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テンプレなざまぁ男子のテンプレな後悔と自分のための謝罪  作者: 章槻雅希


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元婚約者夫人とその夫はとどめを刺す

 扉から応接間に入ってきたのはシャンタルだけではなかった。隣には次女(1歳)を抱いた夫、逆隣には次男(3歳)の手を引いた長男(15歳)もいた。


 5年前よりも艶やかさが倍増し美しさに磨きがかかり、どことなく妖艶さも匂わせる麗しの侯爵夫人シャンタル。隣に立つ夫のオクタヴィアンは若い男には持ちえない威厳と色気を醸し出す美丈夫だ。三人の子どもたちもそれぞれに美しく或いは愛らしい。自分の家族ながらエヴリーヌは視界の暴力だわと呆れた。


 ちらりとナルシスを見れば、彼は呆気にとられ──いや、魂が抜けたかのように魅入られている。


「さて、ラガルド伯爵子息。ご用件を承りますわ」


 シャンタルはエヴリーヌの隣に座り、ナルシスに声をかけた。シャンタルの隣にはオクタヴィアンが座り、次女アナイス・アルレットはエヴリーヌの膝の上に移動した。強烈なマザコンであるエヴリーヌは継母によく似たアナイスに対しても強烈なシスコンである。愛おしい妹が姉に抱かれてキャッキャと喜ぶのを見て蕩けそうな顔をしている。貴族令嬢として失格だと自覚はある。リュシアンは持ち込まれた一人掛けのソファに座り、やはり膝の上に溺愛する弟レオン・アロイスを座らせ満足そうに微笑みつつ、ナルシスにはビシバシと敵意を向けている。なお、シャンタルの隣に座ったオクタヴィアンは彼女の腰を抱き、侮蔑を乗せた視線を隠さず薄い笑みを湛えている。


「あ、え、えっと……昔みたいにナルシス様って呼んでくれていいのに」


 視界の暴力の麗しき一家に圧されていたナルシスは何とか我に返り、言葉を発した。しかし、色んな意味で全く意味のない返答だ。


「ご用件を。わたくしどもも暇ではないのです」


 にこりともせず、表情を無くしシャンタルはナルシスに告げる。先ほどまでは社交辞令程度の笑みを浮かべていたのだが、場も立場も弁えないナルシスに全ての表情を削ぎ落した。


「あの、えっと、その……」


 じっと自分を見つめる対面の男の視線に、ナルシスは言葉が見つからない。状況的に彼がシャンタルの年上の夫のデュラフォア侯爵だろう。でっぷりと太った禿げの狒々爺だと思い込んでいた侯爵が、自分など及びもつかない美貌と威厳を持つ人物だったことに混乱した。ナルシスは自分の容姿に自信を持っていた。学院では「名前が一文字足りないんじゃないか」と陰で言われていたほどだ。


 だからこそ、自分ではデュラフォア侯爵に敵わないことが判ってしまった。シャンタルを取り戻すことは出来ないと判ってしまった。


「まぁ、もう既にご理解いただいているようですけれど、改めて申しておきますわね。わたくし、貴方と婚約していたころも今現在も、生涯の中で一秒も貴方に恋をしていた時間はございませんの。貴方との婚約は特に不都合がなく、領地が近くて里帰りしやすいという利点があったから承諾しましたの」


 家族に可愛がられていたシャンタルの婚約は、政略的なものではなく『家族がいつでもシャンタルに会える』という一点のみを条件としていた。そこに領都から馬車で1日という領地を持つラガルド伯爵家から婚約の申し込みがあり、家格も釣り合い、特に問題のある家でもなかったことから成立したのだ。


 シャンタルも3回の交流で特に不満もなかったから了承した。あまり頭が良さそうではないし自意識過剰な嫌いはあるが、許容範囲ではあるだろう。好意を素直に伝えてくれるとこには好感も持てた。尤も自分から婚約を申し込みながら僅か3年で心変わりしたことには呆れたが。


「僕を好きじゃなかった?」


「将来の家族となってもいいとは思っておりましたけれど、恋愛的な意味で好きだと思ったことはございませんわね」


 これだけはきっちりと理解させておかねばならない。隣で薄く微笑んでいる夫に微塵も誤解されたくないのだ。使用人たちは夫が自分を溺愛して愛が重いと言っているが、自分だって15歳の子持ち(やもめ)に嫁ぐ決意をするくらいには深く強く愛しているのだ。


「そう……なんだ……」


 ナルシスは自分が信じてきたことが全く違っていたことにショックを受けた。けれど、何故かすとんと腑に落ちた。何しろシャンタルの表情が違うのだ。瞳に籠る熱が全く違うのだ。シャンタルは夫を愛しているのだろう。それに比べれば自分はこれっぽっちも愛されていなかったと判る。多分、出来の悪い兄弟程度の認識と情だったのだろう。


