8話
翌日。
午前の統合語の勉強を終えて昼食を食べる。統合語もフィオーネが会話の練習に付き合ってくれるからかなりハイペースで学習が進んでいる。もう統合語で話せるようになってきてるしツィエラやベロニカとは統合語で話している。
それから本来だったら今日の午後はジムで腹筋を鍛えるつもりだったが、昨日の欠損部位の再生をしたせいで今日はジムは休みだ。代わりにフィオーネが貰って来てくれた杖を試し撃ちしに行くことになっている。
昼食を食べ終えてから少しゆっくりして、いざE11小隊を引き連れて杖を持って軍の訓練施設に案内してもらう。訓練施設は1階にあってかなり広い。たくさんの軍人が訓練することを前提に考えられているためだろう。そして訓練施設ごとに区画が分かれていたり、仕切りが立てられていたりする。
今日は狙撃兵の訓練施設に訪れて数百年ぶりだろう狙撃をするのだ。だが杖に使われているエーテル鉱石の質が悪いから俺のエーテルに耐えられるか分からないのが問題だな。だがせっかく貰っておいて文句を言うのもあれだから試し撃ちくらいはしておかなければ。
「アルス様! 用意できましたよ、いつでもいけます!」
ベロニカから狙撃の訓練メニューであるヘヴィメタルで作られているモンストルムを模した像を1体的として配置してもらうように頼んだ。
そして像が配置される。
とりあえず流し込むエーテルは最小にして順に威力を上げていく形にするか。
そう決めてから俺はできるかぎり極小のエーテルを杖に流し込み、そのまま狙撃する。しかし像に弾かれるだけで威力はゼロに等しい。
ならもう少しエーテルを込めるか。次はさっきの倍のエーテルを込めてエーテル弾を放つ。が、これでも威力はゼロに等しい。像には傷1つつかない。
そして次はエーテルを少し流して再びエーテル弾を放つ。これも杖は耐えた。なら次。とどんどんエーテル弾を威力を上げながら撃ち続け、杖の耐久力を調べていく。
そしてエーテルを体から流れ出る分の3割を流し込んだその瞬間、バキッと言う音と共に杖のエーテル鉱石が割れてしまった。俺の流し込むエーテルの量に耐えられなかったらしい。
「ベロニカ! 杖壊れたからもう終了にしよう」
「了解しました!」
そう言って像を片付けてくれる。しかし余剰分のエーテルの3割で杖が壊れるのか……。これは現代の武器では本気でエーテル弾を撃つことはできなさそうだな。
なんて思っていると、
「まさか本当にエーテル鉱石が破壊されるなんて思いませんでした……」
「エーテル鉱石の質が悪すぎるから。まあもといた時代でもこういうことはたまにあったし気にしないでくれ」
渡した杖が使い物にならなくて残念そうにしているフィオーネに気にするなと伝えるが、これでは俺の杖がないままだ。流石にそれは寂しい。だからいっそ俺がエーテル鉱石を生成してそれを武器開発をしているところに渡して杖を作ってもらえばいいんじゃないかと思い至った。
「全員一度部屋に戻るよ」
そして自室に戻ってから、
「武器を製造している場所に連れていってほしいんだけど、この建物にある?」
「いえ、武器の製造開発は別の建物ですのでこの建物にはありません。それにアルス様は軍属ではないため、その、入室権限がありません」
「入室権限か……じゃあフィオーネにはあるの?」
「はい、私には一応研究区画以外でしたら入室が可能です」
「じゃあこれ持って杖作ってもらってきてくれない?」
そう言って俺は窓際に置いていたエーテル鉱石をフィオーネに手渡す。このエーテル鉱石は俺が自分のエーテルから生成したものだから品質は最上級、それも真エーテルと呼ばれる代物と同等だ。この鉱石なら俺の本気にも耐えられるだろう。
「これは……エーテル鉱石なのですか?」
「そうだよ、それもエーテル鉱石。不純物がないから紅色の鉱石にしか見えないだけ」
「こんな高純度のエーテル鉱石を一体どこで手に入れたのですか?」
「それは秘密だよ。男の企業秘密。とりあえずそのエーテル鉱石を使って杖を作ってもらって、その杖でもう一度エーテル弾の実験を行おうと思う」
「承知しました。研究開発課に行って打診してみます」
そう言ってフィオーネは立ち上がって部屋を出ていった。なんというかフィオーネにばかりおつかいを頼んでいる気がするな。
まあそれだけ一緒にいる時間が長いというわけでもあるが。何せ午前中はずっと一緒にいるからな。統合語を教えてもらってるし。午後はツィエラとベロニカが一緒にいるけど基本あの2人は俺の部屋のドアの側で門番をしているし。
今回の俺の杖が完成したら3人のエーテル鉱石を生成するのも悪くないな。
それから今日は特に何かが起こるわけでもなく1日が終わった。
翌日。
朝からフィオーネが統合語を教えに来てくれたが、少し疲れた顔をしている。
「どうしたフィオーネ、疲れた顔をしてるけど」
「いえ、昨日渡されたエーテル鉱石を持って武器の研究開発課に武器製造の依頼をしてきたのですが、軍属ですらない男性にこれほどのエーテル鉱石を使うのはもったいないと言われまして……最終的にアルス様の私物ということで納得していただきましたが、中々骨の折れる作業でした」
