第十話「策」
夜も更けて。
家々からは灯りも落ち、煙も立たず。
村中が、しん、とした静寂に包まれた。
ティエスは、廃棄品の作物の束を、村と森の境に置いた。
少し離れた場所で身を隠し、息を潜めている。
トーリが隣で同じように隠れ、ジルは騎車に戻って寝ている。
「お。来たね」
トーリに囁かれるまでもなく、ティエスの瞳は囮に近寄る影を捉えていた。
四足で走り寄ってきた影は、作物の束を見つけて、後ろ足で立ち上がった。きょろきょろと顔を左右に振って、辺りの様子を見回している。
月の明かりに照らされた、ずんぐりとした小型の獣。ぷにっと肥えた胴体に、短い手足。
不細工ながらどこか愛嬌のある姿をしている。
魔獣・マーモラットは、前足で作物の一つを掴むと、その場で立ったまま齧り始めた。
「仕掛けるかい?」
「まだ」
トーリの問いに、ティエスの答え。
互いに簡潔なやり取り。
「巣まで案内してもらおうじゃないの」
ティエスは、じっとマーモラットの観察を続けている。
トーリは、ティエスの横顔を眺めた。
口を開こうとして、やめた。
ひとしきり作物を齧ったマーモラットは、さらに頬袋に作物を詰め込むと、のろのろと森に引き返して行く。
満腹で重くなったのか、その足取りは鈍い。
ティエスとトーリは、気取られないよう慎重に、草を踏む音や僅かな痕跡を頼りにして、マーモラットを追跡していく。
そして。
「━━━━しまった」
ティエスは頭を抱えた。
マーモラットが巣穴へと引っ込んだ。
丘の斜面に、地中へと続く小さな穴が空いている。
巣は地中にあったのだ。
「地中っ……、そうか、穴を掘る……、書いてあった!畑の様子も見た、予想できたはずなのにっ……」
ティエスは、片手で顔を覆った。
前髪が、くしゃりと音を立てて流れた。
「狙いは悪くなかったよ。もし、熟練の土魔法の使い手がいたら、巣穴を特定できた時点で詰みだった」
トーリは知っていた。
「穴の入り口から、火をつける?水を流し込む?━━いや、出入り口が一つだけとは限らないか、むしろ複数あるとみるのが自然……」
ティエスの視線は虚空を彷徨い、思考だけが空回っていく。
「熟練の土か風魔法の使い手がいたら、巣穴の形状を推し量ることもできただろうね」
トーリはいつもの笑顔のまま。
「巣穴の位置は、分かった。少なくとも入り口の一つは分かった。じゃあ、どうする。日中に来て巣ごと壊滅させる手段は使えない。巣穴の出入りを待って叩くか?効率がいいとは思えない、他の出入り口が考えられる以上、警戒されたら一匹二匹が関の山……」
ティエスの自問自答は続く。
「囮は、成功してる。誘き出すことは、できてる。出入り口も分かってる。ならば罠を張る。これだ」
ティエスは顔をあげた。
「一旦、引き上げる」
「了解」
マーモラットの巣穴を目の前にして、ティエスは背を向けた。
トーリも彼女に続いた。
トーリは余計な手伝いをしない。
なぜなら。
これはティエスの受けた依頼だ。
ティエスとトーリは、騎車に戻った。
ティエスは客室の扉を開けた。前後の長椅子に、畳まれた毛布が置かれていた。
ジルは、貨物室で寝ているのだろう。
ティエスは、後ろの長椅子に仰向けになって、足を伸ばした。
トーリは、前の長椅子に横になって、膝を少し曲げた。
次の日。日も中天に差し掛かる頃合い。
村の畑は荒らされていた。
「申し訳ありません…………」
ティエスは深々と頭を下げた。
赤毛のポニーテールが、力なく垂れ下がる。
隣にいたトーリも、すっと頭を下げた。
「まあ、まあ。来たばかりですし」
ハンスも、ティム婆も、鷹揚に構えている。
が。
━━また、やらかした。
━━群れだ。マーモラットは複数いる。知っていたはずなのに。
ティエスは、自分が情けなかった。
