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「だ、大丈夫ですっ。何か良い案がきっとあるはずです! 一緒に解決策を考えましょう!」


 ずっと探し求めていた半身は、もう手の届かない人になってしまっていたなんて。きっと傷ついたはずだ。ショックに決まってる……。

 しがみついているタロさんの身体が、小さく震え出した。

 どうしよう。な、泣いちゃったの……?

 なんて声をかけたら良いのだろう。うまい言葉が思いつかない。ああ。私の馬鹿っ!

 タロさんの震えはだんだんと大きくなる。私はより一層力を込めてその大きな身体を抱き締めた。

 

「タロさ……」

「くっ……くく。ああ……もう無理だ」


 ……ん?


 見上げるとタロさんは片手で顔を覆って、ぶるぶると肩を震わせていた。その頬に涙が伝って……いるわけではなく。


「少し脅かしてやろうと思ったんだがっ……ははっ。ヨーコ! なんだその顔はっ。お前らの慌てっぷりは傑作だ!」


 そう言って、がはがは笑い出した。


「もういじめすぎだよ。タロちゃんてば」


 呆れたようなテル君の声。

 呆然とする私とヒロさん。

 タロさんは笑いながら私の頭をわしわしと撫でて言った。


「今更本気でどうこうするつもりはない。ヨーコを見た時から分かっていた。あいつにはもう守るべき者がいるとな。そうしがみつかなくとも、何もしないぞ。からかっただけだ」


 私は一気に赤面して、がばっとタロさんから離れた。


「ひどいですっ。わ、私タロさんがショックを受けたと思って!」

「くっ……すまん……くくく」

「タロさんっ!」

「なっ、んだよもー。俺、殺されんのかと思っただろお」


 ヒロさんがずるずるとその場にへたり込んだ。

 ひとしきり笑って気の済んだタロさんは、ゆっくりとヒロさんに向き直る。


「ヨーコ……いや、ヒロシがお前の本当の名だな。お前は今まで通り、人として真摯に生き、愛すべき家族を大切にするが良い。この世に人として生を受け、年を重ね命を全うする、その尊き道を歩め。

 俺は遠き地において、それを見守り、見届けよう」


 その声は穏やかで、そして力に満ち溢れたものだった。



*



 真上にある太陽が容赦なくアスファルトを焦がす。

 真夏のお昼時の気温は殺人的で、一歩外に出た瞬間に汗がじわりと浮かんだ。駅の改札口から出て来る人々は日陰から出た途端、一瞬だけ顔をしかめる。

 とにかく、暑い。日差しが痛い。


「いやー、でもほんと驚くなあ。こんな事ってあるんだなあ。誰かに言いたいけど、きっと信じてもらえないだろうなあ。神様がほんとに実在するなんてさ。俺だってまだ信じられないもん」


 ヒロさんがハンカチで汗をふきふき、感慨深げに呟く。

 最寄りの駅まで全員でヒロさんを見送りに来たのだけれど、タロさんは暑くてたまらんと言って私の日傘を差している。


「ヒロシ。元気でね。会えて良かった」


 テル君がヒロさんにきゅっと抱きついた。つやつやの茶色の髪を撫でてヒロさんが笑う。


「おう。お前らも元気でな。帰るんだろ? その、何とかっていう自分の星にさ」


 タロさんもテル君も、ヒロさんには説明しなかった。守り人が、半身を必要としている事情を。


「唯ちゃんにはたくさん迷惑かけちゃったからなあ。今度来たら必ず店寄ってくれよ。ばっちりおごる」

「ありがとうございます」

「じゃあな! お前らも時間あったら店に来いよ!」

「ああ」


 大きく手を振りながら去っていくヒロさんに手を振り返す。私の隣にはタロさんとテル君がいて、私達はヒロさんの背中が見えなくなるまで、じっとそこに佇んでいた。


「……あの」


 何か言葉をかけたいのに、ちっとも頭に浮かんでこない。

 ヨーコさんと再会出来たのは良い。だけどヨーコさんはヒロさんでもう家族がいて、タロさんの半身になる事はないのだ。

 魂の伴侶を失ったのだ。

 二人はそれをあっさりと受け入れてしまった。

 でも本当は、ショックだったに違いない。落ち込んでいるに違いない。

 私は結局タロさんとテル君の役に立ててない気がする。どうすれば良いんだろう。探しても探しても、答えが見つからない。複雑な迷路に迷い込んでしまったみたいに、私はおろおろとした。


