第十二話「証」
ティエスは、仕掛けた罠の前に立った。
きゅぅ、きゅぅ、と鳴く声と、中で蠢く気配がした。
天板の軸棒を両手で掴み、蓋を開ける。
罠の中には、捕獲されたマーモラットが大量に詰まっていた。
箱の底には、隙間もないほどマーモラットが敷き詰められている。
底のマーモラットは動きが鈍っており、踏みつけるように、まだ元気なマーモラットたちが身体を立てて箱の側面を上ろうとしていた。
ティエスは蓋を閉じた。
気持ち悪かった。
ティエスは深呼吸した。
蓋を開けた。
中ではマーモラットが所狭しと詰まっている。
「で、どうするの?」
トーリが、ティエスの後ろから声をかける。
「受けた依頼は、討伐だけれど」
「……そうだよな」
ティエスは頷いた。
分かっていた。
討伐。つまり、これを殺さないといけない。
ティエスがマーモラットを眺めていると、何匹かのマーモラットと目が合った気がした。
マーモラットは怯えたような表情にかたまり、短い手足をばたばたと動かして逃げようとしている。
ティエスは、その様を眺めていた。
「依頼を破棄するなら、それでもいい。手を下せないなら、ぼくがやってもいい。判断は、君がするといい」
トーリはいつも通りの笑みを浮かべていた。
ジルは無表情で無言だった。
ティエスの眉尻が、ハの字に下がった。
━━ここで、こいつらを見逃したとして。
ティエスがマーモラットを解放すれば、マーモラットたちは逃げ出すだろう。
新しい棲家を作るだろうか?
再び、トリアル村に戻ってきて被害を出すんじゃないだろうか?
ティエスは目を閉じた。
ティエスの脳裏に記憶がよぎる。
トリアル村でのこと。
冒険者ギルドでのこと。
荒らされた畑。
ハンスやティム婆の笑顔。
━━ 『こっちは生活がかかってんだよ!ガキのままごとじゃねえんだぞ?!』
ティエスは目を開けた。
杵を手に取った。
杵を振りかぶったティエスの瞳に、怯えたマーモラットが映った。
杵は一瞬、迷いに揺れて。
それでも。
ティエスは目を逸らさずに、杵を力強く振り下ろした。
振り下ろした。
肉の潰れる感触がした。
悲鳴が弾けた。
振り下ろした。
骨の砕ける感触がした。
振り下ろした。
振り下ろした。
生命の感触が、なくなるまで。
振り下ろす。
箱の中身が、ぐちゃぐちゃになって。
ティエスの荒い息の音だけが残った。
ティエスはその場にへたり込んだ。
杵を地面に下ろそうとして、握り込んだ指が動かなかった。
ゆっくりと、指を一つ一つ外していく。
手の皮が剥けて、血が滲んでいた。
血が滲んでいるのを見て、遅れて、手のひらが痛みを訴える。
トーリは、しゃがんで、ティエスの肩に手を置いた。
ジルは、水の入ったコップを差し出した。
「後悔してる?」
トーリは聞いた。
ティエスは、水を一口含んだ。
「…………すげー気は重い」
ティエスは答えた。
・・・・・・
「討伐依頼、完了しました」
ティム婆の家の前。
ティエスは、笑顔をつくって、討伐した証を並べた。
「おんやあ、こんなにいましたか。通りで、今年は被害が多い」
ハンスは感心したように、指折り数えた。
「討伐したマーモラットは、どうしましょうか?村で必要なければ、持ち帰って処分します」
トーリは、ハンスに聞いた。
「十匹は、潰して肉にしようかなあ。あとは、みなさんの自由にしてもらえたら」
ハンスは答えた。
「━━マーモラットって、食えるの?」
ティエスはジルに聞いた。
「はい。王都の肉屋でも、安値で並びます。手に入りやすく、そこそこ食えます」
ジルは答えた。
「そっか」
ティエスは答えた。
