第十三話「敬意」
王都までの帰路。
騎車・客室。
「……ところでさ」
ティエスは、ぼやく。
「荷物をしまう魔法とか、ないの?」
ティエスは、貨物室を親指で示した。
肉と血の臭いが、うっすらと客室にも漂ってきている。
「そんな魔法は━━あるけど、稀少だね。亜空間っていう付与魔法。Xランクの冒険者くらいしか持ってない」
付与魔法は、特定のアイテムに魔法の効果を付与するもの。
亜空間とは、時の流れを止めたまま、アイテムを保管しておける魔法だ。
現代では亜空間の魔法そのものを扱える者はおらず、亜空間を付与されたアイテムがごく少数残るのみ。
「Xランクの、ねえ。ほー……」
ティエスの脳裏に、身近なXランクの冒険者が過った。
「ワールウィンド公に無理言ったらダメだよ」
トーリは、苦笑を浮かべつつ釘を刺した。
ティエスは、頬杖をついて、車窓から景色を眺めた。
「……あのさ。トーリ」
ティエスの目は、ここではない遠くを見ているようで。
「もし、私が、Sランクの冒険者になったら。ちょっとは、親父も認めてくれるかな」
小さく呟くティエスは、寂しげで。
トーリは、優しく微笑みを向けた。
「ワールウィンド公なら━━危ない真似はするな、って叱ると思う」
ティエスはうんざりした表情を浮かべた。
「━━だよなぁ」
・・・・・・
騎車は王都に帰還した。
空は茜に染まり始めている。
街の喧騒が、ティエスの耳に懐かしく響いた。
ティエスたちは、冒険者ギルドに、依頼完了の報告に向かった。
ジルは騎車を、ギルドの正面口から少し離れた位置に停めた。
御者台にジルを残し、トーリとティエスは冒険者ギルドの扉を開いた。
トーリを先頭に、ティエスが後ろに並んで歩く。
受付に座っていたオーカーが、顔を上げた。
「お疲れ様でした」
トーリは、封筒を懐から取り出し、受付の卓上に置いた。
「確認をお願い」
「拝見いたします」
オーカーは、封を切って、依頼票に目を通した。
「━━ほう。これは、あなたが支援を?」
「いいや。彼女の策だよ」
トーリは笑顔で、ティエスの肩に、ぽん、と片手をのせた。
「力仕事は少し手伝ったかな」
トーリは補足した。
ティエスは、やんわりと肩の手を払った。
「それは、それは」
オーカーは、目を細めた。
「お疲れ様でした。ティエスさん。依頼主からは"優"の評価をいただいております」
「優?」
ティエスは首を傾げた。
「冒険者に対する、依頼主の満足度。みたいなものだよ。優、良、可、難、未達、と、出来に応じて報酬が増減する。━━規約に書いてあったよね?」
トーリは説明した。
ティエスは目を逸らした。
「依頼の達成報酬は、"優"。銀貨1枚と銅銭8枚分ですね。銭でお受け取りされますか?それとも、口座に?」
「口座?」
オーカーの言葉に、首を傾げるティエス。
トーリは苦笑を浮かべた。
「彼女の口座に、全額。ぼくは何もしていない」
「かしこまりました。では、そのように」
オーカーの返答。
ティエスは、トーリの脇腹を小突いた。
「口座って?」
「ギルドに預かっておいてもらうお金。高額のお金を持ち歩くのも不便でしょ?」
トーリは説明する。
銭を持ち歩くのは、リスクがある。
紛失や、盗難。
戦闘行動中に破損する恐れもある。
「口座に入ってる金額までなら、他の拠点でも引き出しができる。手数料はかかるけど」
「ふーん。ギルドの財源は手数料から出てるのか」
ティエスの直截な物言いに、オーカーは苦笑した。
「まあ、色々と商売はさせてもらっています。……冒険者証を出してもらえますでしょうか?口座の残高を書き換えますので」
ティエスは、冒険者証を卓上に差し出した。
受け取ったオーカーは魔力を流し、冒険者証は土色に光を放った。
光がおさまると、オーカーは冒険者証を木皿に置いてティエスの元へと返却した。
「手続きは完了いたしました。口座の窓口から、引き出しと、お預け入れも、承っております。窓口はあちらに」
オーカーが、別のカウンターを手のひらで指し示した。