 ああどうしよう。何て言おう。


「あのっ」

「……ユイネ」


 あ……。


 心臓が、大きく跳ねた。

 大きな手が、私の手を包み込む。

 少し骨ばった長い指が、私の指に絡まる。


 全身の血液がどどど、と駆け廻って、顔に熱が集中する。


「……ヨーコが漆黒の珠を渡した相手が、お前で良かった」


 整った美貌が私を見下ろしている。


「お前でなかったら、俺はどうなっていたか分からん。お前のおかげでこうしてヨーコとも再会出来た。……感謝している」


 彫が深く、男性的な輪郭に鋭い黒の瞳。それが見ている間にくしゃっと皺を寄せて、可愛らしい笑顔になる。

 私は息をするのもやっとの状態で、その笑顔に見惚れた。


「だからぐちゃぐちゃと余計な事を考えるなよ。お前は阿呆だからな」

「なっ……」

「この俺がここまで言ってやっているのだ。素直に喜んでいれば良い。分かったか、ユイネ」


 美しい顔がぐっと近づいた。鮮やかな黒の瞳が私の目をのぞき込む。

 私はタロさんの顔から目を逸らす事も出来ず、赤面したままぱくぱくと口を開いた。


「分かったなら返事をしろ」

「……は、い」

「良し。……暑いな。さっさと帰るぞ」


 ぐい、と手を引かれて歩き出す。繋いだ手から、指先から、タロさんの体温が伝わってくる。


 あつい……。


 顔も指も腕も、身体全部。あつくてたまらない。


「ねえお昼ご飯さ、冷やし中華で良いよね」


 先を歩いていたテル君が振り返った。天使のように可愛らしい男の子は、夏の熱気のこもる暑さの中でも爽やかでとっても綺麗だった。



*



『私もね、言ったんだよ。こんな事したってすぐばれるもんよって。だけどヒロの奴が、どうしても頼むって。一生のお願いだーってうるさく叫ぶから。でもやっぱり引き受けるんじゃなかったって後悔したの。だって唯音ちゃんがとっても優しい感じの子だったから……ごめんね』


 その日の夜、私は教えてもらっていた番号に電話をかけた。今日ヒロさんがわざわざうちまで来てくれた事を話すと、そっか、と言って説明をしてくれた。紗枝さんは事前にヒロさんと打ち合わせをして、子供の頃の思い出とかその当時の私の様子とかを、色々教え込まれたのだそうだ。


「良いんです。その事はもう……ヒロさんにもたくさん謝ってもらいましたから。紗枝さんにもご迷惑かけてしまって。何だかすみません」


 電話の向こうから朗らかな笑い声が届く。


『唯音ちゃんが謝る事ないわよ。あ。そうそう、モデルみたいに綺麗な二人組? 唯音ちゃんの親戚の方らしいけど、もう怒ってない?』

「え?」

『あの日ね、長髪で背の高い男の人がね、私の事睨みつけて言ったの。お前はヨーコではないな、唯音を騙してどうするつもりだ、何を企んでいるんだって。もう私一気に冷や汗かいて、十年分寿命が縮まったんじゃないかってくらいびびったもの。慌てて謝って、自分は友達に頼まれて、悪さをするつもりはないんだって説明したんだけど。あれは怖かったなあ』


 それから紗枝さんの仕事の話や私の職場の話をして、今度飲みに行く約束をして電話を切った。一つ息をついて、ちらりとソファに目を向ける。そこにはタロさんとテル君が仲良く座っていて、テレビゲームをしていた。プレイヤーが協力し合って怪獣を倒すゲームだ。