「ご苦労さまやったねえ」
ティム婆が話しかけた。
ティエスの前に、笹の葉の包みが差し出された。
ティエスは受け取った。
細い紐でくくられた包みはほんのりと温かく、甘い香りが立ちのぼっている。
「機会があれば、またおいで。ティエスちゃん」
「━━うん。ありがとう。ティム婆」
ティエスは包みを両手で抱えて、深くお辞儀をした。
・・・・・・
騎車は帰路に就く。
トリアル村を出て、王都まで。
御者台には、メイド服のジルが座っている。
ジルは、騎獣に任せて、ゆっくりと騎車を走らせている。
騎車・客室。
ティエスは、腕組みしながら黙り込んでいた。
「言いたいことがありそうだね?」
トーリの声に、ティエスは顔を上げた。
トーリは向かい合うように席に座っている。
「━━村の畑。仕切り板を補修しても、劣化してまた齧られると思う。例えば、畑の周りに堀を作ったらどうかと考えてた」
ティエスは、考えをまとめるように、言葉にしていく。
「堀に水を流して、水路にする。用水にしたらいい。マーモラットは穴を掘るけど、水路で隔離したら、近寄れないんじゃないか。跳ね上げ橋をかけるか、通路一本だけ残して、そこの囲いを頑丈に作る。そうしたら」
━━マーモラットを殺さずとも、済む。
「初期費用はかかるだろうけど。一度、作ってしまえば、あとは村の管理で回る。毎年、ギルドに依頼を出さなくてもよくなる」
「ティー」
トーリが、口を挟む。
「トリアル村は、依頼を出した。ぼくたちは、依頼を完了した。だから、この話はおしまい」
「なんでだよ。ギルドと冒険者に金が入るからいい、って?」
笑顔のトーリに、ティエスは噛み付くように言う。
「そうだよ」
トーリは笑顔を浮かべたまま。
「トリアル村は、僻地だ。作物は取れるけど、名産品ってほどじゃない。だから、人の行き来が少ない」
トーリは整然と語る。
「人の行き来が少ないから、道が荒れている。道が荒れると、人の行き来が少なくなる。定期的に、行商や冒険者が足を運ばなくっちゃ、ね」
トーリは車窓から景色を眺めた。
舗装されていない、荒れた道。
大きな石礫が転がっている。
ふと、道脇の茂みから、ツノの生えた魔獣が飛び出してくるのが見えた。
御者台のジルが、視線も向けずに、手で宙を切った。
魔獣の首から先は跳ね飛ばされ、血飛沫をあげながら放物線を描いた。
「……ねえ、今の、変異種じゃなかった?」
トーリが、ジルに声をかける。
「え?さぁ、知りません。半分寝てました」
ジルは淡々と答えた。
「そっか、お疲れ様。いつも御者、ありがとう。交代しようか」
トーリの提案に、ジルは前を向いたまま、ひらひらと片手を振った。
「そっか。ありがとう」
トーリは、ティエスに向き直った。
「こうやって、冒険者が行き来すると、街道の治安が維持できたりする」
トーリは、苦笑を浮かべながら。
「ジルがやっていたみたいだけど、物々交換で、物の流れもできる。王都と違って、銭があっても欲しいものが売っていない、なかなか売りに来ない」
だから、例年通りの依頼をかける。
「討伐したマーモラットは肉になる。村は、ギルドに報酬を払う。ギルドは冒険者に報酬を払う。村は冒険者から恩恵を受ける。そうして、あの村は回っている」
トーリは説明する。
「あの村は、ワールウィンド公爵領じゃない。だから、この話はここでおしまい」
ティエスは、説明は理解した。
納得のいかない顔のまま。
「だからって。不便なままにしておくなんて。変なの」
ティエスは、お土産のお団子を口に入れた。
果実蜜の酸味と甘味が、舌の上に広がった。




