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第三話

 「――あんた、いい所に住んでいるのねぇ」

 応接間を兼ねた縁側に通された理沙は、出されたお茶を飲みながら感心したように言った。

 「ったく、世の中理不尽よね」

 「よくわかんないけど、お姉さん、これ何?」

 「現場写真。貴重でしょう?」

 「あんまり見たくない」

 「そう言わないで。助けると思って」

 「……まぁ、いいけど。これじゃ、何が何だかわかんないよ」

 「でしょうね」

 当然という顔で頷く理沙は言った。

 「下にパトカー停めてあるから、現場、見に行ってくれる?」

 「タダで?」

 「当然でしょ?」

 

  

 加納萌子の日記より

 ルシフェルお姉様が教室に通って下さった最初の日。

 とても嬉しい。

 何より着物姿がとてつもなく似合う。

 すっごい綺麗!!

 着物は青。遥香様がお決めになった柄だという。

 さすがにいいセンスされている。

 けど、やっぱり素材よ素材!

 お姉様が髪を結い上げているの、初めてみたけど、もうスゴイ!

 綺麗!きれい!キレイ!!!キレイすぎ!

 褒める言葉がとっさに思いつかなかったもん!

 こんな綺麗すぎるお姉様と、横を並んで歩けるだけで、私、幸せ!

 

 「きっと男の人なら絶対惚れますよ」と心の底から思う。

 「―――今、オトコの人については忘れたい」

 ポツリと言うお姉様。

 気になる。

 「どうしたんですか?」

 「ちょっと、色々あって」

 うーん。噂では、あの秋篠先輩と付き合っていると聞いてはいる。

 あのゴツい朴念仁の何処がいいのか、私にはわかんないけど、まさか、あの人と何かあったわけじゃないよね?

 

 気になりつつ、茶室へ。

 居合わせた全員の視線がお姉様へ集中!

 すごい!

 この人達だって、かなりのセレブなのに。

 居並ぶセレブなお弟子さん達が霞んで見える!

