1話
帝国歴849年。アルザス帝国帝都アッサムにある孤児院にて。
「じゃあ入団試験、行ってくる」
「行ってらっしゃい、アルス。頑張って」
「ああ、絶対合格してくるから。そしたら二人で一緒に暮らそう」
「そういう約束すると合格できなくなるよ?」
「大丈夫だって、俺のスキルは狙撃兵には最適だからな。それじゃあ行ってきます!」
俺はそう言って孤児院の扉を勢いよく開けて外へ出る。
今日はアルザス帝国の帝国兵団入団試験。俺はその帝国兵でもそこそこ人気のある狙撃兵の入団試験を受けに行く。
俺のスキルは「源泉」と「回復魔法」。正直衛生兵でもいいかと思ったんだけど、俺は魔法の狙撃が好きだったし何より得意だったから狙撃兵の試験を受けることにした。
孤児院の暮らしも楽じゃないからな。たまには自分で森に行って獣や鳥を狩って持ち帰らないと十分な肉にありつけない。だがそんな生活ももう少しで終わりだ。
俺、アルスは今日の入団試験で帝国の狙撃兵として兵士になって、十分な給金を貰ってエルマリアと一緒に暮らすんだ。だから今日だけは何がなんでも合格してやるとやる気が漲っている。
そして入団試験の会場に辿り着くと、そこで入団試験の手続きをする。手続きといっても名前とスキルを伝えるだけだ。
そんな簡単な手続きを済ませて、杖を片手に俺は待機所の壁にもたれかかる。今日の試験次第では俺も兵士か……。849年続く帝国の歴史ある兵士になれるんだから兵士になれたらそれからは国を護り、民に尽くし、誉を誇る。そんな兵士になるんだ。
そう心に決めて試験の開始時間を待つこと十数分。帝国兵が衛生兵、狙撃兵、歩兵の分野ごとに分かれて並ぶように指示するので指示に従って俺は狙撃兵の列に並ぶ。
そしてそれぞれ別々の試験会場へ移動する。俺の目指す狙撃兵の試験会場は狙撃兵らしい遠くに的が設置された場所だった。
「これより、アルザス帝国狙撃兵の入団試験を始める! 名を呼ばれた者から順に狙撃試験を始めろ。なお結果については一週間後に帝都の広場に張り出す。そこで確認するように」
こうして入団試験が始まった。最初の受験者は狙撃は俺より下手だな。的にエーテル弾が当たっていない。それじゃあ森の獣すら狩れないぞ。
それからしばらく他の受験者の名が呼ばれ、それぞれ狙撃の腕を披露していく。中には凄腕の人もいたが、年齢的に兵士になるのは厳しいかもしれないな……。流石に新兵に老人は求めていない。
「次、アルス!」
そして俺の名が呼ばれたので試験の開始位置に立つ。的は合計5つ。近場のものから遠くのものまで用意されている。だから俺は近い的から順にエーテル弾の狙撃で的を撃ち抜いていく。威力も精度も問題ない、全弾命中だ。
「よし、次、レーギン」
俺の試験が終わって次の受験者が名を呼ばれる。そして狙撃をしているがやっぱり俺より狙撃は下手だ。正直なところ狙撃の腕に関しては俺は一流だと思っている。孤児院のみんなのために毎日帝都の外の森で獣をエーテル弾の狙撃で狩っていたのだから動かない的なんて外す方が難しいくらいだ。
そんなことを思いながら俺は孤児院に帰ることにした。試験はもう終わったんだからこれ以上試験会場にいても仕方がないしな。
孤児院への帰り道、入団試験の参加者が外で試験について話しているのを小耳にはさんだ。どうやら歩兵の入団試験に参加した人らしいが、教官が強くて歯が立たなかったらしい。だから入団試験は駄目かもしれないとかそんな話が聞こえてくる。
入団試験がどんな基準でやってるのかしらないけど、教官相手に歯が立たなかったって理由で試験に落ちることはないだろうに。試験に挑む気概が足りてないな。
そんなことを思いながら孤児院に辿り着く。そして扉を開けて──
「ただいま!」
そう叫ぶと室内からドタバタとチビ共が走ってくるのが聞こえる。そしてそこの角から飛び出してきて、
「お帰りアル兄!」
「おかえりなさい!」
そう言って抱き着いてくる。まだほんの5、6歳の子供たちだ。この孤児院は俺を含めて子供が10人ほどいる。規模はあまり大きくないが、それでも孤児院を経営していくのは大変なことだからシスターたちには感謝している。
なによりも俺が狩りをしていると分かってからは、残った骨やら鳥の羽根などを加工して売りさばき、俺に魔法兵用の杖を買ってくれた。おかげで狩りははかどるようになったし、今でも愛用している自慢の杖だ。
「おかえりなさい、アル。入団試験はどうだった?」
「余裕だったよ、的全部エーテル弾当ててきたから流石に試験に落ちたなんてことはないと思う」
「だといいけど。アルは変なところで詰めが甘いからなあ」
そう言ってエルマリアが笑う。それにつられて俺も笑う。さらに子供たちも笑いだす。小さな孤児院の平和な時間だった。
