第八話「冒険者ギルド」
冒険者ギルドの朝は早い。
依頼の受領は早い者勝ちだ。
低位の冒険者たちほど、掲示板の更新を頻繁に確認する。条件の良い依頼を求めて。
早朝の冷たい空気と、冒険者たちの緊張感。
革や油、鉄の匂いが、屋内にこもっている。
変わり映えのしない掲示板に舌打ちをする冒険者たちの背に、ばん!と扉が叩きつけられる音が響いた。
いくつもの視線が、ギルド入り口に集まった。
ティエス・ワールウィンドである。
とても良い笑顔だった。ハイポニーテールが勢いよく跳ねた。
ドレスは重い、動きにくいと文句を垂れる彼女は今、皮の鎧を嬉々として身に纏っている。
「ティー、静かにね」
同行するトーリがやんわり嗜める。
トーリはいつもの軽装。
ジルは相変わらずのメイド服だった。
「とうとう来たな、この時が!」
ティエスは聞いていない。
「冒険者になるぞ!!」
トーリは苦笑し、ジルは無言だった。
・・・・・・
礼法の講義を終えた後、ティエスは直ちにトーリを呼ぼうとした。
多忙な第三王子はすぐには動けなかった。
それでも、まとまった日数を調整して確保した。
「君の方から『会いたい』と言ってくれるのは初めてだね……」
トーリは複雑な面持ちだった。
・・・・・・
トーリが先導して、ギルド受付に向かう。
「出たよ、王子だ」
「女連れでいいご身分だな」
ヒソヒソ話もどこ吹く風。
トーリは泰然と歩く。人が割れて道ができる。
━━こいつも苦労してるんだな。
ティエスは他人事のようにそう思った。
トーリは、ギルドの一角で歩みを止めた。
受付窓口、と木札が置かれている。
職員の男性がカウンターに座っていた。
短く揃えた明るい茶髪に、細身の身体。姿勢よく背筋が伸びている。
「やぁ。今日は、冒険者登録の推薦をしたいんだ」
「かしこまりました。どなたをご登録に?」
トーリが話しかけると、職員は物腰柔らかく答えた。
ティエスは、ビシッと両手を挙げた。
トーリは苦笑を浮かべつつ、
「この子。ティエス・ワールウィンド公爵令嬢」
言いながら、トーリは推薦の書状を差し出す。便箋に、王家の封蝋が施されている。
職員は少し驚きを浮かべつつ、推薦書を開いた。
「かしこまりました。あなた様の推薦でよろしいのですね?"凍獄"のトーリ」
「そうだね」
「とう……ごく……?」
ティエスはトーリに視線を向けた。
トーリは苦笑いを浮かべた。
「二つ名です。ギルドが付けたがる」
ティエスの疑問に、後ろからジルが答えた。
「か、かっけー!何それ、私もほしい!」
ティエスは瞳を輝かせ、トーリの肩を揺さぶった。
「あはは。ぼくは気に入ってない呼び名だけど、君が良いなら良かったよ」
「お嬢様にはまだ早いです。なんの功績も、特筆すべき実績もないので。結果を出してから言うことですね」
ジルの言葉に、辺りの冒険者たちの囁きが途切れた。
何人かは、気まずそうに視線を逸らした。
「……それでは、ティエス様。こちらの書類のご確認とご署名を」
職員は、ティエスに書類と羽ペンを差し出した。
ティエスは規約を流し読みして、さらっと署名を記入した。
・・・・・・
冒険者には階級がある。
D、C、B、A、S、と階級が上がっていく。
登録したばかりであれば、Dだ。
階級が上がるほど、受領できる依頼のランクが上がる。ランクが上がれば報酬が増える。
何の後ろ盾もない庶民が、一躍、時の英雄に。
夢と浪漫の詰まった職業である。
というのは、物語の中の話で。
実際は、有力者の推薦を持たない冒険者たちは、割りのいい依頼にありつけず、階級も上がらず、その日暮らしで人生を終える。
あり得ないから、物語になるのだ。
階級には、例外としてXのランクが設定されている。これは、国家規模で偉業を成し遂げたもの。
例えば、魔王討伐を成し遂げたパーティの冒険者たちに贈られる。
"勇者"。デアール・K・ユーシア。現国王。
"聖女"。アセト・アーデルハイド。現王妃。
"賢者"。ムーディッヒ・ワールウィンド。現公爵。
生ける伝説の三人と、行方知れずのもう一人。
現在認定されているXランクの冒険者は四人である。
・・・・・・
職員は、銅製のカードを取り出した。
カードは手のひらよりも二回り小さく、薄い。
彼が指先に魔力を込めると、カードの表面が凸凹と打刻されていく。
「おお……!」
ティエスは、わくわくしながら、土色に光るカードの変化を見守った。
魔力の輝きがおさまったとき、カードの表面にはティエスの名義が彫り込まれていた。推薦者、トーリの名も特記されている。
「……こちらが、あなたの冒険者証です。なくさないようにしてください。もし、紛失や変形があれば、直ちに最寄りの冒険者ギルドに━━」
ティエスは、うんうんと頷いて聞いている。
ポニーテールが機嫌良く踊っている。
赤毛の尻尾に絡まれたジルが、半目で半歩下がった。
「━━偽造の対策として、冒険者証に魔力を流すと発行した拠点の情報が浮かぶようになっています。お試しください」
職員は、冒険者証を小皿に置いて、ティエスに差し出した。
ティエスは受け取って、トーリに手渡した。
「私、魔力ないし」
職員は、わずかに驚きの表情を浮かべた。
「それは━━」
大丈夫なんですか?
