楽という感情すら超越した世界。


 それを創り上げているのは、女性のバイオリン。


 綾乃は、時を忘れ、バイオリンの音色に身を委ねた。





 どれほど時間がたったんだろう。


 数秒かもしれないし、数年だったかもしれない。


 だが、音色に身を委ねていた限り、そんなことは関係ない。

 

 演奏の終わり。

 安楽の世界が、波が引くように自分の周りから引いていく。

 何とも言えない余韻。

 それが、心地よい。

 

 「あの?」

 演奏していた女が、立ちつくして聞き入っていた綾乃に不思議そうに声をかけてきた。

 

 20代前半

 かなりの美人。

 物静かな深窓の姫君

 そんなイメージが恐ろしく似合う女性。

 芸能界でも滅多にいない。

 そういう意味では、ルシフェル――いや、御母様に近い存在。



 いいかえれば、



 自分が太刀打ちできない大人の(超絶、空前絶後の)美人。 


 

 こういう女の人の前では、アイドルやってる自分が惨めになってくる。


 綾乃は、心底そう思った。


 「あ、す、すみません。すばらしい演奏でしたので、聞き惚れていました!」

 綾乃は劣等感に押しつぶされそうになりながら、赤面する頭を下げた。

 「あら?ありがとう」

 ちょとした微笑みが心をとろけさせるよう。

 はぁ。本当の美人の微笑みって、なんて破壊力……。

 綾乃は崩れ落ちそうになりながらなんとか踏みとどまって言った。

 「音楽家の方なんですか?」

 「目指していた人、かな?」

 バイオリンをケースにしまいつつ、女はバツがわるそうな顔で言った。

 「いろいろあってね。やめちゃった」

 「もったいないです。そこまでの才能」

 「才能があってもね?周囲がゆるさなければ。ね?わかるでしょう?」

 「で、でも……」

 「ふふっ。褒めてくれたことはありがとう。この辺の人?」

 「はい。地元です」

 「そうなんだ。私、ここは初めてなの。景色が気に入ったわ」

 「そうですか。えっと、私、瀬戸といいます。瀬戸綾乃」

 「そう。自己紹介くらいしなくちゃね?私――」


 え?

 

 綾乃はハンマーで頭を殴られたような錯覚を覚えた。


 この人、自分を何て言ったの?


 気のせいかな。


 今、


 かざまとうこ


 って、聞こえた気がしたけど……。







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