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第十二話

 「祷子って」

 ちらりと横にいた樟葉を見るルシフェル。

 樟葉もまた、唇をかみしめながら厳しい顔をしていた。

 「元・皇室近衛騎士団右翼大隊所属騎士。現在、脱走等の容疑により発見次第の殺傷命令が出ている」

 「―――だめなんですか?」

 「?」

 「どうしても、殺さなければならないんですか?」

 「それについては、政治的な話。そろそろ応援が来る頃ね。悠理?祷子の心身に異常は?」

 「―――ありません」

 「そう。じゃあ悠理。いずれ、話さなければならないことはたくさんあるから。それまで、その子の件は任せるわよ」

 「いいんですか?」

 「桜井さんと主従関係結んだなら、その子の下に置いておくべきでしょう。下手に引き離した方が危険だわ。殿下へは私が進言しておく。あんたの責任でなんとかなさい。祷子は、私が面倒見ておく」

 「一つだけ、約束してください」

 「悠理?ここもまた、戦場よ?そんな所で約束なんて、私には出来ないわ」

 「―――」

 「今はただ、己の義務を果たすこと。それだけ考えて。ルシフェル、サポートしてあげて」

 「了解」

 「―――了解」

 樟葉は、祷子を抱きかかえると、水瀬達の前から姿を消した。 

 



 ●数日後 明光学園

 「で?結局どうなったんだ?」

 ルシフェルから経緯を聞いた博雅は、お茶に手を伸ばしながらルシフェルに訊ねた。

 「狐は「葉子」って名前をつけて桜井さんに託した。桜井さんって、マジメだからいい子に育つと思う」

 「なんか、桜井も最近、母親が板についていたしな」

 「未亜ちゃんが「桜井さんの隠し子発覚!?」なんておちゃらけ記事新聞に載せてたけどね」

 クスクス笑いつつ、ルシフェルが茶菓子を口にする。

 「その祷子って人は、なんで詩織さんに?」

 「詩織さんという人間は存在していない。本当はね?祷子さんこそが松笛家の最後の一人なのよ」

 「?じゃ、松笛家を名乗る何らかの理由があって、静御前は祷子さんを詩織さんに仕立てていたってことか?」

 「そういうことね。その最大の理由は、九尾の狐を巡る松笛家の情報だったというのが、私たちの見方。もちろん、本人が消滅したから、真実は闇の中だけど」

 「なるほどなぁ。松笛家に娘として入り込み、いつしか乗っ取った……ってことは、詩織さんの言葉は全て」

 「そう。ウソ」

 「―――何だか、女が信じられなくなる」

 「それって、私も入っている?」

 「る、ルシフェルは違う」

 博雅は慌てたように言った。

 「信じている」

 「うん……ありがと」

 

 ●東京都 千代田区某所

 「あんた、祷子に手を出したことは認めるわね?」

 水瀬は無言でうなずいた。

 「避妊した?」

 「?いいえ」

 「ふうっ……祷子もヘンなところで神経向かない子だったのね」

 「お話が見えません」

 「避妊しないってことは、子供が出来るってことでしょう?」

 「そりゃ、そうですが……」

 水瀬は青くなった。

 「つ、つまり、祷子さん……」

 「そう。妊娠したのよ。あなたの子を」

 「ま、まさか……」

 「流産した」

 「!」

 「あんたのせいよ」

 樟葉の言葉は冷たく、水瀬を責めたてる。

 「あんたが――あんたが、祷子をそうさせたおかげで、祷子は一気におかしくなった。自暴自棄になって自殺未遂だのなんだの、あんたのせいで、あの子は死のうとまでしたのよ!?」

 「ぼ、僕は、だって、僕は……」

 「何震えてんのよ!祷子はね?戦場で確かに神経をやられていた。だけど、戦場から遠ざけて治療すればすぐに直る程度だった。だから後方にさげるはずだった。それをあんたが台無しにしてくれた!今回のことといい、すべてはあんたのせいなのよ!?」