そんな時間が大好きだが、俺とエルマリアはもう16歳。そろそろ孤児院を出ていかないといけない年齢だ。だから帝国兵に志願したわけだ。
それからみんなでリビングに移動して、それぞれが好きなように遊んでいる。俺とエルマリアは椅子に座って水を飲みながら、
「試験の結果はいつ出るの?」
「一週間後に街の広場に張り出されるらしい」
「じゃあそれまで緊張しながら待つことになるね」
「緊張なんてしないさ。俺は絶対に狙撃兵として入団できるね。他の狙撃兵の腕を見てたけど俺以下の奴らが多かったから入団は堅い。問題はそこからどうやって昇進していくかだな」
「アルは随分と先のことを考えてるね。私なんて明日のことを考えるので精いっぱいだよ」
なんてエルマリアと雑談をしながら今日も過ごす。
もう少し、もう少しだ。もう少しでエルマリアと一緒に家を借りて、俺は兵士になってエルマリアは孤児院の経営の手伝いをする。そうやって生きていく未来が待ってる。
そんな未来が待ち遠しくて、俺はエルマリアを見つめる。するとエルマリアも俺を見つめてきて、
「どうしたの? また私の顔を見てる」
「別に、将来家を借りてエルマリアと一緒に暮らすことを考えてた」
「本当にアルってば気が早いよね。でも私も楽しみだよ、アルと2人で暮らすの」
そう言ってまたお互いに見つめ合っていると、孤児院の扉が開く音がした。シスターが帰ってきたのだろう。そろそろ夕飯の支度の手伝いをしないとな。
「お帰り、シスター」
「ただいま、アルは入団試験今日だったんでしょ? どうだった?」
「完璧だったよ。入団は堅いね。これからは俺が孤児院ごと国を護ってみせるから安心して暮らしてくれよ」
「ふふっ、アルが狙撃兵になるなら帝国も安心でしょうねえ」
なんてやり取りをしながらシスターと夕飯の支度をする。シスターと俺とエルマリアがいつも夕飯の支度をしているのだ。
そして夕飯を食べ終わってからエーテルの循環を体内で行い、そのまま両手の平を互い合わせにして中心にエーテルを集め、圧縮してエーテル鉱石を作り出す。
これが貴重な孤児院の収入源にもなっているのだから毎日1つは生成しないといけない。俺の寝る前の日課だ。こんなエーテル鉱石でも純度は高いから高値で売れる。純度が高いエーテル鉱石は研究に回されるらしいから本当に貴重だそうだ。まあ俺の知る所ではないが。
それから早くも一週間後。
俺は広場に行って入団試験の結果が張り出されている木の板を見る。すると狙撃兵の一覧に確かに俺の名前があった。
これで俺はアルザス帝国の狙撃兵として採用されたことになる。そのまま城に行って入団報告をしにいかないと。
そう思って城に向かって歩き始めてから数分後、ちょっと近道をしようと思って路地裏に入った。そしてそれが俺の人生の転換点だった。
路地裏に入ってすぐ、後ろから襲い掛かられ、頭を鈍器のようなもので殴られてそのまま意識が沈んでいく。
「こいつであってるよな?」
「ああ、間違いない。さっさと布袋に詰めて運ぶぞ」
沈んでいく意識の中、そんな声だけが聞こえていた。
──ああ、俺、誘拐されるのか……。無事に孤児院に帰れるかな。杖、持ってきてたらよかった。そしたら迎撃できたかもしれないのに。ごめん、エルマリア……。
最後にエルマリアに謝って、俺は意識を手放した。
それから次に意識が浮上した時には体の自由が利かなくなっていた。機械装置で固定されている。体になにか取り付けられている。意識も朦朧とする。これじゃあどうにもならないな。だが聴覚だけは嫌にはっきりとしているらしくて、奴らの会話が聞こえてくる。
「これで源泉のスキルを持ったガキも手に入った。私の研究はまた1歩先へ進む!」
「でもいいんですかい? そのガキ帝国兵になったばかりですぜ?」
「構わんだろう、どのみち孤児院のガキだ。いなくなっても困らん」
そんな会話が聞こえてきて怒りで頭が支配されていく。だが体に力が入らない。
「ん? こいつ目覚めかけてるぞ。さっさと封印措置を施してしまうとしよう」
そう言って研究者らしき人は俺の体に札を大量に張り、俺のエーテルの流れがおかしくなる。そして意識がまた遠くなる。
「これで封印措置は完了した。もうこのガキが目を覚ますことは2度とない。そしてこのガキは封印によって成長しない。つまり一生私の研究にエーテルを注ぐエーテル発生機関になるのだよ!」
……なるほど、俺の源泉とかいうスキルがばれていたのか。無限にエーテルを生み出すスキルなんてそうそう拝めるものじゃないからな。今まで隠してきたけど、入団試験の時に漏れたんだろう。
ごめん、エルマリア。俺、君のもとに帰れないみたいだ……。




