6話
入院生活も1週間になると慣れてくるもので、毎日の食後の点滴やら勉強やらも順調に進んでいて俺の体は健康になりつつあった。このままいけば本当にひと月で健康体になれるだろう。
「ふう、今日の勉強はここまでにするよ」
「分かりました。アルス様は覚えが早いのでもう少ししたら会話の練習もしてみましょうか」
「それは助かる。正直1ヶ月後に病院から放り出されたらどうやって生きていこうか悩んでたんだ。会話ができたらなんとか生きていけるから本当に助かるよ」
こうして俺はフィオーネと毎日勉強に勤しんでいる。そしてたまにやってくるフィデスが古代語の解析をして欲しいとか言って文献を持ってくるようになった。
その古代語の本が何かの研究資料だったりすることもあれば、ただの娯楽小説だったりすることもある。中には俺のいた孤児院で読んだ童話もあった。どうやら帝国の文献を片っ端から分析しているらしい。
もうちょっと解析する文献を選んだらどうかと思う。
そして今日も窓から要塞の街並みを見下ろす。この1週間で体は随分と自由に動くようになった。まだかつての自分とは比べ物にはならないが、それも時間の問題だろう。そう遠くないうちに体は元通りになる。となるとあとは杖が欲しいな。自分と同じくらいの長さの杖だ。
健康体になった後はやっぱり軍属になりたい。家で引き籠ってるよりはよほどいいだろうと俺は思うんだが、フィオーネはあまりいい顔はしていなかったな。
それから毎日現代語、統合語の勉強をして、単語、文法に会話の練習も重ねていき、体も徐々に動くようになってきたので筋トレを始めた。せめて昔みたいな体にもどしたいと思い筋トレを始めたいとフィオーネに言ったところ、医師に確認を取りますと言われて医師の許可のもと負荷の軽い筋トレから始めることになった。つまるところ自重トレーニングからだな。
そうして更に1週間が経過した。この頃には体は日常生活にはもうなんの支障もないくらいに回復し、動くようになっていた。あとは失われた筋肉を取り戻して俺の杖を手に入れるだけだ。男性保護法に関してはまだ先延ばしになっている。というより本当に1ヶ月は入院させるつもりらしく、俺は一応まだ瀕死の状態ということになっている。
まあ実際食べ物に関してはまだ消化の良いものばかりだからあながち間違いではない。
そして筋トレは負荷を少し上げることにした。この建物に併設されているジム施設を使うことにして、それ用の服を用意してもらった。そして着替えてジムに行くと、見事に女性しかいない。一応ツィエラとベロニカが護衛としてついてきているが、この屈強な筋肉のお姉さんに勝てるのかと言われると不安が募ってくな……。やっぱり杖がほしい。
そして早速バーベルを使ってスクワットを始めていると、
「あら、そこにいるのは万年Eランク小隊のツィエラではなくて?」
なんて声が聞こえてきた。とりあえずこのバーベルスクワットが終わるまでは放置でいいか。なんて思っていたが、
「久しぶりね、シャリエッタ」
「貴女最近街では見かけませんけどどこにいますの? ついに軍から脱退命令でも下りましたの?」
「現在は任務中よ。内容は機密だから言えないけど」
「機密? Eランク小隊が機密事項に関われるほどの任務につけるわけがないでしょう? 冗談はやめてほしいですわ」
「先方からの指名依頼なの。だからEランク小隊でも機密事項に関われているのよ。ごめんね、Cランク小隊なのに教えてあげれなくて」
なんか仲がいいのか悪いのか分からんが言い争いが始まりそうになってる。もしかしてジムにいる女性たちって仲が悪いのか?