あの夜、畑の近くに戻って、火でも焚いて番をしていたら防げた事態だと思った。
「ティエムちゃんや」
「ティエスです……」
ティム婆の呼びかけに、ティエスは頭を下げたまま答える。
「お団子。お食べ?」
俯いたティエスの視界に、お団子串を持った皺だらけの手が映る。
「甘いもん食べるとええで」
ティエスは顔を上げた。
ティム婆はにこにこしていた。
「はい……」
ティエスはお団子串を受け取って、ひとつ口に含んだ。
小麦を水で練った団子に、煮詰めた果実の蜜がとろりと絡んでいる。
甘さが、身に染みた。
・・・・・・
ティエスの計画。
罠を張る。
特定したマーモラットの巣穴近くに、餌を囮とした罠を仕掛ける。
マーモラットが餌を狙ってやって来ると、罠に捕獲される。
という、構想だ。
夜行性のマーモラットが、活動を始める前に。
日中に、罠の製作に取り掛からないといけない。
「餌は、廃棄の作物を利用するとして。肝心のトラップはどうするかだよな。落とし穴掘ったって、マーモラットが穴を掘ることは分かってる。地中はダメ。じゃ、上か。地上に箱を設置して」
ティエスは、宙に身振りで「これくらいの」と四角く大きさをなぞった。
「箱の上に餌を置いて。取りに登ろうとしたら、マーモラットの重みで板が傾いて落ちる。箱のフタの部分が動くようにしたらいい」
ティエスは、片肘の先をぱたぱたさせて、上げたり下ろしたりした。
「板が傾いて、落ちて。で、どうすんの。傾いた板はどうやって元に戻すの、って話だな。一匹だけならそれでいいけど。デカい箱にまとめて複数匹、釣りたい」
ティエスは、その場でぐるぐると歩き回った。
「重みがかかると落ちる。なくなると戻る。例えば、天板に棒の軸を通す。軸は中心からずらす。天板は箱より一回り小さく、軸棒は箱より一回り長く。マーモラットが乗ったら回転して、落として、戻る。箱の背を高くして、板が回っても邪魔しないように。高くして、マーモラットが届かない、逃げられないように。あとは側面と底面か、齧って逃げられないよう補強して━━」
矢継ぎ早に、呟きを続けるティエス。
トーリは笑顔で見守っていた。
・・・・・・
ジルは別行動していた。
「ハンスさん」
ハンスは、畑の囲いの穴を修繕しているところだった。
ジルの呼びかけに顔を上げる。
「ああ、メイドさん。どうしました?」
「買い物です。お野菜、果物、甘味をください。塩、香辛料、衣類、農具など出せます」
ジルが提案したのは、物々交換だった。
「おお、いいですね。なにぶん、行商もあまり立ち寄らない田舎の村ですから」
ハンスは顔を綻ばせた。
銭があっても、店がないのだ。
「塩なんて、いつだって不足してますよ。ありがたい」
トリアル村は森に近いが、海がない。
「いえ、こちらこそ。トリアル村の作物は味がいい」
「そう言ってもらえると、嬉しいですね」
ハンスとジルは、和やかに物々交換に興じた。
「━━あ。そうでした。福仙草が余っていれば、欲しいです」
ジルは、オーカーの追加依頼を思い出した。
「福仙草なら納屋に……、っと、すみません。今はないんでした」
ハンスは残念そうな顔をした。
「ついこの前、冒険者さんが村に来ましてね。薬草をあるだけくれ、と言うので、お譲りしたところなんです。私らみたいな年寄りが持っているよりは、とお渡ししたのですが」
「━━冒険者が?行商ではなく?」
ジルの目が細まる。
「ええ。銅の冒険者証を持っていましたよ」
ハンスが、思い返すように視線を彷徨わせた。
「━━Dランクの。何と交換したんです?」
「それが、銭だったんです。福仙草は、一束が銅銭三枚だったかな」
「相場より高い」
ジルは口元に手を当てた。
「よかったら銭で、農具を売ってもらえますか?鍬の刃が古くなってしまって」