「帰るよ」


 ナルシスはふらふらと立ち上がり、護衛騎士の先導で部屋を出、屋敷を出た。誰も見送りはしなかった。護衛騎士は監視のために門扉の外に出るまで見届けはしたが。


「凄いなぁ。お継母様以外には挨拶もなかった」


 ナルシスが出て行った部屋で呆れたようにリュシアンが言う。その膝の上ではレオンが『ねー』と首を傾げて可愛らしく同意している。そのあざといまでの可愛さに姉と兄は身悶えし、両親は苦笑する。


「昔から慢性的視野狭窄な人でしたからね。身体的視野狭窄ではなく精神的なものですけれど」


「つまり、周りが見えてないジコチュー男ということでしたのね」


 シャンタルの言葉にエヴリーヌが頷く。5年前から成長していないどころか退行しているようだ。


「あれでよく伯爵子息でいられるね。あんなのでこれから大丈夫なの? またお継母様に迷惑かけなきゃいいんだけど」


 侯爵家嫡男の自分の周囲にはいないタイプのナルシスにリュシアンは眉を顰める。リュシアンの友人たちは皆高位貴族の後継者らしく、周囲への目配り気配りに長けているし、礼儀も礼節も弁えている。


「ああ、今日明日にも平民になるから問題なかろう」


 オクタヴィアンの応えにそれならいいかとリュシアンは頷く。


 ナルシスが押しかけてきた時点でナルシスの実家であるラガルド伯爵家には抗議文を送ってある。いくら甘い母親がいるとはいえ、伯爵である父と後継であり弟の認識は甘くない。すぐにでも家を追い出され平民に落とされるだろう。


 実際、翌日にはナルシスとアンナは王都別邸から領地の北部にある開拓地へ開拓民として送られた。そこで彼らは一開拓民つまり平民としての生涯を送ることになる。


「さて、あのような愚か者の相手をして疲れただろう。部屋で休むといい」


 オクタヴィアンが立ち上がり、シャンタルを促す。すかさずシャンタルの専属侍女が彼女の手を取り誘導する。ナルシスは気付かなかったがシャンタルの腹部は少しばかりふっくらと膨らんでいる。5番目の子供が宿っているのだ。


「全く、何故お父様とお継母様が愛し合っていないなんて思えたのかしら、あのナルシスト。婚姻5年で3人目懐妊中なんて、もう熱烈に愛し合ってなきゃ有り得ないでしょ」


「そうだよねー。再婚したときたくさん甘えたかったのに直ぐに妊娠して、父上が過保護になっちゃったから、あんまり甘えられなかったんだよなぁ」


「お父様があんなに溺愛なさるとは予想も出来なかったわ。娘や息子に張り合って大人げないったら」


 仲睦まじく先を歩く両親を見ながら、長女と長男は笑いあう。侯爵家の6人家族は高位貴族にしては珍しく仲の良い家族だ。世にいう生さぬ仲の親子ではあるが、歳の近さを除けば後妻と継子であるとは誰も思わないだろうというのが使用人たちの総意だ。使用人たちですら時折実の親子ではないということを忘れてしまうくらいだった。








 ラガルド伯爵領北部開拓地。


 その片隅にある粗末な家には元貴族の若夫婦が住んでいる。開拓地に送られた当初は逃げ出そうとしていた若夫婦だが、3回失敗すると諦めたようだ。この地は流刑地なのだ。領内の死罪には至らない犯罪者を少しでも領地のために役立てようと土地の開拓をさせている。流刑地なのだから当然監視の兵士も常駐している。


 若夫婦は高位貴族に無礼を働き、伯爵家の財産を損なったとしてこの地に送られている。妻は日々不平を漏らし、夫に当たり散らしている。夫ははじめこそ不満を漏らし作業にも不真面目だったが、やがて諦めたのか、日々の糧をしっかりと得るために真面目に開拓に従事するようになった。飽くまでも開拓の作業をしなければ食料が与えられないからだが。


「シャンタル、助けに来てよ。愛してなくても情はあるんでしょ」


「僕はこんなところでこんなことをするために生まれたんじゃないのに」


「ああ、僕の美貌が日焼けと汚れで台無しじゃないか」


 ぶつぶつとそんなことを言いながら木を伐採し、森を拓く男が全く反省していなければ、自分の罪を理解してもいないことは明らかだった。


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― 新着の感想 ―
デュラフォア領とエヴリーヌの婚家の領は近いのでしょうかな? エヴリーヌが嫁いでも帰省する回数が多そう。
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