 茶道教室を初めて60年の師匠が両手放しで褒めちぎっていたっけ。

 『萌子さんと二人で着物のファッションショーが出来る』とか何とか。

 でも、肝心のお姉様ったら。

 「目立つのかなぁ」とポツリ。

 「そりゃ、目立ちますよ。こんな美人なら」

 「うーん」

 「どうしました?」

 「あんまり、目立つのって好きじゃないの。これから、どうしよう」

 「っていうか、お姉様の場合、美人過ぎるから目立つなって方がムチャですよぉ」

 「萌子ちゃんの方が可愛いと思うよ?」

 「私がカワイイのは当然ですけど、カワイイと美人は別です」

 「―――そういうものなの?」

 「そうです。深みが違うんですよ。だから、どんなことしても、美人は美人なんです」

 「よくわかんないけど、諦めろってことなの?」

 「単純に言って、そうです」



 葉月警察署

 「やっぱり、わかんない?」

 現場となった部屋からの帰り道、警察署で死体を確認してもらった理沙は、廊下のベンチに座る悠理に、残念そうに言った。

 「気になることがあるんだけどね。ありがと」

 ジュースの入った紙コップを受け取りながら、悠理はそう言った。

 「何?」

 理沙もコーヒーを手にベンチに座る。

 「あのね?殺され方なんだけど」

 検死報告をめくる悠理。

 「検死報告に何か疑問点が?」

 「これ、鋭利な刃物で切断されたってあるでしょう?」

 「ええ。スパッと」

 「ちがう。これ、別なもの」

 「別のモノ?」

 「うん。すっごく細くて強いワイヤーみたいなもので物体を締め付けて、それで切断したらこうなるよ」

 どこから出したのか、悠理はソーセージをナイフで切断した。

 「これが、刃物での切られ方。でも、あの死体はそうじゃない」

 「何でわかるの?」

 「切断する時、刃物があたった所には必ず痕が残る。インパクトした一カ所だけ。けど、この切断面、それが全面についている」

 ポケットから糸を取りだした水瀬は、一巻きソーセージに糸を巻き付けると、一気に糸を両手で引っ張った。

 糸の力に負け、ソーセージは二つに斬られた。

 「こういう感じ」

 はい。とソーセージを理沙に手渡す水瀬。

 「やっぱり、第三種事件?」

 受け取った、理沙はそのまま口に放り込むとコーヒーを飲んだ。

 「糸は、普通の人間の使いこなせる代物じゃない」

 「ってことは?」

 「お姉さん達の部署の仕事だね。特殊事件捜査班―――だっけ?」

 「ったく、冗談じゃないわよ」

 理沙は不平そうに言った。

 「予算はないわ、権限はないわ。指揮系統ですら不明確。辞令受けた時、何て言われたと思う?「ついに出世がなくなったな」よ!?全く、どうして私が」

 「でも、警察が第三種事件に介入するつもりになったってことでしょう?」

 「宮内省と警視庁の妥協の産物よ。近衛軍がこれ以上、第三種事件で兵力を割かれたくないってね」

 チラリと悠理を見た理沙は言った。

 「―――この辺は、君の方が詳しいんじゃない?」

 「知らない。でも、警視庁騎士警備部に対妖魔特殊戦闘班を創設する動きもあるんだよね。確か、お姉さんと岩田警部―――警視だっけ?が指揮を執るんだよね?」

 「今のままじゃぁ、無意味に近いと思ってる。あの連中」

 「なんで?」

 理沙はため息混じりに言った。

 「キミ達見てるからよ」



 加納萌子の日記より

 だからこの教室は嫌い!!

 足が、

 足が痛いよぉ……。

 「大丈夫?」

 心配そうに声をかけてくれた上に、さすってまでくださるお姉様。

 優しいな。

 やっぱり、あの暴力女とは全然違う。

 「お姉様こそ、大丈夫ですか?」

 「平気」

 すっと立ち上がるお姉様。本当にスゴイ。

 けど……。

 「本当ですかぁ?」

 つんっ。

 軽くお姉様の足をつついた途端――。

 「凸凹#r*h凹t@lrer[lsew!?」

 声にならない悲鳴をかみ殺しながら、お姉様がへたり込んだ。

 痛そうに足を押さえるお姉様。

 「だ、大丈夫ですか?」

 お姉様は、ただ無言で首を横へ振った。

 

 クールビューティーなお姉様。

 立ち振る舞いも洗練されている。

 そんなお姉様だから、やっぱり、我慢ってしてるんだなぁ……。

 悪いことをしたと思う。


 

 葉月警察署

 「糸?」

 理沙から報告を受けた岩田が怪訝そうな顔で悠理に訊ねた。

 「糸とは?」

 「人間の髪の毛より細いワイヤー……いえ。ワイヤーソーを想像して頂ければ、凡そ間違いではないと」

 「人間の技術でも作れるな」

 「単なる機械や人力では操作ができません。一本ならともかく、複数を同時にコントロールするなんて不可能です。複雑すぎて、コンピューターでも使わないと」

 「なぜ、複数と?」

 「一本で一度に数カ所を切断しようとするなら、力をかける場所にどうしてもムラが出ます。引っ張る力の強弱が生じますから。今回の事件ではそれがありませんから、一本ではありえません。でも、複数本なら」

 「――成る程な。で、何という呪具だね?」

 「れ――」

 言いかけて、悠理は口をつぐんだ。

 カマをかけられたことには気づいたが、後の祭りだ。

 岩田は何もないという顔で、

 「―――ま、今日はゆっくりしていってくれ」

 そう言って、悠理の肩に手を置いた。

 「カツ丼くらいだしてあげよう」

 

 

 加納萌子の日記より

 師匠から、お掃除を頼まれた。

 着物が傷むからやりたくないけど、仕来りだからしかたない。

 お姉様も手伝ってくださるというので、茶室の掃除に向かう。

 時間はもう夕暮れ時。

 セピア色に世界が染まる中、お姉様と二人っきり。

 嬉しい。

 「あーあ。お腹空いた」

 「夕ご飯、いつもどうしているの?」

 「自炊半分で、あとは外食です」

 「偉いね。自分でご飯つくるなんて」

 「作れって拓也が」

 「加納さんが?」

 「聞いて下さいよ!拓也ったらヒドいんですよ!?」

 加納拓也(かのう・たくや)

 私の恋人。近衛に兵器を納める狩野重工の次期総帥にして近衛騎士っていうマンガみたいな立場の人。

 財界では“狩野の貴公子”なんて言われているらしい。

 口は悪いしタバコ吸うしお酒飲むし、ぶっきらぼうで、サディストで、エッチで、すぐに怒るし、冷たいけど、でも、私にとっては大切な人。

 私は茶室までの残りの道、お姉様にその拓也への文句を言い続けた。

 折角拓也のためにって、ゴハン作ってもマズいだのしょっぱいだの、自分で作れっていいたくなる気持ち、わかってもらいたいもの!

