第九話「トリアル村」
時は前後して。
冒険者ギルドで、依頼の説明を受けた後。
「マーモラットについて、情報は分かる?」
ティエスはトーリに聞いた。
今回の依頼の討伐対象となる魔獣だ。
「よろしければ、」
オーカーが答えた。
「ギルド二階の資料室をご利用いただけます。魔獣の生態についてもまとめてございますので」
ティエスは頷いた。
一階から階段を昇り、二階へ。
案内された資料室は、窓がなく、カーテンが閉め切られていた。橙の灯りが、天井に吊り下がっている。
部屋の中央には大きな作業机が一つ置かれていた。
周囲で、本棚が規則正しく立ち並んでいる。
本棚ごとに、中身が分類されていると見て取れた。
「ご不明な点があれば、お呼びください」
オーカーは一礼して、資料室から立ち去った。
ティエスは備え付けの椅子に腰掛け、机の上に資料を開いた。
真剣な眼差しで文章を追い、指でページを捲る。
・・・・・・
魔獣・マーモラット。
突き出た前歯に魔力を帯び、齧り削る力が強い。
体長は、成人男性の膝から下ほどの大きさ。
二足で歩く。逃げるときや穴を掘るときなどは四足歩行する。
夜行性。
十数匹規模で群れ、巣を作る。
繁殖期に餌を求めて徘徊し、周囲の食糧を食い荒らす。
・・・・・・
ティエスが資料を読み込む様子を、トーリとジルは離れて立って眺めていた。
トーリの耳が、階段の軋む音をとらえた。
「すみません、お伝え忘れてしまいました」
オーカーだった。
「余力があれば、で構わないのですが……。トリアル村で福仙草が余っているようなら、持ち帰ってきてもらえませんでしょうか」
「福仙草?構わないけれど、なんでまた?」
福仙草は、中級ポーションの素材となる薬草だ。
需要は多いが、手に入りやすく、安価で流通している。
「どうも、品薄が続いているようでして。当ギルドも、近隣の薬屋にも、在庫が心許なくなっているようです」
「━━ふうん。了解した」
「よろしくお願いいたします。報酬は別途、お支払いをいたします」
オーカーは一礼して、階段を降りていった。
「何?追加の依頼?」
オーカーの姿を見送ったトーリに、ティエスから声がかかる。
「資料は頭に入った。行こうか」
ティエスは真面目な顔で言った。
当初の楽しげな様子は、もうない。
・・・・・・
そして、騎車はトリアル村へと辿り着く。
土の表面を轍がなぞる道の先。
森を背にした、小さな村が見えてくる。
低い木の柵が、村の端をぐるりと囲む。
藁葺の屋根に、土壁の家。ところどころ、木の骨組みがのぞいている。家々の周りに沿うように、作物の実った畑が広がっている。
石畳を敷き詰められた乾いた王都とは異なり、土のじんわりと湿った匂いがした。
ジルが騎車を停めた。
村の入り口から、少し距離を取った場所。
騎獣の首を労うように撫でると、ぶるるる、と機嫌良く喉を鳴らした。
トーリが騎車を降りた。中のティエスに向かって、手のひらを差し出す。
ティエスは構わず、ひょいっと飛び降りた。
トーリは苦笑を浮かべ、肩をすくめた。
一行が村の入り口に歩みをすすめると、畑から一人の村人が近付いてきた。
穏やかそうな男性だった。髪にも眉にも白いもの混じる。体格は大きくないが、農作業によるものか、引き締まった身体つきをしていた。
麦わら帽子を被り、手拭いを肩にかけている。
「冒険者ギルドから依頼を受けた者です」
トーリが名乗り、冒険者証を取り出した。
青みがかった月光の艶を帯びたそれは、ミスリル製のものだった。
トーリが冒険者証を示したのをみて、ティエスも懐から、銅の冒険者証を取り出した。
なんか、色が違うな?と思いながら。
「おお、遠いところまで、ようお越しくださいました」
男性はにこやかに返した。
「村長のファティマの元まで案内します。私は息子のハンス」
男性は名乗ると、ティエス一行を先導した。
行き先は、村で一際立派なつくりの家だった。
「おおい、母さん」
ハンスは、大声で呼びかけながら、家の中へと入っていった。
ティエスは、家の脇の畑に目を向けた。
畑の周りは、木の板に囲われていた。板の大きさは不揃いで、見た目の新しいものと古いものが入り混じっている。
板を観察すると、地面すれすれの低い位置に、何かに削られたような痕が残っていた。
すぐ近くの地面には、掘り返された土が、湿り気のある小山を作っていた。
「おんや、別嬪さんやねえ」
老婆の声に、ティエスは振り返る。
ハンスに身体を支えられた、腰の曲がった老婆が家の中から歩いてくる。
すっかりと白くなり、艶を失った髪。顔や、首元、腕。簡素なローブからのぞく身体は、全身に深く皺が刻まれている。
「ティエスです。ギルドから、マーモラット討伐依頼を受注してきました。誠心誠意、努めます」
ティエスは、一語一語、はっきりと聞こえるように喋りかけた。
「トーリです。付き添い人です。今回の依頼は、ティエスが主に担当します」
トーリの挨拶は人と話し慣れている様子で、聞き取りやすい声だった。
「依頼票をお渡ししておきます」
トーリは、懐から封筒を取り出した。
まだ封のされていない、白い封筒だった。
「依頼票?」
ティエスは、首を傾げた。
「依頼主に渡す書類だよ」
トーリは答えながら、老婆に封筒を手渡した。
「おんや、良い男だねえ。お嬢ちゃんの良い人かい?」
老婆の問いかけに、
「違います!」
「そうです」
ティエスとトーリは笑顔で答えた。
「え?」
「え?」
ティエスとトーリは顔を見合わせた。
「ほ、ほ、ほ。……おや?」
老婆はジルに目をとめた。
老婆は少し首を傾げた。
「━━お嬢様の付き添いのメイドです」
ジルは淡々と答えた。
すっ、と軽く一礼する。
「そうかい。わたしゃ、村長のファティマだよ。みんなからは、ティム婆と呼ばれとる」
「よろしくお願いします、ティム婆」
ティエスの返事に、ティム婆は相好を崩した。
「ほ、ほ。よろしくねえ、ティエルちゃん」
「ティエスだよっ」
ティエスは律儀に訂正した。
・・・・・・
畑は荒らされていた。
掘り返され、齧られた種芋。
実も熟さぬうちから食い千切られた豆。
「今年は、被害が多いんだよねえ」
ハンスは頭をかいた。
「柵の補修もしてるんですが、なにぶん、新たに齧られるもので」
木の板は、畑を害獣から守るための仕切りだった。
大きさが不揃いだったり、年季がまちまちだったのは、都度、補修されてきたからだろう。
「不寝の番をするのが一番ええんですが……。私もこの歳ですし、村の若い者は王都に出稼ぎに出たっきりで、なかなか難しくて」
夜行性のマーモラットは、村人が寝静まった夜中に畑を荒らすのだろう。
「ここいらの分は、ダメかあ。捨てるしかないか……」
荒らされた作物を見て、ハンスは悲しげに呟いた。
「ハンスさん。その作物、分けてもらっていいですか?」
ティエスは、胸に手を当て、申し出た。
「━━お代は支払います。銭でも、物でも」
ジルが続けた。
「いやあ、どうせ捨てるもんですから、お譲りしますけども。なんに使うんです?」
「囮にします」
ハンスの問いに、ティエスが答える。
「一網打尽にしてやりましょう」
ティエスの瞳には、意志の光が宿っている。