 今日はヒロさんが来て、彼がヨーコさんだと分かって、それで半身には出来なくなって……色々あったはずなのに二人はいつもとちっとも変らない。本当は落ち込んでいるのにそれを隠している、という風でもない。これからどうしよう、と困った様子もない。……不思議だ。

 そろそろと背後から近づいて、しゃがんでソファの背もたれに両手をつく。


「……面白そうだね」

「うん。今ね、こいつ倒せばここクリアするんだ」


 テル君が前を向いたまま答えた。色白の綺麗な横顔はとっても真剣。食い入るように画面を見つめる瞳は無邪気そのもので、私は思わず微笑んだ。


「私も、やってみたいなぁ……なんて」

「駄目だ」


 すかさず鋭い声がとんだ。タロさんが横目でじとっと私を睨んでくる。


「以前やったのを忘れたのか。お前は弱すぎて話にならん」

「い、いや、あれは別のゲームだったから。これなら平気かなぁ、なんて」

「却下だ」


 一言でばっさりと切り捨てられてしまった。二人はまたテレビゲームに没頭する。

 うう……。寂しい。

 でも本当は、一緒の時間を過ごせるだけでも嬉しくて仕方ない。そのうち二人は帰ってしまうのだろうか。……その時は、私もうんと協力しよう。

 タロさんはかみさまだ。

 異能の力を駆使して世界の均衡を守り、扉を守る偉大なかみさま。ガルクループではタロさんを待っている人達がたくさんいる。だから異世界のすみっこにある一般人で凡人の私の部屋で、こうしてテレビゲームをしていて良い訳がない事はよく分かっている。


 だけど、私の本音は……。

 ぎゅっとソファの背もたれを掴む。緊張して、どくどくと心臓が暴れ始める。


「あの……」


 掠れ声しかでない。何気なく、呟く感じを装って話したいのに声が震えてしまいそうだ。


「私……二人がガルクループに帰るなら、うんと気を届けられるように頑張ります。新しい伴侶を探すなら、一生懸命手伝います。だから……あの……」


 ぐっと唇を噛み締めて、覚悟を決める。


「今はまだ……もう少しだけ、ここにいてくれませんか。わ、わたし……まだタロさんとテル君と、一緒にいたいんです」


 言い終らないうちに二人が同時に振り返った。目をまん丸にして、心底驚いた表情。


「あっ……め、迷惑ですよね。そんな……」


 のぼせてしまいそうなくらい、赤面した。


「……良いの?」


 テル君が華奢な身体を乗り出して、私にぐっと近寄った。その時。


 がおおおお! どどーん。 ちゃらちゃらり~。


 はっとする。テレビ画面に大きく、「GAMEOVER」の文字。


「なっ」

「ユイネ!」


 がばっとテル君に抱きつかれ、タロさんが勢いよく立ち上がる。


「ユイネきさまっ! あともう少しでクリアするところを!」


 え。そこですか。


「すみませんっ。うわわっ」


 可愛らしい男の子が私に頬ずりをしている! ぎゅっと抱きつかれて、頬ずりされている!

 うわぁあ!


「テ、テル君!?」


 耳元で掠めるように、テル君が綺麗な声で囁いた。


「嬉しい……。好きだよ、ユイネ」


 あ。もう駄目。心臓がもたない。



 



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

ヨーコさんの事は当初より設定済みでした。色々期待を裏切ってしまっていたら申し訳ないです。

タロさんだいぶ大人になってきました。お礼言えてるよ。

もちろんユイネも成長してます。ふーちゃんのおかげです。


次話より、この物語の最後のエピソードです。

また少し更新があいてしまうと思います。すみません。


二人の間にはまだ越えねばならない山があります。それを乗り越える勇気があるのか否か。

のろのろだらだら続くお話についてきてくださる方々には本当に力をいただいております。

ありがとうございます。


ではまたこの物語の最後にお会いできますように。


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