 「―――だから、とうわけなんです!」

 気が付くと、横にいたはずのお姉様に肩を掴まれていた。

 「?」

 その視線は鋭い。

 「どうしたんですか?」

 「萌子ちゃん、ここにいて」

 「え?」

 茶室はすぐ目の前だ。

 「お姉様?」

 

 ブンッ


 返事の変わりにお姉様の手に握られたモノが鈍い光を発する。

 霊刃だ。

 何かが起きた。

 それだけはわかる。

 

 でも、それが何かがわからない。

 

 お姉様の視線の先

 

 ただの茶室。


 ただの?


 違う。


 何?


 少し前までいた場所なのに、何?

 あの、気味の悪い気配……。


 私だって伊達に近衛左翼大隊筆頭騎士の父と近衛魔導兵団筆頭の母との間に生まれたワケじゃない。騎士の力こそなかったけど、魔導師としての力は折り紙付きだ。

 ……暴走するのは、私のせいじゃないもん。


 私は力を発動させた。


 私の"眼"がイメージを捉えた。

 

 糸を張り巡らせた蜘蛛……


 蜘蛛?


 何?この、奇妙な感覚。


 巨大な蜘蛛が巣を張って待ちかまえている―――


 そんな、感覚。



 「お姉様、危ないです」

 「そうね……とにかく、下がっていて。危ないから」



 返事を聞くことなく、お姉様は茶室の戸を開けた。





 狭い室内での”戦い”は、”戦い”というより”格闘技”の方が近い。


 武器ではなく、”体術”の方がものをいうことが多いからだ。


 茶室に入ったルシフェルが、霊刃ではなく、体をひねって一撃を避けたのは、この室内での戦闘上における最低限のセオリーを理解していたからに他ならない。


 第一撃は頭上から。

 体をひねって回避しつつ防御シールドで迎撃。

 同方向からの敵の反撃、なし。

 ほぼ同時に側面から腕目がけての第二撃。

 霊刃で迎撃。

 同方向からの敵の反撃、なし。

 足を狙った畳すれすれの高さ第三撃。

 横に動いて回避。

 霊刃による迎撃。

 敵本体の存在を確認。


 攻撃開始。


 ルシフェルの霊刃が牙を剥いた。


 

 葉月警察署 地下

 ガシャン!

 悠理の目の前で鉄格子が無情にも閉められた。

 「お、お姉さん!?」

 鉄格子越しに悠理は抗議の声を上げた。

 「こ、これはあんまりでは!?」

 「カツ丼、出してあげるからね」

 ニンマリとした笑みを浮かべた理沙は、それだけ言うと留置所を出て行った。


 悠理は困惑していた。

 その気になればテレポートで逃げられる。

 被害を無視すれば警察署ごと破壊してもいい。

 証拠隠滅にもなるし。一石二鳥だ。

 だけど―――。

 「やったら、怒られる程度じゃ済まないよねぇ……」

 どうしたものか。と、悠理が目を閉じて思案に暮れかけた時、


 「出せぇぇぇぇっ!!!」

 誰かが叫んでいる。

 「出すのじゃぁぁぁっ!!」

 うるさい。

 「妾が何で人間風情に囚われねばならんのじゃぁぁぁっ!!」

 あれ?どこかで聞いた声だ。

 耳を澄ませ、相手がどこにいるのか確かめようとする。

 どうやら隣の牢からだ。

 「うわぁぁぁぁん!!出してくれぇぇぇっ!!」

 怒鳴り声が涙声に変わった。

 「―――神音?ねぇ、神音じゃない?」

 「え?だ、誰じゃ?」

 「僕だよ。悠理」

 「ゆ、悠理!?な、なんじゃ、お前、こんなところにいるなら、さっさと出してくれ!」

 「というか、僕も神音と同じ立場なんだよ」

 「……」

 はぁぁぁっという大きなため息が留置場に響く。


 数分後

 

 「で?神音はどうしてここへ?」

 「店に泥棒が入ったんじゃ」

 「泥棒?」

 「そうじゃ、ご主人様が保管していた大切な品がいくつも盗まれた!妾の厳重な監視下にあった店内から忽然と、じゃ!これはきっとあれじゃ!怪盗、しかも大がつくような大物の仕業じゃ!」