カウンターに座っていた職員の女性が、こちらに気付いて軽く手を振った。
口座窓口、と木札が置かれている。
「素材の買取窓口は、裏手の入り口にございます。搬入の際は、裏手からお回りください」
「素材。マーモラット肉、かあ。鴨見亭に持っていこうと思ってたんだけど」
オーカーの言葉に、ティエスは腕組みして口元に手を当てた。
「マーモラットを持ってこられても、鴨見亭は困ると思うよ?稀少なお肉じゃないから」
トーリは苦笑を浮かべつつ、ティエスを止めた。
「じゃあ、いい。私がさばく」
ティエスは唇を尖らせた。
「二、三体を手元に残して、あとは買取に回していいんじゃないかな」
トーリは、貨物室に詰め込んだマーモラットの数を思い浮かべた。
「じゃあ、そうする」
ティエスは答えた。
依頼の報告は完了した。
オーカーに礼を告げて、ティエスとトーリは、ジルの待つ騎車へと戻った。
「ぼくも手伝う、と言いたいところなんだけど。このあと野暮用が入ってる。ごめん」
トーリは、申し訳なさそうに言った。
第三王子は忙しいのだろう、とティエスは見送った。
トーリは、こちらを何度も振り返りながら手を振っていた。
「二、三体分の肉を残して、あとは買取。包丁って館にあったっけ?」
ティエスはジルに言った。
・・・・・・
王宮の一室。
トーリは、国王と面会していた。
部屋には、トーリと国王だけ。
他に、人の気配はない。
「どうだった」
国王が問うた。
「とくになにも。ティエスは初依頼を達成。マーモラットは討伐されました」
トーリは、無表情で答えた。
「…………魔法でか?」
国王は眉を顰めた。
とん、とん、と指で、大理石の卓を叩く。
「いいえ。殴り殺してましたよ」
トーリは答えた。
「なら、いい」
国王は、重々しくため息を吐いた。
「しっかりと縛り付けておけ。お前は楔なのだから」
国王は、冷たい瞳でトーリを見つめた。
「分かっています」
トーリは、無感情に答えた。
立ち上がり、す、と一礼をして退室する。
部屋の扉を、音もなく閉じた。
廊下に敷かれた絨毯は、毛足が長く、靴の底で踏む感覚もなかった。
━━茶番だな。
トーリは、冷めた瞳のまま。
廊下の暗がりへと、姿を消していった。
・・・・・・
ティエスは、庭で解体をしていた。
王都別館の庭は広い。
高い塀に囲まれた敷地内は、通りからは中の様子が見えない。
血肉の臭いが他所に移らないよう、ジルが風で制御している。
ティエスは、血や臓物、汚物に腕を濡らしながら、一心不乱に肉を解体していく。
ジルは、その様子を側で眺めていた。
肉を干して。
茜色の空が、ゆっくり紺へと沈んでいく。
ティエスは、肉を手に取ると、食べやすい大きさに切り分けていく。
串に刺して、焚き火を起こす。
暗くなり始めた庭先を、火がゆらゆらと照らした。
じゅ。ぱち。ぱち。
火に串を突き入れると、脂が一瞬燃え上がり、肉の焼ける煙が立ち上った。
ジルの制御で、煙は周囲に広がらずに、まっすぐと渦を描きながら天に立ち昇っていく。
ティエスは、肉を切り分けて串に刺し、火に入れていく。
焚き火の周りに、串が並んでいく。
こんがりと。少し黒く焦げた、初めに火に入れた串を、ティエスは手に取った。
ジルの用意した塩と香辛料を、ぱらぱらと振りかけた。
肉を口に入れる。
あつい。
ふう、ふうと息を吹きかけて、冷ます。
肉を口に入れる。
雑な味がした。
素人が処理して、素人が調理したものだ。店で出てくるような、上等な味ではなかった。
ティエスは、肉を咀嚼した。
串を一つ、完食して。
ティエスは俯いた。
「━━ああ、ちくしょう」
小さい背中は、震えていた。
「肉、うめぇ……」
ぽた、と、熱い滴が地面を濡らす。
衣擦れの音が近付く。
ティエスの滲んだ視界に、影が落ちる。
ティエスが顔を上げると、ジルが、一本の串を手に取っていた。
ジルが、肉にかぶりついた。
もきゅもきゅと頬が膨らんでいた。
「うめぇですね」
ジルは言った。
「…………うん」
ティエスは、ひとことだけ返せた。
ティエスは、次の串に手を伸ばした。