ハンスが言った。
銭の利点は、腐らないこと。マーモラットに食べられないこと。
だったら、鍬でいい。しかも役に立つ。
「いいですよ。何本いります?」
ジルは答えた。
・・・・・・
ジルが騎車に戻ってきたのを見つけて、ティエスが声をかけた。
「あのさ。壊していい木箱とか余ってる?なるべくたくさん。あと工具も」
「いくらでもありますよ」
ジルは淡々と答えて、貨物室へと入っていった。
木箱と金槌、ノコギリなどを抱えて戻ってくる。
「好きに使ってください」
「もっとデカいハンマーとかない?」
ティエスは、自分の肘の長さほどの金槌を見て言った。
「ある━━と思います」
ジルは、少し考えて、貨物室へと入っていった。
持って帰ってきたのは、長柄の木の棒の先端に、丸く膨らんだ打撃面が組み合わさったもの。
「杵じゃん。餅つくやつじゃん」
ティエスは半目で突っ込んだ。
「お嬢様如きの腕力で扱えそうなものが、これしか見当たりませんでした」
ジルは、しれっと答えた。
「オリハルコン滅砕鎚の方がよければ、そちらを出しますが」
「絶対重いじゃん。なら杵がいい……」
ティエスは作業に取り掛かった。
木箱にノコギリを入れるティエスを見て、ジルは追加の木箱を運んだ。
トーリは、ティエスの作業する様子を見守っていた。
ジルが隣に並ぶ。
「福仙草の件ですが。直近で、冒険者が薬草の類を買い占めていったとのことです」
ジルが言った。
トーリは笑顔のまま、答える。
「冒険者が?行商ではなく?だとしたら、ギルドが把握していないのは妙だね」
トーリの疑問に、ジルは頷く。
これがもし、ギルドからの依頼であったなら、ギルドに納品されて履歴が残る。オーカーがティエス一行に依頼をかけたことから、ギルドと買い占め冒険者との間には関わりがないよう考えられた。
「福仙草が一束、銅銭三枚。村の在庫がいくらあったかは知りませんが、ハンスさんの様子だと銭は余ってそうな口ぶりだったので」
「高いね。相場は銅銭一枚。よほど急いでいたのかな」
トーリは笑顔のまま、少し首を傾げた。
相場よりも三倍の高値で買い付けている。
もっとも、品薄が続いているので、必要があれば出すであろう金額でもあった。
「Dランク冒険者だったそうです」
ジルは言った。
「それは……」
トーリは首を捻った。
上級の冒険者ならば、銅銭の十数枚や銀貨の数枚、払うのにさほど苦労はしない。
だが、Dランクとなると話は別だ。
ティエスのような高位貴族であればともかく、庶民の駆け出し冒険者にとっては重い金額だった。
「何か聞いていますか?トーリ」
ジルが、横目にトーリを見やる。
「何も。"凍獄"も、第三王子も、聞いてない」
トーリは、笑顔で答えた。
ジルは眉を顰めた。
薬が大量に必要になるのは、戦の時だ。
そうと分からないトーリではないだろうが……。
「報告ありがとう。ぼくの方で調べておこう」
トーリの笑顔は崩れない。
「…………。そうですか」
ジルは言った。
会話は途切れた。
ティエスは、黙々と作業を続けていた。
ノコギリを置いた。
引き続けて疲れた腕を、ぷらぷらさせる。
「ティーは、人を使うことも覚えるといい」
トーリが、ノコギリを拾って言った。
「義務感と自己満足は違うんだから」
トーリは言って、交代して作業を始めた。
「……ありがと。助かる」
ティエスは目を丸くしたが、少し笑って礼を言った。
ジルが、水の入ったコップをティエスに差し出した。
「もっと頼ってくれて構わないよ」
トーリはティエスに笑いかけて、
「意中の女性に頼られて、嫌がる男なんていないんだから」
トーリはウィンクした。
沈黙が流れた。
その後、ノコギリの音だけが響いた。
ジルは、そっとその場をあとにした。