 「―――店番の時に居眠りしてて、気が付いたら盗まれていたんじゃなくて?」

 「な、何故知っているんじゃ!?」

 「適当」

 「クッ……」

 「で、おばあちゃんに怒られて」

 「うっ……」

 「見つけるまで帰ってくるなとか言われて、やむを得ずこっちへ」

 「ううっ……」

 「で、何かしでかして警察に捕まった。と」

 「うわぁぁぁぁぁぁんっ!!!妾はただ、マネ事をしただけじゃ!」

 「何の!?」

 「盗賊じゃ!向こうが盗むなら、妾が盗んでも問題はない!」

 「大ありじゃないかなぁ」

 「じゃから、妾はめぼしい所にあたりをつけ、忍び込んだんじゃ」

 「ちなみにどこへ?」

 「大きな金庫じゃ。大日本帝国銀行券というのがたくさん入っていた」

 「―――看板に銀行って書いてなかった?」 

 「低位魔族語のスラングではギンコとは盗品のことじゃ!」

 「人間界の日本語での銀行は、ミラーシャの意味だよ」

 「何!?」

 「魔界で言えばグリンゴッツに盗品があるというのと変わんないよ?」

 「そ、そうなのか!?」


 ちなみにグリンゴッツとは、魔界最大の銀行、日本で言えば帝国銀行に相当する大銀行のこと。

 なお、神音が忍び込んだのは地方銀行に過ぎない葉月中央銀行の大金庫だから、規模は当然違うが。


 「神音、音だけで判断したんだね」

 「……はぅぅぅぅっ」

 神音は泣き叫んだ。

 「どうすればよいのじゃぁぁぁっ!グリンゴッツに忍び込んだなんてご主人様に知られたらお仕置きじゃあ!三○木馬の刑じゃぁぁぁっ!」

 「あのね?神音、グリンゴッツは関係ない……」

 「ムチで百叩きにロー○クに……ああっ!ホ○ル踊りはいやじゃぁぁぁっ!!縛られて吊されるほうがマシじゃぁぁっ!!」

 「―――神音、聞いてる?」

 「ぼんてーじとかいう人間界の格好したご主人様が妾を縛り上げてムチ片手におっしゃるのじゃぞ!?”跪いて靴をお舐め”と!ああっ!その度に妾がどれほど―――あたっ!!」

 パカンッ!

 留置場の中に神音の悲鳴と軽い音が同時に響いた。

 「?」


 何とか隣を見ようとするが、当然、見えはしない。

 ただ、

 「ご、ご主人様!?」

 という驚きを隠せない声だけが、何が起きたかを知る唯一の術だった。


 「おばあ、ちゃん?」

 

 壁越しに凄まじい殺気が悠理を襲う。

 まともに受けている神音はたまらないだろう。


 「かぁぁのぉぉぉんんんんん?」

 地獄の底から響くような声が場の空気を凍り付かせる。


 「ご、ご主人様、これはその―――」



 居住まいを正し、弁明を試みる神音(以下、カノン)を前に、引きつった笑みを浮かべる神音の主、神音(以下、かみね)。


 「誰が、私のお楽しみをしゃべっていいと?」


 「そっちですか!?」


 「さぁいらっしゃい!商品を盗まれ、人間界で騒ぎを起こした罪!その体で支払ってもらいましょう!」


 いいつつ、カノンの首根っこを掴むかみね。


 「いやぁぁぁぁっ!恥ずかしいのじゃぁぁぁっ!」

 「あ、あの、おばあちゃん?」

 「あら悠理、お久しぶり」

 声色だけは普段通りになるかみね。

 「――あの、事情を説明して頂けないでしょうか?」

 そういう悠理に、かみねはにべもなかった。

 「また今度ね?今日はこの子に隷従と被虐の悦びをたたき込むという大切なお仕事が―――」

 「セーラー服着て先輩後輩プレイも、看護婦プレイや小児科プレイも!とにかく恥ずかしいからイヤじゃ!ご主人様、せめてノーマルで!」

 ガンッ!