どうやら俺の渡したエーテル鉱石のせいで苦労したらしい。申し訳ないという気持ちとよく頑張ったという気持ちがないまぜになっている。
「その、ありがとう。苦労しただろ」
「いえ、あれは頭の固い研究開発課に問題がありますので」
そんな話をしてから統合語の勉強を始める。今日も単語と日常会話の練習だ。文法はもう終わったから大丈夫だろう。
そして今日の会話は結構スムーズにできた。統合語が所々帝国語に似ていたおかげで習得が早くなっているのは本当にありがたい。入院生活もそろそろ折り返し地点まで来ているが、退院までになんとか統合語は話せるようになりそうだ。
そして昼食を食べて午後。今日はジムに行っても大丈夫だろうか。
「ベロニカ、今日はジムに行っても大丈夫そう?」
「どうでしょう……ちょっと確認してきますね」
「頼んだ」
こうしてベロニカがジムに行ってジムの混雑具合を確認してくれきてくれたのだが、
「アルス様、欠損部位のある軍人がひしめいてました!」
「よし、今日は部屋でゆっくりしよう」
こうして部屋でゆっくりと過ごすことになるのだが、流石にもう半月入院しているから暇になってくる。
「ツィエラ、何か暇を潰せるものない?」
「暇を潰せるもの? 流石に手持ちにはないわ」
「というかこの要塞の男は何で暇をつぶしてるの?」
「ボードゲームで暇をつぶしている人が多いと聞くわ」
ボードゲーム? それって1人じゃできないんじゃないのか? もしかして1人2役でボードゲームをしているのか? まさかそんなさみしいことはしていないだろう。なら1人でできるボードゲームがあるはずだ。
「ツィエラ、1人でできるボードゲームってあるの?」
「……私は知らないわね」
「ベロニカは?」
「私も知りませんね……」
「この要塞に住む男の悲しい事情が垣間見えたな……」
1人で遊べるボードゲームは存在しなかった。つまりこの要塞に住む男達はやはり1人2役で遊んでいるのだろう……。哀しき存在だな、男って。
それからは悲しい男たちをネタにしてツィエラとベロニカと雑談して時間を潰したのだった。
そしてさらに翌日。
今日も午前はフィオーネに統合語を教えてもらい、昼食を食べてから、ベロニカにジムの様子を見てきてもらう。
「アルス様、今日も欠損部位を抱えてる軍人がいます!」
「これじゃあ筋トレできないんだけど、何かいい方法ないかな?」
「いっそ器具をこの部屋に持ってこさせるのはどうかしら?」
「あと10日くらいで退院なのにそれしていいの?」
「まあ、混雑しているジムに通うよりはいいんじゃないかしら」
確かにあと10日とはいえまだ入院するのだからそれも悪くない手だろう。そして退院後は俺の家が用意されるだろうからそこにトレーニング器具を持って行ってもらうのもいいかもしれない。
だがそれをするにも時間がかかるだろう。今から注文したとしても到着するのは明日になるだろうし……。
こうなったらいっそのこと欠損部位を抱えている軍人たちを全員治して普通にジムで筋トレするか? いやそれで筋トレの時間を確保できるのか? だがこのまま放置するのもなんか心苦しいし……。
取り敢えず行くだけ行ってみるか。
「ツィエラ、ベロニカ、ジムに行くよ」
「えっ⁉ あの欠損部位を抱える人たちはどうするんですか?」
「治せるものなら治してしまおう。よく考えたら戦える人間が多い方が俺たちの安全も確保されるし」
「お人好しなのか打算的なのかよく分からないわね」
「ただの打算だよ、それに今日で片付けてしまえば明日からはジムにまた通える」
ということでジムに行くことにした。そして到着すると、欠損部位を抱えた軍人たちが一斉に詰め寄ってきた。これが世の男たちが恐れる女性の群れか……確かに怖いな。必死さがすごいというか、もう後がないというかのような気迫が籠っているような気がする。
「あの、私──」
「私はC35小隊の──」
「私、B21小隊の──」
「お願いします欠損部位を──」
いや、思っていた以上に多い。しかも欠損部位を抱えていない人までいる。そしてそれらを必死に抑え込むツィエラとベロニカ。
多対2では流石に分が悪いか。
「取り敢えず欠損部位を抱えている軍人は一列に並べ。欠損部位を抱えていない奴は帰れ」
俺はジムの端に立ち両隣にツィエラとベロニカを立たせて欠損部位の治療に取り掛かることにした。
ある者は右目が欠損しており、ある者は左手首から先が無かった。ある者は義足で、ある者は義手だった。そんないつ怪我したのか分からないレベルの欠損部位の治療までして、しかも成功したのだから今日の治療は神がかっていたと言ってもいいだろう。欠損部位を抱えていた軍人たちは泣いて喜び、お礼を言っては立ち去っていく。お前らジムに何しにてるんだよとは思うが、声には出すまい。
こうして俺は夕方になるまでずっと欠損部位の治療をしていたのだった。そして最後の欠損部位の治療を終えて、ようやく列がはけたところで、もはや精神的に疲れてジムで運動する気にはなれなかった。
今日はもう帰って休もう。
そして明日から安全になっているであろうジムで頑張ろう。