 じっと水瀬をにらみつけた樟葉は、水瀬を怒鳴りつけた。


 「あんた、自分が何をしたのか、わかっているの!?」


 「ぼ、僕は……僕は……祷子さんが、祷子さんが」


 「好きだった?好きだった結果、相手を狂わせた?あんたが何者かは知っている。だけど、それでもね?それでも、人を狂わせていいってことはないでしょう!?」


 そこにいたのは、近衛中将としての樟葉ではない。

 一人の女性としての樟葉だった。

 

 「人間ナメんじゃないわよ!この―――!」

 

 「!」


 「―――祷子はそこを静御前に狙われた」


 樟葉はもう、水瀬を見なかった。


 「心が壊れた祷子は、静の格好の餌食になったのよ。戦場で神経をやられ、同じように精神病院に収監されていた他の2人と共にね―――安心なさいな。昨日の御前会議で、祷子の件は、不可抗力ということにされた。祷子は、記憶と登録を抹消される」

 「え?」

 「もう、祷子は近衛とは無関係。過去も未来も―――ね」


 「あ、あの、あの」

 暗闇の中に突然現れた救いの光明を前に、水瀬はとまどった。


 「行きなさい」

 樟葉は言った。

 「今回の事件については極秘とします。あなたも二度と私の前で祷子の話はしないで頂戴」

 「は、はい……」

 「それと、あんたは3週間、ルシフェルは2週間の準自宅謹慎処分。罪状は、連絡義務違反。無許可での警察組織との接触、捜査協力違反。その他諸々」

 「……はい」

 

 バタン

 ドアの閉まる音が背後から聞こえる。

 樟葉はただ、一点を見つめていた。

 そこには、道を歩く女性の姿があった。

 「……さよなら。祷子」

 樟葉は、呟くような声で、そう言った。





 ●2ヶ月後 東京都内某コンサートホール

 新入楽団員を交えた初めてのコンサートは、その楽団の規模からすれば、まずまずの入りで幕を閉じた。

 その楽屋でのこと。

 「ありがとうございました。また、絶対、見に来ます」

 ぺこりと頭を下げて楽屋を出ていったのは、大きなキャスケット帽をかぶった女の子だった。

 「へえ?祷子ちゃん。すごい花束もらったなぁ」

 他の楽団員も驚くほどの大きい花束を手にした祷子は、困惑気味に言った。

 「え?ええ。でも」

 祷子の心はその花束にはない。

 「あの子、どこかで会った気がするんです。とても大切な、絶対に忘れてはいけないどこかで―――」

 「他人のそら似かしらね?あんなかわいい子ならテレビかしら。どれどれ?へぇ……意味深な花束ね」

 「?」

 「花言葉は、“永遠の愛”に“結ばれぬ愛”、それに“贖罪”」

 「……」

 それからしばらく、祷子はあの女の子が出ていったドアを見つめ続けていたという。



 ドアを出た水瀬は、そのまま外へ出た。

 向かった先は、公園。

 

 水瀬は一人になりたかった。

 

 瞼を閉じるだけで、あの笑顔が浮かんでくる。

 

 あの笑顔のために、僕は戦った。

 

 それなのになんでこんな結末なんだろう。

 

 僕は、平和になったら、祷子さんの演奏を聴きたかった。

 

 祷子さんの側で、聞きたかった。


 それなのに、平和な世界で、もう二度と、祷子さんと会うことは出来ない……。


 世界が曇りだした。

 

 「いいんですか?」


 そんな水瀬に、不意に投げかけられた言葉。


 「え?」


 振り向くと、そこには綾乃がいた。

 「祷子さん、よかったんですか?」

 「綾乃ちゃん、どうして?」

 「樟葉さんから聞きました。過去のこともすべて」

 「……」

 「本来なら、そのことで叱る所です。でも、今は違います」

 「え?」

 綾乃は、ほほえみながら言った。

 「―――泣いていいんですよ?」

 「綾乃ちゃん?」

 「こういう時は、泣いていいんです」

 「ぼ、僕は……」

 「むしろ、泣く時ですよ?こういう時は」


 そっ。 


 綾乃に抱きしめられた途端、

 

 水瀬の涙腺は限界を迎えた。

 

 水瀬は、泣いた。

 

 泣くだけ泣いて、


 祷子に別れを告げた。



 