と言いたげに、職員はトーリに視線を向ける。
魔力の扱いが流暢ではないことは、珍しくない。
現に、魔法を使えない冒険者は存在する。
ただし、魔法を使えないことは、戦闘力が低いことを意味する。冒険者にとって、荒事は付き物。活躍できる場が限られてしまう。
魔法が使えないのであれば、冒険者などせず、王都の商店街ででも働いていた方が暮らしには困らないだろう。
そして、ティエスの魔力が全くないこと。
庶民ですら微弱な魔力を持つことが多い。
極めて稀な状態であった。
「だから、パーティを組むようにする」
トーリはいつもの笑みを浮かべ、冒険者証に魔力を流した。
『打刻者:王都本部・オーカー』
冒険者証から、宙に文字が浮かび立つ。
オーカーは職員の名前だろう。
「おぉ、それっぽい……」
トーリは魔力を止めて、ティエスに冒険者証を返した。
ティエスは、冒険者証を矯めつ眇めつ眺めている。
「……本日は、依頼も受けていきますか?よろしければお見繕いして参りますが……」
ティエスの様子に、職員、オーカーは苦笑交じりに提案した。
「やる!やります!」
ティエスは元気よく答えた。
オーカーは席を立つと、壁面の本棚に向かい、古びたファイルを手に取った。
何やら頷き、戻ってくる。
「Dランクの依頼ですね。トリアル村のマーモラット討伐依頼なのですが━━」
「ちょっと待った!」
オーカーの言葉を、一人の冒険者が遮った。
初級の防具に身を包んだ、無精髭の中年男性だった。
トーリに野次を飛ばしていた者の一人である。
「そんな依頼、掲示板にはなかったじゃねえか!なんだよ、相手が貴族だからって贔屓か?!さっきから聞いてりゃ、魔力がないだのなんだのと……。こっちは生活がかかってんだよ!ガキのままごとじゃねえんだぞ?!」
オーカーはため息をこぼした。
「この依頼は、例年、ギルドにご依頼いただいている指名依頼です。Dランクの、つまり駆け出しの冒険者を派遣する代わりに、報酬は割安で受けていただく。そういった取り決めをさせてもらっています」
「俺だってDランクだ!」
「でも、あなたは駆け出しではない」
オーカーは無感情に答えた。
「私どもも、仕事としてやっております。ジャイルさん。トリアル村のご依頼は、あなたにご紹介できません。村長からは、人柄の確かな者を送るようにとお願いされています」
「でもっ」
オーカーが指を鳴らすと、奥の扉が開き、筋骨隆々とした男性が二人現れた。
なおも言い募ろうとする中年冒険者、ジャイルを取り押さえ、建物の奥へと連行していった。
「━━さて。お見苦しいところをお見せしてしまいました。説明を続けても、よろしいですか?」
「……あ、はい……」
ティエスは、複雑な顔で答えた。
・・・・・・
騎車が田舎の道を往く。
王都を出て、トリアル村へ。
御者台には、メイド服のジルが座っている。
ジルは、騎獣に任せて、ゆっくりと騎車を走らせている。
王都から離れるにつけ、徐々に道の状態が悪くなっていった。
土埃が舞い、石ころが車輪に撥ねられた。車体が揺れる。
客室の中。
ティエスは、頬杖をついて黙り込んでいた。
「ぼくでよければ、聞くけど?」
トーリの声に、ティエスは顔を上げた。
トーリは、向かい合うように座っている。
「……貴族のガキのままごと、か。全く、その通りだと思ってさ」
ティエスは腕組みして、ため息をついた。
「確かに、私は生活に困ってるわけじゃない。依頼を代わってあげるべきだったかなって」
「それは、ティーが気にすることじゃない」
トーリはいつもの笑顔で言う。
「ティーは機会を与えられた。彼は失格した。彼は機会を与えられなかったんじゃない。与えられた機会に失格した」
ティエスは浮かない表情のまま。
「なんで。家柄?私が貴族だから?あの人が庶民?だから?」
「人柄」
トーリは答える。
「あの人がもし、依頼を完遂して、依頼者からの評価も良かったら、ギルドは次の依頼を回しただろうね。でも、そうはならなかった。様子を見てたら分かることだけどね」
様子。それは粗暴な態度。
王宮の外に出ても、礼法はついて回るのか。
と、ティエスは思った。
「貴族だからって、ぼくが君を信用しなければ。冒険者には、させていない」
推薦者。誰かの後ろ盾になるということ。
推薦したものが功績をあげれば、箔がつく。
推薦したものが過失を重ねれば、傷がつく。
軽々しく人を選ばない。選べない。
ゆえの信用。
身元の確かな推薦者がいることは、冒険者にとって大きく有利にはたらく。
「ぼくが愛する婚約者殿は、正しい道を選ぶ人だと信じているよ」
トーリはウィンクした。
ティエスは半目になった。
「それはさ。やっぱ家柄じゃないの」
ティエスは言う。
「もし、私が公爵令嬢じゃなかったら。ただのティエスだったなら。第三王子と婚約なんてしてないでしょ。知り合ってすらない。道端ですれ違った初対面の相手に、君の人柄は素晴らしいね!って、思うの?そもそも私、王宮の近くになんて絶対に行かないけど」
「あれ?流れがおかしいな。こんなつもりじゃなかったんだけど」
トーリは苦笑を浮かべた。
「でも、ありがとう。話を聞いてくれて。気持ちが楽になった気はする」
ティエスはトーリに笑顔を向けた。
「うん。そんなことでよければ、いくらでも」
ティエスは、頬杖をついて、車窓から景色を眺めた。
トーリも、同じように景色を眺めた。
━━もし、君が。愚かな女だったなら。
━━本当に愛さずとも済んだのに。
がたん。ごとん。
ゆっくりと。
騎車は揺れる。
騎車は進む。