そんなことを考えながらバーベルスクワットを終わらせる。次はマシントレーニングで下半身を重点的に鍛えておこう。やっぱり森での移動は下半身が重要だしな。まあ今後森に行くかは分からんが。
そして俺が移動を開始すると、
「ごめんなさい、護衛対象が移動するみたいだからもう行くわ」
「は? 護衛対象? 護衛任務についていますの? Eランク小隊が?」
そう言って俺についてくるツィエラとベロニカを見て、シャリエッタと呼ばれた少女が叫ぶ。
「貴女! まさか男性警護の任務についていますの⁉」
シャリエッタの叫び声でジム内が一瞬静まり返る。
そして、男性と言われて一斉に視線が俺の方へ向く。もしかして筋トレ中止か? 絶対に嫌なんだけど。取り敢えず不穏な空気感の中、俺は何事も無かったかのように脚のマシントレーニングを始める。
「一体いつから男性警護の任務についていますの⁉ というかどうしてEランク小隊が男性警護に⁉」
「だから指名依頼だって言ったでしょ、というかあまり男性って叫ばないでちょうだい、こっちは自分たちより格上の軍人たちの中にいるんだから襲われたら面倒なのよ」
「指名、依頼……男性から指名されるほど仲良くなったとでも言いますの……?」
あ、脚の限界が来ているみたいだ。だがもう少しだけ頑張ろう。限界が来てからが筋トレ。そう、何事も限界を超えてこそのトレーニングなんだ。
「ええ、私たちに指名が来る程度には。……といいたいところだけど、実際は私たち以外に知っている人がいないからよ。彼は最近保護した遭難民なの。言えるのはここまでよ」
「……なるほど、貴方達がこの前調査に行った洞窟で発見したんですのね? しかも同い年くらいの殿方だなんて珍しいではありませんの」
「そうね。これからもしばらくはここのジムを使うことになるだろうから大人しくしていたら彼の近くでトレーニングできるわよ」
「あら、その時はご近所として挨拶くらいさせていただこうかしら」
「それは警護の観点から拒否ね。男性は女性を怖がるのを知っているでしょう」
……ふう。脚トレーニングもこれでいいだろう。太もも、裏ももも鍛えた。今日はこれくらいにして終わりにするか。
そのままストレッチゾーンに行って体をストレッチでほぐしていく。が、何百年も動いていなかったせいで体が完全に固まっている。前屈すらできない。
「ベロニカ、悪いんだけど背中押してくれない?」
「分かりました!」
そうしてベロニカに背中を押してもらってなんとか前屈をしていく。すると物凄い視線を感じるが、まあ気のせいだろう。……気のせいだと思いたい。が、隣でストレッチしている女性からガン見されていたら流石に気のせいだとは思えない。
「ベロニカ、俺なんかおかしいことやってるのか?」
「いえ、やってませんよ。ただ強いて言うなら、女性との距離感が他の男性と違っているくらいですかね」
「具体的には?」
「他の男性は女性しかいないジムだ体を鍛えようとしたりはしませんし、ストレッチで女性の手を借りることもありません」
「それだと他の男はずっと家で筋トレしてるのか? ストレッチだって1人だと限度があるだろ」
「いえ、そもそも他の男性は筋トレなんてしません。なにせ一番安全な場所で保護されているんですから」
そういえばそうだった。なら体を鍛えようとしている俺がおかしいのか。それでさっきから視線がすごかったわけだ。納得。
だが視線なんぞに負けていたらストレッチひとつ満足にできないからな。視線くらいは我慢してやるとしよう。
「ツィエラ、あの殿方、女性と普通に触れ合ってますけど、どういうことですの?」
「機密事項に触れるから話せないわ。ただ、体への接触の許可が下りるのは医師とE11小隊のみだとだけ言っておくわ」
「……おほほ、なんとも優越感に溢れた顔ですこと」
なんか向こうから怪しげな会話が聞こえてくる。あっちはあっちで何かがぶつかり合っているようだ。まあそんなことは気にせずストレッチの続きをする。
「ベロニカ、もういいよ。ありがとう」
「いえいえ、またご用命があればいつでも呼んでください」
「ん」
こうして残りのストレッチも終わらせて今日は自室に戻ることにした。
その後、今日は数百年ぶりにエーテル鉱石の生成を行うことにした。昔は毎日やってたんだからできるだろ、くらいのノリでやってみたが、思っていた通り無事にエーテル鉱石は作れたみたいだ。大きさも申し分ない。かつて見たエーテル鉱石そのものだ。
とりあえず窓側に飾っておこう。光が反射して綺麗に輝いている。
今日もいい1日だった。