 ひときわ大きな音がして、ついにカノンは沈黙した。

 「あ、あの……?」

 「―――コホンッ。悠理」

 「はい?」

 「今までのこの子の発言は、全て忘れなさい」

 「は、はぁ」

 「そうしたら、耳寄りな情報を教えてあげます」

 「耳寄りな情報?」

 「申し入れは受け入れてくれますね」

 「じゃ、まずその情報を」

 「受け入れてくれますね?」

 「っていうか、おばあちゃん、どこから」

 「う・け・い・れ・て・く・れ・ま・す・ね・?」

 「……はい」

 逆らうと無事では済まない。

 悠理はそう、判断した。

 「じゃ、悠理、また後日改めて。ああ。さっき、樟葉だっけ?あの子が警察署に入ったわよ?」

 

 

 葉月警察署 射撃訓練室


 ズダァン!!


 銃声が響き渡り、悠理の耳元に着弾した。

 「わーん!樟葉さん!ひどいよぉぉっ!」

 泣き叫ぶ悠理はワイヤーで縛り上げられ、お腹の当たりに大きな的を貼り付けられていた。

 「うるせぇ!始末書だけじゃ飽きたらず、警察の世話になるたぁいい度胸だ!」

 銃声。

 樟葉が悠理という的めがけて撃った音だ。

 的にこそ当たっていないが、当てようとすれば当たる位置に着弾させている、つまり、わざと外していることだけは確かだ。

 「近衛の恥をどこまでさらす気だ!?」

 銃声。

 「せめて訳を聞いて下さぁい!」

 「オトコが言い訳するな!」

 銃声。

 


 葉月警察署 特殊事件捜査課

 「これが、凶器だと?」

 「はい」

 難しい顔で目の前に出されたものをにらみつけるのは、岩田だった。

 「これが、どのように?」

 「魔法によりコントロールされます。かなり高いレベルの操作が必要ですが」

 そう言って、何かをつまみ上げたのは、着物姿のルシフェルだった。

 「?」

 最初、岩田にはそれが何だかわからなかった。

 何かの童話に出てくる、バカには見えない糸でも出されているような、そんな気がした。

 「手にとってみてください」

 「どれ?」

 手の上に落とされたのは、細い糸だった。

 かなり細い。太さは直系で0.01ミリ以下だろう。

 「?」

 引っ張ってみるが、かなり強い。

 「これで人間を細切れにしたというのか」

 

 周囲は、ルシフェル目当ての男子職員が壁を作っている。


 「呪具、か」

 触りもせず、ただ糸を見つめるだけの岩田。

 「封印はしていますが、術者には逃げられました」

 「君ほどの実力者がか?」

 「形勢不利と判断した途端、テレポートで脱出。手際は見事でした」

 ルシフェルから視線をそらし、岩田は黙った。

 「ったく、第三種事件というのが、これほど厄介だとはな」

 「今後、調査等につきましては、協力するものと聞いています。まずは水瀬君の釈放を認めて頂きたく」

 「―――わかった。といいたいが」

 ちらりとルシフェルを見る岩田。

 「何ですか?」

 岩田は理沙達、女性署員がいないことを確かめたあと、居並ぶ男子職員を代表して訊ねた。

 「どこの飲み屋で働いているんだ?一度、顔を出したいんだが」


 

 葉月警察署駐車場

 「ったく、あのバカ息子!」

 リムジンの後席で、樟葉が怒り心頭のまま言った。

 「警察に捕まったなんて聞いたから、何事かと思ってきてみれば!」

 「―――まぁ、水瀬君のしたことは警察への協力ですし、水瀬君のおかげて持ちつ持たれつの関係が維持されていると考えれば」

 「……姉として心配したのよ」

 ポツリと呟く樟葉。

 「姉として?」

 「私生活じゃただでさえ危なっかしい子だから、いつだって心配してるのよ?これでも」

 「私だって、戸籍上は水瀬君の姉です」とルシフェル。

 「あんたのおかげで少しは心配が薄れて楽なんだけどさ」

 「で、お互いにとって不肖の弟の件ですけど」

 「?」

 「トランクから出してあげませんか?」



 夜 秋篠邸 博雅の部屋

 「……」

 博雅は凍り付いていた。

 (こ、これは……)

 なぜ、自分のポケットからこんなものが出てきたのか、とっさには理解できなかった。

 それが何か、理解はしている。

 だが……。

 心臓がマイクロウェーブ波を出せる勢いのビートを刻み続ける中、博雅は男としての興奮と、罪悪感と、そして幸福感に包まれていた。

 罪悪感が薄れ、男としての興奮と幸福感だけが博雅を支配していくのに、時間は全くかからなかったが……。


 それは、あの部屋でルシフェルが投げつけた物の一つ。

 ルシフェルの、下着だった。




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