 ●数日後 秋篠邸

 博雅の母が、茶会を催すというので、いつもの面々が招待された席でのことだ。 

 ちなみに、全員、着物だ。

 「こらっ!葉子ったら!お行儀よくなさいっ!」

 家の中を興味深そうに見て回る葉子に、美奈子の声が飛ぶ。

 「あーっ!もうっ!私、着付けできないんだから、そんなにはしゃがないでぇ!」

 「にゃあ。美奈子ちゃんったら、教育ママ決定だねぇ」

 「あ・ん・た・が、ロクでもないことを次々次々と教えるからでしょうが!」

 未亜の頬をつねりながら美奈子は怒鳴った。

 「にゃぁ!美奈子ちゃん!女の子の顔をなんだと思ってんのぉ?」

 「桜井さん、大変だね」

 「ええもうっ!イヤになる位!」

 「―――イヤになった?」

 「え?」

 「葉子ちゃんのこと、嫌いになった?」

 「まさか!」

 美奈子は言った。

 「楽しいわよ?あの子、本当にいい子だもん」

 「そう。よかった」

 「私、結構、結婚するの、早いかもね」

 「いいお母さんになるよ。桜井さんなら」

 「にゃあ?美奈子ちゃん、さっさと水瀬君に種仕込んでもらわないとぉ」

 「なっ、バッ、バカ!」

 「あー。お姉ちゃん、バカっていった」

 「よ、葉子ちゃん?これはね?」

 「人のこと、バカって言っちゃいけません!」

 葉子は得意満面にしかめっ面で言った。

 「―――はい」

 「よろしい!」

 

 

 一方、ルシフェルは博雅の部屋にいた。

 博雅の部屋、いや、男の部屋に入ったのは、これが初めて。

 今、博雅はお茶をもらいに行っている。

 二人きりになる機会を作りたいという博雅の思いはわかるが、ここに来るまでにさんざん冷やかされたことを思うと、顔が赤くなるのを押さえられなかった。


 (ベッドの下を見てごらん?)

 未亜はルシフェルにそう仕込んでいた。

 (きっとおもしろいものがあるよ?)

 

 なんだろう。

 

 そう思って、ベッドの下に手を入れたルシフェルが引っ張り出したもの。

 それは、衣装箱

 中には雅楽の道具が入っている。


 (なんだ。たいしたことない)


 そう思って、箱を戻そうとしたルシフェルだったが、他の道具とは不釣り合いなプラスチックの箱の存在に気づき、蓋を開けた。



 数分後


 「お待たせ。ルシフェル」

 お茶と茶菓子を持ってきた博雅の前には、顔を真っ赤にしているルシフェルの姿があった。

 着物姿にほれぼれする。

 

 「どうした?」

 

 「―――て」

 うつむいたままのルシフェルの言葉が、博雅には聞き取れなかった。

 「え?」

 「返して」

 「な、何を!?」

 何か借りていたか?思いを巡らせる博雅の視界に、不自然にベッドの下から顔をのぞかせる衣装箱が入り―――


 さらに数十分後


 息子のガールフレンドが来ていると聞き、部屋に向かっているのは博雅の母だ。

 すばらしい女性だと、耳にタコが出来るほど聞かされた相手。

 母親として会わなくては。

 その一心でここまで来た。

 「博雅さん?入りますよ?」

 「え?ち、ちょっと待ってください!」

 部屋の中からガタガタ音がする。

 「?」

 ガチャ

 

 そこで母が見たものは―――

 

 

 秋篠邸からの帰り道。

 「結構、博雅君って」未亜が呆れたような声で言った。

 「エッチだったんだ」

 「……」

 そこには、博雅の母親から平謝りに謝られて送り出されたルシフェルの姿があったという。

 

 1週間後、「親同士でも話がある」と、遥香と由忠がルシフェルをつれて秋篠邸に出向いて大騒ぎになったり、博雅の母の手ほどきでルシフェルの茶の湯の本格的練習が始まったりと、ルシフェルにとってはあいかわらずのバタバタした日々が続くことになる。


 合掌。


 


本当に申し訳ございませんっ!第一話前書きにも書きましたが、大幅修正予定です。


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