第十一話「夜明け」
ジルは森に入っていた。
木漏れ日が差し込む。
肥沃な土に、樹木や植物が生い茂る。
ぱき、と小枝を踏み抜くと、茂みの先で小動物が逃げ出す気配がした。
「ない」
ジルが呟く。
豊かな恵みをもたらす森から。
薬草の姿がなくなっていた。
根こそぎ掘り出されたかのような形跡が、点在している。
薬用として効果がある、キノコや樹液は手付かずで残されていた。
ジルは目を細めた。
・・・・・・
ティエスとトーリは、村と森の境に来ていた。
罠の設置である。
「……ここに材料持ってきて、組み立てた方が、よかったな?!」
ティエスは息も絶え絶えに言った。
運ぶのを手伝っていたトーリが笑う。
「ぼくもそう思う。こんなに重くなるんだったら」
出来上がった罠は、小さな机ほどの底面に、ティエスの臍近くまである高さ。
背の高い、ほぼ長方形の木箱だった。
天板は、底面より一回り小さく、丸い軸棒に長さの異なる二枚の板を取り付けたもの。
ティエスが天板を木箱に載せると、側面の上部に削られた窪みが軸棒を受ける。
手で天板を押すと傾き、離すと揺れて元に戻った。
罠の箱の上に、囮を吊るす。
天板の上に餌をそのまま置くと落ちるので、箱の周りに細長い棒を立てて上から吊るすことにした。
餌の匂いに釣られて箱の上に登ろうとすると、天板を踏んで中に落ちる。
傾斜のゆるい坂を正面にだけ設置して、マーモラットが自然と落ちるように動線を引いた。
「これで……上手くいくといいんだけど」
ティエスは、不安そうに罠を見つめた。
日が沈む。
夜が来る。
・・・・・・
月明かりが、木箱を照らす。
網に吊るされた作物が、微風に揺れる。
ティエス、トーリ、ジルは離れて様子を見ていた。
ティエスは、ぐっと拳を握りしめている。
一匹のマーモラットの姿が見えた。
マーモラットは、鼻をひくひくさせながら罠に近付いてくる。
吊るされた餌を見つけ、傾斜を登る。
天板に前足をかける。
天板は傾き、マーモラットは頭から罠の中へと滑り落ちた。
「━━っし!」
ティエスは声を抑えつつ喜んだ。
「成功したね」
トーリは労った。
「まだ、待つ」
ティエスは、再び息を詰めた。
ジルは、無言だった。
一匹、また一匹、とマーモラットが誘われ、落ちていく。
マーモラットが箱の中で立ち上がろうとしても、天板には届かない。側面や底面を齧ろうとしても補強してある。
そうと分かっていても、箱の中の様子が見えないので、ティエスは不安だった。
一匹、また一匹、とマーモラットはどんどん罠にかかっていく。
「鳴き声で警告とかしないの?」
ティエスは呟いた。
「あまり知能は高くないはずだよ」
トーリは答えた。
十匹を超えてからは、数えなくなった。
きぃ、きぃ、と鳴く声が小さく聞こえてくる。
それでも、マーモラットは誘われていく。
夜空の黒が薄まり、群青にほどけていく。
マーモラットは現れなくなった。
きぃ、きぃ、と鳴く声が弱々しく聞こえてくる。
餌は口をつけられることもなく、その場で静止していた。
ティエスは、息を潜めたまま、罠を見つめている。
「お嬢様」
ジルが声をかけた。
「もう少し、待つ」
ティエスが答えた。
「もういませんけど」
ジルが言った。
「……マジで?」
ティエスが、驚いてジルを見る。
「巣穴は空です。結構前から」
「……マジで?!」
ジルはしれっと答え、ティエスは驚く。
「ジルほどの使い手が言うなら、そうなんだろうね」
トーリは笑った。
日が昇った。
ティエスの頬に朱が差した。




