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009(ヨーコを探せ)

 今日の空は快晴。

 昨日までの雨が木々の緑を瑞々しく潤して、世界は朝日にきらきらと輝く。雨続きで溜まっていた洗濯物がずらりとベランダに並び、気持ち良さそうに揺れている。テレビでは休日仕様の情報番組が流れ、お天気コーナーで天気図を背にした綺麗なお姉さんが全国の天気を伝えていた。ここ一帯に幾日にも続き雨を降らせていた前線が、昨夜のうちに突如消え去ったと解説を付け足す。太平洋沖に発生していた季節外れの台風も唐突に消失し、世界規模の穏やかな晴天。いよいよ川が氾濫し、甚大な災害に発展しようとしていた地域の人々もほっと胸をなでおろしている事だろう。

 やっと春らしい陽気になってきましたね、とお天気お姉さんは屈託なく朗らかに微笑んでいた。


「おい、早く食え。そして早く出かけるぞ」


 その声にテレビに向けていた顔を元に戻し、慌ててお味噌汁をずずず、と啜る。とっても美味しい。

 いつぶりだろうか、朝食らしい朝食を食べるなんて。

 テーブルの上には白いご飯にきのこのお味噌汁。納豆に卵焼き、ほうれん草のおひたし、焼き海苔が並んでいた。ここに焼き魚なんてあったら完璧だ。これは朝早くにテル君が作ってくれたもの。驚いてしまった。テル君の料理の腕はプロ並みだった。どのおかずも、いちいち美味しい。そして、かみさま達の朝は早かった。


「もう。そんなに急かしたら可哀そうでしょ。ユイネ、ゆっくり食べていいからね」


 テル君は私の隣の席に座ってにこっと微笑む。今日は紺色のニットにジーンズ。気分で洋服を変えるのだそうだ。思念を飛ばすだけで着替えられるなんて、うらやましい。テル君の美しく中性的な可愛らしさに私はつい、はにかんでしまう。両手でマグカップを持つ仕草まで可愛らしい。マグカップの中身は、日本茶。


「テル君、ほんとに美味しい。すごいね」


 私はぼさぼさの頭で上下はスウェットのまま朝の食卓についていた。

 

「ふふ。だろ? この大男も僕の手料理で育ったようなもんだよ」


 昨日は寝室のベッドに人外様とテル君が仲良く寄り添って眠り、私はリビングのソファで朝を迎えた。そして今日、早朝五時に叩き起されたのだ。

 人外様がお腹がすいたと私を引っ張り起こし、ぼうっとする頭のまま二十四時間営業のスーパーへテル君と食材を買いに行った。少し遠い場所にあるスーパーなのだけど、何と、一瞬で連れて行ってくれたのだ。力の無駄遣いと言えなくもなかったけど、かみさまが空腹で御立腹だったので仕方なく。毎食惣菜や外食ものだと身体に良くないから、とテル君が料理を請け負ってくれ、私は洗濯を済ませ、現在朝の7時。


「ここからだとどれくらいかかる」


 人外様はとっくに朝食を平らげて、結構高くついた高級日本茶を味わいつつ、じろりと私を睨む。


「ええと、新幹線で三時間……そのあと普通電車に乗り継いで、一時間半くらい、です」


 人外様はこれから私の母の故郷に行く算段を立てている。私がお姉さんにあのお守りをもらった場所だ。今のところ、魂の伴侶であるヨーコさんの手掛かりといえばそれくらいしかない。

 私に漆黒の珠をくれたお姉さんが、イコール人外様のいうヨーコさんである、というのが自然な流れで得た回答だった。だけどそれも定かではない。なおかつヨーコさんがその後引っ越していない事を願うのみだ。とりあえず、母の生家を訪ねれば何かもっと手掛かりが掴めるはずだ。あの頃、人外様のまつられていた古ぼけた神社でよく遊んでいた間柄だからきっと繋がりが残っているはずだ。


「ちっ。面倒だな。飛ぶか」

「だめだよ。距離が遠いと力を使いすぎる」

「あ、今すぐ用意しますから。あと三十分待ってください」

「早くしろ。うすのろめ」


 いちいち、偉そう。

 むっとしつつ、しかし相手を睨みつける勇気もなく、私は食べ終わった食器を手に席を立った。

 とにかく何だか色々と腑に落ちない事ばかりだけれど、私はヨーコさん探しを手伝う事にした。

 だって、いつまでもいてもらったら破産してしまう。こんなに大食らいで短気なかみさまとずっと生活するのは辛すぎる。ヨーコさんが見つかれば人外様も幸せだし、世界も秩序を取り戻すし、私もびくびくせずに暮らせる。万々歳だ。


 それにしても……。ちらりと人外様に視線を投げる。


 黒の長髪は今は一つに束ねられている。それを束ねているのは私の持っている真っ白のシュシュ。鋭い目つきの大男に、あるまじきファンシーな装飾品。その上シャンプーやリンスも私のを使っているので、お花の香りをほんのりとさせている。色んな意味で、恐ろしい。それによれよれの白シャツに擦り切れそうなジーンズ。足元なんか、裸足である。

 これは一番に衣料品量販店に向かわねばなるまい。


「ユイネっ。早くしろ!」

「は、はいっ」


 とりあえず、ビーチサンダルを履いてもらうしかない。

 用意をととのえ、私は天使のように綺麗な男の子と外国人モデルのような大男を連れて、晴天の土曜の街へと繰り出した。繰り出して、はたと思い至る。

 め、目立ちすぎる……。



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