第七話「いけると思って、つい」
礼法の講義が続く。
姿勢、所作。
ティエスは頭に厚みのある事典を載せ、床に敷かれた直線の上を歩いて往復している。
事典を落とさないよう、慣れない姿勢に彼女の身体はぷるぷると震えているが、行き来する度に動作のキレは良くなっていく。
ローデットはティエスの様子を静観していた。
ジルがローデットのもとへ歩み寄る。
「感謝する」
「なんの」
ジルとローデットの短いやり取り。
ローデットは、ちらりと記録係の侍従に視線をやる。
「飲み込みが早い。聞き分けがいい。問題児には見えんがね」
ローデットは小さく呟いた。
「まぁ。ちょっと」
ジルも小さく返す。
「聞かないよ」
「助かる」
ジルはローデットの隣に並び、ティエスをみた。
ティエスの動きに慣れが見えた。
震えもせず、堂々と歩みを進める。
唐突に、くるりとその場で一回転。
しようとして、裾を踏みつけて転んだ。
「調子には乗るようだが。━━ティエス・ワールウィンド!舞踏会には気が早い!」
ローデットは教鞭を手に、ゆっくりとティエスに向かっていった。
・・・・・・
「今日の講義はここまでとします」
「━━ありがとうございます」
ティエスの返答に、ローデットは目尻をゆるめた。
返事をしなさい。それは、はじめに教えた内容の実践。
「ふぃー……」
ティエスはその場で大きく手伸びをした。
「人前で気を抜かない」
ローデットがぴしゃりと注意する。
ティエスは、すっと背筋を正した。
侍従がティエスの机の筆記具を片付けに動いた。
その様子を、ティエスは眺めた。
「ありがとう」
侍従は驚いたように瞬きをした。
すぐに表情を整えて一礼した。
ローデットもまた、自身の書物や道具を鞄に片付けていた。
ローデットが退室しようとすると、
「先生。荷物持つよ」
ティエスがローデットのもとへ歩み寄った。
「重そうだし。歳だし。あいった?!」
ローデットの教鞭が、ぺし。とティエスの肩を叩いた。
「年長者に対して。なにより、淑女に対して失礼です。ティエス・ワールウィンド。ですが心意気は評価します」
「差し引きマイナスっ?!」
ティエスは軽口を返しつつ、ローデットの鞄を受け取った。
ローデットとティエスが並んで歩き、ジルが後ろに続いた。
侍従は、ペンを取ろうかと逡巡し、
講義は終わったと判断して、やめた。
・・・・・・
ティエスとジルは王宮を出て、帰路に就いていた。
王都の空は茜に染まり、炊事の煙がたなびいている。通りの石畳には、まばらに行き交う人々の長い影が揺れた。
御者台のジルが、のんびりと騎車を走らせている。
「ローデットが気に入りましたか?」
ジルは前を見たまま、振り返らずに、客室のティエスに声をかけた。
「口うるさいのは苦手かと思いましたが」
「ん。癖があるとは思うけど。でも、」
ティエスは講義を振り返った。
「悪い人じゃないのはよく分かった。……おばあちゃんがいたら、あんな感じなのかなーって」
「……そうですか」
ティエスは母の顔も知らない。




