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彼女のお願い10個叶えるチャレンジ  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞


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7/8

9個目

 芽衣子のお願いも、既に8個叶えられた。

 ぼくはなかなか、いい彼氏になれてきたんじゃないだろうか。

 残りのお願いは2つ。別に10個叶えたらもう終わりというわけじゃないけど、わざわざリストアップするくらいのお願いなのだから、そろそろ難しいやつでもいい。


「いーなあ、かわいい」

「なにが?」


 昼休み、階段の踊り場。

 スマホを見ていた芽衣子が明るい声でそう呟いたので、ぼくは首を傾げた。

 芽衣子は笑顔で、ぼくにSNSの画面を見せてくれた。


「これ、子育てアカウントの呟きに集まった、子どもの頃のエピソード」

「ああ、そういうの微笑ましいよね」

「うん。その中にね、疲れて寝ちゃうと親が抱っこして運んでくれるから、わざと寝たふりをしてたっていうのがあって」

「子どもってそういうところあるよね」

「ね。かわいい」

「いーなあ、っていうのは?」


 いーなあ、とは、羨ましい、ということだ。

 子どもを欲しがるような年齢じゃないし、母親を羨ましがったとは思えなかった。

 ぼくの問いかけに、芽衣子は目をうろうろさせて、恥ずかしげに笑った。


「うち、親厳しかったから。あんまりそういう記憶なくて。寝てたら抱っこして運んで貰えるなんて、ちょっと憧れちゃうなって」


 なるほど。子どもの頃に叶えられなかった夢を、大人になっても忘れられないことはある。

 芽衣子の願いは、子どもでなければできないことじゃない。

 それなら。


「なら、それを9個目のお願いにしよう。ぼくが芽衣子のことを運ぶよ」

「ええっ⁉ 無理だよ!」

「なんで無理なのさ」

「だって……お、重いし……」


 そりゃ、芽衣子はぼくより大きいけど。ぼくだって男だし、運べないことはないと思う。


「それに、寝ているところを運んでもらうことに意味があるんだもん」

「でも、寝たふりなんだよね?」

「だから、優斗は寝てると思ってて、でも本当は起きてるってシチュエーションが大事なの」


 それを高校生のぼくらが狙ってやるのは、かなり難しいんじゃないだろうか。

 でも、9個目のお願いに相応しい難度だと思う。


「とりあえず、起きてる状態で運べるかどうか試してみようか」

「え……む、無理、しないでね……」

「大丈夫だよ」


 とは答えたものの。


「………………」

「ご、ごめんね。あたしが重いから」

「いや……芽衣子のせいじゃないよ。ぼくが貧弱なんだ……」


 ぼくは、芽衣子のことを持てなかった。

 割とショックだ。いや、よく考えたら当然だ。

 ぼくは別に力持ちじゃないし、体力テストだって下の方だ。それなのに、なぜか、彼女のことくらい抱き上げられる男だと思っていた。

 恥ずかしい。ぼくはまだ全然、芽衣子に相応しい彼氏なんかじゃなかった。


「芽衣子。ぼく、頑張るからね」

「ほどほどでいいよぉ。別に力持ちじゃなくても、優斗はあたしの素敵な彼氏だよ」


 微笑んだ芽衣子は、優しい顔をしていた。

 芽衣子は優しいから、今のままのぼくでも、きっとずっとそばにいてくれる。

 でも、ぼくがそれに甘えてちゃダメだ。

 ぼくは、芽衣子の王子様になるんだから。お姫様抱っこができない王子様なんて、サマにならない。


 その日からぼくは、筋トレを日課に加えた。


 ・

 ・

 ・


「ただいまー」


 バイトが終わって、ぼくはアパートのドアを潜った。

 今日は大学の授業が6限まであったから、バイトは最終の時間帯まで入っていた。

 帰りが随分遅くなってしまったけれど、芽衣子はまだ起きているだろうか。


「芽衣子ー?」


 声をかけるも、返事がない。

 けど、明かりがついているから、寝室じゃなくてリビングにいるんだろう。

 ひょいとソファをのぞけば、丸まるようにして、芽衣子が横たわっていた。その姿に苦笑する。


「芽衣子。風邪ひくよ」


 軽くゆするも、むずがるような声をあげただけで、目は開かない。

 ぼくは上着を脱いで、芽衣子を抱き上げた。そのまま寝室に向かい、ベッドに寝かせる。

 そっと離れようとしたけれど、芽衣子がぎゅうと首に腕を回した。


「芽衣子? 起きた?」

「んー……」


 寝ぼけているような声で、ぐりぐりと頭をこすりつけてくる。

 これは多分、うとうとしている状態なんだろう。

 ぼくはぽんぽんと背中を叩いて、宥めるように声をかけた。


「すぐお風呂入ってくるから。そしたら、一緒に寝よ?」

「んん……」


 ぼんやりした頭にも言葉の意味は伝わったのか、芽衣子はするりと腕を解いた。

 眠る芽衣子の顏にかかった髪を丁寧に払って、ぼくはシャワーを浴びに行く。


 大学に進学してすぐ、ぼくらは同棲を始めた。

 高校生の頃から体を鍛えていたぼくは、あの後身長が伸びたこともあって、それなりの体格へと成長した。男子の方が成長期が遅く来るというのは本当らしい。

 今のぼくは、芽衣子を抱き上げることができる。


「9個目、叶えられたな」


 芽衣子はもう、覚えていないかもしれないけれど。

 残る願いは、あとひとつ。

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