10個目
「理想のプロポーズ、かあ」
朝食を食べながらぼんやりテレビを見ていた芽衣子が、ぽつりと口にした。
休日の朝のバラエティでやっていたのが、たまたまそんな話題だった。
これ幸いと、ぼくは芽衣子に尋ねた。
「芽衣子は、どんなプロポーズが理想?」
「えっ? あたし?」
慌てたようにトーストをお皿に落とした芽衣子を、ぼくは笑顔を崩さずに見つめた。
「ええ……と、そうだなあ。んー……日常的なのが、いいかも」
「日常的?」
「そう。例えば、こうやって朝ごはん食べてる時とか。居酒屋で飲んでる時とか。公園を散歩してる時とか。そういう、日常の中で、あんまり気負わずに、日常の続きが想像できるようなのが、いいかも」
照れたように笑った芽衣子に、ぼくは「そっか」と笑顔で頷いた。
ぼくらももう、社会人3年目だ。結婚の話題が出たら、意識する頃合いだろう。
だから多分、芽衣子は、現実的な答えを出した。
小さなメーカーに就職したぼくの給料は、そんなに良くない。現時点では、総合商社に入った芽衣子の方が稼いでいる。
3年目はまだ若手の部類だし、ここから巻き返せると思っているけれど、正直焦る気持ちはある。
でも、うちだってボーナスはちゃんと出るし、貯金だってしている。
芽衣子は、相変わらず女の子らしいものが好きだった。結婚の番組を見て、何を羨ましく思っているのかも。
だからきっと、芽衣子の本当の願いは。
「えっやだ優斗、そんなフォーマルな服持ってたんだ」
「そりゃ持ってるよ。変かな」
「ううん、似合ってる。いつもと違ってかっこいいから、びっくりしちゃった」
「ありがとう。芽衣子も、そのドレスすごく素敵だね」
「あ、ありがとう」
ぼくは、高級ホテルのレストランを予約していた。
非日常を演出するために、一緒に来ないで、あえて待ち合わせをしている。
でも場所は事前に伝えてあった。フォーマルドレスはすぐに用意できるとは限らないし、当日だって準備に時間がかかるだろうし。そういうサプライズは喜ばれない。
「行こっか」
「うん」
差し出した腕に、芽衣子が手を添える。
ぼくの身長はぐんと伸びたけれど、それでも芽衣子と同じくらい。だから芽衣子がヒールを履くと、ぼくの方が低くなる。
それでも、もうお互い、そんなことはちっとも気にしなくなっていた。
レストランから見下ろす夜景に、芽衣子はすごく喜んでいた。
初めて食べるようなフレンチのコースも、どれもこれも美味しくて、ふたりでずっと小さく「美味しいね」と言い合っていた。
やっぱり芽衣子は、こういうキラキラした非日常の空間が、好きなんだろう。
お金がかかるから、言い出せなかっただけ。
それはぼくが情けないせいでもあるけど、仕事を頑張って、記念日にはこういうところに連れて来れるような甲斐性を持ちたい。
今回はちょっと無理をしたけど、頑張って良かった。
そして一番無理をしたのは。
「芽衣子」
用意していた小箱を開いて、芽衣子に差し出す。
「好きです。高校生の頃から、ずっと、今も。この先も。だから、ぼくと結婚してください」
予想はしていただろうに、それでも芽衣子の目にはみるみる涙が溜まって、やがて零れた。
「はい……!」
ぼくらのやり取りが聞こえていたのか、周囲の人が拍手をくれた。
ぼくは照れて、ぺこぺこと頭を下げた。
芽衣子は指輪を左手の薬指にはめると、嬉しそうにその手を掲げた。
「10個目のお願い、叶っちゃった」
「芽衣子、それ覚えてたんだ」
「もちろん。全部叶えた感想は?」
「うーん」
10個のお願いを叶えるのは、芽衣子に相応しい彼氏になるためだった。
でも、ぼくは夫になるわけだから。
「次は、100個のお願いにチャレンジしようかな」
「ええ? 時間かかりそう」
「大丈夫だよ。時間なら、いくらでもあるんだから」
「……そうだね。この先の時間、ずっと、一緒だもんね」
そしてプロポーズの一年後。
ぼくらは結婚式をあげた。
タキシードを着たぼくを、芽衣子は「王子様みたい」と言ってくれた。
ウエディングドレスを着た芽衣子は、どんなお姫様よりも、誰より、いちばん、きれいだった。
さあ、次の100個は、なんにしようか。
最後まで読んでいただきありがとうございます。もし気に入っていただけましたら、画面下部の☆を押して、評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。




